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灼熱の祭典編ー前
第69話 リリナグの最盛夏
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ハナミはギャリアーを探しながらそこらの店で軽食を購入し頬張っていた。時刻は昼時に入ろうかと言う頃で、飲食を扱う店の前には長い列が出来ようとしている。この炎天下でも人気グルメには人が集中し、並んででも食べたい人々が汗を流しながら自分の番を待っている。その列の隣を悠々と歩き、割り箸を口で挟んで片方の箸を引っ張り割った。行儀は悪いが、出来立てを食べねば勿体無い。
「滑り込みで何とか並ばず買えたみたいだな。リリナグの海鮮岩塩焼き!サブリナの飯も美味いが、やっぱり海産物と言ったらここら辺ではリリナグだもんなぁ」
カップに盛り付けられた飯とその上に乗せられた木炭の炭火焼きでじっくり焼かれた魚の切り身に、イカ、タコ、貝、数種類の野菜。味付けはシンプルに塩と好みでバター。黒胡椒をさっと振って、アクセントをつけたら完成だ。
「レモンも勧められたが、やっぱり米と食うならガツンだな。うん、海鮮の出汁がバターと混ざって…」
海鮮から出た旨みが野菜にも絡み、シャキシャキの野菜に旨みがコーティングされている。小気味良いザクザク感が食欲を増進させ、米に染みている海鮮の旨味とともにかきこんだ。飽きないようにと、カップの縁に塗りつけられた辛味噌がまた味をガラリと変えて、全く別の料理に変化させる。店員のお勧めは、具材と米と辛味噌を掻き混ぜ、混ぜご飯のようにする食べ方らしい。ハナミは残り半分ほどになったら混ぜようか、等考えていると、農場手前の花屋の前でギャリアーの姿を見つけた。店員と何やら話している様子だ。ハナミはハンカチで口を拭うと、その背後から近づいて行った。
ギャリアーはニスと分かれた後いくつか花屋を巡り、ある程度グンカへの土産の目星を付けた。その他にも庭に蒔いても手入れが簡単な花を求めて、店員に花の種類と育て方を聞き、よさそうなのを包んで貰う事にした。
「そうだな……色ミックスの種のセットを1つ」
「ガーデニングかい?技師の兄さん」
「アンタは……」
割り箸とカップを両手に持ったハナミがギャリアーの隣に立った。ニス同様、ハナミに対して良いイメージの無いギャリアーは眉を顰めて僅かに距離を取る。
(嫌われたもんだね……)
ハナミはそれを特に気にすることなく、のんびり食事を口に運ぶ。ギャリアーは居心地悪そうに会計を待つ。
「兄さん、最近お嬢さんとはどうよ?」
「どうって…?」
「恋人関係に発展したり」
「そういうのじゃないよ」
「仲良くお手手繋いで、豊作祭デートじゃない」
「人混みで逸れたり、足踏まれたりしないように。アンタだってそれ位はするだろ?」
「…まあ」
ハナミはその言葉に少々ダメージを負った。別れた妻から離婚前日最後に言われた言葉の一つに、エスコートの一つもしてくれない、云々があったのを覚えている。それに対して自分は何と答えたかと思い出しそうになって辞めた。今更思い出して感傷に浸ってもどうしようもない、生産的じゃあない。全ては仕事を優先した結果だ、とハナミは思う。
「…男女関係じゃないような気はしたけど、ま…わかったよ。それより兄さんにはもっと聞きたいことがあってね」
「今じゃなきゃダメか?」
「もっと昔に刑事だったら、兄さんにも話聞いていただろうな…」
潜源石持ち出し未遂事件の事を暗に言っていた。当時専属技師であったギャリアーに当時の事を聞いてみたかった。十代後半で専属の地位を勝ち取った将来有望な青年大層な野心を抱いていてもおかしくは無い。事件当時の捜査資料によると、彼の師匠が製作に集中させたいからと、代わりに事情聴取を受けていたそうだ。当時のリリナグ・ピオン所属関係者で聴取を受けていないのは、彼一人であった。師匠に守られた秘蔵っ子が、現在のギャリアーだ。
「?」
