ベノムリップス

ど三一

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投獄編

第6話 舌鼓

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うみかぜ計画が失敗に終わり、二日が経過した。
ニスとユウトは現在も拘束されているようで、町を見廻る警備隊に捜査の進展状況を聞いても、未だ取り調べを受けているの一点張りで大した情報は得られない。うみかぜ計画のリーダーチャムは、ぼんやりと日々を過ごしていた。天気は快晴、しかし喫茶うみかぜは好天気に沸く人々の声より、さざ波の寄せて引く規則的な音の方が響いている。拭えない不安を抱えてチャムは続報を待っていた。

「こんにちは~」
「失礼する」

店に警備隊の双子が来店した。偶々2人の昼休憩が重なった為、一緒に昼食を摂ろうと中央から遠い喫茶うみかぜまで足を延ばした。

「ユンちゃんに…ランちゃん…、好きな席にどうぞ」

2人は海がよく見える窓の横の席に座ると、メニューをパラパラと見てすぐに注文する品を決めた。

「わたしは~激辛シーフードランチ~」
「私はホロ甘チキンとセットB」

チャムが注文をウォーリーに伝えると、珍しく朝店に来なかったギャリアーが来店した。

「珍しいな、2人揃って」
「ああ、久しぶりに昼食を共にしている。…身体は大丈夫か、ギャリアー」
「変わりないよ」
「ならば良かった。あまり心配させるなよ…」
「?…ああ」

ランはじっとギャリアーを見つめ、ここに座れとユンの隣の席を指差した。ユンはナイフやフォークが入った長方形のバスケットを、窓側に移動し場所を開けた。そこに3人分の水を持って来たチャムが、ランとユンのテーブルにお盆の上にある全てのコップを置く。ギャリアーはほぼ強制的に相席となった。

「ギャリアーはどうする?」
「そうだな…軽いもので」
「OK、おじさんにお任せね」

チャムがウォーリーの調理補助の為、厨房に戻る。店内には吹き抜ける風と静かな波の音が流れる。口を開いたのはギャリアーからだった。

「今2人はどうしてる…?」
「先日の事件に関わる2人だな…詰所に居る」
「ユウトはどうなりそうだ…?」

厨房に聞こえないように小声で話すギャリアーの意図を汲み取り、同じく小声で話す双子の2人。捜査情報をみだりに口外してはいけない決まりが警備隊にあり、ランはどこまで話しても良いか迷っていると、ユンが先に答えた。

「一応初犯だと、すぐに釈放される可能性は高いわね~」
「そうか…何日くらいだ?」
「被害者が逮捕を望まないのであればすぐに」
「じゃあ、あの人の意思ってことか」
「う~ん…彼女は所持していた品を返してくれるなら別にいいって言ってるから、もうとっくに釈放してもいい頃合いなんだけど~」
「じゃあ、何の理由で?あの人の殺人未遂の容疑も晴れたんじゃないのか?」

ランとユンは顔を見合わせる。
双子特有の意思疎通でこの先を話してよいものか、互いの表情の変化で判断している。どうだ、と急かすギャリアーに困った顔を向けるラン。

「拘留するにも理由がいるから、かなり苦しいんだけど~隊長がどうしてもってね~」
「グンカが?」
「…ユン、あまりしゃべるな」
「あらいいじゃない~現場に居合わせた関係者って事で!」

ランとユンが話す話さないで言い合っている中、注文した料理が届く。ユンの前には、魚介の旨味が凝縮された辛みのあるスープで煮込む、大きくカットした具材が食べ応えのあるメイン料理と、2種類のペーストが添えられた焼き立てのパン、酸っぱさと辛さが特徴的なオリジナルドレッシングをかけた海藻入りサラダが用意された。ランの前には、一晩付け込んではちみつの甘さと粒マスタードの風味を中まで浸透しさせた、チキンの表面をパリパリになるよう炙ったメインと、野菜を煮込んだスープ、柑橘類が入った甘酸っぱい爽やかなサラダに、表面に白ごまが散りばめられた芳ばしいパンが並べられ、店内に美味しそうな匂いが広がった。

