ベノムリップス

ど三一

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灼熱の祭典編ー後

第77話 芸術祭に向けて 

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「それでは展示する作品の最終確認をお願いします」
「宜しく頼む」

リリナグ・ピオン社長スー・チースは、会社の地下にある保管庫から、リリナグ芸術祭で披露する4体の彫像の状態確認をする為、保管庫の隣にある旧工房に来ていた。そこには同時使用されていた工具や、設備、技法を記し纏めて紙束等が置かれている。
スー・チースは近くにある木の椅子を壁に寄せ、目の前に並ぶ四つの作品から布が取り払われるのを待つ。今回展示する事に決めた作品は、スー・チースにとって憧れであり、喜びであり、嫉妬の対象であり、諦めである。名だたるマエストロ、技の至宝、神技、豊かな才能がそこに魂を残している。

「いいんですか、社長。先代との約束の彫像もありますが」
「いい。本人には私が直接出向いて謝っておく。兎に角も…今の私が思う、芸術の粋を集めた、このリリナグ・ピオンが有する最高傑作を集めた」

スー・チースは、今か今かとお披露目を待つ。足は手は期待で忙しなく動いている。

「私は自分が良いと思った作品は、皆にも知らせてやりたい性質でね」
「ええ」
「一度も日の目を浴びずに暗闇で眠らせておく等、私は許せない。素晴らしい作品の制作者には惜しみない賞賛を!栄光を!それが芸術を生き甲斐とし、商売をしている私の義務であり、この上ない喜びなのだ…!」

その声には、魂には情熱が宿り、嘘偽りない本心である事が秘書にもわかっている。それだけに、この部屋で一対一で作品と向き合いたいと思ったのだが、部屋は案外騒がしい。

「でも、最終確認の場に、人をこれだけ入れてもいいので?」
「特にこのように近くで見物出来る機会は、一般の方々には得られない経験だ。是非、将来垂涎の作品を作る若人達にも、間近で素晴らしい作品を見るという機会を提供したい」

立ち入り禁止の保管庫に自由に出入り出来るのは、社長スー・チースのみ。今回、希望者は最終確認の場に立ち会っても良いと、スー・チース自ら触れを出した事で、現在所属する技師達や、見習い達も挙って工房に集まっていた。

「ほら、君達、見習いの子達も遠慮せずに来なさい」

社長は部屋の入り口でおずおずとしていた見習い達に声を掛けた。遠慮している見習い達に秘書がここに、と手招きした。それはぽっかり開いている社長の左右であった。お披露目を一番楽しみにしているのは社長だと、新入り以外は皆分かっているので近付かなかった。見習い達は身を寄せ合ってなるべく詰めて壁沿いに立った。

「社長」
「何だね?」

見習いの中の1人の少年が、社長に話しかけた。

「この彫像の中に、存命の方はいるのですか?」
「ああ、居るよ…1人だけ」
「その方は弟子を取っておられるのですか?もし、僕の目指す作品に近ければ、その方に学びたいです」
「おいっ…!」

他の見習いが、少年を諌めた。このリリナグ・ピオンの見習いから、その技師の弟子に成りたいと意味している。見習い達には緊張が走ったが、社長も秘書も、周りの技師達も気にした様子はない。社長は寧ろ、嬉しそうに破顔した。

「弟子は聞いた事がないな…今度聞いてみよう」
「ありがとうございますっ」

端にいた見習いは、隣にいた先輩にこのような質問をして大丈夫なのかと聞く。

「ああ、社長は腕を高める為なら、会社を出て他の会社とか技師に師事してもいいって人だから。別に他所で立派な技師になっても、良い作品を作る技師になるならそれで良いってさ」
「寛容…?なんですね…」
「芸術狂いの技師狂いだって、専属の人が言ってた」
「ひえ…」

社長と見習いはまだ話を続けていた。

「もし弟子は取らないと彼が言っても、君から見て、最高の師匠になると思ったら、彼の店を尋ねて直接交渉してきなさい。うちでの技術指導は何度も断られているから、その方が手っ取り早い」
「はいっ」

秘書が、「社長、そろそろですよ」と声を掛けると、スー・チースはいよいよかと、前傾になってお披露目を待った。一つ一つ布が払われる度、胸に抱いた感動を自分以外にも味わってほしい。スー・チースはその日、会社に誰も居なくなる迄四つの彫像を眺めて嘆息していた。