ギャリアーは何のことかわからないといった顔をした。とぼけているのか、本心か。ハナミにはまだ判断がつかない。
「それは置いといてお嬢さんについて聞きたい。最近どうしてるとか、何をしたとか。警備隊の素行調査なら、町民には協力義務があるからな」
「……アンタはサブリナ警備隊所属だろう?リリナグ警備隊にはその権限があるが、アンタには無い筈だが」
「良く知ってるな。でも、大目に見てくれよ…グンカじゃお嬢さんに手心加えちまうからさ。解り易いだろ?あいつ」
ギャリアーはハナミの言葉に少し視線を逸らして考えた後、「ああ…」と答えた。
「な?だから兄さんに聞きたいんだよ。最近のお嬢さんについてさ。勿論俺が聞いた事と知ってる事を答えてくれればいい、時間はそんなにかからない。いいだろ?」
「ニスが待ってる」
「大丈夫、大丈夫。この飯食い終わる迄でいいからさ」
ハナミは商品を受け取ったギャリアーの肩を抱いて、店舗の裏の木陰になっている場所に連れて行く。日差しがきつい中の調査はハナミも出来れば避けたかった。ギャリアーは仕方ないと諦めて、背中のリュックを短く刈られた草の上に置いて、腰を下ろした。日陰と日向ではかなりの温度差があり、陽の当たらないというだけでかなり涼しかった。どうせなら木陰を待ち合わせ場所にしておけばよかったと、少し後悔した。
「へえ~…釣り上手なんだ」
「ああ、ニスが釣りしてるのを見て、あいつも釣りに嵌まったんだ。何度かニスに着いて行って釣りしてるうちに、ちょっといい竿買ってきてさ。それでもニスの手直しした竹竿の方が釣果がいいのは不思議だよな」
「お嬢さん、竿作ったの?」
「誰かがうちに立て掛けて忘れて行ったのかな?長い間そこに置きっぱなしだった竿をニスが少し直して使ってるんだよ」
ハナミとギャリアーは木陰で一休みしながら、ギャリアー宅の事、ニスやグンカの様子の聞き取りをしていた。その中で、ニスの日焼けの話になり、海の話になり、ニスとグンカが釣り好きだとの話になった。ハナミはグンカに趣味があるなど聞いたことが無く、看守時代は偶に演劇を見に行っていると聞いたことがある位だった。リリナグには劇場は無く、サブリナにも最近まで無かった。その為、一心不乱に仕事に情熱を注いでいるだろうと思っていた。ギャリアーは、それと…と話を続ける。
「オリジナルの餌を作ってたな。秘伝だとか門外不出だとか…今度教えて貰おうかな」
「何それ、すげえ気になる……」
「だろ?あいつも、それとなく聞き出そうとしてたけど、ニスは作る所を見せてくれないんだと。悔しそうだったな~…」
「ハハ、グンカの顔が目に浮かぶようだ」
意外にも2人は打ち解けている様子であった。もともと人当たりの良いギャリアーと、職業柄人と話す機会の多いハナミで相性は悪くない。が、それは表向きの事。お互いがお互いを探ろうとしている事に2人は気付いていた。
(一体ニスの何を探ってるんだ…?生活調査だって言ってたが、どう考えても嘘だろ)
(中々話を逸らすのが上手な兄さんだ。きな臭い質問は上手く躱してるな……本心を隠すのが上手い。刑事部門にスカウトしたい所だ)
2人は柔らかく笑みを向けながら隣に座っている。周囲から見れば男二人で仲良く談笑している構図だ。しかし水面下では相手の足の引っ掛けあい、ボロを出さないかと虎視眈々と様子の変化をじっと観察している。
「ここからは、男としての話なんだが…」
「なんだ?」
「お嬢さんと、そういう仲になりたかったりする?」
「……どうだろうなぁ。今の所はこのままが居心地がいいし」
ギャリアーはのんびりとリラックスしているような横顔だった。
「考えた事はある?お嬢さんは兄さんの少し年下…位だろ?はっきりした年齢は知らねえが…兄さん知らない?」
「聞いたことないな」
「……意外と大雑把な性格なのか?」
「性格は別に……友達からは雑な味覚をしてるとは言われた事がある」
「何だよ雑な味覚って……」
ハナミはあと三口程残っているカップを膝の上に置いて、タコを口に入れて咀嚼した。じんわりとタコの旨味が口内に広がってゆく。辛味噌を纏っているので、舌が少しひりっとした。
