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屋敷編
学びを得る
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「いいか、ひらがなには50音あって…」
「ゑ!?俺の時と違う!」
「い、はこう書くの」
「ゐ、じゃないんすか?」
「す、は寸って書くでしょ!?」
「す、は寿だろ?」
屋敷の空き部屋の前を通りかかった本匠は、騒がしい使用人達の声に足を止めた。仕事の最中だと言うのに盛り上がり、がやがやと廊下にまで聞こえる声で何かを話しあっている。使用人頭として注意しない訳にはいかない。時折主様が屋敷を訪れる事もあるからだ。
「お前達、ここで何をしている?」
襖を開けると、使用人達が畳の上に紙を広げて、そこに文字を記しながら話し合ってた。一部言い争いの様なものも発生していたが、本匠の姿が見えると皆静まって佇まいを正した。本匠は畳の上にあった一枚を手に取って見る。記されていたのは、あ、い、う、え、お、というあ行のひらがなであった。他の紙も見ると、他のひらがなや漢字が文章の体をなさず、使用人達の好きに書かれているようである。
「お、恐れながら…御手付き様に教える文字を…」
使用人の瓜絵は、己が書いた50音表を本匠に見せる。気の弱そうな細い字であるが、一文字一文字丁寧に書こうとした事がわかる。
「文字…」
「御手付き様より字を教えて欲しいとの申し出を股右衛門が受けたのです。股右衛門は当初、簡単な事と思ったみたいなのですが、出来上がったひらがなの一覧を皆に確認した所、あれが違うこれが違うとなってしまって…」
「皆で思案している、という事か」
「はい。我々の間でも、生まれた年代に違いがありまして…どの字を採用すれば良いかと煮詰まっていた所でした」
「ひらがなを教えたら次はカタカナ、そして漢字で御座いますから、急がねばなりません!」
部屋の奥では、多用する漢字を選んで読み仮名と意味を書く班もいた。カタカナは割とすんなりと決まりそうな雰囲気で、一番の問題はひらがなである。一番紙が散乱している。本匠が不要な紙は纏めておくように言うと、ひらがな担当達はそそくさと床に散らばる紙を片付け始めた。
「股右衛門は?」
「漢字を教えています。御手付き様のお部屋です」
「…わかった。此方に夕餉を運ぶので、お前達は文字の選定に集中せよ。御手付きにお教えする文字が決まったならば、細心の注意を払い、丁寧に字を記すように。出来上がったら私も一度確認する。任せたぞ、皆の者」
使用人達は元気よく返事をして選定作業に戻る。本匠は主様の呼び出しがある為、その場を去った。
「主様…本匠で御座います」
中からは返事は無い。部屋の外に控える御蔭が、「入っても良いそうだ」と話し、自分は正座を崩さず座ったまま。本匠は失礼しますと言って中に入った。
「……」
主様は、半紙と筆を手にして座っていた。本匠が入り口の襖近くで深く礼をすると、こくりと頷いて近づく事を許した。
「本日は何用で御座いましょうか、主様」
「……」
主様は半紙にすらすらと天界文字で文章を書いて本匠に見せる。話し相手になって欲しい旨が書かれていた。
「私で宜しければ…」
「……」ー最近、屋敷の使用人達の様子はどうだ?
「ええ、変わりなく。ただ、本日は御手付き様よりご用命頂き、皆でその件について膝を突き合わせて考えております」
本匠の言葉に、主様は興味を持ったようだ。会合の夜以来ナジュとは会っていない。複雑な思いは抱えつつも、その様子は気になっている。本日も屋敷の事を聞きながら、途中でナジュの事について探りを入れるつもりであった。
「……」ー用命とは?
「字を教えて欲しいと…」
「……」ー……字?
「ええ、股右衛門が…」
本匠は主様に事の経緯を説明する。主様は少し驚いた様子で本匠の話を聞いていた。
「ゑ!?俺の時と違う!」
「い、はこう書くの」
「ゐ、じゃないんすか?」
「す、は寸って書くでしょ!?」
「す、は寿だろ?」
屋敷の空き部屋の前を通りかかった本匠は、騒がしい使用人達の声に足を止めた。仕事の最中だと言うのに盛り上がり、がやがやと廊下にまで聞こえる声で何かを話しあっている。使用人頭として注意しない訳にはいかない。時折主様が屋敷を訪れる事もあるからだ。
「お前達、ここで何をしている?」
襖を開けると、使用人達が畳の上に紙を広げて、そこに文字を記しながら話し合ってた。一部言い争いの様なものも発生していたが、本匠の姿が見えると皆静まって佇まいを正した。本匠は畳の上にあった一枚を手に取って見る。記されていたのは、あ、い、う、え、お、というあ行のひらがなであった。他の紙も見ると、他のひらがなや漢字が文章の体をなさず、使用人達の好きに書かれているようである。
「お、恐れながら…御手付き様に教える文字を…」
使用人の瓜絵は、己が書いた50音表を本匠に見せる。気の弱そうな細い字であるが、一文字一文字丁寧に書こうとした事がわかる。
「文字…」
「御手付き様より字を教えて欲しいとの申し出を股右衛門が受けたのです。股右衛門は当初、簡単な事と思ったみたいなのですが、出来上がったひらがなの一覧を皆に確認した所、あれが違うこれが違うとなってしまって…」
「皆で思案している、という事か」
「はい。我々の間でも、生まれた年代に違いがありまして…どの字を採用すれば良いかと煮詰まっていた所でした」
「ひらがなを教えたら次はカタカナ、そして漢字で御座いますから、急がねばなりません!」
部屋の奥では、多用する漢字を選んで読み仮名と意味を書く班もいた。カタカナは割とすんなりと決まりそうな雰囲気で、一番の問題はひらがなである。一番紙が散乱している。本匠が不要な紙は纏めておくように言うと、ひらがな担当達はそそくさと床に散らばる紙を片付け始めた。
「股右衛門は?」
「漢字を教えています。御手付き様のお部屋です」
「…わかった。此方に夕餉を運ぶので、お前達は文字の選定に集中せよ。御手付きにお教えする文字が決まったならば、細心の注意を払い、丁寧に字を記すように。出来上がったら私も一度確認する。任せたぞ、皆の者」
使用人達は元気よく返事をして選定作業に戻る。本匠は主様の呼び出しがある為、その場を去った。
「主様…本匠で御座います」
中からは返事は無い。部屋の外に控える御蔭が、「入っても良いそうだ」と話し、自分は正座を崩さず座ったまま。本匠は失礼しますと言って中に入った。
「……」
主様は、半紙と筆を手にして座っていた。本匠が入り口の襖近くで深く礼をすると、こくりと頷いて近づく事を許した。
「本日は何用で御座いましょうか、主様」
「……」
主様は半紙にすらすらと天界文字で文章を書いて本匠に見せる。話し相手になって欲しい旨が書かれていた。
「私で宜しければ…」
「……」ー最近、屋敷の使用人達の様子はどうだ?
「ええ、変わりなく。ただ、本日は御手付き様よりご用命頂き、皆でその件について膝を突き合わせて考えております」
本匠の言葉に、主様は興味を持ったようだ。会合の夜以来ナジュとは会っていない。複雑な思いは抱えつつも、その様子は気になっている。本日も屋敷の事を聞きながら、途中でナジュの事について探りを入れるつもりであった。
「……」ー用命とは?
「字を教えて欲しいと…」
「……」ー……字?
「ええ、股右衛門が…」
本匠は主様に事の経緯を説明する。主様は少し驚いた様子で本匠の話を聞いていた。
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