ギャリアー宅の夕食時、3人で食卓を囲んでいると、グンカがそういえばと話を切り出した。

「芸術祭の日なのだが」
「どうした?」

ギャリアーがニスに醤油の瓶を取って渡す。今日のメニューはシンプルな焼き魚で、摺り鉦で卸した根菜が隣に盛り付けられている。

「その日は休日なので、町を散歩しながらリリナグ・ピオンの彫像の入れ替えを見に行こうと思っている」
「あの……店の前にある…4つの…?」
「そうだ、半年に一度広場の彫像が入れ替えられる、芸術祭に合わせてな。作品は歴代の専属技師達の中でも精鋭が製作した作品。今回、社外初披露の傑作があると聞いてな……人が多く、じっくりは見られないかもしれないが」
「……告知の張り紙があったかも…」

ニスはギャリアーと店に商品を配達しに行った時の事を思い出す。その店はリリナグ・ピオンの近くにあり、ギャリアーは店主と少し話してから戻るという事で、ついでに市場で買い物をしていた。そして偶々通りかかった店の前、彫像のある広場に面した壁にポスターが貼られていた。ニスは近付いてそれを読んだ。そこには芸術祭と同日、会社前の広場に展示している彫像4体の入れ替え、お披露目するセレモニーを行う予定だと記されていた。その日は広場の一部が時間を決めて通行規制され、鑑賞するにはかなりの待ち時間が予想されるとも。

「当日混雑が予想されるから、急ぎの場合は迂回してって書いてあった。そんなに人気があるイベントなの?」
「勿論だ。その広場自体が観光地であるし、芸術祭と銘打っている日に執り行われるからな。芸術祭目当ての観光客も町人も押し寄せる」
「そうなの…」
「2人はどうだ?見に行ってみるか?」

芸術祭の日は工房も店も忙しいだろうが、セレモニーの時間は朝の比較的早い時間の為、ギャリアーの店の営業開始前に見に行くこともできそうだ。またニスもその日の漁は休みだと言っていた。

「ええ…初めて見るお祭りだし、見てみたい」

ニスは興味がある様子だった。グンカがリリナグ・ピオンの彫像の他にも、例年人気のある展示が幾つかあり、そちらも回りたいと話している。もし今年でなければ、ギャリアーも2人と一緒にセレモニーを見に行っていただろう。しかし、ギャリアーの顔は暗く、再びグンカが行くかどうか意思を聞いた時、苦笑して顔を横に振った。

「俺は…いいや。依頼を進めなきゃいけないしな」
「そうか…まあ、工房にとっては集客が見込める日でもある。仕方ない」
「ああ、見ようと思えば後日でも見られるからさ……2人で行って来いよ」
「!」
「ニスも…楽しんできな」
「ええ…」

芸術祭にはニスとグンカで行くことに決まった。夕食の時間が終わると、ギャリアーは製作の続きをすると言って工房に籠った。ニスとグンカは2人で洗い物をしながら、当日について話す。

「朝は店の前の掃除をしてから出発でいい…?最近海水浴の人が増えて、いつもより砂が多くて…」
「あ、ああっ……それで構わないが」
「他のお店は何時から展示をしているの?」
「……大体は店の開店時間に合わせてか、早朝だな。飲食店関係はもっと遅い時間で、昼か夕方頃だろうか」
「ウォーリーのケーキも見に行かないと」
「…ならば、昼も…外で食べてくるか?俺と、2人で」
「そうね。後で話しておかないと」

ニスは泡を流した皿をグンカに手渡す。その横顔をじっと見下ろしているグンカには気付かない。会話の間には拭いた後に重ねた食器がカチャカチャと当たる音が隙間を埋める。

「……」
「……」

沈黙が気まずい、そう思っているのはグンカだけであった。2人で出かける、それも買い物に付き合う、用事があるからではなく。それを考えると心臓が落ち着かなくなっていた。

「当日は…」
「…!」
「町を散歩するのよね…?」
「あ、ああ…」
「歩き易い服装の方がいい…?」
「服装か…そうだな…」
「作業着とか…」

グンカはハッとした。

「い、いや…よそ行きの格好の方が…いいな。芸術家達に、敬意を込めて…」
「わかった…」

ニスは頭の中でどれを着て行こうか考える。よそ行きと言われても、作業着と普段着、寝間着に白いワンピースくらいしかない為、自動的に普段着になる事は分かっていた。その中でどれがよそ行きに当たるのかと組み合わせを検討しているニスの横で、グンカも何を着て行こうか迷っていた。

(つい口に出てしまったが…!よそ行き…っ!デート、かは分からんが…どのような格好が相応しいんだ…!?)

