127柱目の人柱

ど三一

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屋敷編

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(主様があやつの学舎行きをすんなり了承するとは意外であった。これならば、時間と距離を置けば、じきにあやつへの執心も薄れていくだろう)

御蔭は学舎から届いた回答書を広げながら、主様の居所の外に控えている。1人になりたいと仰せであったので、主様付の使用人の稲葉にも暫くの間暇を出している。先程使用人達に差し入れの菓子を届けたと話したので、今頃使用人達の休憩所で菓子などを集りに行っているのであろう。白の廊下が静寂に包まれるのは珍しい。御蔭と稲葉2人きりになると、主様の目がないのを良いことにぺらぺらと喋りだし、冷ややかな対応をする御蔭にも動じず、専ら食べ物の話しであったり、盛りに盛った過去の武勇伝を延々と話す。他の者を用意すれば静かになるかと左舷と右舷を呼び寄せてみるも、かえって喧しくなり静かに花を愛ででいた主様も心配になって覗きに来る始末。御蔭は久しぶりの静寂に気分がいい。

(全く…主様付の使用人は本匠が適任だと言うのに、何故稲葉のようなのを…)
「御蔭様」

静寂を満喫している御蔭を呼ぶ、落ち着いた声が耳に届く。稲葉であったら廊下の端から大きな声で名を呼びながら飛び跳ねてくるので、稲葉ではない。

「水上か」
「御手付き様へ学舎について簡単なご説明をしてまいりました。天界に来てまだ日が浅い御手付き様ですから、後日またお話しする機会が設けられるかもしれません。ご用命の際はそちらを優先しても構いませんでしょうか?」
「許可する。御苦労だったな」
「いえ。……御蔭様、少々お話が」
「何だ」
「学舎の事で一応御蔭様のお耳にも入れておきたい話が」
「……懸念か?」

水上は頷いた。御蔭は襖の先に居る主様を気にした後、水上に稲葉が帰ってきた後で聞こうと言った。現在はこの場所から離れる事は出来ず、ここで話をすると余計な事柄を主様が知る事になるかもしれない。ナジュを御殿から追い出す絶好の時、計画は慎重に進めたい。水上が後程自室に窺う旨を話して去ると、御蔭は学舎からの回答書に目を落とした。

「推薦状は……要否検討中。座が競合した場合は必要……主様に認めて頂く事になるやもしれん。折を見てお話しするか」


ナジュの部屋では、股右衛門とナジュ、そして幾つかの菓子を両手に抱えた稲葉が寛いでいた。

「稲葉、お前そろそろ夕餉の時間だろ?戻った方がいいんじゃねえか?御蔭様に怒られちまうぞ?」
「はっはっは、御蔭様はあれで寛容なので御座いますよぉ!人畜生の出自の者は、大抵ウサギの愛らしい見た目を好みます!この稲葉とて例外ではありますまい?いつも二人きりの時は、じっと稲葉の話を聞いて下さいますよぉ」
「…意外だな、真っ先にたたっ切られそうだが」
「ふっふっふ…御手付き様も、その菓子をこの稲葉にお与えになっても良いのですよ?」
「どれだ?」

ナジュには黒塗りの箱に入った菓子が用意されている。今日は天界で評判の甘味処の素晴らしい菓子の詰め合わせだ。

「その福福万と書かれている菓子に御座います!評判はこの稲葉も知る所、是非食べてみとう御座いますれば!」
「おいおい、これはナジュの菓子なんだから我慢…」
「……これか?」

ナジュは文字が掛かれた饅頭を稲葉に見せた。

「それは酒酒酒まんじゅうで御座いますよ!御手付き様ったら意地悪で御座いますね~」

稲葉がこれだと手を伸ばそうとすると、股右衛門がその手を途中で留めた。

「こら稲葉、勝手にとっちゃだめだぞ」
「股右衛門先輩がこう言ってますので、ささ稲葉に菓子を!」

ふわふわとして手をナジュに向ける稲葉。ナジュはその手に菓子を乗せた。

「またまた意地悪で御座いますね!?これも美味ですが、そろそろ本命を!」
「……」

ナジュは饅頭の包みに書かれた文字を見て考えている。ナジュは意地悪な者では無い、それを知っている股右御門は先程から中々福福万をやらないその様子を不思議に思った。そしてある可能性に思い当たった。

「もしかして…字が読めないのか?」
「……」
「漢字の勉強は面倒ですからね!御手付き様のお気持ち、この稲葉はわかりますよ!さて、福福万は頂戴して…そろそろ御殿に帰ります!また集りに来ますね~!」

稲葉が懐に菓子を入れて部屋から出て行くと、股右衛門とナジュだけとなった。そしてナジュが静かに返答を口にした。

「ああ、わからない…」

ナジュは唖然としている股右衛門の横で、菓子の袋に書いてある文字をそっとなぞった。
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