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学舎編
文は遥か山を越えて
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ナジュの認めた【ウタラ】の術が掛かった一枚の文は、屋敷がある方向へと向かって快晴の空を進んで行く。屋敷から学舎まで何日も掛けて辿り着いた道のりも、人混みや急な坂、足元の不安定な山道もない、風だけが吹く空には関係なく、生息する鳥類や誰かの放った術や呪いの掛けられた物体とすれ違うばかり。【ウタラ】の術が掛かった文は、陽が落ちかけて橙色の夕日が空を染める時分に二つ目の山を越え、その先にある主様の屋敷がある町が見える距離まで近づいた。飛んでいる最中は基本的に障害物を回避するが、それでも向こうの動きが早く、紙を取得する目的があったなら捕まえられてしまう事もある。【ウタラ】の術が発動中の品を手にした場合、それを解除する方法は到って簡単。記された【ウタラ】の文字の部分を破れば術は解除されて、動かないただの紙片となる。さらに高度な術となると、物体を鳥等に変形させて羽ばたかせたり、破損・破壊されないように防御効果が施されていたり、目的地に到着するまでの時間が短縮できるものもある。ある物体をある場所へ送る、という事に関して最上級の術は“転移”であり、麒麟が掛けた湯殿から麒麟の部屋への強制転移や、金竜が扱う瞬間転移がそれにあたる。しかし、転移にも扱う者の力量、素養が左右する要素が多く、望んだ場所に転移可能かは転移先の状況によるところも多い。
「御蔭様、主様の結界に弾かれて門外で落下した文をお持ちしました」
「文?」
御蔭の部下である水上が使用人から預かったナジュの飛ばした【ウタラ】の文を御殿まで届けに来た。御蔭は何処かへ向かおうと水上の手の中で蠢く一枚の文に目をやり、続いて水上をじっと見つめた後に尋ねる。
「大事ないか」
それは以前に負った怪我や不調を慮った言葉ではなく、その文に接触したり、目にしたりして変化はないかという確認である。短い言葉でも含まれた意味を察している為、水上は当然のように答えた。
「はい、文を拾った門番、取り継いだ使用人両名とも呪いに掛かった様子はありません。私も念の為呪い避けの術を用いて受け取りましたが、現在特に変わった事はないかと」
「承知した。ご苦労だったな」
「はっ、急用の際には左舷・右舷に取り次ぎを願いますので、これにて」
水上は一礼して御蔭の前から去る。これから数刻後にも、念には念を入れて門番と使用人、己の状態を確認し、異常があれば御蔭に伝えるつもりだろう。主様の屋敷には、建物と敷地だけでなく上空も含んだ結界が常に張られていて、呪力を纏った生物や術、飛来物は結界に弾かれて内部への侵入が阻まれる。結界を越えて屋敷内に出入りできるのは、使用人頭である本匠と配下達の長である御蔭に主様が授けた、主様の領域への通行を許可する呪いが掛かった鈴を振られた者だけ。ナジュは例外で、主様自ら結界内を行き来できるように呪いを掛けている。
「……ナジュ」
御蔭は稚拙な字で書かれた主様宛の文を読んで目を細める。やっと邪魔者が居なくなったと思ったら、学舎で簡易的な連絡用の術【ウタラ】を覚えて主様に接触を図ってきた。今すぐ【ウタラ】の文字の部分を破って文を破棄したい所であったが、今回はこの文を目にした者がいる。御蔭の配下だけならまだしも、本匠の管轄である使用人が含まれている為、秘匿した事はいずれ露見するだろう。もう既に使用人から本匠に話しが伝わっていてもおかしくはない。
「…この度は素直に主様にお渡しするのが良いか」
御蔭は主様の居所に向かって白の廊下を歩く。襖の前から声を掛けて用件を伝えると、主様自ら襖を開けてナジュからの文を受け取った。それから暫く人払いをするようにという命を受けて御蔭は苦々しく立ち去り、主様は少しよれた文を大事そうに文机に置いて、文鎮で皺を伸ばし、味わうように噛みしめるように何度もその文字を目で追ったのだった。
「御蔭様、主様の結界に弾かれて門外で落下した文をお持ちしました」
「文?」
御蔭の部下である水上が使用人から預かったナジュの飛ばした【ウタラ】の文を御殿まで届けに来た。御蔭は何処かへ向かおうと水上の手の中で蠢く一枚の文に目をやり、続いて水上をじっと見つめた後に尋ねる。
「大事ないか」
それは以前に負った怪我や不調を慮った言葉ではなく、その文に接触したり、目にしたりして変化はないかという確認である。短い言葉でも含まれた意味を察している為、水上は当然のように答えた。
「はい、文を拾った門番、取り継いだ使用人両名とも呪いに掛かった様子はありません。私も念の為呪い避けの術を用いて受け取りましたが、現在特に変わった事はないかと」
「承知した。ご苦労だったな」
「はっ、急用の際には左舷・右舷に取り次ぎを願いますので、これにて」
水上は一礼して御蔭の前から去る。これから数刻後にも、念には念を入れて門番と使用人、己の状態を確認し、異常があれば御蔭に伝えるつもりだろう。主様の屋敷には、建物と敷地だけでなく上空も含んだ結界が常に張られていて、呪力を纏った生物や術、飛来物は結界に弾かれて内部への侵入が阻まれる。結界を越えて屋敷内に出入りできるのは、使用人頭である本匠と配下達の長である御蔭に主様が授けた、主様の領域への通行を許可する呪いが掛かった鈴を振られた者だけ。ナジュは例外で、主様自ら結界内を行き来できるように呪いを掛けている。
「……ナジュ」
御蔭は稚拙な字で書かれた主様宛の文を読んで目を細める。やっと邪魔者が居なくなったと思ったら、学舎で簡易的な連絡用の術【ウタラ】を覚えて主様に接触を図ってきた。今すぐ【ウタラ】の文字の部分を破って文を破棄したい所であったが、今回はこの文を目にした者がいる。御蔭の配下だけならまだしも、本匠の管轄である使用人が含まれている為、秘匿した事はいずれ露見するだろう。もう既に使用人から本匠に話しが伝わっていてもおかしくはない。
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