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◾️□□□ 花婿は誰。

 フォーシスは恭しく王様・王妃様の前に歩み出ると、こうべを垂れて「申し上げます」と問い掛けた。

「わたくしを妻に迎えて戴けるのはどちらのお方でしょうか?」。シヨーヌ家からサンジェルマン家への輿入れであれば双子の王子の兄・サンノロか弟・スリーンのどちらかであろうと心していた。〈誰のところへ嫁ぐかも知らされず向かわせるなんて、どういうことなの〉。フォーシスは、夜襲もこの意味不明な輿入れも、仕組まれたことと思っていた。

 視線を床に落としたままに、答えをジッと待っているとフフフ…と、忍び笑う声が聞こえてきた。

〈なに?このおかしな空気は…〉

「この王を見よ」。

 王の声が上から落ちて来た、命令通りに顔を上げる。

「今、見た顔が姫の婚約者だ」

 王の声が表層雪崩の様にフォーシスを呑み込んでいく。

〈は?〉。混乱した、完璧に思考が混乱していた。

「そなたはこの王の妃となるのだ、相手の名前を告げられない輿入れは王の元へ嫁ぐ、そういうものじゃ」

「しかし、、、」

 フォーシスは、口まで出掛かったがその言葉を、グビリと飲み込んだ。飲み込んだ言葉は〈王には妃様が既にいらっしゃる〉であった。

「そなたは第3王妃候補となるのじゃ、ワハハハ」

「だ、第3…ですと?」震えた小声でフォーシスは復唱した。《めかけ…》

 シヨーヌ国には、多妻制度はなかった。フォーシスは、妾の言葉も言葉の意味も知っていたが、実体験としては、まるで縁のないものであった。

□  □  □

 若き17歳のフォーシスが父ほど歳の離れた王に弄ばれ、世継ぎを産む〈頭が変になりそうだわ〉。ひとり、自分の部屋に通され、項垂れて彼女は想いを巡らせた。

 姉様はこのことを知っていたから、あんなに抵抗をしたのかしら?私を身代わりにしたのかしら?お兄様が存命ならばこんな事には…とめどない疑念と後悔とが混じり合う。そして何で私だけが…の想いが湧き上がってくる。

 母の愛を失い、継母に疎まれて信頼する最愛の兄を亡くし、挙げ句の果ては生まれた故郷を追い出されて、妾になれと迫られる。なぜなの…と再度、涙が溢れ出した。

「若い娘は精気を養うな」。サンジェルマン・サラーン王はだらしなくニヤけて胸を張ったのを思い出しただけで、彼女の中の何が崩れていった。

◾️◾️◾️

 望まない婚約・そして第3夫人として慎ましやかな婚礼の儀式、床入り…〈これが私の運命ならば…いっそ〉。フォーシスは、半ば軟禁された部屋で柄にもなく、押し寄せる理不尽な状況に弱気であらぬ思いを馳せていた。

 ゴトン…

ドアの外のかんぬき鍵が動く音がした。

 ギリリリリ…

 音が立たないように注意しながら無骨な木の扉がゆっくりと開いてくる。開いた扉の隙間から、ふさぁ~っと廊下の闇と共に部屋の中へ影が入る。

「ムっ…何者」。フォーシスは武器は取り上げられて、丸腰であったので拳を構えた。

「しッ…静かに」。全身、黒ずくめの不審者から発する声には聞き覚えがある。

「ボクですよ…サンノロ…ですよ」

「やっぱり…」。軽い言葉遣い、聞き覚えがあるはずだ。

「さぁ…行きましょう」

「ん?」

「ん、て、、、逃げるんです」

「逃げる?どこへ」

「明日になれば、手遅れです」。

 この人を信じていいのだろうか?心の葛藤が刹那の中の永遠で続く。サッと外套を羽織ると全身が黒に染まり闇の中へ溶け込むようであった。

「ここから先は、アイツが…」

 数頭の馬上には、スリーンとラチョスとサバスが待っていた。闇掛けをするには最小人数だ。

「さぁ、行こう」

 あの戦いの後のようにスリーンの後ろへ誘われて、すっと引き上げられてフォーシスも馬上の人となる。

「ご無事を」。サンノロが、4人を静かに送り出す。

 4人は静かに縦の隊列を粛々と進め城からのある程度の距離を来て早駆けを始めた。フォーシスはスリーンの背中の温もりを感じながら2時間ほど駆けると、目前に光る大河の流れがあった。

「小さな船を用意してある、ワカレィの流れをそれで下り、港町キターノまで行くんだ」。どうやらスリーンは一緒には来るつもりは無さそうである。

「キターノへ行ったら、刀鍛冶のファイゴを訪ねるんだ。いいな、ファイゴだ。その男以外は信用するな」

「ファイゴ、わかった。スリーンは一緒には来ないよね」

「必ず、会いに行く迎えに行くまで待っていてくれ」

 スリーンは、彼女を抱き寄せると素早く、その唇を奪った。突然の行為にフォーシスは驚いたが、それに彼女が抗うことはなかった。
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