ベノムリップス

ど三一

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灼熱の祭典編ー後

第89話 海猫運輸

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ニスはギャリアーが書いた地図を頼りに海猫運輸の所在地に向かう。お使いでもあまり通らない道であったが、道にある建物や看板など特徴を細かく書いてくれているので迷わずに辿り着けそうだ。そろそろ近くか、と地図と道を見比べながら歩いていると、馬の嘶きが聞こえてきた。

「敷地内に馬達の牧場があるから…もうすぐそこね」

交差する道に面した建物に、海猫運輸までの道を矢印で示した看板を発見した。ウミネコが翼を広げている絵が背景に描かれ、その前面に海猫運輸と文字が書かれている。よく見るとその下にも何か文字がある。

「リリナグリリィご注文、連絡先もこちら…店長ライア、ベンガル……間違いない」

海猫運輸の看板に書かれた矢印の方向に進むと、道の正面、目の前に大きな建物と牧場がチラッと見えた。朝早い時間であるが、海猫運輸の制服を着た運送人が忙しく出入りしている。ニスは海猫運輸正面の門を通り、横目に牧場でゆったりとしている馬達を見ながら建物に近づいていく。ニスの姿を見た社員達は大きな声で挨拶をして用を聞くと、受付は正面右のドアだと教えてくれる。

「おはようございます、ご依頼ですか?」
「この依頼書を預かって来たの」

ニスが鞄から依頼書を出して渡すと、受付は拝見しますと言って書面に目を通した。そして条件を確認しながら、運行予定表の空きと見比べている。

「ギャリアーさんですね、畏まりました。…明後日までに届けたい…中型美術品…諸々承りました。それでは、こちらの書類をギャリアーさんにお渡し下さい」

荷物の受け取りに訪問する日時や料金などが記された受付完了の書類を貰ったニスは、大切に鞄にしまった。ありがとう、と言って受付から離れようとした時、受付担当が少しお待ちくださいと言って席を離れた。どこかへ行くのかと思いきや、受付隣のドアから出て、正面の観音開きのドアの片方を開け、「お嬢さーん!」と大きな声で叫んだ。ニスはビクッとしたが、よく考えてみれば海猫運輸のお嬢さんはあの2人。

「どうしたの?」

建物から出てきたのは姉のライアだった。ライアはニスの姿を見つけると、おはようと挨拶をしてハグをした。

「ニス、どうしたの?ベンガルと約束?」
「ギャリアーさんからの依頼書をお届けにいらしたんですよ」
「ええ」
「あら、早くからご苦労様。この後は?」
「家に帰るわ」
「なら寄って行って!もう直ぐ次の朝ごはんが出来るから!受付もそろそろ交代でしょう?ご飯大盛りで良いわよね?もうママが盛り始めていたわよ」
「いえ、私は…」

遠慮すると言おうとした所、受付担当が「多いですって!」と顔を横に振った。

「あたしここで働き出してから何キロ太ったと思います!?7キロですよ!」
「まだまだ!うちで働く人は2桁増量するから」

ニスはゾッとして腹を抑えた。同じく受付担当も。

「や、やっぱり大盛りは無理です!」
「あら、パパがみんなのご飯の上に佃煮を乗せ初めてたわよ?」
「くっそれじゃあ食べるしか……あ」

受付担当はニスの方を見て、その腕を取った。

「お客さんとご飯半分にします!」
「え…足りないんじゃ…」
「足ります足ります!」
「私は朝ごはん食べて来たから…家に…」
「なら半分ですね!」
「もう~後でお腹すいちゃうわよ?一応おにぎりも握っておくからね?」
「わわ…っ」

ニスは受付とライアに挟まれて、正面のドアに入って行く。中は木造住宅で、正面に大階段、玄関両側に大きな靴入れがある。

「お客さん用の靴入れは右。あそこの色の違う場所ね。スリッパは大中小用意しているから、合う物を履いて」
「豪邸ね…」

靴からスリッパに履き替えながら内部を観察する。会談横の壁には家族の肖像画が飾られ、おそらく幼いベンガルとライア、両親が描かれている。ベンガルは姉のライアの後ろに隠れて、画家を見ていたのだろうか。そんな場面であった。受付担当が、ニスの感想に同調する。

