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第19話 仲間たちの笑顔に
19ー②
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少しして時貞は、首を振ると気を取り直して、
「憧れなんて云うものは、もともとこういうもんですよね」と、強張った笑い顔を浮かべた。歩き出した時貞の目は、少し潤んでいる。
一織が、ワイヤレスでドアロックを外した。時貞が、クラウンの助手席のドアを開けた。
「教授!」と、龍信が、遅れて来て声を掛けた。
「あっ、監督、何処に」と、時貞が、目の前に来た龍信に顔を向けた。
「ああ、ちょっと、便所にな」と、龍信が、顎を後ろにしゃくった。
「そう云えば、監督の手術が、明後日に。…いよいよ、鋼鉄の腕が」
「鋼鉄じゃ無いがな。骨の部分は金属のボルトが入るらしい」
「益々、最強になって行きますね。………で、何か」
と、時貞が、ドアの外で立ったまま訊いた。一織は、運転席に乗り込んで、顔を覗かせている。
「いや、実は、云いにくいんだけどな……」
と、何時も切れのいい龍信とは違い、なぜか歯切れが悪い。
「何です?」
時貞が首を捻った。龍信は、片手で頭を掻くと、
「あん時、ガスボンベを部屋の出口に置いといたのは、………おれなんだ」
「えっ、……」
「教授が、足の小指の爪を剥がして怒ってたんで、つい云いそびれちまって、………すまん」
「えっ、あっ、いや、………いいんですよ。そんな事は」
と、時貞が、頭を下げた龍信の肩に手をやった。龍信の肩は鋼鉄のように硬かった。
「監督、そんな事はいいですよ。気にしないでください」
時貞は、顔の前で手を振って見せた。龍信は顔を上げると、微笑んだ。時貞は、その誠実な態度に、意味ありげな顔をして、何かを迷っているようであった。
そこへ、碧の白いポルシェがUターンして、戻って来た。
「ねぇ、みんなでお茶でも飲んで行かない。近くに、いい所があるの」
と、碧が、ポルシェの窓を開けて云った。
「いいねぇ、しよぉ、しよぉ」
と、一織が、シートベルトを引っ張りながら云った。
龍信が後ろに目をやると、源次と翔太がトラックに乗って、OKサインを出している。
「龍信さん、乗ってかない」
と、碧が、少し甘えた声で云った。龍信は、後ろへ振り向くと、
「健太っ!」と、大声で呼んだ。
「何っスか」と、健太がバイクから降りて、走って来た。
「お前、先に帰っていいぞ」
「えぇー、そりゃ、無いっスよぉー」
と、健太が泣き出しそうな顔を向けた。
「おれは、あれで行く」
と、龍信は、碧の開けた助手席のドアを閉めると、源次のトラックへ向かって歩き出した。龍信は、女が運転する車の助手席には座れなかった。龍信の男としての、周りにエライ迷惑な美学であった。
「若、何ですか。これに乗るんですかい。男ばっかで、何かむさ苦しいですよ」
と、源次が、トラックのベンチシートの真ん中に、追いやられながら云った。
「源さん、トラックちゅうのはですねぇ。野郎の乗りもんなんですよ」
「じゃあ、わし、碧ちゃんの車に、……」
「源さん!」と、龍信に怒鳴られて、さすがの源次も苦笑いをした。デカい男二人に乗り込まれて、翔太が一番迷惑をしていた。
(やっぱり、男なら云わなくちゃ)と、時貞が、一瞬迷ったが、龍信の乗り込んだトラックに顔を向けた。
「じゃあ、わたしが先に走るわよ」と、碧が云って、駐車場の出口に走り出した。
「源さん、男っちゅのは、大きな気持ちを持ってですねぇ、どんな状況でも、落ち着いて冷静に……」
と、龍信が云い掛けて、まだ車に乗っていない時貞に気が付いた。
時貞が、こっちを向いて何かを云っている。トラックのエンジン音がうるさくてよく訊こえない。
「教授!どうかしたんですか?」と、龍信が、窓から首を出して怒鳴った。
「監督、……」
「えっ?」
「あの時、監督がぼくの横で寝ていた時に、………」
「ん?」
「監督の頭の下に敷いてあった、作業服を、ぼくが引っ張って、……」
「んんっ?」
「監督の後頭部が、下の鉄板に当たって、凄い音がして………」
「何だって!」
と、龍信は、意識を取り戻した時に、原因不明の後頭部の痛みに襲われていた。
怪物と戦っている時に、後頭部など打った覚えが無かった。―――あの原因が、時貞だったとは。
「ごめんなさーい」
と、云って、時貞は逃げるように車に乗り込むと、急かすように、一織に車を発車させた。
「このぉー!」
と、龍信が、ベンチシートの横からアクセルを思い切り踏み込んだ。翔太は、慌ててハンドルを握った。
「ごらぁぁぁ、逃がさねぇーぞ!」
「若っ、……落ち着いて、落ち着いて」
「うっせぇー!」と、龍信には、源次の声も届かない。
「何か、後ろのトラックに乗っている龍信さん、様子が変よ」
と、一織が、ルームミラーで後ろを見て云った。
「腕でも痛いんじゃ無いのかな」と、時貞が、澄ました顔で云った。
おわり
