18 / 90
不思議な同居編
第18話 誘い誘われ釣り釣られ
しおりを挟む
ニスが買い物を終えてギャリアー宅の近くで歩いていると、店の前にギャリアーがいた。本来ならば営業時間内だが、ギャリアーは早々に店を閉めて、どこかへ出かける様子だった。店の前の道路には港町リリナグの配送業者【海猫運輸】と荷台に名前が記された荷馬車が停まっている。ギャリアーは妙齢の女の配送業者と何かしら話していると、買い物籠を手に歩いてくるニスを発見して手を挙げた。
「お帰り」
ギャリアーは普段着用している作業着から、小奇麗な格好に着替えていた。髪型も無造作なものから、きちっと纏められたよそ行きのヘアスタイルだ。ニスは籠の中にある、グンカから貰った円盤型の焼き物を思い出しながら、ギャリアーの着替えの理由を聞く。
「…ただいま。これから出かけるの?」
「ああ、配達にな。小型の商品なら自分で持っていくが、結構大物だから運んでもらうんだ」
荷台にある布に包まれた作品。
厳重に梱包されたそれは、高さは1メートルにもなろうか、という程で、破損しないように緩衝材に包まれて固定されている。ニスが覗き込んでいると、配送業者がこそこそとギャリアーに耳打ちする。
「あんた、いつの間に嫁さん迎えたの?あんな寝不足みたいなクマ作らせて…まったく」
妙な勘繰りをしている配送業者のオリゾンは、ニスをじろじろと盗み見て、どんな人物が親しくしているギャリアーの妻の座に収まったのかと、興味津々である。
「違う違う。縁あって今一緒に住んでるんだ」
ギャリアーの返答は、まだそこまでの段階ではないとオリゾンに伝えていた。
「…見ない顔だよね。遠距離からの…同棲中?」
仕事柄町を駆けまわるオリゾンに、見覚えの無い人間は観光客くらいだ。だからギャリアーが遠くで暮らしていた恋人を呼び寄せたのかと思った。
「ただの同居中」
「ふ~ん…」
ギャリアーはニスに近づいて、停まっている荷馬車の文字を指差した。
「この配送業者はいつも使ってるとこで、店や家に来ることもあるから覚えておいてくれ」
「わかった…」
ポケットから家の鍵を取り出しニスに渡す。
「ニスと行き違いになりそうだったら、ウォーリーに預かってもらう予定だった。これ、家の鍵」
「帰り…遅くなる?」
「いや、そんなにかからない、5時前くらいかな遅くなっても。帰ったら一緒に晩飯作ろう」
「うん…いってらっしゃい」
ギャリアーがオリゾンの後ろの席に乗り込むと、オリゾンの掛け声で荷馬車は進んでゆく。ニスの姿が見えなくなると、オリゾンが口を開く。
「あのお嬢さんと本当に何でもないのかい?」
「何かあったらウォーリーが知ってるだろ?それからアンタに話しが流れない訳がない」
「それもそうだ。恋愛話はウォーリーの大好物だし、アンタの友達だからね。同居ってのは、結婚前提でなく?」
「一緒に住んでるだけって意味の同居だ」
言葉通りの意味だと念押しするが、オリゾンはまだ納得していない様子だ。
そこをはっきりしておきたいには理由がある。
「ならうちの娘、嫁に貰ってやってよ」
「おいおい止めてくれ…またその話か」
オリゾンには2人の娘と夫がいる。
上の娘はギャリアーより年上で、下の娘は年下だ。上の娘は心配ないが、下の娘の結婚先を心配して、オリゾンが目を付けたギャリアーに度々交渉をしている。
「良いじゃないか芸術家同士で、まあうちのは服だけど」
「娘さんチャムと同い年だろ?勘弁してくれ」
「別に今直ぐにじゃ無くてもいいよ、成人してからで。アンタさえ良ければ試しに付き合ってみてくれよぉ、大らかな娘だ」
