ベノムリップス

ど三一

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罪人探し編

第36話 不穏な観光

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「む」

2人が小物を見ていると、グンカが1人焼き物の良い匂いに吸い寄せられるように離脱した。鉄板の上に並べられた数種類の味付けの違う肉。メニューは単一のものや、全種類を少しずつ詰めたミックスがある。注文を受けたら串に刺すか、切り分けて箱や紙に入れるか客が決めるシステムのようだ。グンカはミックスを頼んだ。畜産の盛んなサブリナの肉料理は食べておかなければと、少し多めに頼んだ。切り方は一口サイズで箱に入れて貰った。

「これ…?何の動物…?」
「さっき牧場にいたような…毛皮が羊みたいで首の長い…」

2人が木製の置物を見ていると、グンカが肉を持って帰ってきた。

「これを食べてみろ」

2人に爪楊枝を渡すと、自分も一つ肉を差して口に運ぶ。焼き立ては舌が火傷しそうな程熱いが、噛むとじゅわっと沁み出してくる肉の旨味が、熱くても噛みしめようとしてしまう、さらに飽きが来ない味のバリエーション、肉の種類の豊富さ、ミックスという欲張りの権化にも対応している素晴らしい料理、というのがユンの評価である。

「!……美味しい」
「塩味か?」
「塩にタレ、照り焼き、ハニーマスタード、辛タレだそうだ」
「一箇所に全部入れちゃうのか」
「甘塩っぱくなってる」
「どれ?」
「これ」

ニスがギャリアーの爪楊枝で味の混ざった肉を刺す。ギャリアーをニスの手ごと爪楊枝を握って、先に刺さった肉をぱくっと口に含んだ。

「!」
「お、本当だ!味が混ざってる」
「ね…?」

2人は自然に会話を続けている。グンカはジトとした目で2人を見ながら肉を口に放り込む。

(恥は無いのか…この2人は)
「これも混ざってる…はい」
「ん?」

ニスはグンカにも肉を刺してやった。赤いタレに、マスタードの粒が張り付いている。ニスはグンカの手元を見て失敗に気付いた。

「あ、私のでやっちゃった……」
「……」
「他の探す…」

ニスが失敗肉を食べようとすると、グンカがニスの前で屈んだ。

「これでいい」

普段は隠れたグンカの目元が伏し目がちに近づく。ニスの口から五センチ程の場所にあった爪楊枝に刺さる肉に歯を立てる。じわっと肉から透明な脂が流れて爪楊枝を伝う。

「甘辛いな…悪くない」
「大胆だな、お前」

もぐもぐと肉を食べるグンカ。唇に辛いタレの赤い色がついている。ギャリアーはそれを指摘するように自分の唇をとんとんと指先で叩く。グンカは懐からハンカチを出して拭うと、箱の中を見て残り一個を突き刺しニスに差し出した。

「う、うん…」

ニスの動揺した様子に、してやったりと口端を上げるグンカ。ニスが照れているものと思っていたが、ギャリアーもニスも全ての味が混ざった味の池に長時間浸かったその闇味肉に困惑していた。

「はあ……はあ……」
「お、俺が食べるか?」
「いや、この町を初めて訪れた者に譲ろう」

ニスの口に向けられる闇味肉。意を決して口に含むと、数種類の肉の臭み旨味調味料が合流して、ニスの理解の及ばない不思議な味になっていた。恐る恐るその味を訪ねたギャリアー曰く、「もう少し塩があればいい」らしい。


「あそこの店…すごい人…」
「どうやらサブリナ織物を使用した衣類や小物が売っているようだ」
「行ってみるか?」

人混みの隙間を見つけて、3人はカラフルな衣服が並ぶ観光客向けの店に移動する。店の前には若い女性客が群がり、美しい織物商品を手に取って眺めている。

「あら、詳しいのねお嬢さん」
「ふふん。あたし見ればわかるんですよ。これが何織りだとか、編み方とか。研究してますからね?サブリナ織物は敢えて裏地を見せるタイプがおしゃれで」

女性たちの後ろで3人横並びになって眺めていると、知人の声が店の中から聞こえてきた。ニスは3人を代表して、女性たちの間を通り抜けていくと、そこには店内にしゃがみながら反物を物色しているベンガルが居た。ニスは残してきた2人に中は空いていると合図を送ると、ベンガルに声を掛けた。

「あっおねえさん!奇遇ですね、お婿さん達は?」
「もうすぐ来ると思う」
「んん~?ああ、女達の間を気まずそうに通ってますね。お婿さんもおにいさんも、心なしかちんまりして見えますよ」

