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灼熱の初月編
第50話 かの人の工房
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ニスは観光客と思わしき人が良く目につくようになった町並みで、パンフレットを広げて探索をしていた。
「…あとここから近いのは…【ガーデン】って店ね」
5分も歩けば到着する距離だ。先程見た工房にチェックを入れて、買い物鞄にパンフレットを仕舞うと、麦わら帽子を被りなおして歩き出した。ニスは度々、第3採掘場の販売店で店員に印を付けて貰った工房を回っていた。しかし未だ記憶にある獣の装飾と特徴が似ている工房に巡り合えてはいない。サブリナで手がかりを得て、ニスは焦っていた。バッツという人物がリリナグへ移送され、刑期を終えて自由になったら、その所在を調べるのが困難になる。都合よくリリナグかサブリナに留まるという希望は持たない方がいい。
「…もし、釈放までに手がかりが見つからなかったら」
麦わら帽子が作る影の中、暗いニスの瞳が光を失ってゆく。携帯している装飾貝は汗ばむ身体に張り付いてそこだけが妙に熱くなっていた。
ガーデンという店の前に着いた。看板は真新しく、可愛らしい文字で店名が記されている。薄ピンクの外壁にはキラキラした結晶のようなステンドグラスが埋まり、散りばめられた透明なガラスから店内の様子を覗くことが出来る。こちらも摩耗した形跡は見当たらず、比較的新しい店なのかもしれないとニスは思った。
店先には観光客が溜まり、中にも大勢の人の姿が見えた。その殆どは女性客で、丁度店から出てくる男性客一人くらいしか、男性は見当たらない。ニスは店に入る順番を待つ列の後方に並ぶと、その男性客がぶつぶつと独り言を言って横を通り過ぎて行った。
「すっかり女向けの店になっちまったなあ…前の方がハードで好きだったんだがなあ…まあ、仕方ない事もあるか……」
男性客の指には、指輪が4つも嵌められていた。そのどれもが、武骨なデザインで中には潜源石を使用した指輪もある。その中の一つは獣の装飾だった。一瞬ドキリとしたが、獰猛というイメージでは無いウサギの装飾であった。
(そうか…工房で商品として出てなくても、お客さんが依頼して作ってもらう事もある。お客さんの指も見た方がいい…)
ニスは列から離れて、道の先に進んだ男性客を追いかけた。
「すみません…」
「ん?何だい」
「その指輪…潜源石の。それは何処で売ってますか…?」
「へえ、興味あるのかい?」
「ええ…その、力強い感じで…」
ニスがそう答えると、その男性客は嬉しそうに語り出した。
「珍しいね~!あまりこういう指輪は受けが良くなくて、扱ってる店も限られているんだ。昔は店頭に沢山並べていた店も、一般的なモチーフや人気のある装飾技法に流れちゃって、今はほぼ依頼でしか作らない店も多い」
「そうだったの……この中に、力強い獣のモチーフを扱っていた店はある?」
買い物籠から印のつけられたパンフレットを出して男性客に見て貰う。
「この5つが獣が得意だと聞いたのだけど、探しているのが無くて…」
「ああ、この5つの店は獣だが、そのうち3つは可愛らしいのとか美しいのが多いな。二つは結構前からある工房で、この3つの指輪を作って貰った店だ」
「もう一つは?」
「これはあそこだよ」
男性客はニスの後ろを指差した。振り返ると先程並んでいたガーデンという可愛らしい店だった。
「えっ…全然印象が違う」
「そうなんだよ~。前はケヤリって名前だったんだがな。最近方針転換したのか、工房を建て替えて商品も一新して客層も一変した。さっき覗いて来たが、あまりに居心地が悪くてすぐに帰ってきた。前はシックで、これぞ職人って感じの店だったんだがな~残念だよ」