オリゾンに仕事を頼むと、いつもこの話になり、ギャリアーは少々困っていた。
「確かに大らかですくすく育ってるが……娘さんにもっとよく聞いてみた方が…」
ギャリアーはオリゾンの娘両方と面識があるが、妹の方はギャリアーより作る作品に夢中で、ギャリアー自身の事など一度も聞かれたことはない。娘がギャリアーにそれほど興味を持っていないことはオリゾンも承知の事だった。好みのタイプも聞いてみたが、自分の作った服が似合えばいいと言っている。それはつまり。
「誰でも良いって言うんだから、あたしが娘の歳だったらって考えて、アンタが良いって思ったんだよ」
本当に誰でもいいわけではないだろうが、万が一がある。オリゾンは自分の決めた相手を娘が気に入ったなら、それがいいと思っていた。良いと言われたギャリアーは複雑な顔をしている。
「…旦那俺と真逆だろ…あんなゴツくないぞ」
「理想と現実は違うもんさ。あの子には才能があるし、何処までも理想を追い求めて欲しいんだよ……結婚相手も」
実際には母としてのオリゾンの理想である。
「……それ、ユウトにも言ってただろ」
「チャムと付き合う前の話だ。何でもない」
ユウトの事も良く知っているオリゾンは、その人懐っこくて愛嬌ある人柄は気に入っていた。更に仕入れ状況から、家業の景気も悪くない。実は大本命はユウトだった。娘とユウトは学校で同じクラスでもある。
「ユウトはチャムと仲良しだろ…?だから今、あたしの大本命はギャリアーさ」
「うまくいくと思えないけどな…」
「あの一緒に住んでいるお嬢さんとはどうなんだい?何か色気ある話は?」
オリゾンにそう聞かれたギャリアーは、出会った当初のニスからの口付けのシーンを思い出す。唇は柔らかくて、近づくと海の匂いがした。薄く口を開けて差し込まれたそれは。
「あるのかい?」
はっと我に返るギャリアーに、オリジンが詰め寄る。
「…ない。だいたい2人暮らしじゃないし、手なんて出せないよ」
「えっまだ誰かいるのかい?」
「警備隊長さんも住んでる」
「…あの融通の利かない?」
「そう」
オリゾンが急に冷静になって、腕を組んで考える。
ギャリアーは背後から手綱は握っててくれ!と声をあげた。オリゾンは手綱を握っている片手を見せると、疑問を口にする。
「何であの警備隊長さんまで?アンタ何か悪いことした?したなら減点だねっ、内容によっちゃうちの大切な娘を預けられない」
ギャリアーは経緯を説明するつもりはない。
グンカが話すのならば別だが、ギャリアー自身はニスを悪く思っていない。
「…男女2人きりの生活を心配して?」
「は~っ!野暮そうだもんね~あの隊長さんっ!きっとモテても気付かないよ」
「え?モテるのか?あいつ」
「極々一部の可愛いお嬢さんにね。…あたしのタイプはアンタさっ!アハハッ!」
豪快に笑うオリゾンにギャリアーはたじたじだった。
ニスはギャリアーの乗る荷馬車を見送ると、渡された鍵を使って家に入った。
籠から食品を出して冷蔵庫に入れてゆく。中にはギャリアーのワインが一本と、ボトルに入れた水、半斤程のパンと塊のチーズ、たまごが2個しか入っていなかったが、買ってきた物を詰めると随分賑やかになった。
「…これは仕舞っておこう」
籠に最後に残った第3採掘場のパンフレット。
野菜の下敷きになって端が折れ曲がっている。そこを撫でつけて直しながら、ニスのスペースの、衣服が置いてある籠の一番下に置いた。これからニスの探している情報が手に入ったら、ここに隠しておくつもりだ。