「さあ…でも、一緒に住んでて特に食べ物で衝突した事はないぞ」
「お嬢さんとも?」
「ああ。でも、ニスは塩を掛けて食べるのが好きみたいだな。あいつは何にでも醤油をかけるし」
「やっぱり!?俺もグンカと一緒に飯行った時、まじ?それにかける?みたいなモンにも醤油かけてたの気になってたんだよ!」
「塩分取り過ぎじゃないかってウォーリーが気にしてたなぁ」
「醤油なみなみ注いだ深皿に、刺身どぼん!は流石に止めたなぁ…早死にしちまうよ」
「だよなあ……それよりだったら、少量でも刺身に味が付けられるマヨネーズかケチャップの方が健康的だし、楽だよなぁ…」
「え」
「そろそろいいか?ニスが待ってるかもしれない」
衝撃を受けたハナミを置いて、ギャリアーが立ち上がる。手を組んでのびをすると、じゃあなとハナミに手を振ってさっさと日向に行ってしまった。スマートな去り際である。1人になったハナミは、「マヨネーズ…ケチャップ…?」という言葉を繰り返し、自分には受け入れられない味覚に悩んでいた。
花屋の前ではニスとグンカが向き合っている。
「答えを…」
ニスに答えを迫るグンカ。サングラスから見下ろすニスは困惑している様子であった。何故そんなことを聞くのかと怪しく思いつつ、ニスは少し口を開いて、ぽつりと答えを返した。
「恋仲じゃ…ないけど…」
「けど!?」
グンカは花束を持って詰め寄った。煮え切らない答えは頭に熱を過剰に集中させ冷静を奪う。ニスはその勢いに気圧され、今度ははっきりと断言した。
「いえ、恋人じゃないわ…一緒に住んでる、という間柄で……3人暮らしで…」
「そ、うか……ふむ……なら、いい……」
(何がいいんだろう……?)
グンカは、自分の考えていた2人の関係が予想と違った事により、ほっと一息ついた。
「何故そんな事を聞くの?」
「何故…とは…」
理由は考えれば沢山ある。
仲睦まじい2人を見たから。
ハナミに聞けと言われたから。
曖昧な事をはっきりさせたいから。
同居にあたり、気まずい思いをするから。
幾らでも出てきてしまうのは、大した理由ではないからだと、グンカ自身とうに気付いていた。
(全て、表向きの理由だな……)
グンカは額を抑え、はあと息を吐いた。日光を浴びているだけでなく、体内からの熱が頭に集中している。幾らでも考え付く表向きの理由は、オーバーヒートしそうな脳が体裁を保つために、無理矢理に生成し捻りだした物。太陽は頭部や肌にじりじりと照り付け、その生成した理由を焦がしていく。そして焼け焦げた仮初の中に残るのは、男の本心であった。
「……少々、疲れた」
「え……?」
「……これをやる……はあ」
溜め息と共に渡されたターコイズとパープルの花束。ニスの身体に花束が押し付けられ、反射的に受け取ってしまう。疲れた、という言葉の後のその行動の意味を理解できない。ニスはありがとうと言って受け取っていいものなのかと悩んだ末、礼だけは言う事にした。返して欲しいと言われたなら、返せばいい話だ。
花屋の店員は他の客の接客に忙しく、2人の遣り取りを知ることができるのは並べられた花しかない。
(首を傾げて…花を見ているな……)
ニスはいきなり貰った花束に疑問符を浮かべている。グンカは額を覆っている指の隙間からその姿をじっと見た。脳内の理性を司る器官はどんどん追い詰められ、残った理由が表に、表にと這い出ようとしてくる。グンカは知った。やはり夏は人の気を狂わせるのだと。自分も例外ではなかった事を。
「…隠匿も、沈黙も…枷に縛られるのも………罪悪感と焦燥を天秤に掛けた夜も……もうたくさんだ」
胸が詰まり、このまま死に向かうのではと思う程に苦しい。しかしその苦痛は甘やかで、切なさを含んでいる。もう口に出して言わなければ、自分の頭がおかしくなってしまいそうだった。グンカは手で覆い暗くなった視界の中、ただ1人太陽の光を浴びて、汗が、髪が、肌が、輝いている赤い髪の女を眩しそうに見る。そして観念したように瞳を閉じ、今度こそ真っ暗になった視界の中に記憶の姿を映す。あまり表情豊かな方ではない女だが、グンカの記憶の中では些細な表情の変化を大袈裟に焼き付け、大切な思い出となっている。グンカはもう一度溜め息を吐いて、ついに観念し本心を吐露した。