ベンガルは2人に聞こえるように言った。彼女は正直な15歳である。

「色々と気遣う事があるんだよ…大人になると」
「同意だ…」

荒波に揉まれた後の様に疲れている2人をベンガルが手招きする。その顔は父親が言うやんちゃなベンガルの片鱗を見せていた。

「視線は痛かったですか?」

にやにやとした笑みで2人に聞く。普段から視線を集める彼女は、同じ経験を共有したがっているようだ。

「ハハ、綺麗な織物に夢中だったから、そうでも」
「なるべく気配を消す、これに尽きるな」
「うちは女性の方が多いけど、男性用の衣類や小物も扱ってるんですよ。是非見て行ってください」

3人は店内に並べられた、サブリナ織物の商品を見る。落ち着いた色のものから、町の屋根の様にカラフルな色合いまで、とにかく種類が多い。ギャリアーは涼しそうなシャツを一枚手に取って、身体に当てる。ニスが少し小さい気がすると言うと、ベンガルがこれがぴったりだと違う柄のシャツを渡した。

「お婿さんの普段の格好からして、こういったシックなものが好みかと。おにいさんには、敢えて派手な色合いを勧めてみたいですが、怒られそうなのでこちらのワンポイントを」

ベンガルは慣れたもので、2人に次々と似合いの衣服を紹介する。ニスは店員に促され他の商品棚を見上げていた。

「服に詳しいお嬢さんですね」
「服作りが好きで…お店もしている子なの」
「あら凄い!」
「…そういえば、最近聞いたんだけれど」

ニスは盗品を捌いていた者の話を出す。

「ここら辺は…被害は無かったの?盗まれたとか…盗品を買い取って売ってしまった店とか」
「そうですね…警備隊が被害者を探していたみたいですけど、何処の誰が盗まれたとかは聞きませんね。きっとリリナグの方か、他の町で盗んだものを売っていたんじゃないですかね。盗品を仕入れた店は休業していましたよ。警備隊の尋問を受けてるんでしょうね」

その店も関係している可能性がある、店の名前を聞いたニスは次に逮捕者について聞く。

「捕まった人は、有名?」
「良い噂は聞かないですね………ああ、女好きでよく酒場で女の人に声をかけていました。捕まったのも確か、無理矢理口説こうとして怪我させちゃったとか…だったような」
「酷い人ね…」
「ええ…うちの店長がああいうのと関わるなって言って、私はよく知らないんですが……近寄らなくてよかったです」

その後も世間話の様に聞いて、それ以外にそのグループに繋がる情報は出ないと判断した。

「私と…あの派手な服を渡されてる人の今着ている服、彼女が作ったの。色んな布に興味があるって言ってたわ…」

それを聞くと店員は喜んで、奥から反物を持ってベンガルに見せに行く。1人になったニスは、人型に着せられているレースのスカートを手に取った。その手触り、編み込みを何となく見ていると、幾つかの反物を抱えたベンガルがニスの側にぴたりとくっついて来た。

「おねえさんレース気になります?」
「そうね…」
「おねえさんのワンピース、うちで大切に保管してますので心配ご無用です。見てください、今日の格好」

ベンガルは猫背になりながらくるりと一回転して見せる。スカートがふわりと舞い上がり、中の柄入りストッキングが見えた。蛇の柄だった。

「まだスカートだけですけど、おねえさんのワンピースを研究して作った試作です。同じ白もいいですけど、黒いスカートにしてみました。ストッキングにおねえさんのワンピースに隠れていた蛇をあしらって…」

拘りの部分を指で指しながら、ベンガルは楽しそうにニスに語る。

「どうですか?ちょっと大急ぎで作って、この演劇の日に間に合わせたんですが…」

少し不安そうに出来がいいか聞く。ニスはレースを編むのが得意だった友人を思い出した。隣で針仕事をしていると、よく次はあれを作りたい、外の服を見てみたいとよく話して、海の向こうに夢を抱いていた。

「うん、似合ってる……ベンガル」

ニスは懐かしき過去を想い微笑んだ。その反応に、ベンガルは照れた顔を反物で隠した。

「……ぽっ…です。あのあのっあたし今度サブリナ織物で新作作るんで、おねえさんの型紙を…」
「ニス―!そろそろ移動するぞ」
「いっ!?お、お、お婿さんっ!?」
「ん?どうしたベンガル、驚いた顔して」

