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第六章 お手並み拝見

第2話

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「警部、6号機が来ます!」
一階で待機をしていた若い捜査員が、安由雷が乗り込んだ6号機のエレベーターの上にある△ランプが点滅して、到着が間近である事を知らせた。

辰巳警部が、6号機に顔を向けた。

少しして、6号機のチャイムが鳴って、エレベーターのドアが開いた。 
「ああっ~!?」
一階のホールで待機をしていた、捜査員全員の驚愕の声が上がった。


安由雷が、十一階から下りてきた筈の6号機の中で、その男が、不思議な笑顔を作って立っていた。
胸の前に白い厚紙を持っている。そして、そこにはなにやら文字が書いてあった。

男がエレベーターの外へ出ようとした時に、隣の7号機のチャイムが短く鳴り、エレベーターが到着して、捜査員五人と、玄武が勢いよく飛び出して来た。

「ええっ!?」
と、走り出てきた玄武が、6号機から降りてくる、その男を見て絶句した。
小走りに6号機の前まで来ると、慌てて奥を覗き込んだ。……が、エレベーターの中に、安由雷の姿は無かった。  

(うそだろ!安由雷が消えた!?)
たった今、憎たらしい笑顔で「ちゃお~♪」とバイバイをして、この6号機のエレベーターで一階へ下りた安由雷の姿が、そこからは完全に消えていた。

捜査員の一人が、男が降りて閉まりかけていた6号機のエレベーターに走り込んで、ドアが閉まらないように、『開ボタン』を押した。


玄武も、他の捜査員とともに、大路和彦のエレベーターのレクチャーは受けていた。
6号機は、十一階から、一階までは直通の筈だ。
一階ホールの『上行ボタン』で、下に来いとロックをされている6号機に、確かに安由雷は乗り込んだ。

(一体どういう事だ?)
安由雷がエレベーターに乗り込んで、ドアが閉まるまでに行先ボタンを押した気配は無かったが、たとえ十一階よりも上の階の行き先ボタンを押したとしても、(キャンセルされて)エレベーターは一階へ向かう。一階にロックをされた時点で、運命なのだ。

(では、どこかで入れ替わったのか?)
6号機は、十一階から一階の間の何処かに、何かをする事で停止をして外に出る事ができるのか? 玄武の頭の中が、カラカラと乾いた音を立てて、空回りを始めた。 


そこへいきなり、少し先に出発した筈の10号機のチャイムが突然鳴って、一番左側にエレベーターが到着した。
そして、その10号機のエレベーターのドアが開くと、安由雷が澄ました顔で降りて来た。

「は~い、みなさん、見てください!中に立ってはいますが、彼が被害者役です!」
と、安由雷が後ろを振り向いて指を差した。
10号機のエレベーターの中で、長身の悠真が片手をあげて、それに応えた。

捜査員の視線が注ぐと、悠真は頭を掻きながら、10号機のエレベーターから降りて来た。安由雷からは何も聞いていない悠真には、いま何が起こっているのか全く判らなかった。

「どうです。みなさん、楽しめましたか~」
と、安由雷が、大げさに両手を広げて言った。
まるで、ミステリー小説の最後に、全員を集めて、名探偵が「謎は全て解けた!」と言うクライマックスシーンのようであった。

そして安由雷は、なぜか6号機のエレベーターの中で、ドアが閉まらないように『開ボタン』を押し続けている捜査員に向かって、『グッドジョブ!』と口パクをしてから、その捜査員に親指を立ててみせた。

玄武は、現状で起こっている出来事の把握を、まだ完全には理解ができていない様子で、安由雷と、先に6号機から下りて来た、その男の顔を何度も交互に見比べている。  

6号機のエレベーターから降りてきた、その男が持っている厚紙には、『』と、大きな文字が書いてあった。


………安由雷の事件当日の再現が終わった。

 ●ラーメンを食べて、一階ホールで6号機(当日は8号機)の
  エレベーターを待っている二人組役の捜査員たち

 ●そこに、6号機のエレベーターが到着して、
  少し先に帰った厚紙を持つ犯人役の男

 ●そして、10号機のエレベーター(当日は7号機)の中で殺されていた
  被害者役の悠真

安由雷は、当日、犯人が乗った8号機と、被害者の乗る7号機のエレベーターが、一階に到着する前に、どこかで接触して、乗り換えることが出来る事を見事に立証してみせたのである。
これで、あの日の再現が完璧に終わった。………完璧?いや、当日の重要な登場人物が、これでは、まだ一人足りないではないか。

完璧なものを見せると言った安由雷が、まさか………、ミスを犯してしまったのか?
いや、伝説の『24時間のアユライ』にとって、そんなことはある筈がない。
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