「ですよね?ここ社員全員分の部屋と、ご家族の部屋と趣味の部屋まであって…恐ろしいですよ…」
「!」
「うちなんか、ワンルームに家族四人で住んでましたから。いきなり一人部屋を与えられて、それも結構広いし…落ち着かないんですよね」
「ここに寝泊まりしてるの?」
「はい。ほぼ独身寮のような感じですね。家庭がある人は外に家を持つ人が多いですけど、家族でここに住んでいる人も居ますよ」

ライアの後ろを歩きながら、海猫運輸の事について聞いていると、入り口に大きく食堂と書かれたドアの前で足を止めた。ライアが先に入り、家族や社員達に挨拶する。

「今朝、私達のお友達が来ているの。おかずまだ残ってる?」
「佃煮はたっぷりだ」
「おかずも汁も余分にあるが、ベンガルが」

ライアは食卓の上で肘をつきながらウインナーを頬張っているベンガルを見た。自分の皿に山盛りのウインナーを盛り付けて、そこから一本、また一本と口に運ぶ。

「ウインナーはあたしがいっぱい貰っちゃってますよ!大好物ですから!」
「ニス、ウインナー無いみたい。私のを一緒に食べましょう」
「え?」
「いえ…私は朝ごはんを…」

ライアの影からひょっこりニスが顔をのぞかせる。社員達は見覚えの無い友達の登場に振り返ってニスを見る。ごはんをおにぎりにして握っていたオリゾンは、何度か見かけた赤い髪の同居人を見て、ああ!と声を上げる。

「ギャリアーのとこの子じゃないか、うちの娘達が世話になってるね!」
「こちらも…2人には良くしてもらっているから」
「あんたがお土産にくれたこの佃煮、あの白装束の店のなんだって?中々美味くて驚いたよ。食べてきな」

ニスは受付担当の隣に席を設けられ、そこに座らされた。

「うっ…大盛りごはん…半分…」

受付担当は何とかニスにごはんの半量を渡す機会を窺っていたが、ごはんは全ておにぎりにしてしまった為、オリゾンがお盆の上に特大のおにぎりを4つも乗せてニスの前に置いた。ニスの顔程のサイズで、中には大きな具がたっぷりと詰まっている。

「ほら、アンタの分だ!食べきれなかったら持って帰りな!ギャリアーと隊長さんにでも食わせてくれ」
「あ、ありがとう…でも、他の人がおかわりしたいんじゃ…」
「腹が減ったらまた握ってやるからいいんだよ、気にしなくても。おかずのウインナーはベンガルが残りを持ってったからね、すまないが他ので頼むよ」

娘達の父親が、大皿に他のおかずを大目に盛り付けてニスのおにぎりの横に置いた。

「すまないね。ベンガルは肉類が大好物で、少々意地汚い所もある。私達にとっては可愛い娘なんだが……。私のを分けよう」
「パパ、私のウインナーをニスにあげるから大丈夫!」
「あたしのも分けますよ。こんな大盛りで、おかずも大盛りだと海水浴に間に合いませんから」

ニスの皿にライアと受付担当のウインナーが集まる。朝ごはんを食べて来たからいいと遠慮するも、時間が経過しているから食べられる筈だと乗せられてしまう。3人がニスを囲んでおかず貿易をしている様子を、ベンガルが羨ましそうに眺めていた。

「あたしだって…おねえさんがお客さんなら、少しくらい分けたのに…」

ウインナーを食べる手を止めて、口先を尖らせるベンガル。母オリゾンは、おにぎりに齧り付いてもぐもぐとしながらベンガルに助言する。

「渡しゃいいじゃないか」
「だって…おねえさんのお皿…ウインナーいっぱいだし…。お姉ちゃんもパパも、あげちゃって、おねえさんお腹一杯だもん」
「まだ食べてないだろう?口にウインナー突っ込んで食べさせてやりゃいい」
「あ~ん?」
「ほら、前喫茶うみかぜで昼飯食べた時、お嬢さんに食べさせて貰ったって話してたじゃないか。お返しって事でいいんだよ」

会話の間におにぎりを平らげたオリゾンは、山盛りのおかずもスプーンで大胆に掬って口に運んでいく。

「そうかな…?」
「うちの娘達は世界一可愛いんだから、大丈夫さ。食べなきゃ腹減ってなかっただけだろう。お土産に持たせてやりな」

ベンガルは無言で頷くと、ウインナーの残りを独り占めした皿とフォークを持って4人に近付いて行く。おかず貿易はまだ終わっていない。

「いつもこんな大量の食事を…?」

巨大な木のテーブルの上には、皿に大量に盛り付けられたポテトサラダや、煮物、一口大の焼き物等が端から端まで並んでいる。社員と家族たちは、最初にある程度皿に盛りつけて、無くなり次第おかわりをしているようだ。先程まで山盛りごはんを片手におかずをつついていた社員は、いつの間にかごはん茶碗を空にして立ちあがって、厨房の方にある特大おにぎりを抱えて再び席に着いた。