_____________________________________
最後まで、お読みいただきありがとうございました。
「憧れなんて云うものは、もともとこういうもんですよね」と、強張った笑い顔を浮かべた。歩き出した時貞の目は、少し潤んでいる。
一織が、ワイヤレスでドアロックを外した。時貞が、クラウンの助手席のドアを開けた。
「教授!」と、龍信が、遅れて来て声を掛けた。
「あっ、監督、何処に」と、時貞が、目の前に来た龍信に顔を向けた。
「ああ、ちょっと、便所にな」と、龍信が、顎を後ろにしゃくった。
「そう云えば、監督の手術が、明後日に。…いよいよ、鋼鉄の腕が」
「鋼鉄じゃ無いがな。骨の部分は金属のボルトが入るらしい」
「益々、最強になって行きますね。………で、何か」
と、時貞が、ドアの外で立ったまま訊いた。一織は、運転席に乗り込んで、顔を覗かせている。
「いや、実は、云いにくいんだけどな……」
と、何時も切れのいい龍信とは違い、なぜか歯切れが悪い。
「何です?」
時貞が首を捻った。龍信は、片手で頭を掻くと、
「あん時、ガスボンベを部屋の出口に置いといたのは、………おれなんだ」
「えっ、……」
「教授が、足の小指の爪を剥がして怒ってたんで、つい云いそびれちまって、………すまん」
「えっ、あっ、いや、………いいんですよ。そんな事は」
と、時貞が、頭を下げた龍信の肩に手をやった。龍信の肩は鋼鉄のように硬かった。
「監督、そんな事はいいですよ。気にしないでください」
時貞は、顔の前で手を振って見せた。龍信は顔を上げると、微笑んだ。時貞は、その誠実な態度に、意味ありげな顔をして、何かを迷っているようであった。
そこへ、碧の白いポルシェがUターンして、戻って来た。
「ねぇ、みんなでお茶でも飲んで行かない。近くに、いい所があるの」
と、碧が、ポルシェの窓を開けて云った。
「いいねぇ、しよぉ、しよぉ」
と、一織が、シートベルトを引っ張りながら云った。
龍信が後ろに目をやると、源次と翔太がトラックに乗って、OKサインを出している。
「龍信さん、乗ってかない」
と、碧が、少し甘えた声で云った。龍信は、後ろへ振り向くと、
「健太っ!」と、大声で呼んだ。
「何っスか」と、健太がバイクから降りて、走って来た。
「お前、先に帰っていいぞ」
「えぇー、そりゃ、無いっスよぉー」
と、健太が泣き出しそうな顔を向けた。
「おれは、あれで行く」
と、龍信は、碧の開けた助手席のドアを閉めると、源次のトラックへ向かって歩き出した。龍信は、女が運転する車の助手席には座れなかった。龍信の男としての、周りにエライ迷惑な美学であった。
「若、何ですか。これに乗るんですかい。男ばっかで、何かむさ苦しいですよ」
と、源次が、トラックのベンチシートの真ん中に、追いやられながら云った。
「源さん、トラックちゅうのはですねぇ。野郎の乗りもんなんですよ」
「じゃあ、わし、碧ちゃんの車に、……」
「源さん!」と、龍信に怒鳴られて、さすがの源次も苦笑いをした。デカい男二人に乗り込まれて、翔太が一番迷惑をしていた。
(やっぱり、男なら云わなくちゃ)と、時貞が、一瞬迷ったが、龍信の乗り込んだトラックに顔を向けた。
「じゃあ、わたしが先に走るわよ」と、碧が云って、駐車場の出口に走り出した。
「源さん、男っちゅのは、大きな気持ちを持ってですねぇ、どんな状況でも、落ち着いて冷静に……」
と、龍信が云い掛けて、まだ車に乗っていない時貞に気が付いた。
時貞が、こっちを向いて何かを云っている。トラックのエンジン音がうるさくてよく訊こえない。
「教授!どうかしたんですか?」と、龍信が、窓から首を出して怒鳴った。
「監督、……」
「えっ?」
「あの時、監督がぼくの横で寝ていた時に、………」
「ん?」
「監督の頭の下に敷いてあった、作業服を、ぼくが引っ張って、……」
「んんっ?」
「監督の後頭部が、下の鉄板に当たって、凄い音がして………」
「何だって!」
と、龍信は、意識を取り戻した時に、原因不明の後頭部の痛みに襲われていた。
怪物と戦っている時に、後頭部など打った覚えが無かった。―――あの原因が、時貞だったとは。
「ごめんなさーい」
と、云って、時貞は逃げるように車に乗り込むと、急かすように、一織に車を発車させた。
「このぉー!」
と、龍信が、ベンチシートの横からアクセルを思い切り踏み込んだ。翔太は、慌ててハンドルを握った。
「ごらぁぁぁ、逃がさねぇーぞ!」
「若っ、……落ち着いて、落ち着いて」
「うっせぇー!」と、龍信には、源次の声も届かない。
「何か、後ろのトラックに乗っている龍信さん、様子が変よ」
と、一織が、ルームミラーで後ろを見て云った。
「腕でも痛いんじゃ無いのかな」と、時貞が、澄ました顔で云った。
おわり
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最後まで、お読みいただきありがとうございました。
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