「…お前が…………好きだ」
汗が額から頬に伝っていく。
自分の想いを告白した男は、目を覆い項垂れていた。
「滑り込みで何とか並ばず買えたみたいだな。リリナグの海鮮岩塩焼き!サブリナの飯も美味いが、やっぱり海産物と言ったらここら辺ではリリナグだもんなぁ」
カップに盛り付けられた飯とその上に乗せられた木炭の炭火焼きでじっくり焼かれた魚の切り身に、イカ、タコ、貝、数種類の野菜。味付けはシンプルに塩と好みでバター。黒胡椒をさっと振って、アクセントをつけたら完成だ。
「レモンも勧められたが、やっぱり米と食うならガツンだな。うん、海鮮の出汁がバターと混ざって…」
海鮮から出た旨みが野菜にも絡み、シャキシャキの野菜に旨みがコーティングされている。小気味良いザクザク感が食欲を増進させ、米に染みている海鮮の旨味とともにかきこんだ。飽きないようにと、カップの縁に塗りつけられた辛味噌がまた味をガラリと変えて、全く別の料理に変化させる。店員のお勧めは、具材と米と辛味噌を掻き混ぜ、混ぜご飯のようにする食べ方らしい。ハナミは残り半分ほどになったら混ぜようか、等考えていると、農場手前の花屋の前でギャリアーの姿を見つけた。店員と何やら話している様子だ。ハナミはハンカチで口を拭うと、その背後から近づいて行った。
ギャリアーはニスと分かれた後いくつか花屋を巡り、ある程度グンカへの土産の目星を付けた。その他にも庭に蒔いても手入れが簡単な花を求めて、店員に花の種類と育て方を聞き、よさそうなのを包んで貰う事にした。
「そうだな……色ミックスの種のセットを1つ」
「ガーデニングかい?技師の兄さん」
「アンタは……」
割り箸とカップを両手に持ったハナミがギャリアーの隣に立った。ニス同様、ハナミに対して良いイメージの無いギャリアーは眉を顰めて僅かに距離を取る。
(嫌われたもんだね……)
ハナミはそれを特に気にすることなく、のんびり食事を口に運ぶ。ギャリアーは居心地悪そうに会計を待つ。
「兄さん、最近お嬢さんとはどうよ?」
「どうって…?」
「恋人関係に発展したり」
「そういうのじゃないよ」
「仲良くお手手繋いで、豊作祭デートじゃない」
「人混みで逸れたり、足踏まれたりしないように。アンタだってそれ位はするだろ?」
「…まあ」
ハナミはその言葉に少々ダメージを負った。別れた妻から離婚前日最後に言われた言葉の一つに、エスコートの一つもしてくれない、云々があったのを覚えている。それに対して自分は何と答えたかと思い出しそうになって辞めた。今更思い出して感傷に浸ってもどうしようもない、生産的じゃあない。全ては仕事を優先した結果だ、とハナミは思う。
「…男女関係じゃないような気はしたけど、ま…わかったよ。それより兄さんにはもっと聞きたいことがあってね」
「今じゃなきゃダメか?」
「もっと昔に刑事だったら、兄さんにも話聞いていただろうな…」
潜源石持ち出し未遂事件の事を暗に言っていた。当時専属技師であったギャリアーに当時の事を聞いてみたかった。十代後半で専属の地位を勝ち取った将来有望な青年大層な野心を抱いていてもおかしくは無い。事件当時の捜査資料によると、彼の師匠が製作に集中させたいからと、代わりに事情聴取を受けていたそうだ。当時のリリナグ・ピオン所属関係者で聴取を受けていないのは、彼一人であった。師匠に守られた秘蔵っ子が、現在のギャリアーだ。
「?」
ギャリアーは何のことかわからないといった顔をした。とぼけているのか、本心か。ハナミにはまだ判断がつかない。
「それは置いといてお嬢さんについて聞きたい。最近どうしてるとか、何をしたとか。警備隊の素行調査なら、町民には協力義務があるからな」
「……アンタはサブリナ警備隊所属だろう?リリナグ警備隊にはその権限があるが、アンタには無い筈だが」
「良く知ってるな。でも、大目に見てくれよ…グンカじゃお嬢さんに手心加えちまうからさ。解り易いだろ?あいつ」