「家に帰ったら夕飯の準備…これは、どうしよう」
台所に置いた円盤型の焼き物。食べていいと渡されたが、もしかしたらギャリアーが食べるかもしれないと食べずにとっておいた。今ニスは空腹ではない。
「……これも冷蔵庫に」
食品を整理して、目が付きやすい場所に焼き物が入った包みを置いた。
「……」
午前中に洗濯も掃除も終えてしまったニスは暇になった。グンカの退勤時間まではまだ時間があり、帰宅する時間を考えても少々家を空けても大丈夫だ。ニスは台所で何かを作り、作ったものを袋の入れると、麦わら帽子を被って外に出た。家の鍵を駆けてポケットに入れると、ギャリアー宅の壁に立て掛けてある釣竿を手に取った。
「…海岸の深そうなところ探そう」
ニスはバケツと釣竿、手製の餌を持って海岸に向かう。ギャリアーに立て掛けてある釣竿の事を聞いたら、誰かの忘れもので、いつの間にかギャリアーの家に立てかけてあったらしい。何年経っても取りに来ない為使ってもいいと言っていた。その釣竿は竹で出来ており、先から決まった長さの糸が垂れているだけの簡素な竿だった。しかしニスにはそれで十分だった。
「…どこがいいかな」
ニスは海岸へ繋がる階段を下りると、近くにある桟橋を見た。あの辺りならば深さがあるだろうと、バケツに海水を汲んで桟橋へ向かう。
日差しは最盛を過ぎて、海から来る暖かい風がニスを通り過ぎてゆく。
結んだ赤い長髪がゆらゆらと揺れて、柔らかい砂浜を踏みしめる。
強い風が砂を運び、ニスの身体を襲った。
目を瞑って、顔に砂が掛からないように後ろを向いて堪える。
風が収まったかと目を開けると、視界の中にギャリアーの家があった。
「家から桟橋も見えるのね…」
ニスは釣竿を持ち直して桟橋を歩く。新しいものではないので、所々ひび割れている。ぎしぎしと音をたてながら桟橋の先に辿り着くと、水深を見て、表層から底にかけて泳ぐ魚を見てバケツを置いた。水面はキラキラして海の中が時々見辛くなるが、この辺りの海は澄んでいて、底でじっとしている魚も見える。中にはいいサイズの魚もいる。
「ここでいいか…」
今は軽い向かい風だが、遠くに投げる釣り方ではないので、釣り糸にはそれ程影響はないだろう。ニスは桟橋に腰を下ろし、釣竿の先の返しの無い針の部分に持参した餌を付けた。調合した餌は安価に作れる伝統的なもので、食いつきがいい。ニスは海中に糸を垂らした。
グンカは退勤時間が来ると、珍しく勤務時間を延長せずに帰宅した。ユンやランの視線も影響したが、今一番怪しいニスの側で見張っていることが有益だとの判断である。小走りで町中を駆ける。ギャリアーとニスに伝えた予定時間より、大分早くに家につきそうだ。
「今は店の営業時間、家に一人でいるか…」
グンカが店の前に着くと、店内は暗く、出入り口は施錠されていた。
「む……出張か?」
裏口に回ると、ドアの鍵も掛かっていた。
まだ家に帰っていないのかと、来た道を振り返って先を見たが、見覚えのある赤い髪は居ない。暫く待っていようかと裏口付近の壁に凭れていると、そこに立てかけてあった筈の釣竿が消えていた。更にはバケツも。
「釣りに出かけているのか…?」
グンカはニスが通ったのと同じ道を歩き出す。海岸から吹く風は弱まっている。
階段を下りると、海岸を端から端まで見て、桟橋の先で目を止める。
赤い髪がふわふわと浮き上がって落ちてを繰り返していた。
「あそこか…」
グンカは靴が砂で汚れるのも気にせず、砂浜を歩く。桟橋に着くと、足をトントンと木の板に衝突させ砂を落とす。ニスよりもギシギシ音を立てて、桟橋の先に居るニスに近づく。