「…依頼したら作ってくれる?」
「カタログをちらっと見たが、今は依頼を受け付けてないみたいだな。繁忙期でもあるし、この3か月が終わったらもう一度店主にメンテナンスしてもらうかな~」
ニスは男性客と別れると、まだ観光客でごった返している店の前に戻る。今は扱っていないと聞いたが、一応店の中は見ておこうと列に並んだ。客層は若い女性客が多く、ニスの前に並んでいた二人組は観光について書かれた本を広げて読んでいた。
(この店の事が書いてあるのかしら…)
ニスは2人組の後ろからそのガイドブックを覗いてみた。どうやらリリナグ町内を紹介した本のようで、いくつかの工房を紹介しているページのようだ。ガーデンという店名の上に、新装開店と題が付けられている。
「何買おうかな…ピアス、指輪…アンクレットもある」
「お揃いで付けちゃう?」
どうやらガーデンという店は、アクセサリー類が中心の品揃えのようだ。ページ半分を使って、人気のある商品を紹介してる。どれも可愛らしく、確かにあの男性客の指輪のイメージとは合わない。
「それでは次のグループの方!」
店員が入場制限を行い、客がある程度退店したら決まった人数を入店させるようだ。前の2人組に着いて行こうとすると、丁度目の前で打ち切られてしまった。
「すみません、もうしばらくお待ちください」
店員はニスの前でポールの間にロープを張ると、今度は退店する客が入り口付近で立ち止まらないように誘導する。大繁盛のようで、中からざわざわとした声が外に漏れている。ニスは透明なガラス窓から店内を見た。外壁と同じくピンク系の内装で、中央にはアクセサリーを飾ったタワーがある。随分と派手な店のようだ。店内に居た客が、窓のすぐ近くで見ていたニスに気付いて驚いたような顔をする。ニスは少し恥ずかしくなって、窓から離れた。
「お待たせしました、次のグループの方、前にお進みください!入り口付近では立ち止まらないよう、お願いします!」
「わっ」
店員の掛け声に、後方の客が早く店に入りたいと圧したようだ。ニスは後ろの客に背中を押されながら店内に入った。取り敢えず人の少ない場所に避難すると、店内をぐるりと見渡した。棚は統一されていて、壁と同色のピンク。直線的な台ではなく、所々うねりがあるラインをしている。一番目を惹くタワーはニス2人分の程の高さがあり、ガラスのジョウロを客の頭上に向けて傾けている、仮面を着けた猫の彫刻が天辺に乗っている。ジョウロの中には色とりどりの宝石、アクセサリーが入り、とても華やかだ。タワーの周りには客が円になって集まり、天井を見上げている。ニスも円の外側に立ち、その猫の彫刻を見る。凝ったデザインの仮面が猫の顔全体を覆い隠し、作業着の様な服を着ている。
「これは…見に来たくなるわね…」
ガイドブックに紹介されるのも納得であった。
タワーのアクセサリーを一通り見た後、ニスは壁沿いの棚のアクセサリーも見て回った。モチーフは花と可愛らしい動物が多いようだ。ニスは一つ手に取って見ると、薔薇をモチーフにした潜源石のガラスの中心から、花弁が散るような意匠が凝らされている。隣の女性客は同じデザインの違う色を手に取って綺麗だ、可愛いと話している。同意するが男性客の指輪のような、強く迫力ある印象は受けない。
「あ…あの人」
店内に入って正面の壁に、立派な額に入れられた肖像画が飾られていた。その人物は、朝夕海岸でシーグラスを探していた、ギャリアーの知り合いの男だった。
「確か…フラスカっていう名前の…この工房だったのね」
市場の外れで工房を営んでいると話していた。こんなに人気の工房だとは。
