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御殿編
脅威
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ナジュは人気のない御殿の廊下を歩いてゆく。主様の居所は1番奥にあるが、こんな広い屋敷に入った事のないナジュは一部屋一部屋中を確認し、主様が居ないか探している。
「迷路かよ……何処も同じような部屋だし、道案内みたいなのは…」
ナジュは勘に頼って主様の屋敷を進む。反対側の通路では、主様がナジュに宛てた枝付きの文を、蒔絵の盆に乗せた使用人が渡り廊下に向かって走っていた。
「急がねば急がねば!後朝の文は速さが命!一刻も早く御手付き様にお届けせねば、稲葉の尻尾が危うきなれば!」
使用人の稲葉は、まん丸の白尾を揺らしながら渡り廊下へ続く道を最短で進む。ナジュとは出会わなかった。
「?……足音がするが、何処だ」
道を聞こうと思ったナジュであったが、稲葉はとうに御殿の入り口に辿り着き、ナジュが音のした場所についた頃には姿はない。ただ、白いふわふわの毛を廊下に落としていた。ナジュは足音の主を探していると、裸足に何かがくっついたのを感じて、足の裏を見た。
「何だ…?猫の毛か…?」
不思議そうに毛を摘んで見ながら歩いていると、また足裏に毛を踏んだ感触があった。ナジュは足裏と廊下を見比べる。
「この白い毛…屋敷の奥に続いてるな」
廊下には稲葉が落としていった毛が、ずっと続いている。稲葉は急かされると尻尾を振り回してしまう癖があり、主様に筆談で急ぎで届けて欲しいと言われては、全力で走らぬ訳にいかない。少しでも早く、遅れたら主様の機嫌を損ね、獰猛な龍の牙で自慢の尻尾に齧りつかれてしまう!と、天界一と評される逃げ足で廊下を跳ねるように走った。
これを辿っていけば誰かには会えるかもしれないと、ナジュは歩き出した。
一方その頃、ナジュに上手いこと逃げられてしまった左舷は、密かに連絡用の呪いの掛けられた紙の鳥を使って、御殿にナジュが入った事を報告した。
主様の部屋のすぐ側で控えていた御蔭は、その報告を受けて複数の好色な部下に鳥を飛ばした。皆、左舷と同じく御蔭に忠誠を誓う者である。左舷の報告には、申し訳ないと謝罪する言葉が何度もあった。御蔭は気にするな、引き続き見張りを続行せよと返事を飛ばした。
「あの者を、左舷の手管で堕とす計画は失敗か…いや、主様のお屋敷にいる限りは機会は幾らでもある…。早々に御手付き様を辞さねばどうなるか…思い知らせて…」
御蔭はブツブツと独り言を話し計画を練る。
「御蔭様」
手のものの一人が、廊下に膝をついて御蔭を呼ぶ。
「何だ」
「先程主様が、稲葉に何やら運ばせた様でございます。行き先は聞いておりませぬが、盆の上には文のようなものと、梅の枝でございました」
主様がそんなものを送る相手は1人しかいない。御蔭は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、捨ておけと命令した。
「よろしいので?」
「天界の文字が読める人間は早々いまい。まして天に登ったばかり、あやつの周りに側近として置いたのは、下界文字しか読めぬ者たちだ」
「しかし、股右衛門は…」
「奴も嘗ては主様と同じ神であったが、罰されて天界から一度落とされ、神格を剥奪され再び昇天が許された。そうなった者は天界文字を認識する事は出来ない」
「!……そんな決まりが」
御蔭は部下をチラと見て、自嘲する笑みを浮かべる。
「そんな決まりは明文化されていない。ただ股右衛門が逆らった相手が強大で、奴の処遇を意のままに出来る力があっただけだ。それを知らずに刃向かった。そして神格を奪われ、野谷の子猿にその霊を閉じ込められた。猿として死んだ時、あの蓮の池に浮かんだのを私が使用人にと進言し主様に指差された」
「奴は己が元神だと宴の席で申しておりましたが…そのような経緯とは」