「お先に~」
「どうぞ」

双子は料理が届くとピタッと言い合いを止めて、食事の時間に切り替える。それそれ料理に手を付けると、2人は美味しそうに頬張って、それから互いの料理を交換して味見をしたり、味付けの分析をしていた。

「ギャリアー、お待たせ」

2人が3分の1ほど食べた後、ギャリアーがお任せで注文した料理も運ばれてくる。
小麦粉に数種類のスパイスを加えて練った生地の中に、餡が絡む海鮮を挟んで丸めて蒸した、手軽に食べられる饅頭に似たものが数個と、種類のある野菜のピクルス。全体的にあっさりとした味付けの料理。ギャリアーがふかふかした蒸し物に齧り付くと、ランとユンが気になってチラチラと見る。

「美味しい?」

チャムが尋ねる。実はサンドイッチを作ろうとしていたウォーリーに、チャムが提案した料理だった。チャムが客に出す料理はあくまで注文とは違う修行の為。しかしチャムが話す具材と味付け、工程をウォーリーが長年の経験で想像し、改良を加えた上サンドイッチからそちらに変更された。ユウトの好みの味付けである。

「美味しいよ。今年の祭りで売ったら人気出るんじゃないか?手軽に食べ歩きできそうだし」

ギャリアーの感想に顔を綻ばせるチャム。厨房から身を出して、こっそり様子を伺っていたウォーリーも、連日曇り顔だったチャムの喜ぶ顔を見てほっとした。ランとユンはよりギャリアーの料理に興味がそそられる。ギャリアーが食べているのは最後の一つ。隣と斜め前からの視線を感じたギャリアーは、「…食べるか?」と双子の間に饅頭を差し出す。

「そ、そんな食い意地が張った真似は…!」

ランは羨ましそうに饅頭を見つめる。

「あたし達も同じの貰える~?」

ユンがチャムに聞くと、作れはするのだが出来上がるまでに二人の休憩時間を過ぎてしまう事が分かった。ランはギャリアーの手にある饅頭を悲しげな瞳で眺める。食べるに食べられない状況を見かねたユンが、ギャリアーの持つ饅頭に齧り付く。小さな一口ではあったが、じゅわっと広がる旨味と食感がとても美味しい。

「あーっ!ユン!」
「んふふ~一口だけ貰っちゃった!美味しい~!」
「ずるい!」
「ギャリアーさん、ランにもあげていい?」
「あ、ああ…いいけど…」
「ありがとう…!いただき…」

ギャリアーの手を握り、饅頭に齧り付こうとしてランは静止した。目の前にある困惑気味のギャリアーの顔とニコニコしているユン。二人の顔を見比べて何かを思い出したランは、口惜しくもギャリアーの手を離した。

「…いや、やっぱり私はいい。はしたないことをした」
「え~いただけば良いのに~」
「うう~…い、いいんだ!私は我慢できる!」

それでも気になるのかランは目線を下げても、ギャリアーの開いた皿を見ている。ユンはクールだが素直な妹の挙動を微笑ましく思っていた。ランとユンの予想外の食いつきにウォーリーは提案する。

「良かったら…後で警備隊に届けようか?」
「あっそれいいじゃない~!みんなで食べましょうよ~」
「しかし…隊長がいいと言うか…」
「大丈夫~、前強引に渡したら食べてくれたわ~!食べ物を粗末にする人じゃないし~。休憩時間なら咎められないわよ~」

ユンは必要な数を用意できるか聞き料金を前払いすると、配達してほしい時間を伝えた。配達にはチャムが向かう事となったが、量が量なので一人では運びきれない。ウォーリーは珍しく予約が入り店を離れられない。その時間手が空いているギャリアーがチャムに付き合って警備隊詰所に行くことになった。ユンとランが店を出る帰り際、思い出したようにチャムに話す。