ニスは壁に設置されているフラスカについて書かれたボードを読む。
「年齢34歳、装飾技師の父から技を伝授され、リリナグピオンの専属技師としても勤務していた経験……大分前に自分の店を持って、新装開店して…」
「おや……貴女は…ギャリアー君の所のお嬢さん…」
ニスに話しかけてきたのは、肖像画の人物フラスカ本人だった。今話題の店の工房主の登場に周囲の客はちらちらとそちらを見た。フラスカはその視線に対し丁寧に会釈をすると、客達はわあっと湧き立った。
「人気店なのね。この炎天下なのに外に行列が出来て、こんなに素敵な店内で…アクセサリーも可愛い」
「ありがとう。君には、こんなモチーフが似合いそうだ」
フラスカは棚を見渡すと、花をぎゅっと抱きしめる仮面の猫の置物をニスに見せた。
「これ…あそこに居るのと同じ…?」
「そう。我が工房のシンボル…ガーデンの管理人さ」
「あのジョウロに入っているのは?」
「本物の水を流すわけにはいかないからね、お客様の御召し物を濡らしてしまうし。だから特に美しい宝石と色合いを選んで中に閉じ込めたんだ。あの猫が栄養を与えている、というイメージだよ」
ニスが勧められているのを羨ましそうに見る客達。近くに集まって、今度は自分が選んで貰おうと話が終わるのを待っているようだ。ニスは置物を渡そうとするフラスカを手で制止した。
「私は…もっと、獰猛な…迫力のある指輪が欲しくて探しているの……」
「おや、意外だ…ギャリアー君の所は美しく気品ある品が多いから、好みはそちらかと思っていた」
「貴方は、作れる…?」
フラスカは少し黙ると、それから申し訳ないと眉を下げた。
「見ての通り繁忙期で、今はこの店にある商品に使用している技法が中心なんだ。これから先も強い作品は作る予定がないかな、すまないね」
「そう…残念ね」
「もしかしたら気に入る商品があるかもしれない、ゆっくり見て行ってくれ」
「あのっフラスカさん!あたしにも選んで貰えますか?」
1人が切り出すと、周りからも選んで欲しいと声が上がる。
「じゃあね、ニス君…彼によろしく」
フラスカがニスに挨拶をすると、周りの女性客が彼を取り囲んだ。人気の工房の主は、柔和な笑みを客に向けて接客していた。ニスはもう一度肖像画を見上げた。こんなに可愛らしい店内ではあるが、肖像画の人物は自尊心の強い表情に見える。今は柔和な笑みをしているが、それが本来のフラスカなのか、或いは、昔は気位が高い人物だったのかもしれない、とニスは思った。店内が混雑してきた為、一応店の商品を紹介する小さなカードを一枚貰って店から出た。すぐ傍の道路では、購入した商品を早速身に着ける客達が溜まっている。炎天下の照りつける日差しの下、フラスカの手掛けた品が煌めいて眩しく、目を瞑った。
その後、パンフレットに印がついた工房をもう2、3巡り、空振りの印を付け終える頃には日が傾いていた。今日だけでリリナグ町内を東西南北に歩き回って、足にはかなり疲労が残っている。猛暑の中の探索で体力も削られていた。
「数分だけ…どこかで休もうかしら…」
ニスは今、大農場を除いた町の東側の下の方に居る。ギャリアーの家は南側の左の方で、特に入り組んだ場所もなく広い道路を海岸沿いに歩いて行けばいい為、想定の時間より遅くなることは無い。
「あ…灯台がある」
ギャリアーの家からも見える、家と反対側の遠くの灯台。そこは町から左程距離は無く、小さな岬の先端に建っている。そこを見学がてら少し足を休めようと、近くの海岸に降りる階段を下って砂浜を歩く。家近くの海岸と違って、そこは船が何艘も砂浜に置かれている。船体の横には所有者の名前と船の名前、住所が記入されている。
「船に名前を付けてる…みんな違う…。作品だけでなく、物に名前を付けるのねここは…」