「…気を付ける事だ。我が主様とて、天界の頂に立ってはいない。恐ろしきはさらに上に…」
御蔭はそう言って天を睨んだ。
「迷路かよ……何処も同じような部屋だし、道案内みたいなのは…」
ナジュは勘に頼って主様の屋敷を進む。反対側の通路では、主様がナジュに宛てた枝付きの文を、蒔絵の盆に乗せた使用人が渡り廊下に向かって走っていた。
「急がねば急がねば!後朝の文は速さが命!一刻も早く御手付き様にお届けせねば、稲葉の尻尾が危うきなれば!」
使用人の稲葉は、まん丸の白尾を揺らしながら渡り廊下へ続く道を最短で進む。ナジュとは出会わなかった。
「?……足音がするが、何処だ」
道を聞こうと思ったナジュであったが、稲葉はとうに御殿の入り口に辿り着き、ナジュが音のした場所についた頃には姿はない。ただ、白いふわふわの毛を廊下に落としていた。ナジュは足音の主を探していると、裸足に何かがくっついたのを感じて、足の裏を見た。
「何だ…?猫の毛か…?」
不思議そうに毛を摘んで見ながら歩いていると、また足裏に毛を踏んだ感触があった。ナジュは足裏と廊下を見比べる。
「この白い毛…屋敷の奥に続いてるな」
廊下には稲葉が落としていった毛が、ずっと続いている。稲葉は急かされると尻尾を振り回してしまう癖があり、主様に筆談で急ぎで届けて欲しいと言われては、全力で走らぬ訳にいかない。少しでも早く、遅れたら主様の機嫌を損ね、獰猛な龍の牙で自慢の尻尾に齧りつかれてしまう!と、天界一と評される逃げ足で廊下を跳ねるように走った。
これを辿っていけば誰かには会えるかもしれないと、ナジュは歩き出した。
一方その頃、ナジュに上手いこと逃げられてしまった左舷は、密かに連絡用の呪いの掛けられた紙の鳥を使って、御殿にナジュが入った事を報告した。
主様の部屋のすぐ側で控えていた御蔭は、その報告を受けて複数の好色な部下に鳥を飛ばした。皆、左舷と同じく御蔭に忠誠を誓う者である。左舷の報告には、申し訳ないと謝罪する言葉が何度もあった。御蔭は気にするな、引き続き見張りを続行せよと返事を飛ばした。
「あの者を、左舷の手管で堕とす計画は失敗か…いや、主様のお屋敷にいる限りは機会は幾らでもある…。早々に御手付き様を辞さねばどうなるか…思い知らせて…」
御蔭はブツブツと独り言を話し計画を練る。
「御蔭様」
手のものの一人が、廊下に膝をついて御蔭を呼ぶ。
「何だ」
「先程主様が、稲葉に何やら運ばせた様でございます。行き先は聞いておりませぬが、盆の上には文のようなものと、梅の枝でございました」
主様がそんなものを送る相手は1人しかいない。御蔭は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、捨ておけと命令した。
「よろしいので?」
「天界の文字が読める人間は早々いまい。まして天に登ったばかり、あやつの周りに側近として置いたのは、下界文字しか読めぬ者たちだ」
「しかし、股右衛門は…」
「奴も嘗ては主様と同じ神であったが、罰されて天界から一度落とされ、神格を剥奪され再び昇天が許された。そうなった者は天界文字を認識する事は出来ない」
「!……そんな決まりが」
御蔭は部下をチラと見て、自嘲する笑みを浮かべる。
「そんな決まりは明文化されていない。ただ股右衛門が逆らった相手が強大で、奴の処遇を意のままに出来る力があっただけだ。それを知らずに刃向かった。そして神格を奪われ、野谷の子猿にその霊を閉じ込められた。猿として死んだ時、あの蓮の池に浮かんだのを私が使用人にと進言し主様に指差された」
「奴は己が元神だと宴の席で申しておりましたが…そのような経緯とは」
「…気を付ける事だ。我が主様とて、天界の頂に立ってはいない。恐ろしきはさらに上に…」
御蔭はそう言って天を睨んだ。
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