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第四章:「ざまあの瞬間」
しおりを挟むシロン・ブガッティの名は、「聖女」として王国内外に知れ渡り、彼女の治癒術士としての力は多くの人々に希望を与え続けていた。疫病の混乱の中で彼女が果たした功績は計り知れず、彼女を慕う声は増すばかりであった。王宮を去った後もシロンは、民衆を救うことに専念しており、かつての婚約者であったライオネル王太子のことはすでに遠い過去のものとなっていた。
しかし、ある日シロンのもとに、再びライオネルからの使者が訪れる。使者は彼女に「ぜひとも王宮にお越しいただきたい」とのメッセージを伝え、丁重に招待状を渡した。彼女は初め戸惑いを感じたが、国の未来に関わることかもしれないと考え、王宮へ向かう決意を固めた。
久しぶりに訪れた王宮は、以前とは様子が大きく変わっていた。疫病の混乱の中で王国は多くの人材を失い、残された者たちもどこか疲れ切った表情を浮かべている。華やかさを誇った王宮の空気は陰りを帯び、厳しい現実を物語っていた。シロンは案内を受け、ライオネルが待つ大広間へと向かった。
大広間に足を踏み入れると、そこには以前のように誇り高き王太子ではなく、どこか疲れた様子で座るライオネルの姿があった。彼の顔には深い皺が刻まれ、かつての傲慢さは影を潜めていた。シロンが到着すると、彼は立ち上がり、かすかに微笑んだが、その目にはどこか陰りが見えた。
「シロン、来てくれてありがとう。私の頼みを聞き入れてくれたことに感謝する」
ライオネルの声には、かつての威厳はなく、どこか弱々しい響きがあった。シロンは冷静なまなざしで彼を見つめ、彼の言葉を待った。ライオネルは少しの間を置いてから、語り始めた。
「君が去って以来、王国は困難な状況に陥っている。疫病の影響で多くの貴族が力を失い、民の不満も増している。私は君のような力を持つ者が再び王国に必要だと痛感しているんだ」
その言葉に、シロンは内心で苦笑した。かつて彼女を切り捨てたライオネルが、今では彼女の力に頼るしかない状況に追い込まれているのだ。しかし、彼女はその感情を顔に出すことなく、淡々とした表情で彼の話を聞き続けた。
「シロン……どうか、私のそばに戻ってくれないか。君がいれば、この国を立て直すことができる。君の治癒の力があれば、民も君を頼り、再び国に安定をもたらすことができるはずだ」
ライオネルの懇願の言葉に、シロンは静かに首を横に振った。
「王太子殿下、私は過去に戻ることはありません。私は人々のために治癒術士としての使命を果たすことを選びました。王宮の権力や栄光に囚われるつもりはないのです」
シロンの毅然とした態度に、ライオネルは表情を歪め、動揺を隠せなかった。彼がかつて自分を切り捨てた婚約者が、今や自らの手の届かない存在になってしまったことを痛感した瞬間だった。
その時、大広間にもう一人の客が現れた。それは隣国の若き王子であり、シロンの治癒の噂を聞きつけ、わざわざ訪問した人物だった。彼はライオネルに軽く会釈をすると、シロンに対して深く礼を述べた。
「あなたが噂の聖女シロン様ですね。あなたの力に、我が国も救われた民が多くおります。ぜひ、私の国にも来ていただきたい。あなたの力を必要としている人々がたくさんいるのです」
その誠実で礼儀正しい態度と、シロンに対する敬意のこもった眼差しに、シロンの心は暖かくなった。彼が本当に人々を救うことを望んでいるのが伝わり、彼女も自然と微笑みを浮かべた。
ライオネルはその光景を目の当たりにし、言葉を失った。かつて彼が「魅力が足りない」と一方的に婚約を破棄した相手が、今や他国の王子から敬意と称賛を受ける存在となり、自分の手から完全に離れてしまったのだ。彼がどんなに悔やんでも、もう二度とシロンを取り戻すことはできない。彼女の目には、もはや自分への愛情や未練など一片も見られなかった。
隣国の王子はシロンに丁重に手を差し出し、彼女を自国へ招待したいと申し出た。シロンは一瞬考えた後、彼の手を取り、柔らかな微笑みを浮かべながらうなずいた。彼女にとって、もう王宮での生活や権力に縛られる必要はなく、ただ人々を救うための自由な選択をすることができたからだ。
その後、シロンは隣国の王子と共に大広間を後にし、王宮を去った。彼女が去った後も、王国内には彼女が残した治癒の奇跡と、その慈愛深い行動の話が語り継がれた。彼女は真の「聖女」として、人々の記憶に永遠に刻まれ、彼女の名は王国を超えて広がり続けた。
一方でライオネル王太子は、彼女を失っただけでなく、自らの評判も大きく落とし、周囲からの信頼を失いつつあった。彼が一度手放した「宝石」の価値に気づいたのは遅すぎた。王国の内外で彼の評判は悪化し、次第に王位継承者としての地位も危ぶまれるようになった。
こうしてシロン・ブガッティの物語は、彼女を愛し崇拝する多くの人々に語り継がれ、彼女が本当の自由と使命を手にして歩む新たな未来へと向かう姿で幕を閉じることとなった。彼女にとって、もはや過去の傷や裏切りは意味を成さず、ただ人々のために尽くすという新たな道が広がっていた。
そしてライオネルは、手の届かない場所にいるシロンを眺めながら、永遠に続く後悔と虚しさに苛まれ続けるのであった。
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