ギャリアーの工具一つ一つにも道具としての品名だけでなく、名前を付けているのだろうかとニスは気になった。
「帰ったら聞いてみよう…」
岬の先端に辿り着くと、灯台の灯りは潜源石で出来ているようで、ガラスの中の火が絶えず真横に回転している。このリリナグにおいて、潜源石は生活の必需品となっている。身近な存在であると改めてニスは思った。近くで見ると、ガラス玉はかなりの大玉で作るのも乗せるのも大変な作業である。
「はあ……疲れた…」
ニスは誰かがいつの間にか設置した木のベンチに座った。重かった足から力を抜いてリラックスすると、じわじわと疲れが霧散してゆく。沖からは船が帰ってくる所で、ボォンと低い音を鳴らして帰港の合図を出す。するとワラワラと浜辺に人が集まり、ザルや箱のような物を抱えている。何が有るのだろうと、興味を持ったニスは、その人集りに近付いて様子を見る事にした。船が桟橋の横に付けると、待っていた人々が一斉に船に群がった。そして船員が魚を見せて価格を言うと、次々にそれより高い金額を言って、最終的に誰も競合しなくなったら、その人に売っているみたいだった。ニスは初めて競りを見た。
「本日最後!皆さん籠を上に掲げて!」
その言葉に一斉に手に持った入れ物を上げる人々。ニスは何が起きるのかと、集団の後方で眺めていた。
「感謝の無料大放出!」
そう叫んだかと思うと、数人の船員が宙に魚をばら撒いた。人々は撒かれた魚をキャッチしようと籠を右往左往している。ニスはその盛り上がりに気圧され、集団から距離を取ろうとしたその時。
「ぎゃっ!?」
ビタン!と音を立てて、ニスの顔に魚がぶつかった。下に落ちるキズのついた鯛を我先にと拾おうとする周囲。しかし、ニスが顔を抑えて唸っているのを見て、流石に気の毒と思ったのか、鯛をニスの側に置いてまた放られる魚を狙う。
帰宅したニスは鏡の前で自身の顔を見ると、鼻の頭が赤くなっていた。その夜は鯛の塩焼きを3人で摘んだ。ニスは鯛の出所を話さなかった。
「…あとここから近いのは…【ガーデン】って店ね」
5分も歩けば到着する距離だ。先程見た工房にチェックを入れて、買い物鞄にパンフレットを仕舞うと、麦わら帽子を被りなおして歩き出した。ニスは度々、第3採掘場の販売店で店員に印を付けて貰った工房を回っていた。しかし未だ記憶にある獣の装飾と特徴が似ている工房に巡り合えてはいない。サブリナで手がかりを得て、ニスは焦っていた。バッツという人物がリリナグへ移送され、刑期を終えて自由になったら、その所在を調べるのが困難になる。都合よくリリナグかサブリナに留まるという希望は持たない方がいい。
「…もし、釈放までに手がかりが見つからなかったら」
麦わら帽子が作る影の中、暗いニスの瞳が光を失ってゆく。携帯している装飾貝は汗ばむ身体に張り付いてそこだけが妙に熱くなっていた。
ガーデンという店の前に着いた。看板は真新しく、可愛らしい文字で店名が記されている。薄ピンクの外壁にはキラキラした結晶のようなステンドグラスが埋まり、散りばめられた透明なガラスから店内の様子を覗くことが出来る。こちらも摩耗した形跡は見当たらず、比較的新しい店なのかもしれないとニスは思った。
店先には観光客が溜まり、中にも大勢の人の姿が見えた。その殆どは女性客で、丁度店から出てくる男性客一人くらいしか、男性は見当たらない。ニスは店に入る順番を待つ列の後方に並ぶと、その男性客がぶつぶつと独り言を言って横を通り過ぎて行った。
「すっかり女向けの店になっちまったなあ…前の方がハードで好きだったんだがなあ…まあ、仕方ない事もあるか……」
