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学舎編
給仕の男
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「二人とも…ごめんなさい…僕が驚いてしまったばっかりに…服が…新品の支給服が水浸しに…」
「まあ水だから渇けばいいよ」
「ええ、右に同じにございます。私の場合は掃除用の着物ですので、汚れる前提でございます。お気になさらず」
自分の不出来に落ち込む南天を慰める来訪者の横顔をじっと見ていたナジュは、彼が今朝飯処で見た人物だと気が付いた。朝から酒を所望していた神様候補に仕え、他の神様候補とは違う特別な食事を用意していた男だ。それが分かると、その光景を目にした時に浮かんだ疑問を思い出した。
「あんた……あの、名前はわからないが…神様候補の給仕をしていた人だよな?飯処で」
「左様にございます」
「学舎とか宿舎に御付きの人も滞在して良いのか?大半は門の前で別れたみたいだが…」
「あっ…この人は…」
南天が己の知る事を説明しようとした。しかし、それを制した来訪者が一歩ナジュに歩み寄り、にっこりと目を細めた笑みを見せる。
「私、唐梳様に仕えております、“オウソウ”と申します。そこの南天様と同じく座を争う神候補の一人にございます。お見知りおきを麗しき方」
上背は丹雀より少し低くナジュよりも少し高い位で、軽くお辞儀をすると、さらさらとした色素の薄い髪が下に向かって流れる。その髪の隙間からのぞく赤紫の瞳が、ナジュを妖しげに見つめていた。距離が近づいた事で、主様の屋敷にある湯殿で使用している石鹸の香りと似た匂いが香る。オウソウはナジュを麗しいと評するが、このオウソウも負けず劣らぬの美青年であると南天は密かに思った。
「麗しいは余計だが……。そうか、神候補なら居ても問題ないか」
「フフ…我が主唐梳様は手の掛かる方でして、私は長く身の回りのお世話をしております。御一人にするのは心配ですが、学舎と無関係な者は滞在を許されません。ですからこの度退座が公表された座に、一縷の望みを掛けて希望いたしました。すると運良く候補者として認められまして、唐梳様のお世話をしながら私も学ぶ事となったのです」
「そんな経緯があったんですね」
「成程……オウソウ…おう、そう…」
何度か己の名を口に出すナジュに、名が正しく伝わらなかったのだろうかとオウソウは首を傾けた。
「いかがいたしました?」
「ああ…名前のな?書き方の予想がつかなくて。漢字か?カタカナか?俺…あんまり詳しくないからさ、教えてくれよ」
「おや、私に興味を持っていただけるとは光栄にございます。ええ、ええ、手取り足取りお教えしましょうとも。折角ですので、この期に親しくなりたいものです。私がこの愛らしい掌に字を記しますので、麗しき方は私の掌を嬲るように名を刻んでいただければ幸いでございます」
オウソウはナジュの腰に手を回して密着した。互いの手に字を記すには、身体を寄せ合う必要はない。にこにことして密着してくるオウソウに、ナジュは御手付き様の宴で会った変わった話し方をする人物を思い出した。
「な…なんか…嫌に気さくな奴だな……」
「ははは……オウソウさんはその…あまり好き嫌いがないというか…いや、博愛者というか…」
「フフ…私の事については追々お話ししましょう。最初から全てを曝け出したのでは、色気がありませんので」
ナジュの掌には、指の腹でねっとりと記された“翁草”の感触が残っていた。
「まあ水だから渇けばいいよ」
「ええ、右に同じにございます。私の場合は掃除用の着物ですので、汚れる前提でございます。お気になさらず」
自分の不出来に落ち込む南天を慰める来訪者の横顔をじっと見ていたナジュは、彼が今朝飯処で見た人物だと気が付いた。朝から酒を所望していた神様候補に仕え、他の神様候補とは違う特別な食事を用意していた男だ。それが分かると、その光景を目にした時に浮かんだ疑問を思い出した。
「あんた……あの、名前はわからないが…神様候補の給仕をしていた人だよな?飯処で」
「左様にございます」
「学舎とか宿舎に御付きの人も滞在して良いのか?大半は門の前で別れたみたいだが…」
「あっ…この人は…」
南天が己の知る事を説明しようとした。しかし、それを制した来訪者が一歩ナジュに歩み寄り、にっこりと目を細めた笑みを見せる。
「私、唐梳様に仕えております、“オウソウ”と申します。そこの南天様と同じく座を争う神候補の一人にございます。お見知りおきを麗しき方」
上背は丹雀より少し低くナジュよりも少し高い位で、軽くお辞儀をすると、さらさらとした色素の薄い髪が下に向かって流れる。その髪の隙間からのぞく赤紫の瞳が、ナジュを妖しげに見つめていた。距離が近づいた事で、主様の屋敷にある湯殿で使用している石鹸の香りと似た匂いが香る。オウソウはナジュを麗しいと評するが、このオウソウも負けず劣らぬの美青年であると南天は密かに思った。
「麗しいは余計だが……。そうか、神候補なら居ても問題ないか」
「フフ…我が主唐梳様は手の掛かる方でして、私は長く身の回りのお世話をしております。御一人にするのは心配ですが、学舎と無関係な者は滞在を許されません。ですからこの度退座が公表された座に、一縷の望みを掛けて希望いたしました。すると運良く候補者として認められまして、唐梳様のお世話をしながら私も学ぶ事となったのです」
「そんな経緯があったんですね」
「成程……オウソウ…おう、そう…」
何度か己の名を口に出すナジュに、名が正しく伝わらなかったのだろうかとオウソウは首を傾けた。
「いかがいたしました?」
「ああ…名前のな?書き方の予想がつかなくて。漢字か?カタカナか?俺…あんまり詳しくないからさ、教えてくれよ」
「おや、私に興味を持っていただけるとは光栄にございます。ええ、ええ、手取り足取りお教えしましょうとも。折角ですので、この期に親しくなりたいものです。私がこの愛らしい掌に字を記しますので、麗しき方は私の掌を嬲るように名を刻んでいただければ幸いでございます」
オウソウはナジュの腰に手を回して密着した。互いの手に字を記すには、身体を寄せ合う必要はない。にこにことして密着してくるオウソウに、ナジュは御手付き様の宴で会った変わった話し方をする人物を思い出した。
「な…なんか…嫌に気さくな奴だな……」
「ははは……オウソウさんはその…あまり好き嫌いがないというか…いや、博愛者というか…」
「フフ…私の事については追々お話ししましょう。最初から全てを曝け出したのでは、色気がありませんので」
ナジュの掌には、指の腹でねっとりと記された“翁草”の感触が残っていた。
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