「…?」
ニスは誰かが桟橋の上を歩いている音に振り返った。グンカが居る。
「…」
灯台にある時計を見ても、グンカが帰宅する時間には早い。どうしたのかと思いつつ、直ぐそこまでに来たグンカを見上げて言葉を発した。
「…おかえり」
「………ただいま帰った」
グンカは何故か気まずい心地がしたが、ニスの側にあるバケツに数匹の魚が泳いでいるのを見て、海を覗き込んだ。
「釣れるのか?」
「釣れる。あそこの魚を狙ってる」
ニスが指を差すと、グンカはしゃがんでニスの見ている先を見る。
「どこだ…?」
「ここ、ここ」
2人は顔を近づけて、どこだそこだと言っている。グンカに教えている間に、ニスの釣竿がカタカタと揺れる。
「!…」
糸を巻く機能は無いので、立ち上がって自分で糸を引き上げる。
「私がしよう」
グンカは手袋を外してポケットに入れると、ニスの手から糸を受け取り引き上げる。針の先にはニスの掌ほどの小魚が掛かっていた。グンカは魚を自分の目の前に持ち上げて観察する。実際に釣り上げたばかりの魚を見るのは初めてだった。
「狭そうだけど、ここに入れて」
ニスがバケツを指差すと、魚から針を取り汲んだ海水の中に放してやる。魚は捕まったのを知らぬように悠々と泳ぎ、同じ種類の魚と戯れる。
「…釣る?」
ニスがまだ餌があると、袋を見せた。
「ああ…」
「この丸いのを針につけて…」
グンカはニスの隣に腰を下ろした。
ニスに聞きながら糸を垂らし、竿を握るグンカの手にニスの手を重ねて、魚の誘い方を教わる。
釣れたのは一匹、食べるには身が少ない。
釣れた瞬間グンカの口が緩く弧を描いた。
ニスもまた僅かに口端を上げた。
「他にも魚はあるからな…これは放すか」
「折角釣ったんだから、持って帰ろう……記念」
「……そうだな」
2人は並んでバケツの中の魚を見る。
新たに加わった小さな魚が、戯れていた魚達の後を追う。
水面には、僅かに微笑む2人の顔が写っていた。
「お帰り」
ギャリアーは普段着用している作業着から、小奇麗な格好に着替えていた。髪型も無造作なものから、きちっと纏められたよそ行きのヘアスタイルだ。ニスは籠の中にある、グンカから貰った円盤型の焼き物を思い出しながら、ギャリアーの着替えの理由を聞く。
「…ただいま。これから出かけるの?」
「ああ、配達にな。小型の商品なら自分で持っていくが、結構大物だから運んでもらうんだ」
荷台にある布に包まれた作品。
厳重に梱包されたそれは、高さは1メートルにもなろうか、という程で、破損しないように緩衝材に包まれて固定されている。ニスが覗き込んでいると、配送業者がこそこそとギャリアーに耳打ちする。
「あんた、いつの間に嫁さん迎えたの?あんな寝不足みたいなクマ作らせて…まったく」
妙な勘繰りをしている配送業者のオリゾンは、ニスをじろじろと盗み見て、どんな人物が親しくしているギャリアーの妻の座に収まったのかと、興味津々である。
「違う違う。縁あって今一緒に住んでるんだ」
ギャリアーの返答は、まだそこまでの段階ではないとオリゾンに伝えていた。
「…見ない顔だよね。遠距離からの…同棲中?」
仕事柄町を駆けまわるオリゾンに、見覚えの無い人間は観光客くらいだ。だからギャリアーが遠くで暮らしていた恋人を呼び寄せたのかと思った。
「ただの同居中」
「ふ~ん…」
ギャリアーはニスに近づいて、停まっている荷馬車の文字を指差した。
「この配送業者はいつも使ってるとこで、店や家に来ることもあるから覚えておいてくれ」
「わかった…」