「そうそう!まだ拘留期間だから、差し入れしたいって言えばできるわ~。中で出る食事以外で食べたい時は自腹で頼むことも出来るしね~」
「中身は一応調べられるがな…」
「じゃあ…ユウトの分も持って行っていい?」
「いいわよ」

チャムはパッと笑顔になって、すぐに厨房に戻って仕込みを始める。ギャリアーはユンに礼を言って、面会は可能か聞いた。元気だと分かればチャムも安心するだろうと、ウォーリーが話していた。

「面会は…うーん、難しいかしら…」
「ユウトは無理か…」
「いや、ユウトなら良いだろう」

ユンを待っていたランが話に加わる。

「ニスはダメだ…隊長がまだ怪しんでいる」
「容疑は晴れたんだろ?何でまだ拘束されてるんだ…?」
「……本来であれば、嫌疑不十分で釈放されている所だが、彼女は隊長が申し出た勾留期間の延長に同意している」
「それってどういう事だ…」
「さあ……しかし今日も隊長は、彼女の取り調べをしているはずだ…」
「……でも貴方への殺意は否認しているから、今調べているのは身元ね。隊長としては、この町に居て問題を起こさないかはっきり見極めたいみたい~」

ギャリアーは医者の娘イトの話を思い出す。彼女ニスを初めて発見したのは恐らくイトだ。そのイトの話では、彼女は海岸に転がっていた。喫茶うみかぜに来た時と同じ格好で。服や髪、顔には砂が付着しており、全体的に濡れていた。この町へ来る手段に船という手もあるが、この近くは霧が深く周囲の状況が把握出来ないほど濃い霧が滞留する。海流も複雑であり、岩礁の位置も把握し辛い事から、陸路で町に入るものが殆どだ。しかしあの格好であれば、警備隊が町に続く門で止める筈。ギャリアーは疑問をランとユンに投げかける。

「なあ…町中で、うみかぜに来る前にあの人を見かけた奴は居るのか?」
「…イトちゃんより早く見たって人は居なかったわ~」
「町の宿泊施設も当たったが、彼女を知る人間は居なかった。我々警備隊の中にも見覚えのあるものは無し」
「じゃあ…あの人何処から来たんだ?」

その問いにランとユンは揃って首を傾げる。謎がまた一つ増えた。



「貴様は、何処から来たッ!!」

取調室から漏れるグンカの大声に、ビクッとして肩をすくめる警備隊の隊員たち。ニスが連行されてから、連日取り調べをしているが、当の彼女はグンカの問いの殆どを埋めていない。正確には答えているがグンカの求める答えより朧げだ。

「何時迄捕まえておくんだろうな…、証拠も無いのに…」
「仕方ねえよ…隊長が言うんだから…」
「あのニスって女も悪いよ。何で任意なのに良いって言っちゃうかな~」
「見張ってても気まずいんだよ、あの容疑者……何か辛気臭くて、世間話に相槌打つ位で…礼は言うけど」

取調室に待機所での会話は聞こえない。好き勝手に愚痴を言う隊員達と2人を隔てる重いドアは、かれこれ数時間開いていない。ニスの言葉は変わらず曖昧なまま。

「…ならばこの地図を見ろ!」

グンカはこの土地が端に小さく書いてある地図を出した。そして現在地を指で示した。

「今我々はここに居る…!貴様が何処を通ってここに辿り着いたのか、教えて貰う!」
「…何処」

その問いに、ニスは初めてはっきりした答えを出した。

「…」

無言で自分の人差し指を机に置く。その行動はグンカを嘲っていると取られても仕方なかった。

「貴様…ッ!!」

グンカは拳を握り締める。机を叩くことはしなかったが、それは一般の被疑者にとって大層な威圧となっただろう。しかしニスには響かない。

「チッ…!!」

グンカは聞こえる程の音で舌打ちをして、ニスに背を向けた。ツカツカと取調室の出入り口に向かって歩いてゆく。その背中に目をやったニスは、すぐに興味なさそうに壁を向いた。扉を閉める前に一度振り返ったグンカは、その態度にも苛つきを助長された。

