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第六章 お手並み拝見
第7話
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「気にするなって。やだなぁ、それじゃあ余計気になりますよ。先輩、教えてくださいって」
と、悠真のおねだりに、安由雷は長いまつ毛の瞳を閉じてから、
「実は、実験の最後の登場シーンで考えていたものが、もう一つあったんだよ」と、自嘲気味に微笑んだ。
「最後の登場シーン、………ですか」
「一階ホールに、最初に犯人役の本郷が6号機で登場し、次に10号機で、被害者役のおまえが一人で登場する。そうすれば、事件当日の状況と同じになる。そして、本郷が降りてドアが閉まった6号機の、到着チャイムが再び鳴ってドアが開くと、……おれが『なにかありましたか?』という顔で降りて来る。それが最初に考えた、登場シーンだった」
「えっ、本郷の背後で静かにエレベーターが開くと、先に出発している先輩が、何食わぬ顔をして降りて来るんですか。そんな場面だけを見せられたら、6号機には二つの箱があって、先輩がちょっとタイムスリップをして、遅れて到着したみたいに見えますね。……けど、そんなことが出来るんですか?」
「ああ、地下一階で、本郷を6号機に乗せて一階へ行かせた後に、10号機にはおまえが一人で乗って上へ行く。それを見て、おれは地下一階の上行ボタンを押して、一階にいる6号機を呼んで、それに乗り込む。玄武たちが乗って一階に降りて来たエレベーターは、十一階のボタンを押して、最初の位置にでも戻しておいてもらえば、地下へ一番早く来るのは6号機になる」
「おわ!すごい。先輩、なんで、それにしなかったんですか?最後を飾る演出効果としてはバツグンじゃないですか!」と、悠真が高揚した声で聞いた。
「だな。だけど、もしも本郷が降りた後に、気を利かせた捜査員が、6号機のエレベーターのドアを開けたままにしていたら、ロックされた6号機はずっと一階に留まっていて、おれは地下からエレベーターで登場する事が出来なくなる。まぁ、非常階段を駆けのぼって、非常口から登場する事はできるけど、………息切れしていない振りをして、説明をするのはちょっと切ないだろ」
と、安由雷は、コーヒーを一口飲んで微笑んだ。
「ああ。それで、あの捜査員にグッドジョブ(予想通りに良くできました)だったんですね」と、悠真が頷いた。安由雷は、捜査にはどうでもいいようなことにも周到であった。
大きなガラス窓越しに見える横浜の夜景の、ランドマークの屋上の点滅に遠い視線を向けてから、安由雷は最後のコーヒーを飲みほした。
「じゃあ、そろそろ行くか」と、安由雷が顔を戻して立ち上がった。
それにつられて悠真も立ち上がると、安由雷の手にある空き缶をもらって、ホールの片端にある回収ボックスへ歩いて行った。
本庁へ報告をするために地下に止めてある車へ戻ろうと、二〇階のエレベーターホールに出た所で、三人の捜査員と立ち話をしている辰巳警部と出くわした。
辰巳警部は一瞥すると、二人へ向かってゆっくりと歩いて来た。
「おまえたち、ここに居たのか。そろそろ帰るのか」
「はい、いまから本庁へ戻るところです」
と、辰巳警部の言葉に、安由雷が答えた。
辰巳警部は、二人の顔を一人ずつみてから、
「今回は良くやった。ご苦労さん」と、いつもの低い声でねぎらった。
「悠真、例のやつを」
「えっ?あっ」と、悠真が、安由雷の顔を見た。
悠真は一瞬躊躇ったが、長身の胸を張って、辰巳警部の前へ一歩踏み出した。
辰巳警部の少し後ろに立っている制服の三人の捜査員が何が起こるのかと、悠真に視線を向けた。
「警部殿!」
「ん?」 と、辰巳警部は、頭二個分は上にある悠真の顔を見上げた。
「今回の犯人は、とても頭の良い人間でしたが、たった一つ大きなミスを犯しました。それは、僕と先輩、………いや、先輩と僕が、この事件の担当になる事までは予想ができなかったという事です。以上。……それでは失礼します!」
と、悠真は、そこまで言うと、大きく一礼をしてから、安由雷の横に戻って来た。
安由雷は、微笑んで、悠真の腹を軽くグーで叩いた。
悠真は大げさに腰を屈めて、痛がって見せた。
(24時間のアユライか……)辰巳警部が、二人に背を向けて歩き出した。
