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屋敷編
乾杯!
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主様が着席すると、御蔭は宴席全体を見渡し、空席が無いのを確認した。いよいよ宴会が始まると、配下、使用人達は今か今かと乾杯の挨拶を待つ。
「主様、皆揃っております」
「……」
「かしこまりました」
御蔭が全体に向かって杯を持つように言うと、各々好きな飲み物の入った盃を上に掲げる。庭の桜がひらひらと舞い、誰かの杯の中にはその花びらが浮かび、風情がある。御蔭がごほんと咳払いをすると、主様に代わって乾杯の挨拶をする。その途中、稲葉が待ちきれず御膳に乗った菓子に手を伸ばそうとするのを、ナジュがもう少し待てと諌めている。
「…例年通り日付が変わる頃に後始末が始まるので、宴はそれまで。今日の宴は無礼講である、存分に楽しんで日々の労を癒して欲しい。では…乾杯」
「乾杯!」
「乾杯!」
御蔭が乾杯と静かに言うと、宴席から元気な乾杯の声が聞こえ、各々杯を傾ける。ナジュも少し甘みのある酒を一口飲んで、じんわりと広がる酒気にふうと息をつく。宴席はあっという間に騒がしくなり、好きに飲み食いしながらの楽しいおしゃべりが始まる。ナジュはその雰囲気を宴席の端から眺めていると、稲葉ではない隣の席から「どうぞ」と声がした。
「瓜絵」
徳利を持った瓜絵がナジュに酒を勧めていた。稲葉を抑えるのに気を取られていたので、隣に誰が座ったのか知らなかった。一口分しか減っていない杯を差し出すと、瓜絵はそこに並々と酒を注いだ。
「これ、御手付き様の飲んでいるのと同じお酒です。少し甘みがあって飲みやすいですよね。僕も同じのをいただきました」
「あっもう杯空じゃねえか。ほら、これやる」
「あっあっ、すいません、ありがとうございます」
ナジュは自分の御膳に置かれた徳利を瓜絵の杯に傾け、瓜絵は恐縮しながら盃を持つ。その光景を見ていた主様は羨ましいと思い、頃合いを見てナジュの席の近くに行こうと機会を窺っている。
「うう~ん!美味しゅうございます~!」
稲葉は宴会料理に舌鼓を打ち、頬が蕩けそうになるほどの至福の表情をしている。ナジュはどんどん消えていく稲葉の御膳の料理を見て、瓜絵に聞いた。
「あれ味わってんのか?殆ど噛まずに飲みこんでいるような…」
「稲葉先輩は早食いだから…でも、美食家だと仰ってましたよ。前連れて行って貰った甘味処は絶品でした」
「ふうん……あ、今食べてるあれ、何だ?」
「こちらの器ですね。わあ…綺麗な蕪の蒸し物…」
「うわっ本当に綺麗だな」
真っ白い蕪の上には薄い蜜色の透明な餡が掛けられており、風味を良くする柑橘の皮や飾りと成る野菜が散りばめられている。まだ暖かくほこほこと湯気が立っている。ナジュと瓜絵は同時に柔らかな蕪を味わい、美味しいと言い顔を合わせる。そして他の料理も一緒に味わい、感想を言い合って楽しんでいる。美味しい美味しいと声が聞こえてきて、厨房係の者達は鼻高々である。
主様の席とは反対側の端の席には、羽目を外し過ぎてしまう者達が集まっており、念の為主様の前で粗相をしないようにと遠ざけられている。そこには股右衛門の姿もあり、既に最初の徳利を空にして、宴席の中央に設けられた酒置場から新た酒をいただいて飲み干す所である。
「はあ~!やっと調子が出て来たぜ!」
じわじわと身体が熱くなってきた。だがまだ酔っぱらうには程遠い。まだ料理を楽しめている内は酔った内に入らない。周りの同類には、既に顔を赤くして早速器の蓋を頭に乗せている者もいる。
「早い早い、もう酔っぱらってんじゃねえか」
「ははっ品のねぇ奴だな!」
