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第一章 刑事バディ登場
第2話
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「二週間前に、松芝総研株式会社で十一階からエレベーターに一人で乗った馬場雷太が一階に着いた時に、胸を鋭い刃物のようなもので一突きされて死んでいた。しかし、馬場が乗ったエレベーターは高層階用で、一〇階から二階の間は止まらない。更に、刃物の類はエレベーターの中にはなく、二週間を過ぎた今も発見はされていない。だろ」
悠真は瞬きを数回すると、安由雷の顔を見て安心したように言った。
「なぁ~んだ。先輩、ちゃんと読んでるじゃないですか」
「ああ、最初の五行はいつも読む。でも、そこでいつもスヤスヤと眠りの世界に引き込まれてしまう。俺は意志の弱い、駄目な男だ」
悠真はつき合いきれないという顔をして、前方へ顔を戻した。しかしそれでも安由雷は続ける。
「ああ、駄目だ、駄目だ。人間失格だ。生きている資格もない。俺は死のう。明日死のう。絶対死……」
「もういいですよ、先輩。判りましたから」
悠真が前を見たまま、首を数回横に振る。
安由雷は悪戯そうな目つきで、悠真の左耳に顔を寄せると、
「ど~だったぁ、今の。女って奴は、男が思いっきり自分の事を卑下すると、母性本能が働いて『そんな事はないわ。大丈夫よ。トキハル、私が力になってあげるから!出来る事があったら何でも言って。え、ホテル行くの?』なんていって、簡単に落ち……」
「落ちませんよ。そんな事じゃ、絶対に!」
悠真は顔を真っ赤にして、きっぱりと否定した。
安由雷は、悠真の強い口調に押されながらも、
「お前、昔、女で何か苦労したのか?何をそんなにムキになってんだよ」
と、色っぽい目つきで、タバコの煙を悠真の方へ吹きかけるフリをした。
「やめてくださいよ、先輩!」
悠真は、眉根を寄せた。悠真はタバコが嫌いだった。
夏浬悠真は、小学五年生の時に父親を肺癌で亡くしていた。高校を卒業するまでは、一部屋だけの安アパートに、母親と二人暮らしで、母親の僅かなパートの収入と、父親が残した五百万円の死亡保険金が生活の糧の全てであった。
悠真とは対照的に、安由雷時明は裕福な家に育った。六本木の高層マンションの最上階に一人住まいで、新型の赤いフェラーリに乗っている。
二歳上の兄と、一回り下の高校二年生の妹がいた。
兄の瑛仁は、スタンフォード大学を出て、アメリカ人の妻と、二人の娘がいて、今はニューヨークで暮らしている。
妹の理央は、鎌倉の大豪邸で両親と暮らしているが、今年の四月頃から、時明が頼んだわけではないのだが、週末になると掃除や洗濯をしに、マンションに来るようになった。
「何でもかんでもクローゼットに投げ込まないで」とか「煙草はバルコニーで吸って」とか「洗濯物はかごに入れて」とか、そして決まって最後は「アキ兄を見習って、ハル兄もそろそろ家庭をもちなさい」と、……その口調が、益々母親に似て来たと、時明は思っていた。
それで時明も、たまに悠真を呼んで、口喧しい妹の話し相手をしてもらっていた。
悠真は瞬きを数回すると、安由雷の顔を見て安心したように言った。
「なぁ~んだ。先輩、ちゃんと読んでるじゃないですか」
「ああ、最初の五行はいつも読む。でも、そこでいつもスヤスヤと眠りの世界に引き込まれてしまう。俺は意志の弱い、駄目な男だ」
悠真はつき合いきれないという顔をして、前方へ顔を戻した。しかしそれでも安由雷は続ける。
「ああ、駄目だ、駄目だ。人間失格だ。生きている資格もない。俺は死のう。明日死のう。絶対死……」
「もういいですよ、先輩。判りましたから」
悠真が前を見たまま、首を数回横に振る。
安由雷は悪戯そうな目つきで、悠真の左耳に顔を寄せると、
「ど~だったぁ、今の。女って奴は、男が思いっきり自分の事を卑下すると、母性本能が働いて『そんな事はないわ。大丈夫よ。トキハル、私が力になってあげるから!出来る事があったら何でも言って。え、ホテル行くの?』なんていって、簡単に落ち……」
「落ちませんよ。そんな事じゃ、絶対に!」
悠真は顔を真っ赤にして、きっぱりと否定した。
安由雷は、悠真の強い口調に押されながらも、
「お前、昔、女で何か苦労したのか?何をそんなにムキになってんだよ」
と、色っぽい目つきで、タバコの煙を悠真の方へ吹きかけるフリをした。
「やめてくださいよ、先輩!」
悠真は、眉根を寄せた。悠真はタバコが嫌いだった。
夏浬悠真は、小学五年生の時に父親を肺癌で亡くしていた。高校を卒業するまでは、一部屋だけの安アパートに、母親と二人暮らしで、母親の僅かなパートの収入と、父親が残した五百万円の死亡保険金が生活の糧の全てであった。
悠真とは対照的に、安由雷時明は裕福な家に育った。六本木の高層マンションの最上階に一人住まいで、新型の赤いフェラーリに乗っている。
二歳上の兄と、一回り下の高校二年生の妹がいた。
兄の瑛仁は、スタンフォード大学を出て、アメリカ人の妻と、二人の娘がいて、今はニューヨークで暮らしている。
妹の理央は、鎌倉の大豪邸で両親と暮らしているが、今年の四月頃から、時明が頼んだわけではないのだが、週末になると掃除や洗濯をしに、マンションに来るようになった。
「何でもかんでもクローゼットに投げ込まないで」とか「煙草はバルコニーで吸って」とか「洗濯物はかごに入れて」とか、そして決まって最後は「アキ兄を見習って、ハル兄もそろそろ家庭をもちなさい」と、……その口調が、益々母親に似て来たと、時明は思っていた。
それで時明も、たまに悠真を呼んで、口喧しい妹の話し相手をしてもらっていた。
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