ポケットから家の鍵を取り出しニスに渡す。
「ニスと行き違いになりそうだったら、ウォーリーに預かってもらう予定だった。これ、家の鍵」
「帰り…遅くなる?」
「いや、そんなにかからない、5時前くらいかな遅くなっても。帰ったら一緒に晩飯作ろう」
「うん…いってらっしゃい」
ギャリアーがオリゾンの後ろの席に乗り込むと、オリゾンの掛け声で荷馬車は進んでゆく。ニスの姿が見えなくなると、オリゾンが口を開く。
「あのお嬢さんと本当に何でもないのかい?」
「何かあったらウォーリーが知ってるだろ?それからアンタに話しが流れない訳がない」
「それもそうだ。恋愛話はウォーリーの大好物だし、アンタの友達だからね。同居ってのは、結婚前提でなく?」
「一緒に住んでるだけって意味の同居だ」
言葉通りの意味だと念押しするが、オリゾンはまだ納得していない様子だ。
そこをはっきりしておきたいには理由がある。
「ならうちの娘、嫁に貰ってやってよ」
「おいおい止めてくれ…またその話か」
オリゾンには2人の娘と夫がいる。
上の娘はギャリアーより年上で、下の娘は年下だ。上の娘は心配ないが、下の娘の結婚先を心配して、オリゾンが目を付けたギャリアーに度々交渉をしている。
「良いじゃないか芸術家同士で、まあうちのは服だけど」
「娘さんチャムと同い年だろ?勘弁してくれ」
「別に今直ぐにじゃ無くてもいいよ、成人してからで。アンタさえ良ければ試しに付き合ってみてくれよぉ、大らかな娘だ」
オリゾンに仕事を頼むと、いつもこの話になり、ギャリアーは少々困っていた。
「確かに大らかですくすく育ってるが……娘さんにもっとよく聞いてみた方が…」
ギャリアーはオリゾンの娘両方と面識があるが、妹の方はギャリアーより作る作品に夢中で、ギャリアー自身の事など一度も聞かれたことはない。娘がギャリアーにそれほど興味を持っていないことはオリゾンも承知の事だった。好みのタイプも聞いてみたが、自分の作った服が似合えばいいと言っている。それはつまり。
「誰でも良いって言うんだから、あたしが娘の歳だったらって考えて、アンタが良いって思ったんだよ」
本当に誰でもいいわけではないだろうが、万が一がある。オリゾンは自分の決めた相手を娘が気に入ったなら、それがいいと思っていた。良いと言われたギャリアーは複雑な顔をしている。
「…旦那俺と真逆だろ…あんなゴツくないぞ」
「理想と現実は違うもんさ。あの子には才能があるし、何処までも理想を追い求めて欲しいんだよ……結婚相手も」
実際には母としてのオリゾンの理想である。
「……それ、ユウトにも言ってただろ」
「チャムと付き合う前の話だ。何でもない」
ユウトの事も良く知っているオリゾンは、その人懐っこくて愛嬌ある人柄は気に入っていた。更に仕入れ状況から、家業の景気も悪くない。実は大本命はユウトだった。娘とユウトは学校で同じクラスでもある。
「ユウトはチャムと仲良しだろ…?だから今、あたしの大本命はギャリアーさ」
「うまくいくと思えないけどな…」
「あの一緒に住んでいるお嬢さんとはどうなんだい?何か色気ある話は?」
オリゾンにそう聞かれたギャリアーは、出会った当初のニスからの口付けのシーンを思い出す。唇は柔らかくて、近づくと海の匂いがした。薄く口を開けて差し込まれたそれは。
「あるのかい?」
はっと我に返るギャリアーに、オリジンが詰め寄る。
「…ない。だいたい2人暮らしじゃないし、手なんて出せないよ」
「えっまだ誰かいるのかい?」
「警備隊長さんも住んでる」
「…あの融通の利かない?」
「そう」