股右衛門達は馬鹿にして笑っているが、宴が進むにつれ、それよりもっとひどい醜態を晒す事になるのは全員わかっている。明日は我が身である。
「主様、皆揃っております」
「……」
「かしこまりました」
御蔭が全体に向かって杯を持つように言うと、各々好きな飲み物の入った盃を上に掲げる。庭の桜がひらひらと舞い、誰かの杯の中にはその花びらが浮かび、風情がある。御蔭がごほんと咳払いをすると、主様に代わって乾杯の挨拶をする。その途中、稲葉が待ちきれず御膳に乗った菓子に手を伸ばそうとするのを、ナジュがもう少し待てと諌めている。
「…例年通り日付が変わる頃に後始末が始まるので、宴はそれまで。今日の宴は無礼講である、存分に楽しんで日々の労を癒して欲しい。では…乾杯」
「乾杯!」
「乾杯!」
御蔭が乾杯と静かに言うと、宴席から元気な乾杯の声が聞こえ、各々杯を傾ける。ナジュも少し甘みのある酒を一口飲んで、じんわりと広がる酒気にふうと息をつく。宴席はあっという間に騒がしくなり、好きに飲み食いしながらの楽しいおしゃべりが始まる。ナジュはその雰囲気を宴席の端から眺めていると、稲葉ではない隣の席から「どうぞ」と声がした。
「瓜絵」
徳利を持った瓜絵がナジュに酒を勧めていた。稲葉を抑えるのに気を取られていたので、隣に誰が座ったのか知らなかった。一口分しか減っていない杯を差し出すと、瓜絵はそこに並々と酒を注いだ。
「これ、御手付き様の飲んでいるのと同じお酒です。少し甘みがあって飲みやすいですよね。僕も同じのをいただきました」
「あっもう杯空じゃねえか。ほら、これやる」
「あっあっ、すいません、ありがとうございます」
ナジュは自分の御膳に置かれた徳利を瓜絵の杯に傾け、瓜絵は恐縮しながら盃を持つ。その光景を見ていた主様は羨ましいと思い、頃合いを見てナジュの席の近くに行こうと機会を窺っている。
「うう~ん!美味しゅうございます~!」
稲葉は宴会料理に舌鼓を打ち、頬が蕩けそうになるほどの至福の表情をしている。ナジュはどんどん消えていく稲葉の御膳の料理を見て、瓜絵に聞いた。
「あれ味わってんのか?殆ど噛まずに飲みこんでいるような…」
「稲葉先輩は早食いだから…でも、美食家だと仰ってましたよ。前連れて行って貰った甘味処は絶品でした」
「ふうん……あ、今食べてるあれ、何だ?」
「こちらの器ですね。わあ…綺麗な蕪の蒸し物…」
「うわっ本当に綺麗だな」
真っ白い蕪の上には薄い蜜色の透明な餡が掛けられており、風味を良くする柑橘の皮や飾りと成る野菜が散りばめられている。まだ暖かくほこほこと湯気が立っている。ナジュと瓜絵は同時に柔らかな蕪を味わい、美味しいと言い顔を合わせる。そして他の料理も一緒に味わい、感想を言い合って楽しんでいる。美味しい美味しいと声が聞こえてきて、厨房係の者達は鼻高々である。
主様の席とは反対側の端の席には、羽目を外し過ぎてしまう者達が集まっており、念の為主様の前で粗相をしないようにと遠ざけられている。そこには股右衛門の姿もあり、既に最初の徳利を空にして、宴席の中央に設けられた酒置場から新た酒をいただいて飲み干す所である。
「はあ~!やっと調子が出て来たぜ!」
じわじわと身体が熱くなってきた。だがまだ酔っぱらうには程遠い。まだ料理を楽しめている内は酔った内に入らない。周りの同類には、既に顔を赤くして早速器の蓋を頭に乗せている者もいる。
「早い早い、もう酔っぱらってんじゃねえか」
「ははっ品のねぇ奴だな!」
股右衛門達は馬鹿にして笑っているが、宴が進むにつれ、それよりもっとひどい醜態を晒す事になるのは全員わかっている。明日は我が身である。
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