笑顔を滅多に見せたことが無い辰巳警部だが、エレベーターホールのガラス窓に映った顔は、どこか満足げに微笑んでいた。
と、悠真のおねだりに、安由雷は長いまつ毛の瞳を閉じてから、
「実は、実験の最後の登場シーンで考えていたものが、もう一つあったんだよ」と、自嘲気味に微笑んだ。
「最後の登場シーン、………ですか」
「一階ホールに、最初に犯人役の本郷が6号機で登場し、次に10号機で、被害者役のおまえが一人で登場する。そうすれば、事件当日の状況と同じになる。そして、本郷が降りてドアが閉まった6号機の、到着チャイムが再び鳴ってドアが開くと、……おれが『なにかありましたか?』という顔で降りて来る。それが最初に考えた、登場シーンだった」
「えっ、本郷の背後で静かにエレベーターが開くと、先に出発している先輩が、何食わぬ顔をして降りて来るんですか。そんな場面だけを見せられたら、6号機には二つの箱があって、先輩がちょっとタイムスリップをして、遅れて到着したみたいに見えますね。……けど、そんなことが出来るんですか?」
「ああ、地下一階で、本郷を6号機に乗せて一階へ行かせた後に、10号機にはおまえが一人で乗って上へ行く。それを見て、おれは地下一階の上行ボタンを押して、一階にいる6号機を呼んで、それに乗り込む。玄武たちが乗って一階に降りて来たエレベーターは、十一階のボタンを押して、最初の位置にでも戻しておいてもらえば、地下へ一番早く来るのは6号機になる」
「おわ!すごい。先輩、なんで、それにしなかったんですか?最後を飾る演出効果としてはバツグンじゃないですか!」と、悠真が高揚した声で聞いた。
「だな。だけど、もしも本郷が降りた後に、気を利かせた捜査員が、6号機のエレベーターのドアを開けたままにしていたら、ロックされた6号機はずっと一階に留まっていて、おれは地下からエレベーターで登場する事が出来なくなる。まぁ、非常階段を駆けのぼって、非常口から登場する事はできるけど、………息切れしていない振りをして、説明をするのはちょっと切ないだろ」
と、安由雷は、コーヒーを一口飲んで微笑んだ。
「ああ。それで、あの捜査員にグッドジョブ(予想通りに良くできました)だったんですね」と、悠真が頷いた。安由雷は、捜査にはどうでもいいようなことにも周到であった。
大きなガラス窓越しに見える横浜の夜景の、ランドマークの屋上の点滅に遠い視線を向けてから、安由雷は最後のコーヒーを飲みほした。
「じゃあ、そろそろ行くか」と、安由雷が顔を戻して立ち上がった。
それにつられて悠真も立ち上がると、安由雷の手にある空き缶をもらって、ホールの片端にある回収ボックスへ歩いて行った。
本庁へ報告をするために地下に止めてある車へ戻ろうと、二〇階のエレベーターホールに出た所で、三人の捜査員と立ち話をしている辰巳警部と出くわした。
辰巳警部は一瞥すると、二人へ向かってゆっくりと歩いて来た。
「おまえたち、ここに居たのか。そろそろ帰るのか」
「はい、いまから本庁へ戻るところです」
と、辰巳警部の言葉に、安由雷が答えた。
辰巳警部は、二人の顔を一人ずつみてから、
「今回は良くやった。ご苦労さん」と、いつもの低い声でねぎらった。
「悠真、例のやつを」
「えっ?あっ」と、悠真が、安由雷の顔を見た。
悠真は一瞬躊躇ったが、長身の胸を張って、辰巳警部の前へ一歩踏み出した。
辰巳警部の少し後ろに立っている制服の三人の捜査員が何が起こるのかと、悠真に視線を向けた。
「警部殿!」
「ん?」 と、辰巳警部は、頭二個分は上にある悠真の顔を見上げた。
「今回の犯人は、とても頭の良い人間でしたが、たった一つ大きなミスを犯しました。それは、僕と先輩、………いや、先輩と僕が、この事件の担当になる事までは予想ができなかったという事です。以上。……それでは失礼します!」
と、悠真は、そこまで言うと、大きく一礼をしてから、安由雷の横に戻って来た。
安由雷は、微笑んで、悠真の腹を軽くグーで叩いた。
悠真は大げさに腰を屈めて、痛がって見せた。
(24時間のアユライか……)辰巳警部が、二人に背を向けて歩き出した。
笑顔を滅多に見せたことが無い辰巳警部だが、エレベーターホールのガラス窓に映った顔は、どこか満足げに微笑んでいた。
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