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屋敷編
桜舞う頃
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ナジュは久しぶりの主様の訪問を受けていた。御殿内にある庭の桜が終わりを迎える前に、そちらで花見をしないかと誘いを受けた。主様は半紙に文字を記してナジュに伝える。
「花見?」
「……」ー毎年、桜の下で宴会をする。屋敷の全ての者を集めて。宴会の支度が終わったら、門に結界をはり、札止めをする。”本日宴会”と。
主様は一所懸命に筆を走らせる。ナジュの習熟度は瓜絵に逐一聞いているので、まだ習いたての漢字や、これから覚える漢字にはふりがなを振っているので時間が掛かる。
「…主様が待たせてすまないと」
御蔭が主様が神通力で伝えた言葉を代弁する。
「いや、ゆっくりでいいぞ。俺もお前が書いた紙を読んで待ってるから」
ナジュは主様がナジュとの対話でしたためた文章を読んで勉強している。主様は文章を書きながらナジュの様子をちら、と見る。ナジュが神に成ると決意した時から、気まずい緊張関係が続いていたが、今は穏やかな雰囲気ではないか。自分の書いた文字をじっと見下ろすナジュの姿をこっそりと嬉しく思いながら、文字の造りが解り易いようにと工夫して記していく。2人の間の空気は悪くない。側に控える稲葉もうんうんと頷いて偉そうに腕を組んでいる。
「ふふふ…この稲葉が御手付き様を厳しく鍛えた結果でございますねぇ…御蔭様?」
「鍛えた…?」
「毎日宿題を言いつけておりました。稲葉の良い所や褒める言葉、格好いい所、可愛い所等まあ7つ8つ程記した文を贈るようにとね」
「毎日…7つ8つ…?」
御蔭は恐ろしいものを見たような顔をした。
「ええ!頂いた文は稲葉の部屋の箱に保管しておりますよ。今度御蔭様にもお見せ致しましょう!稲葉を讃える文を読めば、主様の腹心としてご多忙な日々を送る御蔭様の心労も和らぐでしょうなぁ!」
「いや…結構だ…」
「遠慮は無用にございます!」
「本当にいいから……」
御蔭の膝に手を乗せてぐいぐいと迫る稲葉。主様がナジュと対話するのに夢中で、背後への意識がおざなりなっている隙に好き勝手している。そんな稲葉の様子を襖の隙間から見ていた使用人達は、主様か御蔭か本匠のうちの誰にお叱りを受けるか、こっそり盛り上がって賭けの対象にまでなっている。使用人達が浮ついているのは、主様の花見宴会の話を聞いてから。無礼講の宴に、束の間ではあるが仕事から解放され豪華な食事に酒に飲み食いできるのは、皆楽しみにしていた。
「……」ーそれが終わって数日の後に、学舎へと向かう準備を始める事になるだろう。楽しんでほしい。
「…そうだな。あっちに行ったら、用事がない限り許された場所以外に出ちゃいけないんだもんな」
ナジュは主様にねだりごとをした。
「なあ、本日宴会って札、俺に書かせてくれよ。頑張って綺麗に書くからさ」
「……」ーああ、いいとも
「宴会はいつだ?」
「……」ー準備があるからな
主様は御蔭に神通力で話しかける。稲葉に纏わりつかれていた御蔭は、その締まりのない顔を押しのけつつ、入り口で座している本匠に主様の問いを代弁する。
「どのくらいで準備が出来る?」
「…三日ほど頂ければ」
「他の者の仕事も調整可能な日です、主様」
本匠と御蔭の答えを聞いて頷くと、半紙にさらさらと文字を書く。
「……」ー三日後に宴席を設ける事とする。
