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第11話 憤激に委ねる黒戦士

11ー④

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「若!」と、源次は、間一髪で躱している龍信を見てはいられなかった。
至近距離で戦っている龍信の首は、いつ飛んでもおかしくは無かった。

怪物は、顔の前に上げた右肘を曲げて、そのまま右から左へ素早く水平斬りをした。外側の、爪の一枚が開いていた。

龍信は、間一髪、スウェー(後ろへ身体を反らす)で躱すと、下ろしかけた怪物の右肘を、思い切り蹴り上げた。爪の開いた右腕が、勢いをつけたまま、怪物の頭の後ろに弾かれた。怪物の爪が、自分の額を掠めて、緑色の血が滲んだ。無意識に顔から右腕を遠ざけた。

それを見てチャンスだと、右拳に力を籠めて飛び込んだ。が、その龍信の胸に、怪物の左拳が飛んできた。龍信が翻筋斗もんどり打って吹っ飛ぶ。鋭利な右腕ばかりを気にしていて、怪物の左腕の動きまでは見ていなかった。

壁に、背中からぶつかり、俯せに崩れ落ちる龍信。建物が揺れた。
とどめを刺しに、大股で追いかけて来る怪物。

「若!」と、源次が、慌てて走り出す。が、間に合わない。

龍信が顔を上げた。上から怪物の右腕が、龍信の頭目掛けて、真っすぐ向かってくる。―――龍信は間一髪で身体を反転して躱した。怪物の尖った先が、床板にめり込んだ。瞬時、全身のバネを利用して、龍信が跳ね起きた。

前屈みになっている怪物の右顔面に、横蹴りを叩き込んだ。靴のつま先が、怪物の顔にめり込んだ。

間髪いれずに、龍信が上へ飛んだ。かかとに全体重を乗せて、怪物の脳天へ落とした。前のめりに怪物は突っ伏した。これで、大概の相手は終わりフィニッシュであった。が、しかし怪物は左腕一本で堪えると、右腕をなりふり構わず振り回した。その爪が、龍信の右頬を掠めた。頬が裂けて血が流れた。

「若!大丈夫ですか」と、源次が後ろから、心配そうに声をかけた。

「幾ら何でも素手は無茶ですよ。奴の体は、鋼より硬いんですから。この、チェーンソーでも斬れるかどうか」と、源次が、龍信のところまで歩いて来て、肩に手を掛けた。その時、目の前の怪物が立ち上がった。怪物のせり上がった両肩は、龍信よりも頭二つ分高かった。

「判った。これで幾らか気がすんだ」と、龍信が怪物を見たまま、後ろへ後退した。

龍信は、素手で怪物に一歩も引けを取らなかった。
先ほどの攻撃は、怪物には殆ど効果が無かったかもしれない。しかし、龍信は素手で殴った感触で、少し気が晴れていた。
このまま、歩の悪い戦いを続けていても意味がないことは、龍信が一番よく判っている。

怪物が、ゆっくりと近づいてくる。そして、牙をむき出して威嚇した。
龍信は立ち止まり、目の前にある怪物の顔面に、右拳を叩き込む素振りをした。
と、その瞬間に、怪物の右腕が反射的に交差する形で放物線を描いた。
龍信は、すばやく腕を引き戻した。怪物の右腕が、虚しく空を斬る。
龍信は、首を横に振って、「甘いよ」と、云う顔をした。
怪物を、完全におちょくっている。怪物は尚更いきり立った。

龍信は、、ゆっくりと出入口に歩いて行った。
後ろから襲って来るのを待った。……しかし、怪物は追うのをやめて、部屋の中程に立ち止まっていた。
龍信は、近づいて来たら、振り向きざまに裏拳(拳の甲で頬を打つ)を入れて、蹌踉よろける所を下顎に、膝蹴りを食らわせるつもりでいた。これでも、怪物こいつが立っていられるのかを試したかった。

怪物は自分に背を向けて、無防備に歩いて行く相手を追うのをやめた。不気味だった。今まで、自分に素手で挑んで来る者などは皆無であった。威嚇するだけで、全ての者が委縮した。しかし、微塵も怯まずに、真正面から向かって来る。この予測不能な相手に対して、怪物は、始めて恐怖のような感情を抱いた。そして、五百年前の時の狭間で待っている、が放つ強烈なオーラにも、どこか似ていると感じていた。
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