男性客の指には、指輪が4つも嵌められていた。そのどれもが、武骨なデザインで中には潜源石を使用した指輪もある。その中の一つは獣の装飾だった。一瞬ドキリとしたが、獰猛というイメージでは無いウサギの装飾であった。
(そうか…工房で商品として出てなくても、お客さんが依頼して作ってもらう事もある。お客さんの指も見た方がいい…)
ニスは列から離れて、道の先に進んだ男性客を追いかけた。
「すみません…」
「ん?何だい」
「その指輪…潜源石の。それは何処で売ってますか…?」
「へえ、興味あるのかい?」
「ええ…その、力強い感じで…」
ニスがそう答えると、その男性客は嬉しそうに語り出した。
「珍しいね~!あまりこういう指輪は受けが良くなくて、扱ってる店も限られているんだ。昔は店頭に沢山並べていた店も、一般的なモチーフや人気のある装飾技法に流れちゃって、今はほぼ依頼でしか作らない店も多い」
「そうだったの……この中に、力強い獣のモチーフを扱っていた店はある?」
買い物籠から印のつけられたパンフレットを出して男性客に見て貰う。
「この5つが獣が得意だと聞いたのだけど、探しているのが無くて…」
「ああ、この5つの店は獣だが、そのうち3つは可愛らしいのとか美しいのが多いな。二つは結構前からある工房で、この3つの指輪を作って貰った店だ」
「もう一つは?」
「これはあそこだよ」
男性客はニスの後ろを指差した。振り返ると先程並んでいたガーデンという可愛らしい店だった。
「えっ…全然印象が違う」
「そうなんだよ~。前はケヤリって名前だったんだがな。最近方針転換したのか、工房を建て替えて商品も一新して客層も一変した。さっき覗いて来たが、あまりに居心地が悪くてすぐに帰ってきた。前はシックで、これぞ職人って感じの店だったんだがな~残念だよ」
「…依頼したら作ってくれる?」
「カタログをちらっと見たが、今は依頼を受け付けてないみたいだな。繁忙期でもあるし、この3か月が終わったらもう一度店主にメンテナンスしてもらうかな~」
ニスは男性客と別れると、まだ観光客でごった返している店の前に戻る。今は扱っていないと聞いたが、一応店の中は見ておこうと列に並んだ。客層は若い女性客が多く、ニスの前に並んでいた二人組は観光について書かれた本を広げて読んでいた。
(この店の事が書いてあるのかしら…)
ニスは2人組の後ろからそのガイドブックを覗いてみた。どうやらリリナグ町内を紹介した本のようで、いくつかの工房を紹介しているページのようだ。ガーデンという店名の上に、新装開店と題が付けられている。
「何買おうかな…ピアス、指輪…アンクレットもある」
「お揃いで付けちゃう?」
どうやらガーデンという店は、アクセサリー類が中心の品揃えのようだ。ページ半分を使って、人気のある商品を紹介してる。どれも可愛らしく、確かにあの男性客の指輪のイメージとは合わない。
「それでは次のグループの方!」
店員が入場制限を行い、客がある程度退店したら決まった人数を入店させるようだ。前の2人組に着いて行こうとすると、丁度目の前で打ち切られてしまった。
「すみません、もうしばらくお待ちください」
店員はニスの前でポールの間にロープを張ると、今度は退店する客が入り口付近で立ち止まらないように誘導する。大繁盛のようで、中からざわざわとした声が外に漏れている。ニスは透明なガラス窓から店内を見た。外壁と同じくピンク系の内装で、中央にはアクセサリーを飾ったタワーがある。随分と派手な店のようだ。店内に居た客が、窓のすぐ近くで見ていたニスに気付いて驚いたような顔をする。ニスは少し恥ずかしくなって、窓から離れた。
「お待たせしました、次のグループの方、前にお進みください!入り口付近では立ち止まらないよう、お願いします!」
「わっ」