特にデートであると宣言した訳ではないが、どんな格好かとニスに聞かれた時に思い浮かんだのが、デート、よそ行きの格好という言葉であった。ついでにリリナグの町を腕を組んで歩く自分ともう1人の姿も想像した。

「そういえば……リリナグリリィでセール…」

確か、納涼祭付近まで割引がある。ニスが言った独り言はグンカには聞こえていない。

(きっとニスは普段着で来るだろうが、俺は…どうする!?リリナグリリィで買った以来、服など…)

衣装ケースの奥に隠すように仕舞った衣類とサングラスを思い出す。上の柄シャツはニスの前では着られないが、その下の細身のズボンならばと思い当たった。

(上を変えればあの時の男が俺だったとは気付かれまい…!明日の夕方に上を買い求めればいい…!)
「お皿仕舞うわね」

グンカは無意識でニスに重なった皿を渡していく。そして台拭きを洗い後始末をする。ニスはどこかぼんやりとした様子のグンカに首を傾げると、沈黙の間に本当に話したかった事を1人で考える。

(…様子が少し、変だった)

ニスは、ギャリアーが暗い顔をしていたのが気になっていた。先日届いたリリナグ・ピオンからの葉書や昔働いていたというギャリアーの言葉。明確に様子が変化したのはリリナグ・ピオンの展示の話からであった。それ以前の夕食時の会話も、それより前からも普段通り。ギャリアーとリリナグ・ピオンの間に何か事情があるのだろうか?と考えていた。

(喧嘩別れ…?でも、商品をあのお店に卸していたし…)

ニスは夕食の後片付けを終えると、風呂の準備のついでに、工房に繋がるドアの小窓から、一心不乱に作業をするギャリアーの後ろ姿を見た。この所、新たな依頼と芸術祭での展示の為の制作で、連夜遅くまで作業をしている。

ニスとしては、秘密裏に調べている件に関係が無ければ、追求する必要はない。ギャリアーの作る商品を見ても、獣の装飾の特徴とは一致しないからだ。しかし、現在は技法として採用していない、その可能性が存在する限り、全幅の信頼を置いていいのかと迷う気持ちもあった。

(…関係が無いと…信じたい、気持ちはある)

共に暮らしてニスにも情が湧いていた。変化の理由を知りたいのは、好奇心からではなく心配からであった。

(……あまり詮索しない方がいいのかもしれない)

小窓から離れたニスの後ろ姿を、グンカもまた見ていた。


ギャリアーの元には、リリナグ・ピオンの社長から、正式に作品展示の知らせが届いていた。その手紙は工房に置いてあり、ニスやグンカが見えない場所に仕舞われていた。

「…改めて言わなくても別にいいのに」

手紙の中には、セレモニー来られなくて残念だという旨と、芸術祭の日に時間を作って店に展示を見に行くとも書かれていた。訪問の時間は書かれていない為、その時間に限って店を閉めるという事も出来無さそうだ。スー・チースはそういう打算的な事も得意な方だ。会えば、今回も例の作品の製作について追及してくるだろう。そして、当時の依頼を浚えば、何かに辿り着く事は十分に考えられる。その作品に関わる出来事を知っているのは当時の関係者と、自らの師匠だけである。さらに、その繋がりを知るのは師匠だけで、既に死去している。今のギャリアーがあるのは師匠の死が関係ある。

(師匠…あの作品が世に出ないよう、前の社長に話してくれていたのか…)

既に現社長スー・チースの決定に異議を唱えられる者は居ない。最も、スー・チースであれば、真に自分が良いと思った事ならば突き進むだろうが。ギャリアーは珍しく心がざわついている自分が居るのに気が付いた。焦燥や不安、隠していた自身の過去が、海辺での穏やかな日々に雪崩れ込んでくる気配がした。

(くそっ…止めろって言っても、聞く相手じゃねえし…っ)

ギャリアーは熱い工房内で、手で顔を覆い苛立ちを落ち着かせるように深く呼吸した。こんな姿は客にも、グンカにも、ユンにも、ウォーリーにも、見せられない。ギャリアーは余計な事を考えないように、さらに制作に打ち込む。芸術祭で店の前に展示する作品は完成が近い。明日、注文していた品を取りに行って加工し、手直しを加えたら完成だ。今は依頼人が正体不明の作品に取り掛かっている。

(集中…集中……)

頭に浮かぶ誰かの姿。それを振り払う事は出来ない。
ギャリアーは夜遅くまで制作を続ける。受け渡しの日時はどんどん早まり、その結果が彼をさらに追い詰める事になる。
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