ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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05話 吉田 球恵

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 私は吉田球恵。

 高校球児だったお父さんが考えた名前だってお母さんに聞いた。
 お母さんも私がお腹にいるときからタマちゃんって呼んでたから賛成したんだって言ってた。
 皆が気軽に「タマ」とか「タマちゃん」と呼んでくれるいい名前だって思う。

 私は昔から結構太っていた。クラスの男子にはデブとか言われてたけど、本当だから仕方がないって思ってた。翔くんには言われたことは1回もないけど。
 その頃から翔くんは優しかった。
 太ってる私に普通に接してくれて、掃除のとき机を運ぶときだって私が女の子だからって手伝ってくれたり、プリントを配るのを手伝ってくれたり。
 翔くんの家はスイーツが自慢のカフェを経営していたので、新作のスイーツをたびたび家に届けてくれたりしてた。
 それは、多分、翔くんが優しいって言うのもだけど、翔くんのお父さんと私のお父さんが親友だからっていうのもあるんだけど。

 クラスの男子に苛められていたのをホントは気が弱いのに無理してかばってくれて。
 その後、翔くんから空手の試合を見に行った。俺も喧嘩は強くないけど絶対勝つから、お前も強くならなきゃって。結局、翔くんは決勝戦で負けて泣いてたけど、私は翔くんと同じ道場に通うことにした。【松山河野流兵法】って剣道や薙刀とか色んな武術を教えてくれる。
 私が強くなれたかは分からないけれど翔くんがいたから厳しい稽古も頑張って続けられている。

 それから、小学5年生になってすぐに悲しいことがあった。お母さんが病気で亡くなったんだ。癌が進行していて見つかった時には手遅れだった。

  お葬式が終わって何日たっても学校に行く元気がなくってしばらく学校を休んだ。

 料理が上手で優しかったお母さん。
 料理のできないお父さんが忙しい合間に料理を作ってくれたり美味しいって言われるレストランに連れて行ってくれたりしたけど、ダメだった。食事をするたびにお母さんを思い出して辛かった。食事があまり食べられなくなって太っていた私はみるみる痩せた。

 翔くんは毎日、ノートやプリントを届けてくれていた。けど、翔くんの顔は見なかった。見れなかった。翔くんのお母さんは生きているから。毎日、朝起こしてくれて、おしゃべり出来て、叱ってくれる。ご飯を作ってくれる。
 そんな翔くんに普通に会える勇気がなかったんだ。
 
 お父さんは私を心配してしょっちゅう会社を休んでいる。お父さんもお母さんがいなくなって悲しいはずなのに。私が学校へ行って少しでもお父さんを安心させようと無理して学校へ行くことにした。

 朝の教室で翔くんが私にいった。
『お母さんの事は悲しいけど、早く忘れて元気出してよ』
 その瞬間、私は……

 私はものすごくひどいことを翔くんに言った。自分のお母さんは元気なのに? 忘れられる訳がないじゃない!
 その後は声にならない鳴き声を上げながら翔くんの胸を叩き続けた。その時、私はどんな言葉を翔くんにぶつけたか覚えていない。

 座り込んで泣く私に触れる事もせずに周りをグルグルまわる翔くんは泣いていた。
 翔くんは本当に私を心配してくれていたことは分かってる。
 ただ、私は羨ましかっただけ。悪いのは私。
 その日は授業を受ける事無く先生に家に連れて帰ってもらった。

 クラスの意地悪だった男子たちもそのころの私がよほど可哀想だったのだろう、話しかけてくれたりいろいろ助けてくれていたんだけど、翔くんは優しいけどなにかそっけなくなって目を合わせて話してくれなくなった。叩いたことは一生懸命謝って、許してくれたんだけど。
 それでも、学校を休むと翔くんはプリントやノートを届けてくれて、学校であった面白い話をしてくれた。
 お菓子を美羽ちゃんと届けてくれた日に真っ赤な顔をした翔君が緊張した感じで私にいった。
そんなに痩せて元気がないと心配だって。たぶん痩せた私を見ていられなかったんだと思う。
 その日、お父さんと翔くん達とみんなで食べたケーキ。みんなで食べるとお母さんのことをちょっとしか思い出さなくて気づいたら全部、食べることが出来た。

 それからは無理してでも、きちんと自分で食事を作って食べるようにした。
 亡くなる前のお母さんが家族を心配して私に色んな料理を教えてくれていたから。
 その味はお母さんを思い出して辛かったけれどお父さんは美味しいってたくさん食べてくれた。

 1年が過ぎて元の体重位に戻った時には翔くんは普通に接してくれるようになった。

 その頃の翔君の家は2店舗ほど新しいお店をオープンして忙しい両親があまり帰ってこなくなっていて、翔君の両親がいないときは私が食事を作ってあげることになった。2人分作るのも4人分作るのも同じだし、翔くんたちが食器の片付けもしてくれるからちょっとは家事の負担も減るし。

 翔くんは私の料理を自分のお母さんの料理より美味しいなんてお世辞を言いながらたくさん食べてくれる。
私もうれしくなって毎日、いろんな料理を練習してレパートリーを増やしていった。
体重はさらに重くなったけど、心はずいぶん軽くなった。

 そうそう、翔くんは気づいてないけどホントは結構、女子に人気があります。
 背が高くって、クラスで一番のイケメンってほどでもないけど5番目位にランキングされている感じかな?
 武道をやっているから少し目つきが怖いけど。
 スポーツも勉強も出来て、それで皆に優しい。だけどクラスの女子と話すときは目も合わさずに愛想がないから翔くんを狙う女の子が諦めちゃうみたい。それと、いつも私がそばにいるから、女子の間では翔くんは太った女子が好みという噂まで流れている。ゴメンね。



 この頃、私はとっくに翔君を好きになってた。

 普段はちょっと顔が怖くって近づきにくい雰囲気だけど、ご飯を食べる翔君の顔はかわいい。
 道場で剣術の稽古をする横顔は見蕩れるくらいカッコいい。
 タマって呼んでくれる声は心地よくって胸がどきどきする。
 翔君は小学校から変わらず優しい。勉強や武術を教えてくれる。家はすぐ近くなのになにか理由をつけて送ってくれる。
 今日も、重い買い物かごをレジから袋詰めするテーブルまで運んでくれた。


 思い切って去年のバレンタインに告白した。


 ずっと好きでした。彼女にしてくださいって。
 びっくりしたような顔でしばらく固まっていた翔君は私の事は好きだけど、家族みたいな感じで彼女だとか考えられないって。

 たぶん、私を傷付けない断り方だ。

 太ってるから? 痩せたら付き合ってくれる?って聞いたら、悲しそうな顔をしていった。
 しばらく、黙っていた翔くんは言った。
 ダイエットはした方がいい、綺麗になった私とは緊張して会話もできなくなるって。
 すぐに、イケメンの男子に告白されて、会話のない俺は振られるって。

 翔くんの優しい嘘に悲しいけどますます好きになってしまった。

 変わらず接してくれる翔くんに甘えて何度も思いを告げてしまう。
 返事はいつも同じか冗談にされてしまうけれど。

 だけど、昨日ようやく進展がありました。

  私か翔くんに大学卒業まで恋人が出来なかったら、もうずっとこのまま一緒にいようって。
それって、プロポーズだよね? 私をお嫁さんにしてくれるってことだよね?
 私の方は翔くん以外考えられないから、翔くんに彼女が出来なければ、5年後には彼女をすっ飛ばしてお嫁さんです。2階級特進です。

 言質はしっかりとりました。
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