店員の掛け声に、後方の客が早く店に入りたいと圧したようだ。ニスは後ろの客に背中を押されながら店内に入った。取り敢えず人の少ない場所に避難すると、店内をぐるりと見渡した。棚は統一されていて、壁と同色のピンク。直線的な台ではなく、所々うねりがあるラインをしている。一番目を惹くタワーはニス2人分の程の高さがあり、ガラスのジョウロを客の頭上に向けて傾けている、仮面を着けた猫の彫刻が天辺に乗っている。ジョウロの中には色とりどりの宝石、アクセサリーが入り、とても華やかだ。タワーの周りには客が円になって集まり、天井を見上げている。ニスも円の外側に立ち、その猫の彫刻を見る。凝ったデザインの仮面が猫の顔全体を覆い隠し、作業着の様な服を着ている。
「これは…見に来たくなるわね…」
ガイドブックに紹介されるのも納得であった。
タワーのアクセサリーを一通り見た後、ニスは壁沿いの棚のアクセサリーも見て回った。モチーフは花と可愛らしい動物が多いようだ。ニスは一つ手に取って見ると、薔薇をモチーフにした潜源石のガラスの中心から、花弁が散るような意匠が凝らされている。隣の女性客は同じデザインの違う色を手に取って綺麗だ、可愛いと話している。同意するが男性客の指輪のような、強く迫力ある印象は受けない。
「あ…あの人」
店内に入って正面の壁に、立派な額に入れられた肖像画が飾られていた。その人物は、朝夕海岸でシーグラスを探していた、ギャリアーの知り合いの男だった。
「確か…フラスカっていう名前の…この工房だったのね」
市場の外れで工房を営んでいると話していた。こんなに人気の工房だとは。
ニスは壁に設置されているフラスカについて書かれたボードを読む。
「年齢34歳、装飾技師の父から技を伝授され、リリナグピオンの専属技師としても勤務していた経験……大分前に自分の店を持って、新装開店して…」
「おや……貴女は…ギャリアー君の所のお嬢さん…」
ニスに話しかけてきたのは、肖像画の人物フラスカ本人だった。今話題の店の工房主の登場に周囲の客はちらちらとそちらを見た。フラスカはその視線に対し丁寧に会釈をすると、客達はわあっと湧き立った。
「人気店なのね。この炎天下なのに外に行列が出来て、こんなに素敵な店内で…アクセサリーも可愛い」
「ありがとう。君には、こんなモチーフが似合いそうだ」
フラスカは棚を見渡すと、花をぎゅっと抱きしめる仮面の猫の置物をニスに見せた。
「これ…あそこに居るのと同じ…?」
「そう。我が工房のシンボル…ガーデンの管理人さ」
「あのジョウロに入っているのは?」
「本物の水を流すわけにはいかないからね、お客様の御召し物を濡らしてしまうし。だから特に美しい宝石と色合いを選んで中に閉じ込めたんだ。あの猫が栄養を与えている、というイメージだよ」
ニスが勧められているのを羨ましそうに見る客達。近くに集まって、今度は自分が選んで貰おうと話が終わるのを待っているようだ。ニスは置物を渡そうとするフラスカを手で制止した。
「私は…もっと、獰猛な…迫力のある指輪が欲しくて探しているの……」
「おや、意外だ…ギャリアー君の所は美しく気品ある品が多いから、好みはそちらかと思っていた」
「貴方は、作れる…?」
フラスカは少し黙ると、それから申し訳ないと眉を下げた。
「見ての通り繁忙期で、今はこの店にある商品に使用している技法が中心なんだ。これから先も強い作品は作る予定がないかな、すまないね」
「そう…残念ね」
「もしかしたら気に入る商品があるかもしれない、ゆっくり見て行ってくれ」
「あのっフラスカさん!あたしにも選んで貰えますか?」
1人が切り出すと、周りからも選んで欲しいと声が上がる。
「じゃあね、ニス君…彼によろしく」
