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学舎編
かりい
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学舎の隣町から大急ぎで宿舎に戻ってきたナジュは、飯処の前に辿り着くと今朝のように列が出来ていなかった為、もう昼餉の時間が終わってしまったのかと危惧した。
「一度目の鐘の後、終了の二回目の鐘は鳴っていなかったと思うんだが…まさか昼餉が全部無くなってしまったんじゃ…」
閉じていた飯処の戸を開けると、中には数人の神様候補が席に座り昼餉を食べていた。ナジュは入り口の配膳係に昼餉はまだ食べられるかと聞いた。朝とは担当が替わり別人になった配膳係は、十分用意があると言って早速用意を始めた。飯処に入った時から昼餉の香りが漂っており、その嗅いだ事のない食欲をかきたてる芳香にナジュの期待は膨らんでいる。
「御品書きを見ても何と読むのかわからなかったが、この分だと美味い飯にありつけそうだ」
「お待たせしました」
配膳係が、料理を盛った大皿と小皿を一枚ずつお盆に乗せてナジュに手渡した。一体何が出てくるのだろうと胸をときめかせていたナジュは、その料理を見て一瞬のうちにある物を思い出した。
「これって、下…」
「“かりい”です」
ナジュの言葉を遮って料理名を口にする。すぐそこに掲げられた看板には、御品書きという題名の下に“咖喱”、漬物と記されており、配膳係は態々そこを指差して言った。ナジュの不安げな視線を受けても配膳係は平静を保ち、大丈夫だと伝えるように深く頷いて見せる。その瞳には一点の曇りなく、厨房係が丹精込めて作った品だという自信に彩られていた。
(嘘を吐く奴がこんな真っ直ぐな目をするか…?気の進まない見た目だが、一応食べてみるか…)
現在は席の殆どが空いているので、お盆を受け取ってすぐ近くの席に腰を下ろした。他の神様候補は端の席にばらばらで座っている為、受け取った食事をどのような顔で食しているか窺い知れない。ナジュは予めお盆に乗せられていた匙を手に取り、飯と飯にかかった茶色の液体を掬う。匙を目線の高さまで上げ、掬った料理を近くで見ると、益々それにしか見えない。匙からたらたらと流れ落ちる様相を見たナジュは、顔色を悪くしてもう一度配膳係に視線を移す。
「大丈夫です。決して下から始まる汚らしいものではございません」
そう強く断言する配膳係に、ナジュは覚悟を決めて口を開ける。なるべくこのいい匂いに神経を集中させて、脳内に浮かび上がる類似の物体を意識しないように努める。料理は湯気を立てており、すぐに口に入れたのでは火傷するかもしれない。二、三度ふうふうと息を吹きかけ、意を決して口に含む。ナジュは内心で別にそれを味わった事はないのだが、と前置きして、まずそれの臭いと味がしない事に安堵した。すると次に来るのは、複雑に調味料を組み合わせ、野菜、肉から出た旨味を味に落とし込んだ集大成。熱い飯とさらに熱い咖喱をはふはふと咀嚼して、口元を手で抑えて涙目になりながらのみ込んだ。粘り気のある液体は嚥下した後もその旨味と少しの辛味を舌に残す。それに感動して目を輝かせたナジュがパッと配膳係の方を振り向いた。
「!…!…」
「……」
弱冠の火傷を負った舌はヒリヒリとするが、「美味い!」と視線で伝えると、配膳係はこくこくと頷いて厨房から冷たい茶を持って来た。
「ね、美味しいでしょう?」
「……っぷはあ!美味いなこれ!今まで食べたことないぞ」
「ええ、私どももそうでした。学舎の師に教わった料理でして、時代が進むと様々な美味が生まれるのですね」
「こんなに美味いのに全然人が居ないな」
「ええ、皆様町の方へ出かけていらっしゃるのでしょう。激励会の次の日の休日は毎回このような有様です。なので…鍋に咖喱が沢山残っております。今日の昼はおかわり分もございますので、よろしければ」
「本当か!?」
