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屋敷編
使用人達の奮闘
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ナジュから文字を教えてほしいと言われた股右衛門は、大きな紙にひらがなとカタカナを書いて、まずそれを元にして覚えて貰おうと計画していた。
「これで全部の筈だが…一応他の奴に確認して貰ってからナジュに見せるか」
大きな紙をくるくると巻いて片手に持ち、使用人達の休憩所に行くと、そこには複数人が楽しそうに談笑していた。股右衛門は「よう」と挨拶してその輪の中に加わる。
「どうよ、股右衛門。御手付き様のお世話は」
「手出してねえだろうな?」
「出したら主様に八つ裂きにされちまうよ。俺だって弁えてんだ」
「あっはっは!お前、最初の頃めちゃくちゃ美人が来たっ!て喜んでたじゃねえか」
「まあな。美人だし、事情はあるようだが…中々気安い性格だから、仕える方も気楽でいいぜ」
「最高じゃねえか!俺がお仕えして手取り足取りお世話したかったなぁ」
使用人仲間が羨む様子に悪い気がしない股右衛門は、ついつい此処に来た目的を忘れそうになったが、ナジュが部屋で待っている事を思い出し、持っていた紙を皆の前で広げた。
「そうだそうだ、俺はこれを一回見て欲しくて来たんだ」
「何だこれ?ひらがな…とカタカナか?」
「ああ、御手付き様が文字を教えて欲しいってんで試しに書いてみた。まあ間違っちゃいないと思うが、誰かに確認して貰いたくてな」
使用人達は前傾になってその紙を見下ろす。股右衛門はすぐに心配ないとの言葉が返って来ると思っていたが、使用人達は首を傾げて腕組みをする。
「何だ?何処か間違ってるか?」
「間違ってるっていうか…」
「それもよくわからねえな…?」
「俺が習ったのは、もっとこう…こんな字だったぞ?」
使用人の一人が、紙の上に指で字を書く。すると他の者もこれはこうだ、こっちはこれだ、と皆言っている事が違う。股右衛門は思い出した。そういえば前にもこんな事があったと。屋敷や御殿で起きた事や日々のあれこれを書く日誌を記している使用人が居て、ちょこっとばかし覗いてみると、何となく「あの文字だな」とわかるが、股右衛門が使うのとは別の不思議な文字を使っていた。
(そりゃそうだよな…時代がばらばらなら、文字だって変わっててもおかしくない)
股右衛門が頭を抱えていると、仕事を終えた使用人達が続々と休憩所に入ってくる。すると、畳の上に紙を広げて何を揉めているのだろうと、その輪に集まってくる。そうなれば、皆口々に自分が習ったのはこうだった、ここが違う、これはわかるがこれはこうだ、と話し出す。股右衛門も自分の使用している文字が適切なのか自信が無くなってきた。
「どうすりゃいいんだ…俺はナジュに早いとこ文字を教えなきゃならねえのに」
その嘆きを聞いていた使用人の一人が、股右衛門に助言をした。
「ならさ、股右衛門。あたしらがこのひらがなカタカナの分は決めといてやろうか?」
「お前らが?」
「そりゃいいな!皆の話聞いてると、漢字はそこまで変わりはねえようだし、お前は先に漢字を教えたらどうだ?」
「でも先にひらがなカタカナ覚えるのが先じゃねえか?」
「文字の数的には漢字の方が多いからね。それにひらがな、カタカナは読み方が基本的に一つしかない。覚えるのは漢字より簡単だ。漢字は使い方や読み方、意味が変わるからね」
「あ、あの…」
瓜絵が股右衛門に向かって手を挙げた。
「どうした瓜絵」
「その…漢字を先に教えるなら……会話の中に出てくる漢字を先に教えてもらうと、わかりやすかったです…。例えば、きょうはてんきがいい、という言葉なら、今日、天気、良い、と分けて……あ、文字の意味も覚えないとですね…今は現在の事、日は日付だったり太陽だったり…」
「う~ん…成程な。こうして考えると、覚える事は沢山あるわけだ…」
「なら、俺漢字得意だから、意味と使い方書いた紙束作ってやろうか?」
「私も得意です。難易度の低い漢字や常用する漢字を先に教えましょう。それこそ一、二、三等の数字から」
「おっ、頼めるか?」
「股右衛門は先に教えてなよ、後で持ってってやるからさ!」
「ぼ、僕はひらがなを…字が丁寧だと褒められたことがあるので…」
