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第一章:「孤独なプリンスと謎の執事」
しおりを挟む公爵家の広大な庭園は、どこか物悲しい静けさを湛えていた。十七歳のアレクシス・フォン・ローゼンバーグは、一人で木漏れ日の中に佇んでいた。誰も近づかない場所を好むのは、ただ気を使われることに疲れたからだった。幼い頃から、彼は公爵家の跡取りとして完璧を求められ、失敗や弱さを許されなかった。
父の厳しい目はいつも彼の肩越しに存在し、母の冷たい笑顔は励ましよりも遠ざけるものだった。家の人々もまた、彼を「跡取り」としてしか見ない。そんな中で、彼には「友人」という存在がいなかった。誰も彼の孤独を理解しようとはせず、彼もまた誰にもそれを伝えようとはしなかった。
しかし、その日、アレクシスの世界に新しい風が吹き込んだ。
「お初にお目にかかります。ノア・グレイと申します。本日より、執事としてお仕えすることとなりました。」
新しく雇われた執事――ノアが、低く穏やかな声で挨拶した瞬間、アレクシスは一瞬だけ息を飲んだ。ノアの姿は見慣れた執事たちとは明らかに違っていた。彼の黒髪は艶やかで、その端正な顔立ちはどこか影を感じさせた。整った仕草の裏に潜む隠しきれない「何か」が、アレクシスの目を捉えたのだ。
「……君が、新しい執事か。」
アレクシスは努めて冷静を装いながら短く答えた。ノアは微笑を浮かべて深く頭を下げる。
「はい、アレクシス様の専属としてお仕えするよう命じられております。至らぬ点もあるかもしれませんが、精一杯努めさせていただきます。」
その丁寧な物言いと穏やかな態度に、アレクシスは不思議な違和感を覚えた。父が雇う執事は皆、機械のように冷たく、彼に接する時も距離感を保つ。それに比べると、ノアの態度にはどこか人間らしい温かみがあった。
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最初の一週間、ノアは完璧に執事としての仕事をこなし、アレクシスの日々に新たな安らぎをもたらした。彼は朝の目覚めから夜の就寝まで、アレクシスの世話を欠かさなかった。時折見せるさりげない気遣いや、物静かながらも暖かい言葉が、アレクシスの心に小さな光を灯した。
しかし、同時にノアの存在には謎も多かった。彼は必要以上に多くを語らず、時折何かを隠しているような仕草を見せることがあった。アレクシスはそのことを気にしつつも、彼に詮索をすることはなかった。だがある晩、アレクシスは偶然にもノアの「別の一面」を目撃することとなる。
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その夜、アレクシスはいつものように書斎で書物を読んでいた。しかし、窓の外で何か動く影が目に入る。それは、夜の庭を歩くノアの姿だった。いつもの穏やかで控えめな執事の印象とは異なり、彼の足取りには目的を持った鋭さがあった。
「……あれは、どこへ?」
アレクシスは、好奇心に駆られて静かに部屋を出た。彼はノアの後を追い、屋敷の裏手に続く小道へと足を運んだ。月明かりに照らされた庭園を抜け、やがてノアは街へと向かう裏門から出て行った。
「夜に外出?……執事がそんなことを?」
アレクシスの心に疑念が浮かぶ。彼はためらいつつも、ノアを見失わないよう距離を保ちながらその後を追った。
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ノアが向かった先は、屋敷から少し離れた静かな路地裏だった。そこで彼は、明らかに怪しい風貌の男たちと接触していた。アレクシスは陰に隠れてその様子を見守る。
「これで最後だ。これ以上俺に期待するな。」
ノアの低い声が耳に届く。冷たく突き放すようなその口調は、アレクシスが知る穏やかな執事のものとは全く異なっていた。
「わかったよ。だが、また必要になれば連絡する。」
男たちは不気味な笑みを浮かべて去って行った。残されたノアはため息をつき、空を見上げて何かを呟いた。その横顔には深い哀しみが浮かんでいるように見えた。
アレクシスはその姿を目の当たりにし、胸がざわめいた。ノアが何かを抱えているのは明らかだった。しかし、それを問いただすべきか迷い、結局その場を離れることしかできなかった。
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翌朝、ノアはいつものように朝食を準備し、アレクシスに仕えていた。昨晩の出来事を見たアレクシスは、その振る舞いの自然さに戸惑いを覚えつつも、何事もなかったかのように振る舞うノアに問いを投げることができなかった。
それでも、アレクシスの胸には疑問が残ったままだった。ノアの謎に満ちた存在が、彼の平穏な日常に新たな波を引き起こしていくのを、彼はまだ知らなかった――。
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