92 / 118
灼熱の祭典編ー後
第92話 静かな夜
しおりを挟む
「恐らく俺が居た期間に作られた物で、特に破損箇所は無いから、結構大事に使ってたんだろうな」
「それじゃあこれを持っていた人は、今も在籍している技師?」
「うーん…どうだろう。記念に持って帰ったのかもしれないし、俺と同時期に働いていた人が今も使っているのかも…?でも、それにしては余り擦れた跡が無いな…」
ギャリアーは台座を色々な角度から観察している。
「昨日、灯りまではちゃんと見てなかったな。…他のも同じか?」
砂像の周りを囲んでいた光源。ニスの記憶の中では皆同程度の光量だった気がする。
「確か…5、6個はあったような…」
「複数備品を使って展示したなら、所属の技師なのかな…」
ニスとギャリアーは一緒に首を傾げて考える。
「これが誰のかはわからない?」
「見た所名前らしき物はないな」
「そう…」
「…彫り方も見習いにしては丁寧で、線がきっちりしてる。まずは形を彫ることを優先させるから、見習いだと線が結構ガタついたり、溝にそこまで手を加えてないのが多い。けれどこれは彫りの深さも均一で、角が直角になるように丁寧に落としている。破損しやすい表面も、良く見なければわからない程、僅かに角を削って…」
ギャリアーはこの作業をした人物が見習いとはとても思えないと感じていた。当時見習いであった少年達を何人か思い出してみても、この作業が出来た者は居なかった筈、とさらに不思議に思った。
「ニスはこれ、どうするんだ?」
「…できれば、持ち主を捜したい」
「リリナグ・ピオンに持っていくか?」
ニスの本音としたら、会社に落とし物として持って行った場合、そのまま落とし主もわからず回収されてしまう可能性があるので乗り気ではない。あくまでこれは手がかり足がかりとして、本当に求めている情報が舞い込み、不要になるまでは所持していたい。
「…既に会社を出ている人の物なら、返して欲しいって言い難いかもしれないから…砂浜にメッセージでも残しておこうかしら」
「落とし主に向けてか。……でも、あいつが良いって言うかな…?」
「え?」
落とし主を捜そうと意気込んでいたニスであったが、ギャリアーの言葉に気を削がれる。
「何か問題があるの…?」
「落し物は警備隊に預けなきゃいけない決まりがあるんだよ。落し物の周知や、落とし主の確認もしなきゃいけないから。個人とか店とかが預かっていると、悪意のある本人以外が名乗り出る事があったりするんだよ。落し物を受け取るには落とし主の情報を警備隊に申請しなきゃいけないから、抑止にもなる。…でもなあ」
「でも?」
「警備隊に届けて周知されても名乗り出るかは微妙だな…」
「…大切な仕事道具じゃないの?」
「そうなんだが…展示用じゃない備品を使用をして、それを忘れた、紛失したってなると…名乗り出たくはないよな。始末書も書かなきゃならないし、正当な理由なく作業用の備品を使用してるのならかなり大目玉をくらう。その技師が経験が浅いなら技師を束ねる長に、かなりキャリアがあるならスーに。スーは短気な性格じゃないが、怒るだろうな…」
「なら、これの存在はグンカには秘密にしておいた方がいい…?」
「う~ん……ニスに任せるよ。もしかしたら思い出の品で、探してるかもしれないし」
ニスは落し物をタオルで包んで、取り敢えずグンカが帰って来るまで自分の荷物の場所に置いておくことにした。海に看板でも立てておくかとも思ったが、一度グンカに相談した方がいいとギャリアーに助言された。そして夜、夕食後のグンカに落とし物を見せた。
「警備隊で預かろう」
「えっ……」
「何だ、残念そうだな」
「…自分で持ち主を捜しちゃだめ?」
「もしこれがリリナグ・ピオンに在籍する現役の技師の場合、かなり叱られるだろうから、それを気にしてるんだ」
どうしても自分で探したい様子のニスに、ギャリアーが助け舟を出した。
