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御殿編
愚かなナジュ
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御殿へと繋がる渡り廊下を主様が歩いている。使用人達は皆平伏し、見張りの右舷、左舷もその後ろ姿が見えなくなるまで頭を下げたまま。主様の機嫌が芳しくないのを、先導する稲葉の緊張度合で察したからだ。
「あ、主様のお通りにございまするー!鯵様のおと、主様のお通りにー…」
この御殿に於いて、天界に於いて、神様の機嫌を損ねるという事は、死活問題である。ただ一人の反目で、その一族郎党を滅ぼした気性の激しい神様も居る。使用人の間では、御手付き様が主様の機嫌を損ねたと噂が立ち、ナジュに着く側人は、股右衛門に自分達まで被害が及ぶのではないかと不安を吐露し、恐々としていた。ナジュは主様に答えを告げ、主様は声には出せずとも、ナジュを揺さぶり御蔭に言葉を伝えさせ、説得しようとしていた。しかし、ナジュは「もう決めた事だ。叶わないなら、屍に戻してくれ」と言って聞かない。
「主様、もう一晩猶予を与えてはいかがでしょうか?明日は座す神様方の会合の日。それから正式な答えを問いましょう」
御蔭の進言によって、その場は御開きとなり、去り際御蔭は股右衛門に明日の予定を伝えて行った。
「主様は、会合の共として御手付き様をお連れしたいと話されていた。準備をしておくように」
「とすると…花達の宴会に?」
「ああ…この天界で長く暮らしていくならば、友人も必要であろうという御慈悲だ。お前には主様の御手付き様として恥ずかしくない着物を見繕って貰いたい」
「また急なことで……股右衛門、畏まりましてございます」
「香はこちらで用意する。明日の朝迎えに来るので、御手付き様の準備を整えておく様に」
御蔭は一度ナジュを見下ろし、フッと笑みを浮かべた後、部屋を出て行った。ナジュと残された股右衛門は事情をなんとなく察し、複雑な心地で話す言葉に悩む。
(恨み辛みを晴らすために神に……気持ちはわからんでもないが、まあ同じ人間相手、敵わぬものに楯突くのとは違うか。普通の人間ならば恨み晴らせる相手だ。力を得られれば、俺とて…)
股右衛門は自分の過去と重ね合わせて、少しだけナジュに同情した。恨みは晴らしたいが、それでも淫祀になろうなどとは思えなかった。
「…御蔭様との会話が聞こえたと思うが、明日主様の会合にお供する事になったみたいだ」
「……」
「気が乗らねえかもしれねえが、主様の気持ちも汲んでやれ。あれだけお前の事を心配して、引き留めて、多大な寵愛を受けている証拠だ。屍なんぞに戻らず、淫祀にもならず、このまま気楽に御手付き様をやってた方が幸せなのは、お前だってわかるだろう」
「……わかってるさ。でも俺は」
「兎に角明日の会合が終わるまでに、もう一度考えなおしてみろ。煌びやかな着物を纏って、美味しい飯にありついて、ぐっすり眠りゃ考えも変わるかもしれねえし」
股右衛門は着物をこさえる為の反物を持って来ると言って、部屋から出て行った。生まれてこの方、貧しい暮らししか知らなかったナジュは、股右衛門の言葉は身に染みてわかっていた。
「あ、主様のお通りにございまするー!鯵様のおと、主様のお通りにー…」
この御殿に於いて、天界に於いて、神様の機嫌を損ねるという事は、死活問題である。ただ一人の反目で、その一族郎党を滅ぼした気性の激しい神様も居る。使用人の間では、御手付き様が主様の機嫌を損ねたと噂が立ち、ナジュに着く側人は、股右衛門に自分達まで被害が及ぶのではないかと不安を吐露し、恐々としていた。ナジュは主様に答えを告げ、主様は声には出せずとも、ナジュを揺さぶり御蔭に言葉を伝えさせ、説得しようとしていた。しかし、ナジュは「もう決めた事だ。叶わないなら、屍に戻してくれ」と言って聞かない。
「主様、もう一晩猶予を与えてはいかがでしょうか?明日は座す神様方の会合の日。それから正式な答えを問いましょう」
御蔭の進言によって、その場は御開きとなり、去り際御蔭は股右衛門に明日の予定を伝えて行った。
「主様は、会合の共として御手付き様をお連れしたいと話されていた。準備をしておくように」
「とすると…花達の宴会に?」
「ああ…この天界で長く暮らしていくならば、友人も必要であろうという御慈悲だ。お前には主様の御手付き様として恥ずかしくない着物を見繕って貰いたい」
「また急なことで……股右衛門、畏まりましてございます」
「香はこちらで用意する。明日の朝迎えに来るので、御手付き様の準備を整えておく様に」
御蔭は一度ナジュを見下ろし、フッと笑みを浮かべた後、部屋を出て行った。ナジュと残された股右衛門は事情をなんとなく察し、複雑な心地で話す言葉に悩む。
(恨み辛みを晴らすために神に……気持ちはわからんでもないが、まあ同じ人間相手、敵わぬものに楯突くのとは違うか。普通の人間ならば恨み晴らせる相手だ。力を得られれば、俺とて…)
股右衛門は自分の過去と重ね合わせて、少しだけナジュに同情した。恨みは晴らしたいが、それでも淫祀になろうなどとは思えなかった。
「…御蔭様との会話が聞こえたと思うが、明日主様の会合にお供する事になったみたいだ」
「……」
「気が乗らねえかもしれねえが、主様の気持ちも汲んでやれ。あれだけお前の事を心配して、引き留めて、多大な寵愛を受けている証拠だ。屍なんぞに戻らず、淫祀にもならず、このまま気楽に御手付き様をやってた方が幸せなのは、お前だってわかるだろう」
「……わかってるさ。でも俺は」
「兎に角明日の会合が終わるまでに、もう一度考えなおしてみろ。煌びやかな着物を纏って、美味しい飯にありついて、ぐっすり眠りゃ考えも変わるかもしれねえし」
股右衛門は着物をこさえる為の反物を持って来ると言って、部屋から出て行った。生まれてこの方、貧しい暮らししか知らなかったナジュは、股右衛門の言葉は身に染みてわかっていた。
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