ベノムリップス

ど三一

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投獄編

第2話 姿なき毒

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警備隊長グンカによって連行されたニスは、町の警備に当たる隊員が常駐する待機所に入る。中には既に2人の女隊員が居て、書類仕事をしていた。伴って待機所に入ると、その2人は息が合った様子で同時にお帰りなさいと言う。グンカはそれに対し帰ったと返事をして、近くの椅子にニスを座らせた。

「!…隊長、お疲れ様です」
「その人がうみかぜの不審者ですか~?」

2人はよく似た顔をしていた。艶やかな短い黒髪の先に鮮やかな青が入った、冷たく真面目な雰囲気の隊員と間延びした口調の薄い桃色の髪色をした制服を着ていない隊員が、ニスを注視する。

「ああ…名前はニス、容疑は殺人未遂。被害者はギャリアー宝飾店の店主ギャリアーだ」
「えっ!ギャリアーさん大丈夫?」
「一時意識を失っていたが、この容疑者の助言による救護によって回復。顔色を見る限り大事ないと思われるが、後程病院で検査を受けさせるように。ラン、ユン、どちらか喫茶うみかぜに行って調査を頼む」
「はい……!」

真面目な雰囲気の隊員がニスを睨む。その瞳には正義感が溢れ、この平和な町で凶悪な事件を起こした容疑者を許さない、と物語っていた。反対に桃色の髪の隊員は「う~ん」と唸り、この事件に対して腑に落ちない所があるようだ。

「詳しい話は後で聞くとしてぇ~…この人が助けるよう言ったんですかぁ?」
「ああ、確かだ。私も聞いていた」
「…ん~、じゃあ…あたしうみかぜ行きます。ギャリアーさんの容体も看てきますよ~。チャムちゃんとウォーリーさんの様子も気になりますし~」
「ユン…頼んだ。解ったことがあれば、喫茶うみかぜに電話をしよう。ランはこの場で待機、一時的に現場の指揮を、私は奥で聴取する」
「はい…!」

ユンと呼ばれた隊員は壁にかけていた制服を着用すると、グンカが被っているものと同じ制帽を身に付けて、警備隊という文字が刺繍された鞄を背負って待機所を出て行った。ランはユンを見送ると、グンカの指示で容疑者ニスの身体検査を行った。白いレースのワンピースは砂だらけで湿っている。真っ赤な髪にも顔にも砂が付いていた。腕の拘束は複雑で簡単には解けない。

「隊長、危険物は所持していないようです。あの腕は…隊長の判断で?」
「違う、私が着いた時には既に縛られていた。この者が所持していたとみられるのは、この装飾された貝だけだ」

グンカの懐から紅の入った貝が出され、ランがそれを受け取る。中を開けると指先で掬われた跡を残した紅が、美しいままそこにある。

「では、これはこちらで保管を…」
「私の処遇はどうでもいい…それを返して欲しい…」

ニスがランを見つめる。ランは暗く沈んだ瞳に狼狽した。

「駄目だ、これはこちらで預かる。貴様は取り調べだ」

グンカがニスを立たせると、奥の取調室の鍵を開けて二人で入る。残ったランは自分も取り調べに同行したい気持ちを抑えて、鍵の掛かる箱に貝殻を入れた。少し経てば町の巡回担当の隊員が帰還し、グンカに代わり報告を受ける事だろう。今のうちに殺人未遂事件の資料を纏めておこうと、ランは戸棚から新品のバインダーを出した。その表紙の題名部分に筆で文字を記す。

「特殊宝飾店店主ギャリアー殺人未遂事件、と…」

ランの性格を表した均整のとれた達筆に、納得の出来だと褒める上司を想像して頬を緩めた。


一方、喫茶うみかぜでは残された3人、店主ウォーリー、客のギャリアー、バイトのチャムが2人がかりでウォーリーを起こした後、店のドアに臨時休業の看板を掲げ、グンカに連れて行かれてしまったニスについて話す。

「…殺人未遂だと、そう簡単に釈放されないんじゃないか?今まで似た様な事は?」
「こんな田舎の港町だぜ?あっても酔っ払いの喧嘩で少々怪我させた位だ」
「うん、聞いたことないね…。というかグンカさんが警備隊長になるまでは、あんまり警備隊も機能してなかったような…」
「頼りない、のほほんとしたじいさんだったからなぁ~。けど何か事件が起きても、間に入って話し合いで解決しちまう、ある意味すごいじいさんだが…」
「なら、グンカはどう判断すると思う…?」