主様の掲げた半紙の紙を見た使用人達は、廊下で黄色い声を上げる。本匠は本来ならば諌める場面だが、主様は気にしていない様子の為不問とする事にした。主様はナジュに「この字は何て読むんだ?」と聞かれて、どぎまぎしながらも読み仮名を振っている。
別れの時は近い。
「花見?」
「……」ー毎年、桜の下で宴会をする。屋敷の全ての者を集めて。宴会の支度が終わったら、門に結界をはり、札止めをする。”本日宴会”と。
主様は一所懸命に筆を走らせる。ナジュの習熟度は瓜絵に逐一聞いているので、まだ習いたての漢字や、これから覚える漢字にはふりがなを振っているので時間が掛かる。
「…主様が待たせてすまないと」
御蔭が主様が神通力で伝えた言葉を代弁する。
「いや、ゆっくりでいいぞ。俺もお前が書いた紙を読んで待ってるから」
ナジュは主様がナジュとの対話でしたためた文章を読んで勉強している。主様は文章を書きながらナジュの様子をちら、と見る。ナジュが神に成ると決意した時から、気まずい緊張関係が続いていたが、今は穏やかな雰囲気ではないか。自分の書いた文字をじっと見下ろすナジュの姿をこっそりと嬉しく思いながら、文字の造りが解り易いようにと工夫して記していく。2人の間の空気は悪くない。側に控える稲葉もうんうんと頷いて偉そうに腕を組んでいる。
「ふふふ…この稲葉が御手付き様を厳しく鍛えた結果でございますねぇ…御蔭様?」
「鍛えた…?」
「毎日宿題を言いつけておりました。稲葉の良い所や褒める言葉、格好いい所、可愛い所等まあ7つ8つ程記した文を贈るようにとね」
「毎日…7つ8つ…?」
御蔭は恐ろしいものを見たような顔をした。
「ええ!頂いた文は稲葉の部屋の箱に保管しておりますよ。今度御蔭様にもお見せ致しましょう!稲葉を讃える文を読めば、主様の腹心としてご多忙な日々を送る御蔭様の心労も和らぐでしょうなぁ!」
「いや…結構だ…」
「遠慮は無用にございます!」
「本当にいいから……」
御蔭の膝に手を乗せてぐいぐいと迫る稲葉。主様がナジュと対話するのに夢中で、背後への意識がおざなりなっている隙に好き勝手している。そんな稲葉の様子を襖の隙間から見ていた使用人達は、主様か御蔭か本匠のうちの誰にお叱りを受けるか、こっそり盛り上がって賭けの対象にまでなっている。使用人達が浮ついているのは、主様の花見宴会の話を聞いてから。無礼講の宴に、束の間ではあるが仕事から解放され豪華な食事に酒に飲み食いできるのは、皆楽しみにしていた。
「……」ーそれが終わって数日の後に、学舎へと向かう準備を始める事になるだろう。楽しんでほしい。
「…そうだな。あっちに行ったら、用事がない限り許された場所以外に出ちゃいけないんだもんな」
ナジュは主様にねだりごとをした。
「なあ、本日宴会って札、俺に書かせてくれよ。頑張って綺麗に書くからさ」
「……」ーああ、いいとも
「宴会はいつだ?」
「……」ー準備があるからな
主様は御蔭に神通力で話しかける。稲葉に纏わりつかれていた御蔭は、その締まりのない顔を押しのけつつ、入り口で座している本匠に主様の問いを代弁する。
「どのくらいで準備が出来る?」
「…三日ほど頂ければ」
「他の者の仕事も調整可能な日です、主様」
本匠と御蔭の答えを聞いて頷くと、半紙にさらさらと文字を書く。
「……」ー三日後に宴席を設ける事とする。
主様の掲げた半紙の紙を見た使用人達は、廊下で黄色い声を上げる。本匠は本来ならば諌める場面だが、主様は気にしていない様子の為不問とする事にした。主様はナジュに「この字は何て読むんだ?」と聞かれて、どぎまぎしながらも読み仮名を振っている。
別れの時は近い。
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