ベノムリップス

ど三一

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罪人探し編

第29話 事情ある3人

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ニスが帰宅してから入れ替わりで町に向かったギャリアーは、市場にある老舗リリナグ・ピオンの彫像を眺めて約束の人物を待っていた。4つのうちの一体はギャリアーの師匠の作品である。ギャリアーの師匠が亡くなったのは去年の年の瀬だった。病室には家族や、職人仲間が集まり、その生涯が閉じようとしているのを見守っていた。ギャリアーも病室の隅で師匠を見守っていた。いざ、という時が来た時、師匠は最期の余力でもって手を伸ばして、その手を握る家族の手を振り払い…と思い出していると待ち合わせの相手が到着した。

「お待たせ~」
「お疲れさん」

約束の相手はユンだった。
ベンガルがニスのワンピースを受け取りに家に来た日に、話途中で終わってしまったその埋め合わせとして、食事に付き合う約束をした。ユンは警備隊の制服から普段着に着替えていた。ギャリアーの記憶では、昼休憩の時間はいつも制服を着用していたが、今日は違うようだ。

「珍しいな、制服から着替えるのが面倒だって言ってただろ?」
「今日はお洒落なお店に行くからね~。貴方に作業着じゃなく普段着で来てって言っておいて、あたしが制服なわけないじゃない~」

ギャリアーはユンの服装を改めて見る。品のある綺麗目のコーディネートで、ノースリーブから出る白い肌が日を浴びてより一層白く見える。

「気合入ってるな…そんなにいい店に行くのか?」
「……いいお店もだけど」

ギャリアーとユンは並んで歩き出す。
人混みはそれ程でもないので、並んで歩いていても体がぶつかることは無い。

「折角の埋め合わせなんだから、偶には見て回りましょうよ」

ユンはギャリアーと腕を組んで、行きたい方向へと連れて行く。

「昼休憩の時間内に間に合うのか?」
「大丈夫!料理はもう注文してあるから、時間通りに行けば直ぐに食べられるの」
「…周到だな」
「なかなかデートに誘っても、いいお返事くれないからね~?時間は有効に使わないと…」

ギャリアーは覗き込むユンの顔から視線を逸らした。それでもユンはニコニコとしてギャリアーの腕に抱きつく。

「新しいピアスが欲しいの、選んで?」
「穴空いてたか?」
「いいえ?見繕ってから開ける予定なの」
「開ける時は医者に行くか、ちゃんと消毒しろよ…」
「ギャリアーは自分で開けてるでしょ?あたしにもやってよ」
「…失敗したら悪いから断る」

幾つか店を回って、ユンに似合うピアスを物色する。色は最初の店の方がいい、デザインはいいがサイズが駄目、ユンの注文を満たすピアスは見つからない。

「これなんか、職務中につけていても邪魔にならないな」
「ええー?ちょっと目に付く位じゃないと、付ける意味がないじゃない~」
「いや…これくらいでも髪型によっては…」

ユンとしてはその方が、ギャリアーと長く会話が出来て良かった。予約時間の10分前、最後に立ち寄った店でユンもギャリアーも納得するピアスに出会った。ギャリアーはユンの髪を耳にかけると、そのピアスを当ててみた。

「どう?似合う?」
「いいんじゃないか」
「そこは可愛いって言わないと!前に言ったわよね?」
「ああ…覚えてるよ…」
「もう~」

ユンは会計をしようとピアスを持ってレジに向かうが、ギャリアーが先にレジに着いてピアスの代金を店員に渡した。プレゼント用に包んでくれるよう頼むと、店員は少々お待ちをと言って小さな丸い箱にピアスを入れて、リボンをかけてギャリアーに手渡した。

「ほら」
「……いいのに」

内心では嬉しかったユンは、小さな紙袋の中から箱を取り出して眺める。
ギャリアーからのプレゼントに目を輝かせていた。
そんなユンをさらにドキリとさせる言葉が聞こえてくる。

