127柱目の人柱

ど三一

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学舎編

価値ある姿

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「さて、いざ…かな」

自室で調べ物をしていた号左は、講義開始の鐘の音を聞いて頃合いかと席を立った。文机の上には飲みかけの茶碗や空座の巻物、学舎の師達について記された複数の紙、開いてそのままの文等が乱雑に置かれている。茶碗の茶を飲み干している最中に己の机を見ると、号左自身その机上の有様を散らかり過ぎていると感じ、茶碗に蓋をした後軽く整えた。号左の私室は小上がりのある畳部屋で、元来の勤勉な性格に相応しく、普段仕事をしている文机以外は整理整頓され清潔に保たれている。小襖こぶすまの中や板が段違いに設置された違い棚には、学舎に招かれる前に居住していた町で使用していた生活雑貨や遠方から取り寄せた号左の興味を引いた品を飾っている。少しだけ斜めを向いた南方の彫刻の位置を少しばかり直してから私室を出て、静かな学舎の廊下を進み茂籠茶老の自室へ足を伸ばす。

「茂籠茶老様、号左でございます」

神様候補達を導き、師達を束ねる学舎の長に用意された一室に続く扉は、雅男達が歌合せをする優雅な一幕を絵物語に閉じ込めたかような装飾が施されている。実際に絵物語の主役である男が詠んだ歌が扉に刻まれている。その歌は、号左の中の茂籠茶老の印象とは少し違うとこの扉の前に立つ度に思っていた。

「入るといい」

中から返事がすると、扉に掛かった呪いが解ける。学舎の長の自室に錠前は無く、扉の開閉は呪いによってなされている。この扉の呪いは結界に近い物らしく、例え座す神であっても破るのも通り抜けるのも一筋縄ではいかないと、彼の御付き達が自慢げに話していた事を覚えていた。指先で扉を軽く押すと、ぎい…と重い音がする割に少しの力で扉は開いた。扉の先には茶の用意をしている茂籠茶老が居た。

「申し訳ありませんね、気を遣わせてしまったみたいで」
「趣味の品を披露する機会が欲しかった所だ、年寄りの自慢に付き合っておくれ…号左」
「そんな…この螺子曲がった天界で見た目の年齢など。茂籠茶老様ならば意のままに年齢を操れるでしょうに。脂ののった壮年や、若き青年から年端のいかない童、それこそ自在に」
「そうさな……大半の衆生は若き時分に生を謳歌し、歳を重ねて過去を振り返った時、還りたいと願い求める時代でもある。目まぐるしく時が過ぎ、溌剌とした情愛に身を焦がし、己が力量を試したい……そんな時期だ。しかし、儂は今のこの姿が気に入っておる。人の子と比べようもない程長い年月が過ぎ去ったが、その中で思い出深いのがこの爺……。生涯で一等心揺さぶられ…他者を求めた…」

茂籠茶老は遠い目をして棚を見つめていた。その視線の先には整然と並べられた茶器があり、号左には方角を見ているのか物を見ているのか判断がつかなかった。

「…つまらぬ話をしたな。そこな椅子に座るといい」
「いえ…では、失礼して」

客である号左が席に着くと、出入り口の扉は閉じて再び呪いが掛けられた。美しい茶器に淹れられた甘みのある緑茶を一口飲み、その旨さにふうと息を吐くと、茂籠茶老から「して、用件とは」と促されて号左は話し始めるのだった。
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