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第2章: 失意と希望の始まり
しおりを挟むベリーサは宮廷を後にし、静かな夜道を歩いていた。足音だけが響く石畳の道は、彼女の心情を映すかのように冷たく硬かった。宮殿の明かりが遠ざかるにつれ、彼女の中で渦巻く感情が徐々に溢れ出してきた。屈辱、悲しみ、そしてわずかな解放感。それらが混ざり合い、彼女の胸を締め付けた。
実家であるバローネ公爵邸に戻ると、玄関先で父と母が待っていた。父は厳格な表情でありながらも、目には深い憂慮が浮かんでいた。母は心配そうに彼女の顔を覗き込み、そっと手を握った。
「ベリーサ、大丈夫かい?」母の優しい声が静寂を破った。
「ええ、母様。心配しないでください」ベリーサは微笑みを浮かべようとしたが、それはうまく形にならなかった。
家族は何も言わず、彼女を暖炉のある居間へと導いた。暖かな火が部屋を照らし、心地よい温もりが彼女の冷えた体を包んだ。しばらくの間、誰も口を開かなかったが、その沈黙は彼女にとって救いでもあった。
「セドリック殿下から、正式に婚約破棄の連絡があった」父が静かに口を開いた。「理由は……」
「顔の傷が原因です」ベリーサは父の言葉を遮った。「わかっています。彼にとって私は、もう必要のない存在なのです」
母は悲しげに首を振り、彼女の手を強く握った。「あなたは何も悪くないわ。全ては彼らの浅はかさと見た目に囚われた心のせいよ」
「ありがとう、母様。でも、これで良かったのだと思います。私はこれから、自分の道を歩みたい」
父は深く頷いた。「お前の好きなようにしなさい。我々はいつでもお前の味方だ」
その夜、ベリーサは自室で静かに考えた。これまで王太子妃となるための教育を受け、礼儀作法や政治の知識を学んできた。しかし、それは全てセドリックのため、王室のためであった。自分自身のために何かをしたことはあっただろうか。
彼女は机の引き出しから一冊のノートを取り出した。それは彼女が密かに書き溜めていた魔石術の研究ノートである。幼い頃から魔石に興味を持ち、独学で学んできた知識が詰まっていた。しかし、女性が学問に励むことが良しとされないこの社会で、その才能を公にすることは避けてきた。
「これが私の道かもしれない」
ベリーサは決意を固めた。自分の才能を信じ、自らの力で未来を切り開く。それが今の自分にできる最善の選択だと感じた。
翌日、彼女は父と母に自分の考えを伝えた。魔石術の研究を本格的に始めたいこと、そしてそのために国外へ旅立つことを希望していることを。
父は驚いた様子であったが、すぐに理解を示した。「お前がそこまで真剣に考えているのなら、協力しよう。国外には優れた学者や技術者が多くいる。きっとお前の力になってくれるはずだ」
母も微笑みながら頷いた。「あなたの新しい旅立ちを応援するわ。必要なものは全て用意しましょう」
家族の温かい支援を受け、ベリーサは準備を進めた。旅立つ日が近づくにつれ、彼女の心は期待と不安で揺れ動いたが、それでも前を向くことを忘れなかった。
一方で、彼女の顔の傷にはある秘密があった。幼少期の事故と思われていたそれは、実は古代の封印術によるものだった。彼女の体内に眠る強大な魔力を抑制するために施されたものであり、その力は彼女の成長とともに徐々に解放されつつあった。
最近、鏡を見るたびに傷が薄くなっていることに気づいていた。最初は気のせいかと思っていたが、日を追うごとにそれは明らかになっていった。彼女はその理由を探るため、さらに魔石術の研究を深めることにした。
旅立ちの日、ベリーサは家族と別れを告げ、馬車に乗り込んだ。見送りに来た使用人たちに手を振り、彼女は新たな一歩を踏み出した。心の中には不安もあったが、それ以上に自分の未来への期待が膨らんでいた。
道中、彼女は様々な街や村を訪れ、人々と交流を深めた。魔石に関する知識を求める者たちと出会い、彼女の持つ情報は多くの人々を驚かせた。やがて彼女の名は国外の学者たちの間でも知られるようになり、招待を受けることも増えていった。
ある日、彼女は古代の遺跡があるという地を訪れた。そこには彼女の顔の傷の秘密を解く鍵があると考えたからだ。遺跡の中で彼女は古い書物を見つけ、自らの体にかけられた封印についての記述を発見した。
「これが真実だったのね……」
その書物によれば、彼女の祖先は強大な魔力を持つ一族であり、その力は時を超えて彼女に受け継がれていた。しかし、その力を危険視した者たちによって封印が施され、それが彼女の顔の傷となって現れていたのだ。
ベリーサは自らの手で封印を解く方法を見つけるため、さらに研究を進めた。多くの試行錯誤の末、ついに封印を解くことに成功した。その瞬間、彼女の体から暖かな光が放たれ、顔の傷が消えていくのを感じた。
鏡を見た彼女は、自分の本来の姿を初めて目にした。そこには美しく輝く瞳と滑らかな肌を持つ女性が映っていた。
「これが……私……?」
信じられない思いで鏡に触れると、そこに映る自分も同じ動きをした。彼女は涙が溢れるのを感じた。それは喜びと解放感、そしてこれまでの苦しみから解放された安堵の涙だった。
「もう過去に縛られることはないわ」
ベリーサは新たな自分として、さらなる高みを目指す決意をした。魔石術の研究はますます深まり、彼女の才能は国内外で高く評価されるようになった。
その後、彼女は各地を巡り、多くの人々と出会い、経験を積んだ。彼女の知識と美しさ、そして内面の強さは多くの者を魅了し、彼女自身もまた新たな友情や信頼を築いていった。
一方で、王国ではベリーサの成功が噂となり、セドリックの耳にも届いていた。しかし、彼は自分がかつて捨てた婚約者がこれほどまでに成長し、美しくなったことを信じられずにいた。
「ベリーサがそんなに変わるはずがない」
彼はそう言って噂を否定したが、心のどこかで不安を感じていた。自分が見捨てた女性が、自分以上の成功を収めているかもしれないという事実に、彼のプライドが揺らいでいたのだ。
しかし、ベリーサはもう過去を振り返ることはなかった。彼女の目指す先には、より大きな目標と、自分自身の人生が待っていたからだ。
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