127柱目の人柱

ど三一

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学舎編

比良坂の動揺

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扉の中から漏れ出る椅子を引く音や話声は次第に静かになり、神様候補達は師の到着を察したようである。比良坂は最前列の席に座っている予定である愛しの四人の視線を一身に集め、間近に見られる事を期待して近代室に入室した。

「諸君、ごきげん……!?」
「?」

比良坂は前日に近代室を訪れて、態々拵えた神様候補全員分の名札を机に貼り付け、座る席を指定した。この現代史の講義では決まった席に毎回座るよう初回講義の際に伝えている。出席欠席を一目で判断出来た方が合理的であるという理由を添えて。しかし、比良坂は最初の挨拶の言葉が途切れてしまう程の混乱に陥っていた。明らかに特定の誰かを見て動揺している。それを見たナジュは何事かと首を傾げた。

(私の愛しい候補達の中にっ……見知らぬ中年の男がいる…!?誰だあの男は…!他夏、桃栗、ナジュは愛らしいままでそこに居るというのに……!)
「……」
「なあ、師が固まってるが…一体どうしたんだ?」

最前列ではあるが柳元にこそっと耳打ちして、師である比良坂の動揺の理由に心当たりはあるかと尋ねる。先ほどまで軽快に喋っていた柳元は、比良坂を重たいまぶたの中からじっと見つめていた。それは、表情から何かを読み取ろうとする探りの視線だった。

(…こんだけ驚いてるってこたァ、この師は前にあっしの面を知ってるが、今の面に見覚えがないって事だねェ)

心を鎮めた比良坂は、改めて「ごきげんよう」と挨拶をして教壇に立つ。

「現代史の講義を担当する比良坂である。本日は初回講義ゆえ、顔と名前を一致させる為の点呼を行う。また、見ての通りあらかじめこちらで席を指定した。次回以降も同じ席に着席するよう。では…」

比良坂は教壇に備え付けの引き出しの中から名簿が記された一枚の紙を取り出し、自分から見て左端に座る神様候補の名を呼び、返事が返ってくると、その後の神様候補の名を呼んだ。それを繰り返していくうちにナジュの名も呼ばれ、前半の返事に倣って「はい」と返した。また少し点呼が進み、折り返して柳元の番が来る。比良坂は名簿と中年男を見比べて1つ咳払いをすると、内心恐る恐る柳元の名を口に出した。

「…柳元」
「おゥよ、比良坂師匠。これから世話になりますぜ」
「……」

比良坂は"柳元として"全く見た覚えのないその男の返事を、このまま受け入れて良いものか迷う。ひょっとしたら成り変わりの可能性もあるのではないか?と疑った。比良坂はその追求を我慢できない。

「…君は、本当に柳元か?」
「もちろん!頭のてっぺんから、足の先まで男前の柳元ですよォ。あっしの記憶だと、比良坂師匠とは初顔の筈なんだがァ……どこかで会ったことあるのかねェ?」
「……聞いていた見た目と乖離があるようなので確認した。すまないな」
「いいってェ事よ。さァ、学びの時間は貴重だ、点呼を後ろに進めておくれ」

比良坂と柳元の会話を聞いていた神様候補達の一部はその内容が頭の中で引っ掛かっていた。柳元は以前と見た目が変化しているのか?ナジュは隣に座ってにこにことしている中年の男を不思議そうに見る。最後の一人まで点呼が終わっても比良坂の意識は柳元の元で留まっており、今この場でこれ以上の追求はしないが、講義が終了したら茂籠茶老及び鞠駒に確認する事にしたのだった。
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