ナジュ達がおかわりの話をしていると、端に居た神様候補達も集まってきて自分も自分もとおかわりを申し出る。飯処に居た神様候補達と厨房係達は、昼餉の時間の終了の鐘の音を聞くと、皆で咖喱鍋と白飯が入った釜を囲んでわいわいと食事を楽しんだ。
「一度目の鐘の後、終了の二回目の鐘は鳴っていなかったと思うんだが…まさか昼餉が全部無くなってしまったんじゃ…」
閉じていた飯処の戸を開けると、中には数人の神様候補が席に座り昼餉を食べていた。ナジュは入り口の配膳係に昼餉はまだ食べられるかと聞いた。朝とは担当が替わり別人になった配膳係は、十分用意があると言って早速用意を始めた。飯処に入った時から昼餉の香りが漂っており、その嗅いだ事のない食欲をかきたてる芳香にナジュの期待は膨らんでいる。
「御品書きを見ても何と読むのかわからなかったが、この分だと美味い飯にありつけそうだ」
「お待たせしました」
配膳係が、料理を盛った大皿と小皿を一枚ずつお盆に乗せてナジュに手渡した。一体何が出てくるのだろうと胸をときめかせていたナジュは、その料理を見て一瞬のうちにある物を思い出した。
「これって、下…」
「“かりい”です」
ナジュの言葉を遮って料理名を口にする。すぐそこに掲げられた看板には、御品書きという題名の下に“咖喱”、漬物と記されており、配膳係は態々そこを指差して言った。ナジュの不安げな視線を受けても配膳係は平静を保ち、大丈夫だと伝えるように深く頷いて見せる。その瞳には一点の曇りなく、厨房係が丹精込めて作った品だという自信に彩られていた。
(嘘を吐く奴がこんな真っ直ぐな目をするか…?気の進まない見た目だが、一応食べてみるか…)
現在は席の殆どが空いているので、お盆を受け取ってすぐ近くの席に腰を下ろした。他の神様候補は端の席にばらばらで座っている為、受け取った食事をどのような顔で食しているか窺い知れない。ナジュは予めお盆に乗せられていた匙を手に取り、飯と飯にかかった茶色の液体を掬う。匙を目線の高さまで上げ、掬った料理を近くで見ると、益々それにしか見えない。匙からたらたらと流れ落ちる様相を見たナジュは、顔色を悪くしてもう一度配膳係に視線を移す。
「大丈夫です。決して下から始まる汚らしいものではございません」
そう強く断言する配膳係に、ナジュは覚悟を決めて口を開ける。なるべくこのいい匂いに神経を集中させて、脳内に浮かび上がる類似の物体を意識しないように努める。料理は湯気を立てており、すぐに口に入れたのでは火傷するかもしれない。二、三度ふうふうと息を吹きかけ、意を決して口に含む。ナジュは内心で別にそれを味わった事はないのだが、と前置きして、まずそれの臭いと味がしない事に安堵した。すると次に来るのは、複雑に調味料を組み合わせ、野菜、肉から出た旨味を味に落とし込んだ集大成。熱い飯とさらに熱い咖喱をはふはふと咀嚼して、口元を手で抑えて涙目になりながらのみ込んだ。粘り気のある液体は嚥下した後もその旨味と少しの辛味を舌に残す。それに感動して目を輝かせたナジュがパッと配膳係の方を振り向いた。
「!…!…」
「……」
弱冠の火傷を負った舌はヒリヒリとするが、「美味い!」と視線で伝えると、配膳係はこくこくと頷いて厨房から冷たい茶を持って来た。
「ね、美味しいでしょう?」
「……っぷはあ!美味いなこれ!今まで食べたことないぞ」
「ええ、私どももそうでした。学舎の師に教わった料理でして、時代が進むと様々な美味が生まれるのですね」
「こんなに美味いのに全然人が居ないな」
「ええ、皆様町の方へ出かけていらっしゃるのでしょう。激励会の次の日の休日は毎回このような有様です。なので…鍋に咖喱が沢山残っております。今日の昼はおかわり分もございますので、よろしければ」
「本当か!?」
ナジュ達がおかわりの話をしていると、端に居た神様候補達も集まってきて自分も自分もとおかわりを申し出る。飯処に居た神様候補達と厨房係達は、昼餉の時間の終了の鐘の音を聞くと、皆で咖喱鍋と白飯が入った釜を囲んでわいわいと食事を楽しんだ。
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