ギャリアーはハナミの言葉に少し視線を逸らして考えた後、「ああ…」と答えた。
「な?だから兄さんに聞きたいんだよ。最近のお嬢さんについてさ。勿論俺が聞いた事と知ってる事を答えてくれればいい、時間はそんなにかからない。いいだろ?」
「ニスが待ってる」
「大丈夫、大丈夫。この飯食い終わる迄でいいからさ」
ハナミは商品を受け取ったギャリアーの肩を抱いて、店舗の裏の木陰になっている場所に連れて行く。日差しがきつい中の調査はハナミも出来れば避けたかった。ギャリアーは仕方ないと諦めて、背中のリュックを短く刈られた草の上に置いて、腰を下ろした。日陰と日向ではかなりの温度差があり、陽の当たらないというだけでかなり涼しかった。どうせなら木陰を待ち合わせ場所にしておけばよかったと、少し後悔した。
「へえ~…釣り上手なんだ」
「ああ、ニスが釣りしてるのを見て、あいつも釣りに嵌まったんだ。何度かニスに着いて行って釣りしてるうちに、ちょっといい竿買ってきてさ。それでもニスの手直しした竹竿の方が釣果がいいのは不思議だよな」
「お嬢さん、竿作ったの?」
「誰かがうちに立て掛けて忘れて行ったのかな?長い間そこに置きっぱなしだった竿をニスが少し直して使ってるんだよ」
ハナミとギャリアーは木陰で一休みしながら、ギャリアー宅の事、ニスやグンカの様子の聞き取りをしていた。その中で、ニスの日焼けの話になり、海の話になり、ニスとグンカが釣り好きだとの話になった。ハナミはグンカに趣味があるなど聞いたことが無く、看守時代は偶に演劇を見に行っていると聞いたことがある位だった。リリナグには劇場は無く、サブリナにも最近まで無かった。その為、一心不乱に仕事に情熱を注いでいるだろうと思っていた。ギャリアーは、それと…と話を続ける。
「オリジナルの餌を作ってたな。秘伝だとか門外不出だとか…今度教えて貰おうかな」
「何それ、すげえ気になる……」
「だろ?あいつも、それとなく聞き出そうとしてたけど、ニスは作る所を見せてくれないんだと。悔しそうだったな~…」
「ハハ、グンカの顔が目に浮かぶようだ」
意外にも2人は打ち解けている様子であった。もともと人当たりの良いギャリアーと、職業柄人と話す機会の多いハナミで相性は悪くない。が、それは表向きの事。お互いがお互いを探ろうとしている事に2人は気付いていた。
(一体ニスの何を探ってるんだ…?生活調査だって言ってたが、どう考えても嘘だろ)
(中々話を逸らすのが上手な兄さんだ。きな臭い質問は上手く躱してるな……本心を隠すのが上手い。刑事部門にスカウトしたい所だ)
2人は柔らかく笑みを向けながら隣に座っている。周囲から見れば男二人で仲良く談笑している構図だ。しかし水面下では相手の足の引っ掛けあい、ボロを出さないかと虎視眈々と様子の変化をじっと観察している。
「ここからは、男としての話なんだが…」
「なんだ?」
「お嬢さんと、そういう仲になりたかったりする?」
「……どうだろうなぁ。今の所はこのままが居心地がいいし」
ギャリアーはのんびりとリラックスしているような横顔だった。
「考えた事はある?お嬢さんは兄さんの少し年下…位だろ?はっきりした年齢は知らねえが…兄さん知らない?」
「聞いたことないな」
「……意外と大雑把な性格なのか?」
「性格は別に……友達からは雑な味覚をしてるとは言われた事がある」
「何だよ雑な味覚って……」
ハナミはあと三口程残っているカップを膝の上に置いて、タコを口に入れて咀嚼した。じんわりとタコの旨味が口内に広がってゆく。辛味噌を纏っているので、舌が少しひりっとした。
「さあ…でも、一緒に住んでて特に食べ物で衝突した事はないぞ」
「お嬢さんとも?」
「ああ。でも、ニスは塩を掛けて食べるのが好きみたいだな。あいつは何にでも醤油をかけるし」
「やっぱり!?俺もグンカと一緒に飯行った時、まじ?それにかける?みたいなモンにも醤油かけてたの気になってたんだよ!」
「塩分取り過ぎじゃないかってウォーリーが気にしてたなぁ」