「なん、なんだッ…あの容疑者は…!?」

大きな音を立てて重厚な扉を閉めたグンカ。隊員達はその音に椅子から尻を飛び上がらせ、その音のした方を見てまた縮み上がる。激しく苛ついたグンカの足音は、カツン!カツン!と鋭く鳴り、隊長の椅子に早足の勢いのまま座って足を組んだ。

「……ッ」

指先がコツコツと机を叩く。隊員達は嫌な顔をしたが、グンカは気にも留めない。
その時、見回りに行っていたランとユンが待機所に戻ってきた。

「只今帰りました~!」
「皆さんお疲れ様です」

隊員達は、ランとユン双子の姉妹の帰還に胸を撫で下ろした。彼女達はグンカが苛ついている時でも、物怖じせずに接する事が出来、ユンの手に掛かれば落ち着きを取り戻すだろう。2人は期待を寄せられていた。

「…ご苦労」
「見回り異常無しです!」
「ちょっとおばあちゃんちの椅子直した位です~」

2人は書類仕事用の席に座る。2人の席はグンカのすぐ前にあり、向かい合っている。

「そういえば隊長~!」
「…なんだ」
「あたし差し入れ頼んだんです~、喫茶うみかぜに~」
「差し入れ…?」
「美味しそうなお饅頭?で~、みんなの分もあるから食べてね~」

周りの隊員達はわあと盛り上がる。グンカといえば、ユンに小言を言う準備をしていたが、ユンにそれはお見通し。

「休憩時間に食べましょう~。さて、みんなの分のお茶を入れなきゃ~!…隊長は、コーヒーで良いですか~?」
「…はあ。いい…すまないな」
「わ、私も淹れてきます!」

警備隊員に就任する前の看守時代からユンのペースに翻弄されてきたグンカは、早々にため息を吐いて小言を諦めた。ランとユンの双子がお茶の準備を終えた直後、警備隊詰所に箱を持ったチャムとギャリアーが訪れた。

「あっ来た来た~!ありがとう、チャムちゃん、ギャリアーさん!」
「注文ありがとうございます。暖かいうちに食べてくださいね」
「みんな~好きに選んでね~」

机の上に置かれた箱に群がる警備隊員達。ランは隊員達を纏めつつ、饅頭のうちの一つを皿に乗せてグンカに渡す。

「どうぞ、隊長」
「ああ、ありがとう」

まだ待機所がザワザワとしている中、ユンはチャムとギャリアーを連れてグンカの前に立つ。グンカはチャムには目もくれずギャリアーを鋭い目で見上げる。

「この2人、面会希望です~」
「…ユウトか?」
「はい…!後、これあげたいです…」

そう言ってチャムは警備隊員達が食べている物と同じ、紙に包まれた饅頭を見せた。

「…この書類を記入し、ユンに提出するように。その食物は…」
「わたしが食べる所見てるので、何かあったらお知らせします~」
「…なら、いい」
「はい…!」

ユンは急いで書類を記入する。ギャリアーも書類に必要事項を記入し、面会希望の相手の名前を書き入れた。早々に書類を完成させたギャリアーは、グンカに睨まれたままチャムが書類を書き終わるのを待っている。

「貴様は、付き添いか…?」
「配達はな。俺も面会希望だ」

チャムの書類をユンが承認する。続いてギャリアーのを、と書類をユンに渡す際にグンカの目に書かれた内容が見えた。

「貴様ッ…!」

グンカは手渡される前に書類を取り上げた。

「不備はない筈だ」
「私には見えたぞッ面会希望の欄に書かれた名前が!」

グンカは奪った書類を机に叩きつける。隊員達は何事かと、饅頭を頬張ったままギャリアーとグンカを見る。

「良いだろ…?あの人に会っても」

希望する面会相手を記入するその場所には、ニスの名前が書かれていた。

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