ギャリアーの言葉に2人が腕を組んで考える。その顔は険しく、重い罰を科される可能性が高いことを示唆していた。

「…俺、詰め所に行ってくるよ。悪い人じゃなさそうだったからな」
「あっ、あたしも行く!」
「……ユウトの件はどうする」

ウォーリーは嫌そうにそっぽを向いて話す。

「あの女から盗んだのは事実だろう。本来捕まるべきなのはユウトだが…」

ギャリアーはチャムを見る。元恋人とは言っているが、些細な喧嘩で意地を張ってつい口から出た別れ話だった。案の定チャムは複雑な心情が顔に表れていて、そう簡単にユウトは切り捨てられない。

「……仕方、ないよ。あの人のもの盗まなかったら、殺人未遂事件なんて大袈裟な事にならなかったんだから…。毒があって危ないからあの人も取り返そうとしたんでしょ…」
「……ギャリアー、ユウトは捕まえてちゃんと謝らせる。どうにか、誰も逮捕されないで終わる手はねぇか?」

ユウトは然るべき罰を受けるべきと思いつつ、可愛い姪の悲しみを叔父は放って置けなかった。ウォーリーの頼りのギャリアーは、言いにくそうに言葉を紡ぐ。

「……正直、あの人を助けるにはユウトのした事を話して、緊急的に仕方なく俺に致死量には足りない毒を含ませるしか無かった、って弁明するしか思いつかない。それでも無罪放免には難しい…。ユウトもお咎めなしを目指すとなると、俺達だけじゃ…」
「…っああ~!よりによって何で警備隊長が来たんだよ~…!ユンちゃんなら上手く収めてくれるだろうし、ランちゃんも説教で許してくれたかもしれねぇのにぃ!」

一向に解決策が思いつかないウォーリーは、頭を抱えて思い悩む。万事休す、八方塞がりの状況に、3人は暗い表情で下を向いた。このままニスもユウトも捕まってしまうのか、一同が黙る中、明るい声の人物が店内に入ってきた。

「こんにちは~。大変だったね~」
「ユンちゃん!」
「ギャリアーさん、調子どう?」

警備隊待機所からユンが到着した。ユンの登場に目を輝かせるチャムとウォーリーは、既に両手を合わせお祈り体勢に入っている。ギャリアーはユンにどう説明したものかと頭の中で考えながら、ユンに椅子を勧める。

「変わりないよ。隊長さんが言ってた聴取だろ?チャムの隣に座ってくれ」
「ああ!今冷たいもんでも出すからさ!ゆっくりしてくれ!」
「あたしお茶菓子持ってくる!」
「ありがとう~」

チャムとウォーリーが奥で忙しく用意している間、席に二人きりとなったギャリアーとユン。ギャリアーはニコニコしたユンの顔を見て目を逸らし、ブラックコーヒーを付属のスプーンでひと混ぜする。ギャリアーが言い出しにくいことを話すとき、事前に意味の無い行動をする癖がある。ユンはそれを敏感に察知し、テーブルに肘をついて顔を背けたギャリアーを覗き込む。

「で~?」
「……」
「何か話したいことがありそうじゃない?」
「…ユン」

ギャリアーは考えた。此処にいる3人だけではどうしようもない。もっと事件の裁定に対して影響力のある人物の協力が必要だ。

「…今回の事件、無かったことにできないか」

ユンは、ほらねと頭の中で思った。予想通りの既視感ある言葉に、笑みを一層深めてギャリアーを見る。

「それはできないわよ~、隊長にみつかっちゃってるもん」
「……なら、元を辿れば、みたいな話なんだが……、あの人は悪くない、むしろ善い方の人だ。原因がなけりゃ逮捕なんてされなかった。俺もこの通り無事だし、釈放してやれないか?」
「原因何てぇ…突き止めようと遡ればキリがないじゃない~。隊長は殺人未遂なんて大きな事件、情状酌量してくれるかしら~?」
「被害者である俺が言ってもか」
「わたしかランなら被害者が許すって時には、事件にしないけど、隊長はお真面目さんだから」
「ユン…」

ギャリアーはユンを懇願する眼差しで見つめる。薄色の瞳が、引き締められた口元が、ユンの良い返事を期待している。

「……頼む」

ユンが何かを言いかけた時、どたどたと足音を立てて、騒がしく厨房から出てきた二人の言い合いが耳を通る。

「だから言ったんだよ、ユウトなんて悪ガキとの交際は許さんってな!!」
「あたしがユウトの性格を矯正するって言ったじゃん!!」
「できてねえからこうなったんだろ!?しかもあのガキいつの間にかいなくなってっし!!」
「それは…っ」
「俺はユウトが許されても、交際は絶対認めねえからな!」