「こればかりは技師の落ち度だからな…」
グンカはあくまで規則に則った行動をするつもりだ。ニスは泣く泣くグンカに落とし物を預ける方向になった。眉を弱冠八の字にする姿にグンカは惚れた弱みで少々心が痛む。
「…仕方ない、のよね」
「…」
「こいつも立場があるからな。無理は言えないよ」
ギャリアーは懐かしく思い、明日には警備隊行きだからと今のうちに潜源石の取り付けや、彫刻などを眺める為に手に持ち、ニスは名残惜しそうにぺたぺたと触っている。2人は互いの足が当たる距離に居て、落とし物に夢中だ。それが面白くないグンカは、自分も2人の前に来て胡座をかいた。
「…持ち主が誰か知りたいのか?」
「ええ……作品に作者の名前があれば良かったんだけど。……届けてあげられたのに」
ニスは咄嗟に理由を付け足した。持ち主に返すことが目的ではなく、特定が目的だと印象付けたくなかった。幸いグンカは怪しんでいる様子はない。ニスはギャリアーの助け舟に感謝した。
「…公にすれば、落とし主ではなく会社が取りに来るかもしれない。こうして社名が彫られているからな」
「どちらにしろ備品だし、警備隊も会社に話はするだろ?」
「ああ。しかし、リリナグ・ピオンで譲渡した物であったなら、直ぐに引き取る事は出来ない。所有権が落とし主に移動しているからな。その場合、この落とし物を得る権利を持つのは、第一位が落とし主、第二位がニス」
「えっ…!」
ニスはハッとして顔を上げた。
「第三位は…警備隊、で終わりだが…まあリリナグ・ピオンに返しても問題は無いだろう」
「何故私が二位なの?」
「定められた期間中に落とし主が現れなかった場合、拾った人が貰うことが出来るっていうルールがあるんだよ」
「期間は公にしてからひと月。もし名乗り出られない事情があるのなら、話が落ち着いたら頃にでも返してやればいい。もし落とし主が現れ、警備隊で在籍の経歴を把握していない場合は、一旦リリナグ・ピオンに連絡して、所属の人物か、それとも在籍していたかの確認は取るだろう」
それ以上は出来ん、と言ってニスを見る。
「わかった、そうする。…立派な作品だったから、誰が製作したのか知りたかったって伝言を残しても良い?それとこんな作品の近くにあったって、手ががりも」
「それくらいならいいだろう。明日手続きに来るといい」
ニスはグンカに自分が描いた砂像の絵を見せた。グンカは紙を受け取り、じっとその絵を見る。
(ッ全然似ていない…!)
「誰が作者かを知っている人が居るかもしれない…!」
ニスが拳を握って、八の字気味だった眉を少し上向きにしている。その気合に反して、ニスが一所懸命描いた絵は、動物かどうか怪しい奇妙なモンスターであった。グンカはこれをどう扱うべきか、今日一番悩んだ。
「これを見て貰えば、情報が集まるんじゃないかと…!」
「う……ど、どうだろうな…」
「試しに飾って見たら?犯人探しの時みたいに、情報を公開する感じでさ」
ギャリアーはニスの絵を見ていないので呑気である。
「は、貼りたいのか…?」
「ええ…!役に立つかもしれない!」
「…あ、明日、他の警備隊員に相談してみよう」
その夜、悩みながら眠ったグンカは、ニスの描いたモンスターに追われる夢を見て魘されていた。2人が寝静まった頃目を覚ましたニスは、魘されるグンカと静かなギャリアーを確認した後、1人で家を出た。落とし物を持って家の近くの海岸沿い、砂像があった浜涼が見下ろせる道で涼んでいた。落し物に包んでいたタオルを取ると、優しく規則的な光がぼんやりと辺りを照らす。
(手放さなければならないのは痛手だけど、これで作者が名乗り出てくれればいい。誰かあの作品の作者を知っていれば…)
ニスの濡れた毛先を潮風が撫でる。まだ早い時間なので、たまに夜涼みに来た町人や観光客がニスの後ろを通って行く。