フラスカがニスに挨拶をすると、周りの女性客が彼を取り囲んだ。人気の工房の主は、柔和な笑みを客に向けて接客していた。ニスはもう一度肖像画を見上げた。こんなに可愛らしい店内ではあるが、肖像画の人物は自尊心の強い表情に見える。今は柔和な笑みをしているが、それが本来のフラスカなのか、或いは、昔は気位が高い人物だったのかもしれない、とニスは思った。店内が混雑してきた為、一応店の商品を紹介する小さなカードを一枚貰って店から出た。すぐ傍の道路では、購入した商品を早速身に着ける客達が溜まっている。炎天下の照りつける日差しの下、フラスカの手掛けた品が煌めいて眩しく、目を瞑った。
その後、パンフレットに印がついた工房をもう2、3巡り、空振りの印を付け終える頃には日が傾いていた。今日だけでリリナグ町内を東西南北に歩き回って、足にはかなり疲労が残っている。猛暑の中の探索で体力も削られていた。
「数分だけ…どこかで休もうかしら…」
ニスは今、大農場を除いた町の東側の下の方に居る。ギャリアーの家は南側の左の方で、特に入り組んだ場所もなく広い道路を海岸沿いに歩いて行けばいい為、想定の時間より遅くなることは無い。
「あ…灯台がある」
ギャリアーの家からも見える、家と反対側の遠くの灯台。そこは町から左程距離は無く、小さな岬の先端に建っている。そこを見学がてら少し足を休めようと、近くの海岸に降りる階段を下って砂浜を歩く。家近くの海岸と違って、そこは船が何艘も砂浜に置かれている。船体の横には所有者の名前と船の名前、住所が記入されている。
「船に名前を付けてる…みんな違う…。作品だけでなく、物に名前を付けるのねここは…」
ギャリアーの工具一つ一つにも道具としての品名だけでなく、名前を付けているのだろうかとニスは気になった。
「帰ったら聞いてみよう…」
岬の先端に辿り着くと、灯台の灯りは潜源石で出来ているようで、ガラスの中の火が絶えず真横に回転している。このリリナグにおいて、潜源石は生活の必需品となっている。身近な存在であると改めてニスは思った。近くで見ると、ガラス玉はかなりの大玉で作るのも乗せるのも大変な作業である。
「はあ……疲れた…」
ニスは誰かがいつの間にか設置した木のベンチに座った。重かった足から力を抜いてリラックスすると、じわじわと疲れが霧散してゆく。沖からは船が帰ってくる所で、ボォンと低い音を鳴らして帰港の合図を出す。するとワラワラと浜辺に人が集まり、ザルや箱のような物を抱えている。何が有るのだろうと、興味を持ったニスは、その人集りに近付いて様子を見る事にした。船が桟橋の横に付けると、待っていた人々が一斉に船に群がった。そして船員が魚を見せて価格を言うと、次々にそれより高い金額を言って、最終的に誰も競合しなくなったら、その人に売っているみたいだった。ニスは初めて競りを見た。
「本日最後!皆さん籠を上に掲げて!」
その言葉に一斉に手に持った入れ物を上げる人々。ニスは何が起きるのかと、集団の後方で眺めていた。
「感謝の無料大放出!」
そう叫んだかと思うと、数人の船員が宙に魚をばら撒いた。人々は撒かれた魚をキャッチしようと籠を右往左往している。ニスはその盛り上がりに気圧され、集団から距離を取ろうとしたその時。
「ぎゃっ!?」
ビタン!と音を立てて、ニスの顔に魚がぶつかった。下に落ちるキズのついた鯛を我先にと拾おうとする周囲。しかし、ニスが顔を抑えて唸っているのを見て、流石に気の毒と思ったのか、鯛をニスの側に置いてまた放られる魚を狙う。
帰宅したニスは鏡の前で自身の顔を見ると、鼻の頭が赤くなっていた。その夜は鯛の塩焼きを3人で摘んだ。ニスは鯛の出所を話さなかった。
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