「気持ちだよ気持ち」

ギャリアーはユンの方も見ずに軽快な口調で言う。
その横顔を頬を染めて見つめた。

「き…気持ちって?」

箱を手の平に乗せて、リボンを指先で弄びながら真意を問う。
期待しているユンに対して、ギャリアーの答えは色気無いものだった。

「ニスとユウトの件で協力してくれただろう?まだ礼もしてなかったと思ってな。欲しいものがあって良かった」

ギャリアーはそろそろ時間だと、先んじて店を出た。
その後を追うユンは、拗ねたような顔をしてピアスを大事に仕舞った。

ユンの選んだ店は個室で、2人きりでゆっくり過ごせる店だった。
料理に舌鼓を打ち、お互いの近況を話しているとユンは共に暮らす2人の事を聞いた。

「どう?隊長とニスとの生活は?いきなりの共同生活で大変でしょう」
「結構楽しんでるよ。3人で飯作ったり、この間なんて3人で畑作ったしな」
「意外」
「あいつ、グンカも楽しそうだぞ。ニスに突っかかる事はあるが…クッ……ニスがまた上手く躱すんだ。それとニスに釣りを教えて貰って、よく二人で釣った魚持ってくるよ。あと、あいつ寝相が悪いみたいで、隣に寝るニスが…」

ギャリアーは思い出し笑いをしながら楽しそうに3人の生活について話す。ユンの前ではあまり見せない無邪気な笑みだった。

「良かった楽しそうで、これからもグンカ君のことよろしくね。あ、あと…」

それを心のどこかで悲しく思いながら、相槌を打つ。

「グンカ君は神経質そうに見えるけど、結構抜けてるところもあるのよね~」
「神経質どころか図太いタイプだな。ニスの塩の量を注意した次の瞬間、自分のに醤油をドバドバかけて、自分を棚に上げて…ってニスが言った時は笑ったよ。あいつは何の事だかわからないみたいでさ」

食事が終わり店を出ると、ギャリアーはユンを警備隊の近くまで送った。ユンが今日はありがとう、と言うとギャリアーは手を上げて背を向ける。黙っていようと思ったが、もう一つ聞きたいことがあったユンは、その背中を引き留めた。

「どうした?」
「はぐらかすんじゃなく、真面目に答えて。……ギャリアーは、何でニスと一緒に居るの?」
「……あいつも一緒だぞ?」
「グンカ君は、着いてきちゃったおまけじゃない」
「酷いこと言うな……」
「ねえ、好みだったとか、キスとかじゃないんでしょう…?」

ユンが腕を揺すって聞くが、ギャリアーの瞳は静かなままだった。

「そうだな…一緒に居ると気楽だし、面白い所もあるし……心が落ち着くんだ」
「それが本当でも……まだ何か理由があるんじゃないの…?」

ユンが辛い顔をしたのを、ギャリアーはわかっていた。
昔を思い出して胸が痛む。
ユンが恋人だった時代によく見た顔だった。

「今言ったのが本心だ」

全てを話していないにしても、言葉に嘘は無い。
ユンは、それは同居してからの印象だ、とギャリアーを詰めようとして止めた。
ギャリアーが困ったような、悲しい顔をしていた。きっと精一杯言葉を選んで言ったのだろうと、ユンは思った。

(別れを切り出した時の顔と同じね…)
「ニスが好き?」

ギャリアーは、ああと答える。

「恋人にするの?」
「……できない。わかってるだろ?」

人混みの中にあっても、その小さい声はユンに届いた。ユンが沈黙したのを見て、ギャリアーは今度こそユンと別れ、ニスの待つ海辺の家に帰ってゆく。ユンはその背中が見えなくなるまで見つめていた。


グンカは迷っていた。
ニスを見送り、言われた言葉を何度も反芻する。

「一緒に…居る…」

たった今、理由は出来た。
この町に初めて来たというニスが、容疑者の人相書きに顕著に反応していた事。そして刑事部門のティタンから情報を引き出そうとしていた事。

あの3人の活動していた場所は、既にリストアップされていて、罪を犯した場所、関係者の情報もある。

「…このグループと何か関係がある、のか?」

グンカは、望まぬ嫌な想像と向き合わなければならない。今の所このグループとの関係として有り得るの可能性は2つ。被害者か、共犯者か。前者でも後者でもあって欲しくない、グンカはニスがただの興味本位で聞いた事を願う。

「…もし、関係があるとして、私が居る事はニスにとってデメリットではないのか?もし何か企みがあった場合、私が居るメリットは…」

ニスの先程の言葉と昨夜の記憶が蘇る。

「くっ…!!」

グンカは頭を振って、自分に都合の良い幻想を振り払おうとする。それでも、一緒に、という言葉が頭を離れない。疑いたくない、というグンカ個人の心情と、疑わねばならない、という警備隊の長としての責任が鬩ぎ合う。それでは駄目なことを、グンカはよく知っていた。

「…優先すべきは、町の安全。私情は切り捨てろ」

グンカは目頭をぐっと押して目を瞑る。自分が警備隊に入隊してからこれまでの対応した事件の加害者、被害者を思い出す。もし、警備隊が早くに犯人の企みを暴けていたならば、大事にならなかった事件もある。恐れ、怯える日々を過ごす必要の無かった善良な一般市民がいる。いつ何時も、警備隊の長としての自分が勝たなければいけない。容疑者にどんな感情を抱いていようとも。

グンカは制帽を被り直して待機所に戻る。見回りの隊員達の横を通り過ぎて、自分の肩書きが書かれたプレートの置かれた席に座った。

「…」
「隊長、良いですか?」

ユンがコソコソとグンカに話しかける。

「…何だ」

個人的には苦手な部類の人間だが、グンカはユンの手腕と勘を信頼している。先程のニスの様子の変化にも気付いていた。そのユンが他の隊員に聞こえぬように、話があるという事は、何か心当たりの情報があるに違いないと、グンカは心して聞いた。

「隊長……今日の昼休憩、交代してくれません?」
「……は?」
「すみません、お昼デート入っちゃったんです~」
「……お前、ニスの件ではないのか!?」

2人の間の緊張感は消え、コソコソとしているのが馬鹿らしくなるグンカだった。

「まあそれはそれ、これはこれって事で~…」
「…はあ、わかった。交代しよう」
「ありがとう~グンカ君~!」

ユンはお礼を言うと、グンカの横で機嫌良く書類仕事に向かった。彼女は今朝、大きい荷物を持って出勤していた。あれはデートの為の用意だったのだと思い当たった。

グンカはウキウキとしているユンに相談する。浮かれていても職務は熟すのがユンだ。

「本日ニスの見張りの任務を終えて、手枷も外す事になった。昨夜……いや、今朝時点で無害と私が判断した」
「うーん…さっきの様子は気になるけど~、まだ何を考えているかわかりませんからね~。敢えて泳がせておくのも作戦ですし~」
「そうか…ならば同居を解消しても…」
「え?解消?」

ユンが手を止めてグンカを見る。

「ああ、ニスの見張りという任務が終わった今、ギャリアーの家で共同生活を送る理由もない。今朝、2人にはそう話をした」
「……」

グンカがギャリアー宅から居なくなるという事は、ギャリアーとニスの二人暮らしになるという事、とユンの脳内で図式が出来上がっている。

(家に女の子が居るのも心配なのに…2人きり……これからずっと…!?)

ランには悪いが、グンカがギャリアーの家に居た方がユンにとっては都合が良い。勿論ニスの様子を見る上でも。警備隊の隊員としての意見と個人的事情は相対しない。

ユンはにっこりと笑みを深くすると、グンカに進言する。

「同居継続しましょう~!」
「ユン、お前は先程…泳がせておくと…」
「泳がせるなら、1人の時間を見張れば良いし、近くに隊長がいる事で抑止力にもなるでしょう~?一緒に住んだほうがいいわあ」
「そ、そうか?」

いきなり意見を変えたユンを、怪しく思いながらも、その方が警備隊とグンカ個人にとっても良いと思えた。

「…だが、ギャリアーが拒否したらどうしようもないぞ」
「その時はあたしかランが喧嘩して家出した体でグンカ君の家に住んで、暫くギャリアーさんの家に開いてもらうよう頼みますから~」
「…かなり苦しくないか?」

グンカはため息を吐いて、ギャリアーにどう同居継続を切り出すか考えた。


ニスは部屋で、2人が帰ってくるのを待っている。買い物は午前中に終わり、今は夕飯の仕込みをしている。きっとグンカが帰ってきたら、同居解消を撤回するだろう。

先に帰ってきたのはギャリアーだった。

「お帰りなさい」
「ただいま、ニス」

ギャリアーは帰ってすぐ脱衣所に入ると、普段着からいつもの作業着に着替えて、洗面台で顔を洗った。ユンの質問は、より核心に近づくものであり、その問いに忌まわしい記憶が刺激された。

脱衣所を出ると、赤い髪の後ろ姿が台所に立っている。ギャリアーには時々、ニスの服が白いドレスに見える事がある。それが起こるのは、ニスと2人きりで、ニスの顔が見えない時。

「ニス…」
「なに……?」

振り返ったその顔に安心する気持ちと、惜しい気持ちがある。

「コーヒー飲むか?」
「うん」

穏やかな3人の生活は、それぞれが思惑を抱えて続いてゆく。

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