(早く…早く…手がかりを見つけないと…逃げられてしまう…)
ニスの焦りに潜源石が光を当てる。こうして1人で何もしないでいると、途端焦燥が心の中を埋め尽くし、過去の記憶がニスの背中を押しているのか、そこに留まらせているのか。
(バッツ…そろそろ監獄から出てくる頃かしら…)
ニスが海を見ながらこれからの事を考えていると、その背中を建物の影から見つめる者が居た。
(……)
辺りにニスとその人物以外居ない時間がふっと訪れる。ざあざあと繰り返し寄せる波音が邪魔して、人の気配が無くなった事にニスは気が付かない。
(もう一度だけ…浜辺に降りてみようかしら……この灯りもあるし…)
ニスは浜に降りる階段を見た。浜は街灯の光で一部は照らされている。階段近くから浜の中頃の辺りまでは暗くなっているが、それ以降は明るい。ニスが階段に近付いて行くの観察する誰か。その誰かにとっても、もしかしたら浜に降りる事は好都合となるかもしれない。それはニスとその人物が対面してからの問答によって変化するとある可能性の話しだ。
(……)
ニスが階段の方へ曲がろうとすると、隠れた人物も移動の用意をする。
(結構暗いけれど、ゆっくり降りれば…)
ニスが一段、また一段と降りていく。階段を下りて砂浜に足を着こうとした時、大きな声が耳に届いた。
「おーーい!!夜の浜は危険だぞー!!」
「ウォーリー?」
早い時間だが一応夜。それにも関わらず、ウォーリーは浜へ降りようとする人に、危険だと注意する。
「足元暗いから、漂流物踏んで怪我するかもしれねえぞ!」
「……それもそうね」
ニスはウォーリーの忠告を聞くことにした。砂浜に降りようとしていた片足を背後に引込めると、トンと階段に当たった。そしてくるりと後ろを振り返る。
「帰ろう」
ニスが階段を上がると、ウォーリーが小走りをして近くまで来ていた。喫茶うみかぜのエプロンを着けている。営業終了時間になって、後片付けをしていたのだろう。
「こんばんは、ウォーリー」
「うおっ…!?…えっニス?どうしたんだ浜から昇ってきて」
ウォーリーは驚いた後キョトンとして、ニスとその周囲を見回している。
「え?…さっき危険だって」
「ん~??…あれは浜に降りようとしていた奴に言ったんだよ」
「私じゃなくて?」
「俺は今階段昇ってきたニスしか見てねえよ」
「誰も後ろに居なかったけど…」
「……」
「……」
2人の背筋に寒気が張り付いた。
「にににに、にす…っ!か、帰ろうぜ!一緒に、一緒にな!?俺とお前で、せーので互いの家のドア開けて、せーので入ってすぐ鍵かけるんだ!いいな!?」
「え、ええ……」
何故か2人は先を争うように早歩きで来た道を戻った。兎に角一番後ろに居たくなかった。
「せせっせ、せーの!」「せーの…!」
ニスはしっかりと鍵を掛けたのを確認して、自分の寝床に戻った。落し物は自分の荷物の一番下に入れて置いた。隣でグンカが相変わらず魘されているが、それでも心臓がドキドキとして呼吸が荒くなる。
「ふう…ふう…」
どうにか落ち着こうとしているその時、出入り口のドアがカチャン、と開いた。
「ひっ……!!」
ニスは頭から足の先まで掛け布を被って、隣に眠るグンカにぴったりとくっついて震える。本来ならば泥棒だと判断し手近な武器になる物を確保するのが現実的であったが、落ち着かない心臓と思考が防御反応を取った。
(……)
トン…トン…と静かな足音が部屋に上がってくる。その音は台所の方で一度止まった後、ニスとグンカがいる方向に向かってくる。ニスは部屋に入ってきた恐ろしい何かが、寝ていると思って居なくなってくれる事を願う。
「……っ」
しかし、その願いは叶わない。2人の近くに来た何かは、直ぐ側で止まり、ニスの震える背中にそっと手を置いた。
「ニス…?」
「っ…!」
その声を聞き、振り返って掛け布の隙間から其方を見ると、見知らぬ何者でもない。ギャリアーだった。
