上 下
27 / 39
第五章 推理対決

第2話

しおりを挟む
悠真は、ホワイトボードを見て、ホッとした。
自分の推理が、この中には含まれていなかった。

「では、今までの捜査結果を踏まえて、一つずつ消去してくれ」
銀縁の眼鏡をした、辰巳警部の低い声であった。

「まず、A.の自殺説ですが、自殺理由が弱いのと、胸を刺した刃物がエレベーターの中に無かった。自分で胸を刺したとしたら、殆ど即死なので、刺したモノは隠せませんし、隠す理由もありません。したがって自殺説は排除します」
丸顔の玄武が、ホワイトボードの前に立って、一同を見渡した。
誰も異論はなかった。
――玄武は、赤いマーカーで、A案を×にした。

「次に、B.本郷研次郎の犯行説は、みんなも見ての通り、ここのエレベーターの天井は高く、一面が蛍光ランプになっている。天井が開いたとしても、踏み台か、梯子の様なものがなければ天井に出る事は不可能。それに何より、エレベーターを途中で停める事はできないし、動いている途中で仮に停められたとしても、エレベーター管理室のブザーが鳴ってしまう。故にこれも不可能と……」

「ぷっ」と、玄武の説明の最中に、吹き出したのは安由雷であった。
動機欄の勝手な思い込みや、いきなり現実離れしているモノが尤もらしく盛り込まれていて、安由雷には玄武の脚色が入り過ぎていると感じた。また犯行方法と、犯行実施者を決めつけていることにも違和感があった。

そして、こんな荒唐無稽の仮説を元に、大真面目に議論している事にも滑稽さを感じた。誰が、道具などの大掛かりな準備も無しに、映画みたいに動くエレベーターの天井に上がり、隣のエレベーターに飛び移れるのか。

また、次の氷の剣というのも、安由雷は笑えた。
小説では読んだ事があるが、実際の事件の凶器として、氷が使われたなどと言う事は、聞いた事が無かった。
ここにいる連中は、本当に氷で人が殺せると思っているのか。
吉川志季が、冷たい氷を満員電車に揺られながら、必死に溶けないように持ってくる姿を想像すると、腹が痛かった。


「何か?」と、玄武の太い眉が若干上がった。
「いえ、別に」
と、安由雷は、全力で真面目な顔を作り、首を横に振った。


――玄武は、ホワイトボードのB案を×にした。

「では、次のC.吉川志季の犯行説ですが、これは当時一階のエレベーターホールには吉川志季しか居なかった事と、消えた凶器の説明ができる唯一の説でもあり、この説を否定する材料は何も見つかってはいない。従って、今も大変有力視されている事は変わらないものとする。何か異論があれば、意見をどうぞ」
玄武は、自信たっぷりに説明をした。この説は、玄武の考えたものだった。


「あのぉ~、ちょっと、いいですかぁ」
と、緊張の空気がピリピリする静まり返った部屋に、素っ頓狂な声が響いた。
悠真のとぼけた声だった。

「僕は、人間の体を突き抜ける氷を知りません。今までの調べから、馬場雷太は細くて鋭い刃物の様なもので、胸を一突きされて死亡したとなっています。細く尖らせたがどれ位のものなのか、知っていたら教えてもらえますか。また、犯行時まで、吉川志季は氷が溶けないように、アイスボックスの様なものに保管していたんでしょうか」と、悠真は真顔であった。

その横に座っている安由雷は、そんな事はどうでも良かった。
「今晩、みんなで、家の冷蔵庫で作ってみましょう。胸を刺しても折れない、細いさきっぽの氷を」
と、言っちまったのは、やっぱり安由雷であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

朱糸

黒幕横丁
ミステリー
それは、幸福を騙った呪い(のろい)、そして、真を隠した呪い(まじない)。 Worstの探偵、弐沙(つぐさ)は依頼人から朱絆(しゅばん)神社で授与している朱糸守(しゅしまもり)についての調査を依頼される。 そのお守りは縁結びのお守りとして有名だが、お守りの中身を見たが最後呪い殺されるという噂があった。依頼人も不注意によりお守りの中身を覗いたことにより、依頼してから数日後、変死体となって発見される。 そんな変死体事件が複数発生していることを知った弐沙と弐沙に瓜二つに変装している怜(れい)は、そのお守りについて調査することになった。 これは、呪い(のろい)と呪い(まじない)の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

量子迷宮の探偵譚

葉羽
ミステリー
天才高校生の神藤葉羽は、ある日突然、量子力学によって生み出された並行世界の迷宮に閉じ込められてしまう。幼馴染の望月彩由美と共に、彼らは迷宮からの脱出を目指すが、そこには恐ろしい謎と危険が待ち受けていた。葉羽の推理力と彩由美の直感が試される中、二人の関係も徐々に変化していく。果たして彼らは迷宮を脱出し、現実世界に戻ることができるのか?そして、この迷宮の真の目的とは?

処理中です...