口論はテーブルに飲み物とお茶菓子を置いた後も続いている。止まらない言い合いをよそに、ギャリアーとユンは小声で会話をする。

「……もしかして、原因ってユウト~?」
「…ああ、そうだ」
「もう……詳しく話して、何があったか最初から」

ギャリアーはため息を吐いて二人を呼ぶ。ユンから上手く話しを引き出された二人は、最終的にユンに慰められて項垂れていた。


所変わって取調室。
薄暗い部屋に、ガラスの光源が一つ机の上に置かれている。2人は机を挟んで相対し、漂う空気は緊迫している。

「貴様は毒によって宝飾店店主ギャリアーを殺害しようとしたな」
幾度も繰り返す同じ質問に、ニスは同じ言葉で否定を繰り返す。
「殺意はない。あの時は毒性を証明する為に仕方なかった」
「殺意がなくて毒殺しようとするか!!埒が開かん…!」

苛々が長時間続き、いつまで経っても殺意を否定し続けるニスを、その鋭い目で睨み続ける警備隊長のグンカ。机に置かれている調査書にはニスの名前と年齢以外、調査の進展に繋がる様な大した事は書かれていない。扉をノックする音が聞こえて、苛立ちを抑えながら返事をする。

「くっ……なんだ、ラン…!」
「隊長…うみかぜから電話です。ユンから」
「っ…すぐ行く。貴様は此処で私が来るのを待っていろ…!一時休憩を与える」

グンカは取調室を出る際に、大人しく椅子に座り無骨な石壁をぼうっと見ているニスを睨む。書き入れ途中の調査書を電話の置いてある机に置いて電話口に出る。

「ユンか。何か進展はあったか?」

ランはグンカが電話でユンと話している間、取調室の扉のガラス窓から中をそっと覗く。燃える様な赤い髪の人物は人に危害を加える可能性がある事と、長い時間グンカと2人きりで怒号を浴びて、さぞ疲れている事だろうと色んな意味で様子が気になった。

「……」

しかしニスは何もない石壁を向いて動かない。遠目から見てもユンが初めて見た時と同じ、暗い目をしていた。

「何か理由があってギャリアーに毒を…?」

ユンは取調室の隙間から漏れる冷たい空気に体をぶるっと振るわせる。古い建造物を改築して使用している詰所には、暖かい季節であっても肌寒いと感じる部屋がある。ましてニスの衣服は濡れている。ランはニスに温かい飲み物でも持って行こうかと、隣にある給湯室でお湯を沸かしているとグンカのいる部屋でガタッと物音がした。ユンは火を消して隣の部屋に続く扉を開けてグンカを探す。グンカは受話器を机に落としていた。

「た、隊長…如何しました?」
「……これは、どういう事だ」

グンカは口に手を当てて考え込む。電話口からは呼び掛けるユンの声が聞こえている。ランは電話を取ると自分の耳に当てた。

「もしもしユン…?」
【あっランだ~】
「隊長に何の報告をしたの?」
【えっと~…、さっきギャリアーさんとチャムちゃんを病院に連れてって、使われた毒物の検査をしたの~】
「ええ、それで…何が出たの」
【なあにも!】
「…無し?」
【全く無し!血液からも粘膜からも毒物は確認されなかったよ。それに彼女が所持してた口紅からも。チャムちゃんの唇から採取したのだけどね~】

ならば、ギャリアーが倒れたのは何故か?

ランは隊長を見る。

「あの女は…確かに自供した…。毒を含ませたと…。しかし毒物が検出されない…っ!?」

グンカは早足で取調室に戻る。扉を乱暴に開けて、中にニスが居るのを確認すると、ツカツカと歩いて行ってニスの顎を片手でクイっと上げた。

「…貴様、どうやってギャリアーに毒物を摂取させた。この唇に、口内に仕込んだのか…!」

ニスの唇を観察するグンカ。ニスは詰め寄られていても動じる様子はない。暗い瞳はグンカを通り抜けて、忌まわしい過去の記憶と現在を同時に見つめ続けている。

「…今夜は牢に泊まってもらう。怪しい人物を町に放つ訳にはいかんからな」

グンカはランを呼ぶと、暫く使用していない牢の準備をする様指示する。

「私は検査結果と店の3人に改めて話を聞きに行く。容疑者は牢に入れて置け」
「はい…!」

ランが丁度帰還した隊員に、取調室に鍵を掛けて中の人物を見張っている様指示すると、隊員は何事かと騒ぎ出す。ニスはざわめきに一瞬視線をやり、それから暗い天井を見上げた。

「……否定しても、もう意味はないか」

ギャリアー達の奔走も知らず、ニスは諦観の沼に沈んでゆく。1人きりの取調室は夜の海よりニスの身体から体温を奪った。

「……あの人、怒ってたな」

グンカをやんわりと思い出し目を伏せた。


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