「どうした?震えてるぞ…?」
ギャリアーは安心させるようにニスの背を撫でる。
「あ、あなたは…な、んで…外から…」
「…ニスが出て行ったから、心配になって。帰ってくるまで庭で夜の海を見てたんだ」
「そ、う……そうだったの…」
「ウォーリーの叫ぶ声が聞こえて、何だろうと見ていたら、2人して足早に戻ってきてやけに動揺した様子だった。声を掛けようかと思ったが、ウォーリーの心臓が止まっちまったら困るから、2人が家に入ってから戻る事にしたんだ。…念の為鍵を持って出て良かったな」
ギャリアーは片手に持った自分の鍵をニスに見せる。ニスは少しだけホッとしたがまだ震えは治まらない。それにギャリアーも気付いていた。
「…大丈夫か?」
「ええ、ええ……ちょっと、怖かっただけ」
「…」
カタカタと震えているその柔い肌。ギャリアーには、それがどうにも可哀想に思えた。
「…なら、今夜は3人で眠るか」
ギャリアーは自分の寝床から枕と掛け布を取って、ニスの寝床に寝転がった。そして掛け布を全身に被ってミノムシ状態のニスの身体に腕を回し、自分の方に引き寄せる。そして背中を優しくあやすように叩いた。
「だ、大丈夫よ…」
「まだ落ち着かないようだからさ…俺とこいつが居るから、安心して眠りな」
「……」
ニスは遠慮がちにギャリアーの寝間着の端を掴む。
「…お休み」
「ああ…お休み、ニス」
ギャリアーが目を瞑り、暫くするとグンカの苦しそうな寝息が漸く静かになる。静かな夜が戻ってくる。ニスは暖かな胸に額を付けて、だんだんと眠りに落ちて行った。
「それじゃあこれを持っていた人は、今も在籍している技師?」
「うーん…どうだろう。記念に持って帰ったのかもしれないし、俺と同時期に働いていた人が今も使っているのかも…?でも、それにしては余り擦れた跡が無いな…」
ギャリアーは台座を色々な角度から観察している。
「昨日、灯りまではちゃんと見てなかったな。…他のも同じか?」
砂像の周りを囲んでいた光源。ニスの記憶の中では皆同程度の光量だった気がする。
「確か…5、6個はあったような…」
「複数備品を使って展示したなら、所属の技師なのかな…」
ニスとギャリアーは一緒に首を傾げて考える。
「これが誰のかはわからない?」
「見た所名前らしき物はないな」
「そう…」
「…彫り方も見習いにしては丁寧で、線がきっちりしてる。まずは形を彫ることを優先させるから、見習いだと線が結構ガタついたり、溝にそこまで手を加えてないのが多い。けれどこれは彫りの深さも均一で、角が直角になるように丁寧に落としている。破損しやすい表面も、良く見なければわからない程、僅かに角を削って…」
ギャリアーはこの作業をした人物が見習いとはとても思えないと感じていた。当時見習いであった少年達を何人か思い出してみても、この作業が出来た者は居なかった筈、とさらに不思議に思った。
「ニスはこれ、どうするんだ?」
「…できれば、持ち主を捜したい」
「リリナグ・ピオンに持っていくか?」
ニスの本音としたら、会社に落とし物として持って行った場合、そのまま落とし主もわからず回収されてしまう可能性があるので乗り気ではない。あくまでこれは手がかり足がかりとして、本当に求めている情報が舞い込み、不要になるまでは所持していたい。
「…既に会社を出ている人の物なら、返して欲しいって言い難いかもしれないから…砂浜にメッセージでも残しておこうかしら」
「落とし主に向けてか。……でも、あいつが良いって言うかな…?」
「え?」
落とし主を捜そうと意気込んでいたニスであったが、ギャリアーの言葉に気を削がれる。
「何か問題があるの…?」
「落し物は警備隊に預けなきゃいけない決まりがあるんだよ。落し物の周知や、落とし主の確認もしなきゃいけないから。個人とか店とかが預かっていると、悪意のある本人以外が名乗り出る事があったりするんだよ。落し物を受け取るには落とし主の情報を警備隊に申請しなきゃいけないから、抑止にもなる。…でもなあ」
