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第3話 道化を演じる偉才の貴公子
3-⑤
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碧もしゃがんで、自分の足元に転がっているカレーまんの残骸を拾った。
碧の白いミニスカートから、すらりと伸びた太股が眩しい。それを、時貞は見逃さなかった。かぶと虫よりも、こっちの方が大好きだった。時貞の鼻の下が伸びてきた。
「ああ、四郎と云うのわね。お父様の勘明博士が、天草四郎時貞が好きでね」
「天草、四郎、時貞?」
「ええ、それで最初は名前を、神童、四郎時貞にしようと思ったんだけど、長いので縮めて時貞にしたんだって。でも後になって後悔したらしくて、小さい頃から四郎、四郎って呼んでたのね。それで今でも、昔からの知り合いはみんな、時貞のことを四郎って呼ぶのよ」と、一織が説明をした。
一織と時貞は、小さい頃からよく遊んでいた。しかし、年齢が放れているので、ほとんどは時貞が、やんちゃな一織に振り回されていた。
「へぇ~、……ん!?」
と、碧が顔を上げると、自分の下半身を覗いている、時貞の視線に気が付いて、慌てて立ち上がった。
時貞は、気まずい顔をして背中を向けると、何事もなかったかのようにかぶと虫に視線を戻した。しかし、まだ鼻の下は相当伸びている。
一織が、急に立ち上がった碧を不思議に思いながらも、続ける。
「四郎があんなだから、お父様は四郎の弟さんばかりを可愛がって。でも、わたしも左助も、四郎が天才だと信じてるわ」
「サスケ?」
「ああ、四郎の弟さんの名前」
碧は、時貞の父親の趣味が、少し判ったような気がした。
碧は、すっかり時貞に詫びることを忘れていた。時貞が、わざとそんな雰囲気を作っていた。一織が、カレーまんの残骸を拾い終わると、立ち上がって付け足した。
「四郎の家族は、面白い名前ばかりでしょう。それで四郎も、名前を付けるのが好きでね。今度は、かぶと虫のヨネ松くんだもんね」
「ああ、ジャッカルくん、とかもね」
と、碧が微笑んで云った。と、その時、一織の顔色が一変した。
「ジャ!ッ!カ!ルぅ!」
と、一織が、めくじらをつり上げて、ゆっくりと時貞へ顔を向けた。
背中を向けていた、時貞の肩がピクンと上がった。顔面が蒼白になった。
カレーまんの残骸の入った、かた結びをしたコンビニの袋が時貞の後頭部をめがけて飛んできた。時貞は背を向けたままで頭をヒョイと、間一髪でそれを躱した。
目の前の壁に、袋が、スペースシャトルのように飛んでいった。そして潰れた。
次の瞬間、血相を変えた一織が、時貞の襟首を掴んで振り向かせた。
「四郎、碧さんに何をしたのよ。今度はどこを掴んだのよ?」
と、一織が、もの凄い剣幕で問いつめる。
時貞は首を横に振って、酸欠の金魚のように窒息しかけながらも必死の形相で、
「な、何にもしてない。何にもしてない。これから……」
と、掠れた声で云って、慌てて途中で口に手を当てた。
「もう、今回だけは本当に許さないからね!」
と、一織が云って、碧の方に顔を向けた。時貞は、何度も首を左右に振っている。
最年少の天才歴史考古学者も、一織に対しては形無しであった。
「え、どうしたの?」
と、碧は、呆気に取られて、小首を傾げた。碧には、一織が怒っている理由が判らなかった。
「わたしはね、ジャッカルに思いきり、お尻を握られたのよ」
と、一織の一言で、碧は全てを察した。
「ちょっと、待ってくれ。ちょっと……」
と、時貞が、一織の腰に優しくジャッカルを回して云った。一織が、襟首の手を放した。
「一織、落ちついて、このヨネ松くんをよく見なさい」
と、時貞が、左手のかぶと虫を、掲げて云った。
「何で、かぶと虫なんか、見なければならないのよ」
一織が怒っている。完全に怒っている。
時貞は、どぎまぎしながら続けた。
「このヨネ松くんの体を良く見てごらん。角が生えてまさに戦う為の体をしている。空飛ぶ戦車という感じだろ。それに引き替え、メスには角が無い。何でだと思う」
一織の返事は無い。腕を組んで、時貞を上から睨んでいる。
碧は少し後ろで、黙って二人を見ている。失礼がないように、必死に笑顔を作っているのだが、顔が不自然に強張っていた。
「メスは戦う必要が無かったんだよ。何かあればオスが助けにきてくれた。オスとメスの役割が、それほど明確に区別されていたんだ。・・・こんな小さな虫にもね」
と、云って、時貞は顔を上げて、両手を大きく広げた。
「でも、人間はどうだ!?男には、牙も角も無い。女と男の違いは、生殖に関係する部分だけで、人間の男には、戦う武器を与えてはもらえなかった。では、女の為に戦うことが出来ないのか?……答えはノーである!」
今度は広げた手を、胸に当てて続けた。
二人は半ば呆れて立っている。碧も強張った笑顔を続けている。顔が怖い。
「男は、武器の変わりに勇気という力を授かった。愛するものを自らの命をかけても守り抜く勇気を。この胸の中に溢れるほどの勇気を。そして、女には、優しさと、思いやりが……」一織は怒る気力も萎えていた。
碧は、部屋から逃げ出るタイミングを計っている。
「神は、女性の中に、何よりも尊い慈悲の心をお授けになられた。何でそのような事が必要だったのか?……それは、男という愚かな生き物が、沢山の過ちを犯す事を知っていた。そしてそれを女性の寛大な、慈悲の心で許すようにと、偉大な神は……」時貞は、すっかり自分の世界に陶酔していた。