オリゾンが急に冷静になって、腕を組んで考える。
ギャリアーは背後から手綱は握っててくれ!と声をあげた。オリゾンは手綱を握っている片手を見せると、疑問を口にする。
「何であの警備隊長さんまで?アンタ何か悪いことした?したなら減点だねっ、内容によっちゃうちの大切な娘を預けられない」
ギャリアーは経緯を説明するつもりはない。
グンカが話すのならば別だが、ギャリアー自身はニスを悪く思っていない。
「…男女2人きりの生活を心配して?」
「は~っ!野暮そうだもんね~あの隊長さんっ!きっとモテても気付かないよ」
「え?モテるのか?あいつ」
「極々一部の可愛いお嬢さんにね。…あたしのタイプはアンタさっ!アハハッ!」
豪快に笑うオリゾンにギャリアーはたじたじだった。
ニスはギャリアーの乗る荷馬車を見送ると、渡された鍵を使って家に入った。
籠から食品を出して冷蔵庫に入れてゆく。中にはギャリアーのワインが一本と、ボトルに入れた水、半斤程のパンと塊のチーズ、たまごが2個しか入っていなかったが、買ってきた物を詰めると随分賑やかになった。
「…これは仕舞っておこう」
籠に最後に残った第3採掘場のパンフレット。
野菜の下敷きになって端が折れ曲がっている。そこを撫でつけて直しながら、ニスのスペースの、衣服が置いてある籠の一番下に置いた。これからニスの探している情報が手に入ったら、ここに隠しておくつもりだ。
「家に帰ったら夕飯の準備…これは、どうしよう」
台所に置いた円盤型の焼き物。食べていいと渡されたが、もしかしたらギャリアーが食べるかもしれないと食べずにとっておいた。今ニスは空腹ではない。
「……これも冷蔵庫に」
食品を整理して、目が付きやすい場所に焼き物が入った包みを置いた。
「……」
午前中に洗濯も掃除も終えてしまったニスは暇になった。グンカの退勤時間まではまだ時間があり、帰宅する時間を考えても少々家を空けても大丈夫だ。ニスは台所で何かを作り、作ったものを袋の入れると、麦わら帽子を被って外に出た。家の鍵を駆けてポケットに入れると、ギャリアー宅の壁に立て掛けてある釣竿を手に取った。
「…海岸の深そうなところ探そう」
ニスはバケツと釣竿、手製の餌を持って海岸に向かう。ギャリアーに立て掛けてある釣竿の事を聞いたら、誰かの忘れもので、いつの間にかギャリアーの家に立てかけてあったらしい。何年経っても取りに来ない為使ってもいいと言っていた。その釣竿は竹で出来ており、先から決まった長さの糸が垂れているだけの簡素な竿だった。しかしニスにはそれで十分だった。
「…どこがいいかな」
ニスは海岸へ繋がる階段を下りると、近くにある桟橋を見た。あの辺りならば深さがあるだろうと、バケツに海水を汲んで桟橋へ向かう。
日差しは最盛を過ぎて、海から来る暖かい風がニスを通り過ぎてゆく。
結んだ赤い長髪がゆらゆらと揺れて、柔らかい砂浜を踏みしめる。
強い風が砂を運び、ニスの身体を襲った。
目を瞑って、顔に砂が掛からないように後ろを向いて堪える。
風が収まったかと目を開けると、視界の中にギャリアーの家があった。
「家から桟橋も見えるのね…」
ニスは釣竿を持ち直して桟橋を歩く。新しいものではないので、所々ひび割れている。ぎしぎしと音をたてながら桟橋の先に辿り着くと、水深を見て、表層から底にかけて泳ぐ魚を見てバケツを置いた。水面はキラキラして海の中が時々見辛くなるが、この辺りの海は澄んでいて、底でじっとしている魚も見える。中にはいいサイズの魚もいる。
「ここでいいか…」