「でも?」
「警備隊に届けて周知されても名乗り出るかは微妙だな…」
「…大切な仕事道具じゃないの?」
「そうなんだが…展示用じゃない備品を使用をして、それを忘れた、紛失したってなると…名乗り出たくはないよな。始末書も書かなきゃならないし、正当な理由なく作業用の備品を使用してるのならかなり大目玉をくらう。その技師が経験が浅いなら技師を束ねる長に、かなりキャリアがあるならスーに。スーは短気な性格じゃないが、怒るだろうな…」
「なら、これの存在はグンカには秘密にしておいた方がいい…?」
「う~ん……ニスに任せるよ。もしかしたら思い出の品で、探してるかもしれないし」
ニスは落し物をタオルで包んで、取り敢えずグンカが帰って来るまで自分の荷物の場所に置いておくことにした。海に看板でも立てておくかとも思ったが、一度グンカに相談した方がいいとギャリアーに助言された。そして夜、夕食後のグンカに落とし物を見せた。
「警備隊で預かろう」
「えっ……」
「何だ、残念そうだな」
「…自分で持ち主を捜しちゃだめ?」
「もしこれがリリナグ・ピオンに在籍する現役の技師の場合、かなり叱られるだろうから、それを気にしてるんだ」
どうしても自分で探したい様子のニスに、ギャリアーが助け舟を出した。
「こればかりは技師の落ち度だからな…」
グンカはあくまで規則に則った行動をするつもりだ。ニスは泣く泣くグンカに落とし物を預ける方向になった。眉を弱冠八の字にする姿にグンカは惚れた弱みで少々心が痛む。
「…仕方ない、のよね」
「…」
「こいつも立場があるからな。無理は言えないよ」
ギャリアーは懐かしく思い、明日には警備隊行きだからと今のうちに潜源石の取り付けや、彫刻などを眺める為に手に持ち、ニスは名残惜しそうにぺたぺたと触っている。2人は互いの足が当たる距離に居て、落とし物に夢中だ。それが面白くないグンカは、自分も2人の前に来て胡座をかいた。
「…持ち主が誰か知りたいのか?」
「ええ……作品に作者の名前があれば良かったんだけど。……届けてあげられたのに」
ニスは咄嗟に理由を付け足した。持ち主に返すことが目的ではなく、特定が目的だと印象付けたくなかった。幸いグンカは怪しんでいる様子はない。ニスはギャリアーの助け舟に感謝した。
「…公にすれば、落とし主ではなく会社が取りに来るかもしれない。こうして社名が彫られているからな」
「どちらにしろ備品だし、警備隊も会社に話はするだろ?」
「ああ。しかし、リリナグ・ピオンで譲渡した物であったなら、直ぐに引き取る事は出来ない。所有権が落とし主に移動しているからな。その場合、この落とし物を得る権利を持つのは、第一位が落とし主、第二位がニス」
「えっ…!」
ニスはハッとして顔を上げた。
「第三位は…警備隊、で終わりだが…まあリリナグ・ピオンに返しても問題は無いだろう」
「何故私が二位なの?」
「定められた期間中に落とし主が現れなかった場合、拾った人が貰うことが出来るっていうルールがあるんだよ」
「期間は公にしてからひと月。もし名乗り出られない事情があるのなら、話が落ち着いたら頃にでも返してやればいい。もし落とし主が現れ、警備隊で在籍の経歴を把握していない場合は、一旦リリナグ・ピオンに連絡して、所属の人物か、それとも在籍していたかの確認は取るだろう」
それ以上は出来ん、と言ってニスを見る。
「わかった、そうする。…立派な作品だったから、誰が製作したのか知りたかったって伝言を残しても良い?それとこんな作品の近くにあったって、手ががりも」
「それくらいならいいだろう。明日手続きに来るといい」
ニスはグンカに自分が描いた砂像の絵を見せた。グンカは紙を受け取り、じっとその絵を見る。
(ッ全然似ていない…!)
