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学舎編
師の鞠駒
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本日最初の講義を担当する師は、部屋に入る前に履物を脱いで揃える為に後ろを向いた。一体どのような人物が来るのか、神様候補達は茂籠茶老ではないか麒麟ではないかと各々頭の中で想像していたが、最初にその姿を目にしたのは尻からだった。
「ん?何かの尻尾…?」
襖の隙間から伸びる細長い尻尾がゆらゆらと揺れている。ナジュの疑問は他の神様候補達も抱いたようで、位置的に襖の下方が見えぬ者などは身体を傾けてまで師の姿を目にしようとする。
「あれ何の尻尾だろうね?」
「細く長い…狐狸の類ではないな」
「屋敷にあった絵巻物で見たような……生き物の名前とその漢字を教えてくれる時…あ~どれだっけ…?」
皆の脳内でその尻尾を持つ生物の予想がされている時、一人正解を口にした者が居た。その声はか細過ぎて誰の声かは隣に座っている者しかわからなかった。
「猫…」
「諸君、揃っていますかね」
書生服を身に着けて入ってきたのは、袴から黒く長い尾が伸び、本来の位置にはなく頭部に生えた人間とは違う三角耳の男。長めの黒髪は鈴付の赤紐で緩く結わえている。切れ長の目で神様候補達を一瞥すると、用意した席に空席がない事を確認して手に持った書物を机に置いて自らも師の席に座る。ナジュはその風貌を見て主様付の使用人であるウサギ耳の稲葉を思い出していた。すると隣に座る桃栗が、袖をちょいと引いてこそっと耳打ちした。
「ねえ、あの師って激励会に居たっけ?僕見た覚えがないんだよね」
「俺も覚えてねえな…。丹雀、どうだった?」
「ふむ…麒麟殿や茂籠茶老様、雁尾様の印象が強くてあまり覚えていないな。これほど特徴があれば姿だけなら記憶していると思うのだが…」
神様候補達の疑問に答えるように、担当の師は自己紹介をした。
「初めまして。諸君らに天界の歴史について教授する事になる、鞠駒という者です。学舎に到着したのは昨日の昼間で、宴会には顔を出していないから初対面でしょう。見ての通りの“ねこま”で、この姿は変化したもの…視界で素早く動かれると少々本能が刺激されてしまうので、諸君らには行儀よく講義を受けていただきたいですね。どうぞよしなに」
鞠駒が軽く礼をすると、神様候補達も礼を返す。ナジュが他の者を見倣って頭を下げている最中に、“ねこま”について丹雀に質問した。
「“ねこま”って?」
「猫の事だ。絵巻物であのような尾を見た覚えがあると言っていたな?このような姿ではなかったか?」
丹雀は紙片を取り出して、細筆でさらさらと猫を描いてみせた。その絵はナジュの見た絵巻物に似た絵柄で、目玉に縦線の入った目が印象的な、三角耳と牙を持つ獣だった。ナジュの腕に掴まりながら丹雀の絵を目にした桃栗は、小さな声で「丹雀くん、うまーい!」と褒めたたえた。
「そうそう、こんな姿だった!」
「“ねこま”というのは昔の呼び名で、時代が進むにつれ“ま”の部分が取れていったとか。あの耳の毛の色からして、師の元々の姿は黒猫なのだろう」
「ふふ、かわいいねえ」
「それでは早速講義を開始しましょう。冊子を開いてください」
「ん?何かの尻尾…?」
襖の隙間から伸びる細長い尻尾がゆらゆらと揺れている。ナジュの疑問は他の神様候補達も抱いたようで、位置的に襖の下方が見えぬ者などは身体を傾けてまで師の姿を目にしようとする。
「あれ何の尻尾だろうね?」
「細く長い…狐狸の類ではないな」
「屋敷にあった絵巻物で見たような……生き物の名前とその漢字を教えてくれる時…あ~どれだっけ…?」
皆の脳内でその尻尾を持つ生物の予想がされている時、一人正解を口にした者が居た。その声はか細過ぎて誰の声かは隣に座っている者しかわからなかった。
「猫…」
「諸君、揃っていますかね」
書生服を身に着けて入ってきたのは、袴から黒く長い尾が伸び、本来の位置にはなく頭部に生えた人間とは違う三角耳の男。長めの黒髪は鈴付の赤紐で緩く結わえている。切れ長の目で神様候補達を一瞥すると、用意した席に空席がない事を確認して手に持った書物を机に置いて自らも師の席に座る。ナジュはその風貌を見て主様付の使用人であるウサギ耳の稲葉を思い出していた。すると隣に座る桃栗が、袖をちょいと引いてこそっと耳打ちした。
「ねえ、あの師って激励会に居たっけ?僕見た覚えがないんだよね」
「俺も覚えてねえな…。丹雀、どうだった?」
「ふむ…麒麟殿や茂籠茶老様、雁尾様の印象が強くてあまり覚えていないな。これほど特徴があれば姿だけなら記憶していると思うのだが…」
神様候補達の疑問に答えるように、担当の師は自己紹介をした。
「初めまして。諸君らに天界の歴史について教授する事になる、鞠駒という者です。学舎に到着したのは昨日の昼間で、宴会には顔を出していないから初対面でしょう。見ての通りの“ねこま”で、この姿は変化したもの…視界で素早く動かれると少々本能が刺激されてしまうので、諸君らには行儀よく講義を受けていただきたいですね。どうぞよしなに」
鞠駒が軽く礼をすると、神様候補達も礼を返す。ナジュが他の者を見倣って頭を下げている最中に、“ねこま”について丹雀に質問した。
「“ねこま”って?」
「猫の事だ。絵巻物であのような尾を見た覚えがあると言っていたな?このような姿ではなかったか?」
丹雀は紙片を取り出して、細筆でさらさらと猫を描いてみせた。その絵はナジュの見た絵巻物に似た絵柄で、目玉に縦線の入った目が印象的な、三角耳と牙を持つ獣だった。ナジュの腕に掴まりながら丹雀の絵を目にした桃栗は、小さな声で「丹雀くん、うまーい!」と褒めたたえた。
「そうそう、こんな姿だった!」
「“ねこま”というのは昔の呼び名で、時代が進むにつれ“ま”の部分が取れていったとか。あの耳の毛の色からして、師の元々の姿は黒猫なのだろう」
「ふふ、かわいいねえ」
「それでは早速講義を開始しましょう。冊子を開いてください」
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