碧の白いミニスカートから、すらりと伸びた太股が眩しい。それを、時貞は見逃さなかった。かぶと虫よりも、こっちの方が大好きだった。時貞の鼻の下が伸びてきた。
「ああ、四郎と云うのわね。お父様の勘明博士が、天草四郎時貞が好きでね」
「天草、四郎、時貞?」
「ええ、それで最初は名前を、神童、四郎時貞にしようと思ったんだけど、長いので縮めて時貞にしたんだって。でも後になって後悔したらしくて、小さい頃から四郎、四郎って呼んでたのね。それで今でも、昔からの知り合いはみんな、時貞のことを四郎って呼ぶのよ」と、一織が説明をした。
一織と時貞は、小さい頃からよく遊んでいた。しかし、年齢が放れているので、ほとんどは時貞が、やんちゃな一織に振り回されていた。
「へぇ~、……ん!?」
と、碧が顔を上げると、自分の下半身を覗いている、時貞の視線に気が付いて、慌てて立ち上がった。
時貞は、気まずい顔をして背中を向けると、何事もなかったかのようにかぶと虫に視線を戻した。しかし、まだ鼻の下は相当伸びている。
一織が、急に立ち上がった碧を不思議に思いながらも、続ける。
「四郎があんなだから、お父様は四郎の弟さんばかりを可愛がって。でも、わたしも左助も、四郎が天才だと信じてるわ」
「サスケ?」
「ああ、四郎の弟さんの名前」
碧は、時貞の父親の趣味が、少し判ったような気がした。
碧は、すっかり時貞に詫びることを忘れていた。時貞が、わざとそんな雰囲気を作っていた。一織が、カレーまんの残骸を拾い終わると、立ち上がって付け足した。
「四郎の家族は、面白い名前ばかりでしょう。それで四郎も、名前を付けるのが好きでね。今度は、かぶと虫のヨネ松くんだもんね」
「ああ、ジャッカルくん、とかもね」
と、碧が微笑んで云った。と、その時、一織の顔色が一変した。
「ジャ!ッ!カ!ルぅ!」
と、一織が、めくじらをつり上げて、ゆっくりと時貞へ顔を向けた。
背中を向けていた、時貞の肩がピクンと上がった。顔面が蒼白になった。
カレーまんの残骸の入った、かた結びをしたコンビニの袋が時貞の後頭部をめがけて飛んできた。時貞は背を向けたままで頭をヒョイと、間一髪でそれを躱した。
目の前の壁に、袋が、スペースシャトルのように飛んでいった。そして潰れた。
次の瞬間、血相を変えた一織が、時貞の襟首を掴んで振り向かせた。
「四郎、碧さんに何をしたのよ。今度はどこを掴んだのよ?」
と、一織が、もの凄い剣幕で問いつめる。
時貞は首を横に振って、酸欠の金魚のように窒息しかけながらも必死の形相で、
「な、何にもしてない。何にもしてない。これから……」
と、掠れた声で云って、慌てて途中で口に手を当てた。
「もう、今回だけは本当に許さないからね!」
と、一織が云って、碧の方に顔を向けた。時貞は、何度も首を左右に振っている。
最年少の天才歴史考古学者も、一織に対しては形無しであった。
「え、どうしたの?」
と、碧は、呆気に取られて、小首を傾げた。碧には、一織が怒っている理由が判らなかった。
「わたしはね、ジャッカルに思いきり、お尻を握られたのよ」
と、一織の一言で、碧は全てを察した。
「ちょっと、待ってくれ。ちょっと……」
と、時貞が、一織の腰に優しくジャッカルを回して云った。一織が、襟首の手を放した。
「一織、落ちついて、このヨネ松くんをよく見なさい」
と、時貞が、左手のかぶと虫を、掲げて云った。
「何で、かぶと虫なんか、見なければならないのよ」
一織が怒っている。完全に怒っている。
時貞は、どぎまぎしながら続けた。
「このヨネ松くんの体を良く見てごらん。角が生えてまさに戦う為の体をしている。空飛ぶ戦車という感じだろ。それに引き替え、メスには角が無い。何でだと思う」
一織の返事は無い。腕を組んで、時貞を上から睨んでいる。
碧は少し後ろで、黙って二人を見ている。失礼がないように、必死に笑顔を作っているのだが、顔が不自然に強張っていた。
「メスは戦う必要が無かったんだよ。何かあればオスが助けにきてくれた。オスとメスの役割が、それほど明確に区別されていたんだ。・・・こんな小さな虫にもね」
と、云って、時貞は顔を上げて、両手を大きく広げた。
「でも、人間はどうだ!?男には、牙も角も無い。女と男の違いは、生殖に関係する部分だけで、人間の男には、戦う武器を与えてはもらえなかった。では、女の為に戦うことが出来ないのか?……答えはノーである!」
今度は広げた手を、胸に当てて続けた。
二人は半ば呆れて立っている。碧も強張った笑顔を続けている。顔が怖い。
「男は、武器の変わりに勇気という力を授かった。愛するものを自らの命をかけても守り抜く勇気を。この胸の中に溢れるほどの勇気を。そして、女には、優しさと、思いやりが……」一織は怒る気力も萎えていた。
碧は、部屋から逃げ出るタイミングを計っている。
「神は、女性の中に、何よりも尊い慈悲の心をお授けになられた。何でそのような事が必要だったのか?……それは、男という愚かな生き物が、沢山の過ちを犯す事を知っていた。そしてそれを女性の寛大な、慈悲の心で許すようにと、偉大な神は……」時貞は、すっかり自分の世界に陶酔していた。
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