今は軽い向かい風だが、遠くに投げる釣り方ではないので、釣り糸にはそれ程影響はないだろう。ニスは桟橋に腰を下ろし、釣竿の先の返しの無い針の部分に持参した餌を付けた。調合した餌は安価に作れる伝統的なもので、食いつきがいい。ニスは海中に糸を垂らした。
グンカは退勤時間が来ると、珍しく勤務時間を延長せずに帰宅した。ユンやランの視線も影響したが、今一番怪しいニスの側で見張っていることが有益だとの判断である。小走りで町中を駆ける。ギャリアーとニスに伝えた予定時間より、大分早くに家につきそうだ。
「今は店の営業時間、家に一人でいるか…」
グンカが店の前に着くと、店内は暗く、出入り口は施錠されていた。
「む……出張か?」
裏口に回ると、ドアの鍵も掛かっていた。
まだ家に帰っていないのかと、来た道を振り返って先を見たが、見覚えのある赤い髪は居ない。暫く待っていようかと裏口付近の壁に凭れていると、そこに立てかけてあった筈の釣竿が消えていた。更にはバケツも。
「釣りに出かけているのか…?」
グンカはニスが通ったのと同じ道を歩き出す。海岸から吹く風は弱まっている。
階段を下りると、海岸を端から端まで見て、桟橋の先で目を止める。
赤い髪がふわふわと浮き上がって落ちてを繰り返していた。
「あそこか…」
グンカは靴が砂で汚れるのも気にせず、砂浜を歩く。桟橋に着くと、足をトントンと木の板に衝突させ砂を落とす。ニスよりもギシギシ音を立てて、桟橋の先に居るニスに近づく。
「…?」
ニスは誰かが桟橋の上を歩いている音に振り返った。グンカが居る。
「…」
灯台にある時計を見ても、グンカが帰宅する時間には早い。どうしたのかと思いつつ、直ぐそこまでに来たグンカを見上げて言葉を発した。
「…おかえり」
「………ただいま帰った」
グンカは何故か気まずい心地がしたが、ニスの側にあるバケツに数匹の魚が泳いでいるのを見て、海を覗き込んだ。
「釣れるのか?」
「釣れる。あそこの魚を狙ってる」
ニスが指を差すと、グンカはしゃがんでニスの見ている先を見る。
「どこだ…?」
「ここ、ここ」
2人は顔を近づけて、どこだそこだと言っている。グンカに教えている間に、ニスの釣竿がカタカタと揺れる。
「!…」
糸を巻く機能は無いので、立ち上がって自分で糸を引き上げる。
「私がしよう」
グンカは手袋を外してポケットに入れると、ニスの手から糸を受け取り引き上げる。針の先にはニスの掌ほどの小魚が掛かっていた。グンカは魚を自分の目の前に持ち上げて観察する。実際に釣り上げたばかりの魚を見るのは初めてだった。
「狭そうだけど、ここに入れて」
ニスがバケツを指差すと、魚から針を取り汲んだ海水の中に放してやる。魚は捕まったのを知らぬように悠々と泳ぎ、同じ種類の魚と戯れる。
「…釣る?」
ニスがまだ餌があると、袋を見せた。
「ああ…」
「この丸いのを針につけて…」
グンカはニスの隣に腰を下ろした。
ニスに聞きながら糸を垂らし、竿を握るグンカの手にニスの手を重ねて、魚の誘い方を教わる。
釣れたのは一匹、食べるには身が少ない。
釣れた瞬間グンカの口が緩く弧を描いた。
ニスもまた僅かに口端を上げた。
「他にも魚はあるからな…これは放すか」
「折角釣ったんだから、持って帰ろう……記念」
「……そうだな」
2人は並んでバケツの中の魚を見る。
新たに加わった小さな魚が、戯れていた魚達の後を追う。
水面には、僅かに微笑む2人の顔が写っていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる