ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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06話 凛

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 バイトを始めて1か月。
 レジに並ぶお客さんは『30分前の忙しさはなんだったんだ』って言いたい位に減ってレジを待つ列はようやく途切れた。
 夜、7時を少し過ぎて普通の家庭では家族で食卓を囲んでいる時間だ。
 次のお客さんがレジに並ぶ前にレジ袋を手早く準備しておく。

「あの~、すいませ~ん」
 突然、背後から女性の声。
 やべぇ、準備に気をとられてお客さんに気がつかなかった。

「いっ、いらっしゃいませ! ……って、なんだ、タマかぁ」
 大量の食材が乗ったショッピングカートを押す、幼馴染みが大きな身体の前で小さく手を振っている。
「ふふっ、そんなにビックリした? 」
「まあな」
 カートからレジ台に買い物かごをのせて、商品を精算していく。いつもより今日は静かだな? ちらっと見ると、ニコニコ笑うタマと目があった。
 
「アルバイト、だいぶ慣れたみたいだね。もうすぐ1ヶ月だっけ?」
「やっと、バイト代もらえる。いや~、金稼ぐのって大変だぞ」
「翔くんの制服エプロン姿、すっごく似合ってる、後で写真撮らせて!」
 スマホをすでに用意している。やめてくれ、レジチーフに怒られる。
「今日は学校が遅くなってな、着替える暇がなかったなんだ。けど、なんで?」
 買い物かごの商品の登録を済ませて合計ボタンを押す。
「そっ、そんなの決まってるよ、すっ好きな人の事は記憶にも記録にも残しておきたいから……ダメ、かなぁ」
 真っ赤になった頬に零れた長い黒髪を耳に掛けながら俺を見上げてる。美少女がやれば『あざとい』ってシチュエーションだがタマはデフォで言ってるんだろう。今日、エプロン持って帰るから写真撮ってくれって伝える。

「タマ姉の読みどおりだったよ! お肉コーナーで待ってたら合挽きミンチが半額になって……あれ、どしたの? 顔真っ赤やん?」
 タマの後ろから俺の妹、美羽が現れる。
「なっなんでもないよ! しっ翔くん、ばっ晩御飯はハンバーグでいいかな?」
「マジか! タマァ~愛してるよ! タマのハンバーグは最強なのです~」
 ハンバーグと聞いて変な語尾になってしまう。
「へ? あいしてるぅ? きっ記録!? どっどっどっどうすれば、ボイスレコーダー? 」

「落ち着け、タマ」
いつもの冗談だ。

「ふっ、ふぇ~、が、頑張って美味しい晩御飯作って待ってるから、はっ早く帰ってきてね! それとさっきの告白の記録を……もう一度……」
 タマの頭からは、ぷしゅ~って湯気でもあがりそうだ。やばいくらい顔が赤い。
「タマ姉!、うちも愛してるぅ~」
 美羽がタマの背後から抱き付いている。はは、ゆるきゃらにじゃれる小学生の様だ。
 精算を終えて買い物かごをサッカー台まで運ぶ。
「いつも、ありがと!」
「ああ、気にすんな」
 買い物かごを運んだのはマニュアル通りに仕事しただけだ。

 道場からの帰りにそのまま買い物にきたのか。
タマは紺のロングスカートに白のブラウス。美羽はトレーニングウェアーに大きなリュックサックを背負っている。
 タマは艶のある黒髪を今日はポニーテールにしている。横顔から覗くうなじのセクシーさで男子の人気度は絶大な安定感があるが、タマの体型はそれ以上に安定感を増している。盤石と言ってもいい。

 美羽は、中学1年で165㎝の長身、少しウェーブのあるダークブラウンの髪をショートボブにしている。
少しつり目の大きな目。まあ、お兄ちゃん補正が入って外角低めいっぱいのストライク美少女だ。
お題が『右ストレートパンチ』で2時間は会話が弾む、なかなか一般人では手が出しにくいキレのあるスライダーJCだ。

「おにぃ、アルバイトって言っても、もう少し愛想よくしたほうがいいんやないかなぁ? バカでっかい男子が真顔でレジに立ってたらお客が逃げるよ!」

「うっ、それはさっきレジチーフに注意されたから、気を付けてたんだが、やっぱりそう見えるか?」
「おにぃ、鏡みたことあるん? あれは暗殺者の眼やけん」
「美羽ちゃん、いいんだよ。翔君かっこいいから、笑顔で立ってたりなんかしたら、女子はみんな誤解して,レジに行列になったりなんかして、手紙や連絡先をどんどんもらって、美少女の生徒会長とか学園一美少女に告白されて一緒に登校したりなんかしたら私ジェラシーで死んじゃうよ! サムライさんのこともあるし」
 タマ、お前はほんとにいいやつだな。そのソースが気になるところではあるが。

「大丈夫! そんなことは未来永劫ないって! おにぃ! うち、おなかへって死にそうだから遅くなったらコロすよ~!」
 雨が降り出したからと言ってカウンターに傘を渡してくれるタマ。俺ににっこり笑って買い物袋を両手に抱えて美羽と店から出ていく。

「村上! さっきの二人組、どっちが彼女だ?」
 俺の後ろのレジに入ってる大学生が小声で話しかけてくる。高橋さんというちょっとちゃらい感じのイケメンだ。どうやら隣のレジもお客さんが来ないらしい。降り出した雨のせいか店内はがらがらだ。

「はい? いえ、どっちも彼女じゃないっす。友達と妹ですよ」
「後ろにいた子を紹介してくれ!」
「あの、妹は中1で……、ちょっと前までランドセルしょってたっすけど? ロリっすか?」
 もし、妹に手を出したら両手両足をへし折ってやる。実行するのは妹だが。美羽ちゃん、マジ堕天使。
「ちげ~よっ! 誰がロリだ! けどスゲーなあれで中一かよ」
 命は大事にしてください先輩。

「前に並んでいた方が、吉田 球恵。高校2年。JKですけどどうっすか? 彼氏はいないし、スゲー料理が上手くって尽くすタイプだと思うっすけど? 」
 タマの料理は最高だ。正直、おふくろの飯より美味い。たまに作ってくれるお菓子なんかはもう美味すぎて無口になってしまうレベルだ。

「あぁ? あ~、あんまり俺の好みじゃないかな?」
 あきれたような顔。ホントにいい子なんだけど? しかも、あの着ぐるみの中には超絶美少女が入っているのに……背中のチャックがどこかへ行方不明だがな。

「そうっすか?」

「それより、今日くるのか? お前の言ってた女の子って!」
「そうなんすよ。俺のバイトの日は必ず買い物に来るんですけど……」
 レジチーフ(28歳 女 独身らしい)がサービスカウンターから放つ氷のような視線に気づきあわてて姿勢を元に戻す。あれが暗殺者の眼なのか?

 週3回のシフトでバイトをしている俺のバイトが終わる直前に来るサムライさん。なぜか俺のレジに毎回並ぶ。
 まあ、来るからどうだって話。話しかける話題も度胸もない。

 ぼんやり、数分おきにレジにくるお客さんをこなしていく。気が付くとバイト終了の5分前になっていた。
閉店までのアルバイトと交代するためレジ周りの割りばしやら袋やらを補充していると、うわさのサムライさんがレジのカウンターに買い物かごを載せた。

「いっいらっしゃいませ」
 やべぇ、なんか緊張する。かごの中身は一人暮らしなのか少量の野菜と半額の肉、ミネラルウォーターのペットボトルなどが入っている。
 今日は彼女はアディダスのジャージの上下に大きめの黒いパーカーという格好で現れた。今日はキャップではなく、ナイキの黒いヘアバンドでライトブラウンのミディアムロングの髪をまとめている。
 うぉっ、おでこから鼻筋のラインが綺麗なんて思った事、今まであっただろうか?

 買い上げ金額を伝えるとピンクの長財布から1000円札を2枚俺に手渡してくる。ふわりとサムライの香り。
 俺の心拍数は120位に上がっていると思われる。
「当店のポイントカードはお持ちですか? 今ならすぐお作りできますけど……」
 毎回、持ってないって言われるのは分かっているけど仕方がない。仕事だ。

「真面目なのはいいけど、もういいんじゃないかな? 村上君」
 喋る前に小さくため息が聞こえた。
「はい?」
 何で俺の名前を知ってるのかって名札付けてるか。

「今度から聞かなくてもいいよ。言わされてる感が分かって、いい気分じゃないし」
 俺の顔を見あげる端整な顔を見てハッとする。先週より少しやつれ、瞳の下にはうっすら影が見える。
「はい、すいません……」
 顔を見てまだ胸が痛くなる。
「チッ、謝らなくていいし敬語もいらない。私より年上みたいだし。高三?」
 舌打ちされた……?  大きな瞳から少し怒りの感情。

「あ~、高二っす。さすがにお客さんにため口はちょっと……」
「あんた面倒くさい。敬語いらないって。じゃああたしはりん。同学年。これで知り合いだから。」
 凛という女子の目力が強すぎて思わず視線を逸らしたくなる。
「わっわかった。俺は村上翔吾だ。」
「あっそう。じゃあ、そういうことで。今度からよろしく」
 何か、彼女を怒らせるような対応があったのか?
 高橋さんがまた小声で話しかけてくるが言葉は耳を素通りする。ぼんやりと一目惚れした後姿を見送った。
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