「醤油なみなみ注いだ深皿に、刺身どぼん!は流石に止めたなぁ…早死にしちまうよ」
「だよなあ……それよりだったら、少量でも刺身に味が付けられるマヨネーズかケチャップの方が健康的だし、楽だよなぁ…」
「え」
「そろそろいいか?ニスが待ってるかもしれない」
衝撃を受けたハナミを置いて、ギャリアーが立ち上がる。手を組んでのびをすると、じゃあなとハナミに手を振ってさっさと日向に行ってしまった。スマートな去り際である。1人になったハナミは、「マヨネーズ…ケチャップ…?」という言葉を繰り返し、自分には受け入れられない味覚に悩んでいた。
花屋の前ではニスとグンカが向き合っている。
「答えを…」
ニスに答えを迫るグンカ。サングラスから見下ろすニスは困惑している様子であった。何故そんなことを聞くのかと怪しく思いつつ、ニスは少し口を開いて、ぽつりと答えを返した。
「恋仲じゃ…ないけど…」
「けど!?」
グンカは花束を持って詰め寄った。煮え切らない答えは頭に熱を過剰に集中させ冷静を奪う。ニスはその勢いに気圧され、今度ははっきりと断言した。
「いえ、恋人じゃないわ…一緒に住んでる、という間柄で……3人暮らしで…」
「そ、うか……ふむ……なら、いい……」
(何がいいんだろう……?)
グンカは、自分の考えていた2人の関係が予想と違った事により、ほっと一息ついた。
「何故そんな事を聞くの?」
「何故…とは…」
理由は考えれば沢山ある。
仲睦まじい2人を見たから。
ハナミに聞けと言われたから。
曖昧な事をはっきりさせたいから。
同居にあたり、気まずい思いをするから。
幾らでも出てきてしまうのは、大した理由ではないからだと、グンカ自身とうに気付いていた。
(全て、表向きの理由だな……)
グンカは額を抑え、はあと息を吐いた。日光を浴びているだけでなく、体内からの熱が頭に集中している。幾らでも考え付く表向きの理由は、オーバーヒートしそうな脳が体裁を保つために、無理矢理に生成し捻りだした物。太陽は頭部や肌にじりじりと照り付け、その生成した理由を焦がしていく。そして焼け焦げた仮初の中に残るのは、男の本心であった。
「……少々、疲れた」
「え……?」
「……これをやる……はあ」
溜め息と共に渡されたターコイズとパープルの花束。ニスの身体に花束が押し付けられ、反射的に受け取ってしまう。疲れた、という言葉の後のその行動の意味を理解できない。ニスはありがとうと言って受け取っていいものなのかと悩んだ末、礼だけは言う事にした。返して欲しいと言われたなら、返せばいい話だ。
花屋の店員は他の客の接客に忙しく、2人の遣り取りを知ることができるのは並べられた花しかない。
(首を傾げて…花を見ているな……)
ニスはいきなり貰った花束に疑問符を浮かべている。グンカは額を覆っている指の隙間からその姿をじっと見た。脳内の理性を司る器官はどんどん追い詰められ、残った理由が表に、表にと這い出ようとしてくる。グンカは知った。やはり夏は人の気を狂わせるのだと。自分も例外ではなかった事を。
「…隠匿も、沈黙も…枷に縛られるのも………罪悪感と焦燥を天秤に掛けた夜も……もうたくさんだ」
胸が詰まり、このまま死に向かうのではと思う程に苦しい。しかしその苦痛は甘やかで、切なさを含んでいる。もう口に出して言わなければ、自分の頭がおかしくなってしまいそうだった。グンカは手で覆い暗くなった視界の中、ただ1人太陽の光を浴びて、汗が、髪が、肌が、輝いている赤い髪の女を眩しそうに見る。そして観念したように瞳を閉じ、今度こそ真っ暗になった視界の中に記憶の姿を映す。あまり表情豊かな方ではない女だが、グンカの記憶の中では些細な表情の変化を大袈裟に焼き付け、大切な思い出となっている。グンカはもう一度溜め息を吐いて、ついに観念し本心を吐露した。
「…お前が…………好きだ」
汗が額から頬に伝っていく。
自分の想いを告白した男は、目を覆い項垂れていた。
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