「いっぱい食べたいし、いっぱい食べさせたいのよ~うち」
「最初は全然食べられないが、仕事後に食べるようになると、いつの間にか皆ぺろっと完食するようになる」
「あたしも、最初はごはん無くせなかったけど、いつの間にか食べられるようになってた…」
「うちのごはんは美味しいから、食べて食べて」

ニスの手におにぎりが握らされる。勧められるままに一口控えめに齧ってみると、確かに程よい塩加減で食欲が刺激される美味しいおにぎりだった。ご飯粒一つ一つが立ち、浅く齧ったというのに中の具に当たった。

「サケ…!美味しい…!」
「丸いおにぎりが魚で、三角のおにぎりが漬物、四角いおにぎりが変わり種。うちで一番美味しくおにぎりを握るのはママなのよ。ニス、今朝来れてラッキーね」

ライアが「ママ、美味しいって!」とニスの発言を報告すると、「もっとおかず盛ってやんな!」と威勢のいい声が帰ってきた。満足したライアと父が自分の席に座ると、ニスは受付担当と話しながらおにぎりとおかずを頂いていた。そこに近付いて来るのは、ウインナーを持ったベンガルである。

「このポテトサラダ美味しい…!こりこりする…!」
「それ、女将さんが漬けた浅漬け入ってるんだよ。この塩味が疲れた身体に効くんだ……ポテトサラダだけでごはん大分食べちゃうからね?」
「うん。おにぎりもすすんじゃう……それと、パンにも乗せたい感じ…ちょっとポテトサラダに焼き目を付けて…」
「それ最高じゃん!」
「あの!」

盛り上がっている2人の会話に割り込んだベンガルは、フォークにウインナーを刺してニスに向ける。フォークが刺さって穴が開いた所からは、じゅわじゅわと透明な肉汁が流れ出て、ウインナーの皿にぽた、ぽたと落ちいている。ベンガル宅のウインナーはサブリナの畜産農家に定期注文している逸品であり、大量購入する事によって安価で新鮮で、しかも美味しい。その上、完璧な状態にボイルされている。皮は噛むとパリッと弾け、肉の旨味がごはんと最高に合う。お好みで数種類の調味料をサイクルすれば、ベンガルのようにウインナーを山ほど食べられるようになるだろう。ニスもフォークに刺さるウインナーを見て、ごくりと喉を鳴らした。

「っあーんです!」
「あ…」

ベンガルのあーんという言葉に社員達、ライアがざわめく。

「えッ…ベンガルがウインナーを分けるなんて…!」
「ベンガル…」
「……何だか、とても珍しいようだけど…」

ニスが周りのざわめき様に少し遠慮がちになる。

「大好物なのでしょう…?いいのよ、私は急に御相伴にあずかっただけだから…」

何ならニスの皿に盛っているウインナーもベンガルにあげようか?と皿を見せる。ベンガルは美味しそうなウインナーに齧り付きたい欲求が体内で膨れ上がっていたが、それをぐっと堪えてすっとフォークを差し出した。

「あたしは今朝、あーんの使者なのです!おねえさん、あーんです!」
「…いいの?」
「あーん!」

周囲はドキドキとしながら成り行きを見守る。肉汁はたらたらとベンガルの手首まで流れている。

「それじゃあ…いただきます」

ニスが唇を開けてウインナーに歯を立てた。すると、パキンッ!と小気味良い音を立てて肉汁が宙に跳ねた。ベンガルはニスの唇が油に濡れるのを見て、何故だか思春期の複雑な心がドキドキしていた。

「はうぅ……」
「美味しい…!ありがとう……はい、おすそ分け」

ニスも自分の皿に盛りつけてあるウインナーを二本箸で持ち、ベンガルに向かって差し出した。ベンガルはパアっと表情を明るくして、大きな口を開けてウインナーに齧り付いた。

「美味しいです!!えへへ…」

ベンガルはニコニコとして、もう一口とウインナーと他のおかずをねだる。そんな甘えん坊な娘の様子を、おにぎりを両手に持った両親は微笑ましく眺めていた。
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