「誰が作者かを知っている人が居るかもしれない…!」
ニスが拳を握って、八の字気味だった眉を少し上向きにしている。その気合に反して、ニスが一所懸命描いた絵は、動物かどうか怪しい奇妙なモンスターであった。グンカはこれをどう扱うべきか、今日一番悩んだ。
「これを見て貰えば、情報が集まるんじゃないかと…!」
「う……ど、どうだろうな…」
「試しに飾って見たら?犯人探しの時みたいに、情報を公開する感じでさ」
ギャリアーはニスの絵を見ていないので呑気である。
「は、貼りたいのか…?」
「ええ…!役に立つかもしれない!」
「…あ、明日、他の警備隊員に相談してみよう」
その夜、悩みながら眠ったグンカは、ニスの描いたモンスターに追われる夢を見て魘されていた。2人が寝静まった頃目を覚ましたニスは、魘されるグンカと静かなギャリアーを確認した後、1人で家を出た。落とし物を持って家の近くの海岸沿い、砂像があった浜涼が見下ろせる道で涼んでいた。落し物に包んでいたタオルを取ると、優しく規則的な光がぼんやりと辺りを照らす。
(手放さなければならないのは痛手だけど、これで作者が名乗り出てくれればいい。誰かあの作品の作者を知っていれば…)
ニスの濡れた毛先を潮風が撫でる。まだ早い時間なので、たまに夜涼みに来た町人や観光客がニスの後ろを通って行く。
(早く…早く…手がかりを見つけないと…逃げられてしまう…)
ニスの焦りに潜源石が光を当てる。こうして1人で何もしないでいると、途端焦燥が心の中を埋め尽くし、過去の記憶がニスの背中を押しているのか、そこに留まらせているのか。
(バッツ…そろそろ監獄から出てくる頃かしら…)
ニスが海を見ながらこれからの事を考えていると、その背中を建物の影から見つめる者が居た。
(……)
辺りにニスとその人物以外居ない時間がふっと訪れる。ざあざあと繰り返し寄せる波音が邪魔して、人の気配が無くなった事にニスは気が付かない。
(もう一度だけ…浜辺に降りてみようかしら……この灯りもあるし…)
ニスは浜に降りる階段を見た。浜は街灯の光で一部は照らされている。階段近くから浜の中頃の辺りまでは暗くなっているが、それ以降は明るい。ニスが階段に近付いて行くの観察する誰か。その誰かにとっても、もしかしたら浜に降りる事は好都合となるかもしれない。それはニスとその人物が対面してからの問答によって変化するとある可能性の話しだ。
(……)
ニスが階段の方へ曲がろうとすると、隠れた人物も移動の用意をする。
(結構暗いけれど、ゆっくり降りれば…)
ニスが一段、また一段と降りていく。階段を下りて砂浜に足を着こうとした時、大きな声が耳に届いた。
「おーーい!!夜の浜は危険だぞー!!」
「ウォーリー?」
早い時間だが一応夜。それにも関わらず、ウォーリーは浜へ降りようとする人に、危険だと注意する。
「足元暗いから、漂流物踏んで怪我するかもしれねえぞ!」
「……それもそうね」
ニスはウォーリーの忠告を聞くことにした。砂浜に降りようとしていた片足を背後に引込めると、トンと階段に当たった。そしてくるりと後ろを振り返る。
「帰ろう」
ニスが階段を上がると、ウォーリーが小走りをして近くまで来ていた。喫茶うみかぜのエプロンを着けている。営業終了時間になって、後片付けをしていたのだろう。
「こんばんは、ウォーリー」
「うおっ…!?…えっニス?どうしたんだ浜から昇ってきて」
ウォーリーは驚いた後キョトンとして、ニスとその周囲を見回している。
「え?…さっき危険だって」
「ん~??…あれは浜に降りようとしていた奴に言ったんだよ」
「私じゃなくて?」
「俺は今階段昇ってきたニスしか見てねえよ」
「誰も後ろに居なかったけど…」
「……」
「……」
2人の背筋に寒気が張り付いた。