使用人達は自分の得意不得意に従って、自然と分かれていく。股右衛門は彼らに後を頼み、自分はナジュの元へ行き、他の側人の手も借りて早速漢字の勉強を始めた。
「まず数字から…」
「これで全部の筈だが…一応他の奴に確認して貰ってからナジュに見せるか」
大きな紙をくるくると巻いて片手に持ち、使用人達の休憩所に行くと、そこには複数人が楽しそうに談笑していた。股右衛門は「よう」と挨拶してその輪の中に加わる。
「どうよ、股右衛門。御手付き様のお世話は」
「手出してねえだろうな?」
「出したら主様に八つ裂きにされちまうよ。俺だって弁えてんだ」
「あっはっは!お前、最初の頃めちゃくちゃ美人が来たっ!て喜んでたじゃねえか」
「まあな。美人だし、事情はあるようだが…中々気安い性格だから、仕える方も気楽でいいぜ」
「最高じゃねえか!俺がお仕えして手取り足取りお世話したかったなぁ」
使用人仲間が羨む様子に悪い気がしない股右衛門は、ついつい此処に来た目的を忘れそうになったが、ナジュが部屋で待っている事を思い出し、持っていた紙を皆の前で広げた。
「そうだそうだ、俺はこれを一回見て欲しくて来たんだ」
「何だこれ?ひらがな…とカタカナか?」
「ああ、御手付き様が文字を教えて欲しいってんで試しに書いてみた。まあ間違っちゃいないと思うが、誰かに確認して貰いたくてな」
使用人達は前傾になってその紙を見下ろす。股右衛門はすぐに心配ないとの言葉が返って来ると思っていたが、使用人達は首を傾げて腕組みをする。
「何だ?何処か間違ってるか?」
「間違ってるっていうか…」
「それもよくわからねえな…?」
「俺が習ったのは、もっとこう…こんな字だったぞ?」
使用人の一人が、紙の上に指で字を書く。すると他の者もこれはこうだ、こっちはこれだ、と皆言っている事が違う。股右衛門は思い出した。そういえば前にもこんな事があったと。屋敷や御殿で起きた事や日々のあれこれを書く日誌を記している使用人が居て、ちょこっとばかし覗いてみると、何となく「あの文字だな」とわかるが、股右衛門が使うのとは別の不思議な文字を使っていた。
(そりゃそうだよな…時代がばらばらなら、文字だって変わっててもおかしくない)
股右衛門が頭を抱えていると、仕事を終えた使用人達が続々と休憩所に入ってくる。すると、畳の上に紙を広げて何を揉めているのだろうと、その輪に集まってくる。そうなれば、皆口々に自分が習ったのはこうだった、ここが違う、これはわかるがこれはこうだ、と話し出す。股右衛門も自分の使用している文字が適切なのか自信が無くなってきた。
「どうすりゃいいんだ…俺はナジュに早いとこ文字を教えなきゃならねえのに」
その嘆きを聞いていた使用人の一人が、股右衛門に助言をした。
「ならさ、股右衛門。あたしらがこのひらがなカタカナの分は決めといてやろうか?」
「お前らが?」
「そりゃいいな!皆の話聞いてると、漢字はそこまで変わりはねえようだし、お前は先に漢字を教えたらどうだ?」
「でも先にひらがなカタカナ覚えるのが先じゃねえか?」
「文字の数的には漢字の方が多いからね。それにひらがな、カタカナは読み方が基本的に一つしかない。覚えるのは漢字より簡単だ。漢字は使い方や読み方、意味が変わるからね」
「あ、あの…」
瓜絵が股右衛門に向かって手を挙げた。
「どうした瓜絵」
「その…漢字を先に教えるなら……会話の中に出てくる漢字を先に教えてもらうと、わかりやすかったです…。例えば、きょうはてんきがいい、という言葉なら、今日、天気、良い、と分けて……あ、文字の意味も覚えないとですね…今は現在の事、日は日付だったり太陽だったり…」
「う~ん…成程な。こうして考えると、覚える事は沢山あるわけだ…」
「なら、俺漢字得意だから、意味と使い方書いた紙束作ってやろうか?」
「私も得意です。難易度の低い漢字や常用する漢字を先に教えましょう。それこそ一、二、三等の数字から」
「おっ、頼めるか?」
「股右衛門は先に教えてなよ、後で持ってってやるからさ!」
「ぼ、僕はひらがなを…字が丁寧だと褒められたことがあるので…」
使用人達は自分の得意不得意に従って、自然と分かれていく。股右衛門は彼らに後を頼み、自分はナジュの元へ行き、他の側人の手も借りて早速漢字の勉強を始めた。
「まず数字から…」
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