ベンガルは何でもないと近くにあった反物も抱えて顔全体を隠した。

「じゃあ、後でね」
「ごきげんよう…です」


3人は好奇心に従って、どんどん市場の奥まった所へ流れてゆく。人混みではあまり目立たなかったが、ぽつりぽつりと警備隊の制服を見かけるようになった。

「あ…警備隊の人…ここまで来るの?」
「いや、ここに居るのは警備隊サブリナ勤務の者達だ。よく見ると制服に違いがある。胸ポケットを見ると解り易い」

立っている警備隊員をよく見てみると、警備隊のマークの下にサブリナ警備隊と記されている。それに加え、制服に入っているラインの色の違い、ボタンの色の違い等もある。

「サブリナ警備隊…」
「隣町の警備隊とも交流あるのか?」
「捜査協力であったり、合同訓練等で顔は見知っている。リリナグとサブリナ間での勤務地移動もあるからな」
「俺はリリナグ希望だったんがなぁ~?羨ましいぜ…グンカ」
「むっ…!?」

警備隊のサブリナ制服を着て制帽を斜めに被り、無精髭を伸ばした男がグンカの肩に手を置いていた。グンカはその男を視界にとらえると向き直る。サブリナ警備隊の男はグンカに手を差し出した。

「久しぶりだな、看守長」
「副看守長、いや今は…サブリナの刑事部門長だったな」

知り合いらしい2人は握手を交わす。

「この人達は警備隊員か?見ない顔だが」
「いや…友人の様なものだ」
「なら挨拶しねえとな」

刑事部門長だという男が、ニスとギャリアーに自己紹介をする。

「お初に。サブリナ警備隊刑事部門長のハナミってモンだ。お嬢さんと兄さんは?」

2人はそれぞれ名乗り、ハナミはギャリアーとニスの名前を聞くと、ほおと言って2人に両手を差し出した。

「噂はかねがね」
「何の噂だ?」

ギャリアーは口角を上げていたが、瞳は冷たさを帯びてハナミを見る。ハナミはその目の奥を記憶に焼き付け、直ぐに目尻を下げてカラカラと笑った。

「いやあ、リリナグの警備隊隊長さんが取り調べの間に恋しちまって?2人の愛の巣に押しかけ女房、三角、四角、六角関係?だとか。お嬢さんの本命は何だい?」
「お前ッ相も変わらず適当な事をッ!」
「……」

ニコニコとしたハナミはニスの手を握る。横で説教を始めたグンカを意に介さず、ニスとハナミは視線を絡ませた。暗い瞳が警戒の色を滲ませる。ニスとしては、ハナミからこのサブリナで起きた事件の概要を聞きだしたい所だが、胡散臭い笑顔が誰かを思い出させる。口角を上げなければ、口角を上げなければ。ニスは何度も自分に言い聞かせた。

「貴方の言ってる事、よくわからないわ」

ニスは柔らかく微笑んだ。グンカは一瞬説教を止めてニスを見る。ハナミはそんなグンカの様子とニスの様子、ギャリアーの様子を薄目で確認し、内心で舌打ちした。

(グンカ…結構絆されてるか……。こうして休日に出掛ける仲になっちまってっし……どっちもやばそうだぞ、これ…)

ハナミは恋愛を持ち出したり、事件の事を匂わせたりして3人の反応を窺っていた。男女3人、可笑しな経緯の同居生活、特別な関係があっても不思議ではない。しかし顕著に反応したのは1人、絶対に信用のおける男だと思っているグンカだけ。他の2人はずっと冷静だった。ギャリアーの冷ややかな視線の持つ理由は断定するには材料が足りない。

(このお嬢さんは、2人の間で少し後ろの所に立っている。順番的にはグンカ、ギャリアー、ニスか。遠慮がちなイメージだが……2人の顔色を気にした様子は無かった。身体の向きも足先も変わらない…単純に脈なし?質問しても俺から視線を逸らさなかったな……いや、僅かに動いたか?…警戒?)

中央で数多の犯罪者を逮捕してきた刑事の直観が疑うのを止めない。

「ハハ、そういう感じじゃないのか。そりゃ悪かった」

ハナミは少し失礼、と言って少し離れた場所にグンカを連れて行った。

「グンカ…お前、絶対手出すなよ?」
「なんだ」
「取り調べ中に誘惑するのは、男女共にある事だ。面が良くて愛嬌あるやつには気を付けろって警備隊員なりたての頃に散々言われたろ?それと親しい関係の奴の捜査からは抜ける事。がお前の好みかはわからんが、絶対手出すな」
「……」
「返事しろよ」
「……考え事をしていただけだ」

グンカの脳内には、悩ましき夜の記憶が再生される。あの女、という言い方にも少々引っ掛かっていた。
だが、それを口に出してしまえば、情が移っているとハナミに知られる事となる。

「…弁えている」

ハナミはグンカの胸を叩く。そこは警備隊のマークが入る位置、ハナミからグンカへの戒めであった。
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