「にににに、にす…っ!か、帰ろうぜ!一緒に、一緒にな!?俺とお前で、せーので互いの家のドア開けて、せーので入ってすぐ鍵かけるんだ!いいな!?」
「え、ええ……」
何故か2人は先を争うように早歩きで来た道を戻った。兎に角一番後ろに居たくなかった。
「せせっせ、せーの!」「せーの…!」
ニスはしっかりと鍵を掛けたのを確認して、自分の寝床に戻った。落し物は自分の荷物の一番下に入れて置いた。隣でグンカが相変わらず魘されているが、それでも心臓がドキドキとして呼吸が荒くなる。
「ふう…ふう…」
どうにか落ち着こうとしているその時、出入り口のドアがカチャン、と開いた。
「ひっ……!!」
ニスは頭から足の先まで掛け布を被って、隣に眠るグンカにぴったりとくっついて震える。本来ならば泥棒だと判断し手近な武器になる物を確保するのが現実的であったが、落ち着かない心臓と思考が防御反応を取った。
(……)
トン…トン…と静かな足音が部屋に上がってくる。その音は台所の方で一度止まった後、ニスとグンカがいる方向に向かってくる。ニスは部屋に入ってきた恐ろしい何かが、寝ていると思って居なくなってくれる事を願う。
「……っ」
しかし、その願いは叶わない。2人の近くに来た何かは、直ぐ側で止まり、ニスの震える背中にそっと手を置いた。
「ニス…?」
「っ…!」
その声を聞き、振り返って掛け布の隙間から其方を見ると、見知らぬ何者でもない。ギャリアーだった。
「どうした?震えてるぞ…?」
ギャリアーは安心させるようにニスの背を撫でる。
「あ、あなたは…な、んで…外から…」
「…ニスが出て行ったから、心配になって。帰ってくるまで庭で夜の海を見てたんだ」
「そ、う……そうだったの…」
「ウォーリーの叫ぶ声が聞こえて、何だろうと見ていたら、2人して足早に戻ってきてやけに動揺した様子だった。声を掛けようかと思ったが、ウォーリーの心臓が止まっちまったら困るから、2人が家に入ってから戻る事にしたんだ。…念の為鍵を持って出て良かったな」
ギャリアーは片手に持った自分の鍵をニスに見せる。ニスは少しだけホッとしたがまだ震えは治まらない。それにギャリアーも気付いていた。
「…大丈夫か?」
「ええ、ええ……ちょっと、怖かっただけ」
「…」
カタカタと震えているその柔い肌。ギャリアーには、それがどうにも可哀想に思えた。
「…なら、今夜は3人で眠るか」
ギャリアーは自分の寝床から枕と掛け布を取って、ニスの寝床に寝転がった。そして掛け布を全身に被ってミノムシ状態のニスの身体に腕を回し、自分の方に引き寄せる。そして背中を優しくあやすように叩いた。
「だ、大丈夫よ…」
「まだ落ち着かないようだからさ…俺とこいつが居るから、安心して眠りな」
「……」
ニスは遠慮がちにギャリアーの寝間着の端を掴む。
「…お休み」
「ああ…お休み、ニス」
ギャリアーが目を瞑り、暫くするとグンカの苦しそうな寝息が漸く静かになる。静かな夜が戻ってくる。ニスは暖かな胸に額を付けて、だんだんと眠りに落ちて行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
女性が少ない世界でVTuberやります!
dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉
なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。
※恋愛大賞ラストスパートなので24日火曜~27日金曜日まで連日投稿予定!
参加してるみんな!あと少しだよ頑張ろう!(>▽<)/作者ブル
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる