ベノムリップス

ど三一

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不思議な同居編

第22話 ギャリアーの助手

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ランの計画は、当初のグンカを誘って2人飲みから、警備隊内の飲み会に変わってしまった。
肩を落としてギャリアー宅を後にするランに、見送りとして表に出ていたニスが駆け寄り拳を握ってみせる。

「聞きたいことは聞けた……」
「っ……ああ、そうだな…!」

当初悶々としていた気持ちは、噂の真偽を確かめたことですっきりした。まだグンカのニスに対する執着への疑念は残るが、一歩踏み出した事は大きな成果だ。ランは今度ははっきりと2人きりで、と誘おうと決心している。
通じ合う2人をギャリアーは微笑ましく見ている一方、グンカは苛々として2人に向かって歩き出したかと思うと、ニスの手首に手枷を嵌めて引き摺ってゆく。

「私の部下であるランに可笑しなことを吹き込まないようにっ」
「……」
「じゃあな、ラン気を付けて帰れよ」
「ああ、3人とも仲良くな」

ランに挨拶をすると、2人の後をギャリアーが続く。
3人が家の中に入ると、ランは薄暗くなった道を帰って行った。


グンカの入浴中にニスが髪を梳かして寝る準備をしていると、ギャリアーがベッドに座り明日の予定を話す。

「明日商品の配達で町を回るんだが、ニスも手伝ってくれるか?」
「ええ……何か大きいもの?」
「いや、中型と小型のが多数だな。纏まった注文だったんで運ぶのに人手がいる。目的地までの運搬は海猫運輸を使うが、今回の代金はその場で受け取る予定だからこっちで店に運ぶ。大型だと専門の人員を雇うけどな」
「…あの女の人みたいな?」

ニスは海猫運輸と書かれた荷馬車に乗って、ギャリアーと話していた人物を思い出す。

「オリゾンのことか。あの人は小型から大型まで運んでくれる。今回は違う人じゃないかな」
「…そうなの……んっ」

髪の毛先で櫛が止まる。絡まってしまったようだ。
ニスが何度か絡まった部分の下を梳いてみるが、絡まって動かない。

「かしてみろ」

ギャリアーがニスの後ろに座ると、髪に引っかかった櫛をニスの手から受け取り、髪を解す。

「折角綺麗な髪なんだ、あまり強く引くと切れるぞ」
「……」

絡まった場所を器用に解いてそれで終わるかと思いきや、ギャリアーはそのまま毛先を丁寧に梳かして、もう一房、もう一房と順々に毛先を整えてゆく。

「ああ…ここも……こっちもだな」

毛先を整えたら、今度は髪の中段に櫛を入れ、そして頭の上から櫛が難なく通り抜けるまでになる。

「ちょっと待ってな」

ギャリアーは櫛をニスに返して立ち上がる。ニスは振り返ってギャリアーを見ると、サイドテーブルの鍵のかかった引き出しを開けて、中から香油が入った瓶を取り出す。中には瓶のほかに、なにか小さい銀色の物が見えた気がした。
ギャリアーは瓶の蓋を開けて、掌に数滴垂らして広げると、ニスの髪を手で梳いてゆく。

「これを使うと、艶が出て翌朝も綺麗に纏まってる筈だ。香りも上品で強すぎず弱すぎず、仄かに香る」
「……確かに、良い香りがする」

ニスは風呂上がりで身体が温まっているのと、ギャリアーの指が頭を撫でる感覚が心地良くて目を閉じる。あまり眠れていなかったこともあり、甘くささやかな香りと心地よい刺激が身体をリラックスさせ眠りに誘う。

(…すごく眠い…でも、寝たら…)

こくりこくりと頭が僅かに動くニスの様子を見て、ギャリアーが耳元で囁く。

「…髪の手入れはもう少しかかるからな、眠たいなら俺に凭れていいぞ。俺がちゃんと寝床に寝かせてやるから」
「……あっ…」

ニスの返事を聞く前に、ギャリアーの手がニスの肩を自分に引き寄せる。いつの間にかニスはギャリアーの足の間に居たようで、直ぐに背中がギャリアーの胸に着く。

「これは駄目……眠、く……」

ニスが眠りに落ちると、ギャリアーは丹念にニスの髪に香油を纏わせてゆく。入浴してから時間が経過し、冷えてきたギャリアーの身体にニスの体温が伝わる。

ギャリアーはだらんとして力が抜けたニスの手を掬い、元の肌の色からの変化を見た。

「…少し、焼けたな」

帽子を被っているので顔は焼けていないが、日に晒されている部位、偶にサンダルを履いている足や、7部丈のシャツから伸びる手は、その境界がはっきりと見られた。

ニスは本格的に寝てしまったようで、ギャリアーの身体の上で寝返りを打とうとする。ニスの髪を緩く束ねてそっと横たえると、掛け布で身体を覆った。

すると丁度脱衣所からグンカが入浴を終えて出てきた。相変わらず制帽を被っている。

「…もう眠ったのか」

ニスを見下ろしてそう呟く。ギャリアーは自分のベッドに戻って引き出しに瓶を戻して鍵をかけた。

「俺もすぐ寝るよ。…明日夜勤だっけ?」
「ああ」
「じゃあ日中寝てるだろ?明日ニスと配達に行ってくる。人手が必要でな」
「…わかった。………?」

グンカは部屋に漂う良い香りに首を捻る。ギャリアーが掛け布を被り、壁の方を向いて眠ると、寝る支度を終えたグンカは漸く香りの場所がわかった。

「……貴様の髪だったのか。…」

グンカは寝ているニスの手首に手枷を付けて、自分も寝転がる。向かい合うニスが珍しく静かな寝息を立てている様子を何となしに見た後、目を瞑った。


次の日、昼食を終えたギャリアーとニスは、荷馬車に詰め込む荷物を店先に運んでいた。ギャリアーはよそ行きの服に着替えていた。グンカは部屋で仕事の準備を終えて、出勤の時間まで眠っている。

「こんにちはー!」
「来たな…」

海猫運輸と書かれた荷馬車が店の前に到着した。先日に見た人物とは違い、随分若い少年のような男の子だ。

「海猫運輸です、どうもギャリアーさん。積み込む品はこれで?」
「ああ、頼む」

少年は手早く荷物を荷台に詰める。ニスが知っている人か聞くと、ギャリアーは頷いた。

「アッシュさんって名前でな。ちょっとびっくりする位の秘密がある」
「あ!ギャリアーさん、まだ話さないでくださいよー!」
「?」
「まあまあお姉さん、私の秘密は後程。お名前は?」

ニスが答えるより先にギャリアーが答えた。

「ニスっていうんだ」
「あら可愛らしい助手さん!以後お見知り置きを~」

ニスの両手を握ってニコニコとする少年。ニスも宜しくと返したが、少年はいつまでも手を離さない。

「アッシュさん、程々に」
「えへへ…若い養分を少しばかり拝借…」
「??」

疑問を抱えたニスとギャリアーを乗せて、荷馬車は走り出す。

「何処に行くの?」
「最初は市場の外側だな、それで最後がリリナグ・ピオン」
「へえ~!ギャリアーさん、あんな良い店に商品卸してるんですか~!?」

アッシュが前を見たまま、ギャリアーの依頼主の規模に驚いた。

「それなりに伝手があるんだよ」
「あそこもお抱えの技師さんの世代交代が進んで最近は若い技師さんも多いみたいですね!1番下で16歳って話ですよ!」

3人は世間話などしながらリリナグ内を回っていった。ニスはギャリアーと共に商品を運び、支払いの時間には荷馬車に戻ってアッシュと話をしていた。基本的にはアッシュが一方的にニスに話している。

「へえ、あの警備隊の人もギャリアーさん宅に!?いいなあ~私もお姉さんと暮らしてみたい…!今は海猫運輸の寮にお世話になってましてね?まあ寮といっても社長家族の大きな家にお邪魔してるって形なんですけど。社員の中でも古株で女将さんよりも社長とは付き合いが長くてね、悪さすると後始末が大変だからってずっと住まわされて!碌に女の子と遊べませんよ~」
「女将さんって……確か、オリゾンって言う人…?」
「そうそう!あの夫婦2人の仲を取り持ったのは私なんですよ~!私が理想は捨てろ、現実を見てこの一途な男で妥協しろってね。それから二十数年…私の今までの仕事で1番の成果ですね」

自慢げに話すアッシュの表情はニコニコして、愛想の良い少年のようだ。

「……二十数年って……何歳なの…?」
「えへへ……お姉さんの倍はあるかと」
「………!!」

ニスがショックを受けている最中、リリナグ・ピオンの社長室では、ギャリアーが持て成しを受けていた。
秘書は茶菓子とコーヒーを机に置いて下がると2人きりとなる。気まずい思いを抱えながら、社長が話を切り出すのを待つ。社長は窓の側に立って通りを見下ろす。

「…」

社長室の窓からは、行き交う人の波と、少し離れて留まっている荷馬車が見える。その荷馬車には姿の殆ど変わらない昔馴染みの姿と、赤い髪の女が居て何かを話している。

「今日は2人で来たんだね……?」
「ええ…ここにお邪魔する前にも、用事があったものですから…手伝いを」
「ギャリアーの助手……彼女が最近噂の、君の同居人かい?」
「はい」
「恋人か…?」
「いえ…」
「何か…心境の変化でもあったかい…?独立以来独りだと聞いていたが」
「…色々と大変な事もありますので」
「……」

探るような視線を躱すように、コーヒーを一口飲む。
ギャリアーの瞳を射抜くのは、歴史あるリリナグ・ピオンの創業者一族の現当主、スー・チース。以前は自身も装飾技師として腕を振るった技術者である。

「……先日の、君の作品は売約されたよ…人物のデザインは久し振りじゃないか…?」
「そうですか?依頼があれば作っていましたが…」
「……冴えているよ、昔…君が制作した彫像のように」
「……満足していただけたなら、光栄です」
「……今思い出しても……ああ…鬼気迫る作品だった。先代である私の父も、未来は安泰だと喜んでいた」

社長は夢見心地にかの彫像の記憶を思い起こす。技師達の長をしていたスー・チースが立ち寄った店内の工房で、一人残っていたギャリアーを見かけた。完成されたその彫像の前に、工具を持ったままぼんやりと座っていたギャリアーの姿も。

「…近く祭りの時期が来るだろう?祭りの開催に合わせて彫像を入れ替えようと話していたんだ。そこで君の作品が候補に上がっている」
「……の出来には満足いっていませんがね」
「あの時は、何度作ってもにしかならなかったんだろう?」
「……ええ」
「ならば作るべきだったんだよ……それを「作れ」と、君の手を装飾し作らせた何かがあった…」
「……」
「…君の師匠がこれは展示せず、保管庫で眠らせておくよう頼んだ事を知っているかね?」
「!…師匠が…」
「あんなに素晴らしい作品だというのに。父は君の師匠に頭が上がらないから、渋々そうしたんだ」

スー・チースはギャリアーの座るソファの横に腰かける。
そしてギャリアーの服を掴み、自分に向かって引いた。好奇心と嫉妬の色に染まる瞳がギャリアーを射抜く。

「なあ、を作るに至った経緯を教えてくれ……!」
「……」
「再び君の作品が冴えだした理由もっ……!」
「……」

ギャリアーは口を噤んだままであった。
冷たく凍る瞳で、興奮するスー・チースを見ていた。


2人は配達を済ませ、アッシュに荷馬車で送迎されて家に帰る。去り際にアッシュが馴れ馴れしくニスちゃんと呼んで手を握っていた。中に入ると既にグンカの姿はなく、彼が作った早い夕食の残りが冷蔵庫に一人分ずつ分けて盛り付けられていた。ニスとグンカはそれを食べると、順番で風呂に入った。ニスが上がると部屋は既に薄暗く、月明かりがニスの寝床を照らしていた。

「ニス、また髪やってやるよ」

暗闇に包まれるギャリアーのベッドから声がした。ニスはお願い、と言うとギャリアーに背を向けて自分の寝床に座った。ベッドの側だと香油が垂れて汚れてしまうかもしれないと思ったからだ。

昨夜より断然櫛が通る髪に、ギャリアーは満足そうに微笑む。
同じ香油をつけて手入れをしていると、香りが2人を包み、纏わる思い出が目の前の景色と重なってゆく。

ギャリアーが梳かしている赤い髪から、香油とは違う液体が垂れてギャリアーの手を赤く染める。
滴り落ちる液体は白いドレスを赤く染めて、手枷は違った用途でそこにある。

「綺麗だ…」

月の光が海面を反射して、ゆらゆらと揺れる水面が室内を照らして海の底からの景色を見ているようだった。
ニスは昨晩たっぷりと睡眠を取ったので、今夜は目が冴えている。

ギャリアーは昨夜と同じようにニスの肩を引いて、自分に引き寄せる。

「今度は、こっちだな…」

ギャリアーはニスの腕の下から前側の髪を一房手に取り櫛を通し、香油を馴染ませる。距離の近さを疑問に思うニスだったが、ギャリアーの手は淡々とニスの髪を手入れしていくので、髪を弄りたい気分なのかと思うことにした。

さざ波の音が静かな室内に寄せては引く。
2人きりの夜が更けてゆく。


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