婚約破棄？はいはい、面倒くさいから好きにしてください

第一章婚約破棄の朝

エリオ・ラフェルデは、その日もいつものようにのんびりと自室でお茶を楽しんでいた。春の柔らかな陽光がカーテン越しに差し込み、心地よい温かさが部屋を満たしていた。手にしたカップからは、ほんのりとした紅茶の香りが立ち昇る。エリオは何も考えずにその香りを楽しんでいた。努力や根性、そんなものにはまるで興味がなかった。のんびり、気楽に過ごせば、どうせ何とかなるだろう――そう信じて疑わない彼女の口元には、いつも通りの緩やかな笑みが浮かんでいた。

そんな穏やかな時間を破るように、コンコンと扉がノックされた。開け放たれた扉の向こうには、エリオの婚約者であるレオルド・アルフォンスが立っていた。彼は名門アルフォンス公爵家の次男で、外見も端整であり、社交界ではエリオとの婚約が話題に上ることも少なくなかった。しかし、エリオ自身にとっては、レオルドとの婚約は特に重要なことでもなかった。彼女にとっての生活は、ただのんびりと過ごせればそれで良い。それ以上のものを求めてはいなかった。

「エリオ、話がある」

レオルドの声はいつもより硬く、冷ややかだった。エリオはその声にさほど興味を抱かず、淡々とカップを置いた。彼が部屋に入ってくるのを見つめながら、彼女はなんとなくその内容がわかったような気がした。しかし、気にすることなく、穏やかに彼を見つめ続ける。

「僕は、君との婚約を破棄することに決めた」

レオルドの言葉ははっきりとしており、迷いは一切感じられなかった。エリオは一瞬、瞳を細めたが、その感情が驚きではないことは明白だった。ただ「やっぱりな」と思ったに過ぎない。レオルドがこの話をしに来ることを、なんとなく予想していたからだ。

「理由は簡単だ。僕は君に飽きたんだ。エリオ、君は美しいし、家柄も悪くない。しかし、君はいつもどこか無関心で、何事にも努力しようとしない。それでは僕の期待には応えられない。僕にはもっとふさわしい女性がいる。もっと賢く、もっと美しく、もっと熱心な女性と結婚するつもりだ」

レオルドの声には冷たさと自己満足が漂っていた。彼は自分が優れていて、婚約を破棄することで新たな幸福を手に入れることができると信じているようだった。エリオが彼に対してどう反応するかを見守るように、その顔をじっと見つめていた。

しかし、エリオは予想通り動じなかった。彼女はカップを手に取り、一口飲んでからゆっくりとそれを置いた。そして、まるで天気の話でもしているかのように、淡々と答えた。

「はいはい、面倒くさいから、好きにしてください」

その一言に、レオルドは一瞬戸惑った表情を見せた。彼はもっとエリオが動揺し、取り乱す姿を期待していたのかもしれない。しかし、エリオはまるで無関心で、ただのんびりとした表情のままだった。婚約破棄という重大な出来事にもかかわらず、エリオにはそれが何ら影響を与えていないように見えた。

「……君、本当にそれでいいのか？」

レオルドは少し苛立ったように問いかけたが、エリオはただ肩をすくめただけだった。

「うん、別に問題ないわ。どうせ、私は何もしなくても幸運が転がり込んでくるし、あなたがいなくても何も変わらないもの」

彼女の言葉には確信があった。彼女が持つスキル「転がり込む幸運」は、何もしなくても幸運が自然に彼女の元にやってくるという、まさにチート級の力だった。エリオにとって、婚約破棄など些細な出来事に過ぎず、それが彼女の人生に大きな影響を与えるとは思えなかった。努力をせず、ただのんびりと過ごしていれば、勝手に良いことが起きる。それが彼女の人生哲学だった。

「……ふん、君がそう言うなら、それでいい。後悔するなよ」

レオルドはそう言い残し、背を向けた。彼が扉を閉めて部屋を出ていく音が静かに響く中、エリオは再びカップを手に取り、残りの紅茶を一口すする。彼女の心は相変わらず穏やかだった。

「さて、次は何をしようかしら」

エリオは小さく呟いたが、それもさして真剣に考えているわけではなかった。どうせ何もしなくても、何かしらの幸運が転がり込んでくるだろう。それが彼女の生き方であり、彼女はそれに満足していた。


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婚約破棄のニュースは、すぐに貴族社会の隅々まで広まった。アルフォンス公爵家の次男レオルドが、ラフェルデ侯爵家の娘エリオとの婚約を破棄したという噂は、たちまち話題の中心となった。多くの者がエリオに同情し、彼女の将来を案じた。

「ラフェルデ家の娘は、あまりにも無頓着だったらしいわ。レオルド様も愛想を尽かして当然よね」

「かわいそうに、あんな形で捨てられるなんて。これからどうするのかしら」

社交界の中で、様々な憶測や噂が飛び交った。だが、その一方で、エリオ自身は全く気にしていなかった。彼女は相変わらずのんびりとした生活を送り続け、婚約破棄による影響は微塵も感じられなかった。

エリオは自室で紅茶を楽しみながら、ふと窓の外を見る。陽光が差し込み、庭の花々が鮮やかに咲いていた。彼女の頭の中には、何の心配もなく、ただ穏やかな日常が広がっていた。

「まぁ、何とかなるわね」

エリオは自分に言い聞かせるように呟き、再びカップを手に取った。彼女には、何もせずとも幸運が訪れることを信じて疑わなかった。それはこれまでも、そしてこれからも変わらない。彼女は努力をせずとも、次々と幸運が転がり込んでくる人生を歩んでいくのだ。

そう、婚約破棄なんて些細なこと。エリオにとって、それはただの一つの出来事に過ぎなかった。