ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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29話 中学生女子の部

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 美羽の試合が始まる。凛とタマの間に立ってフロアの最前列で試合を見守っているが、何故か居心地が非常に悪い。

 美羽は青いヘッドギアにグローブを付けてフロアの中央で相手と対峙している。慣れないヘッドギアが気になるのかしきりに頭に手をやっている。

 審判の号令と同時に太鼓がなる。

 美羽には珍しく俺の指示を守ってグローブを相手選手と軽く合わせると、相手を中心に右に円を描くようにフットワークを始める。
 相手の女の子は美羽より10センチほど身長は低いがパワーのありそうな体格だ。前に前に出てローキックのタイミングを計っている。
 軽快なフットワークが床を叩く音。突然リズムが崩れ、サイドキックを放つ。
 相手は一瞬何が起こったのか分からなかっただろう。届くはずの無い蹴りが鳩尾に突き刺さったのだから。相手はよろめきながら後退。驚いたような表情が焦りに変わる。

 隣で腕組みをして試合を見ていた凛の身体がハッとするように揺れる。

「翔吾…… 今のサイドキック?」
「ああ、凄いだろ? テコンドーの技だって言ってたな。体重が乗るから意外と効くんだよな」
「テコンドー?」
「うちの道場に通っているヤツが最近ハマってるんだ」
 もちろん、格闘技中毒患者ジャンキー五百木咲耶いおきさくやのことだ。

「あの間合いでどうして蹴りが入るの?」
「次にやったら軸足を良く見てみろ」

 蹴りの瞬間、軸足を回転させる。その時に相手方向にジャンプするように床を蹴る。会場の外から見ていると床を滑っているように見える。蹴られた方はなぜ間合いの外から蹴って当たるのか分からずパニックになる。原理は簡単だが身体の柔軟性とバランスを取る体幹の力が無いと相手を吹っ飛ばすほどの威力は出ない。
数回、同じ蹴りを見せてからは同じモーションからの掛け蹴り回し蹴りを加えて相手を翻弄。

(左足しか使わないってことか?)

「美羽! あと1分だ!」
 俺の声が聞こえたのか、こちらを見てニヤリと笑う美羽が河野流体術の構えを取る。
 相手もこのままでは終われない。一気に間合いを詰めて乱打戦にとなった。
 
 パンチとローキックの応酬。お互いに覆いかぶさるように激しいボディーブローのやり取り。不意に美羽が半歩間合いを広げしがみつくように左右のショートフックをミドルに叩き込むように見えた。
 相手は弾かれたように後ろにバランスを崩す。美羽の足首をひっかけるようなローキック。軸足を払われた相手は両足をほうり上げられたように宙に浮く。受身を取ろうと両手を広げた相手に槍のような正拳突きが吸い込まれる。
床に叩き付けられた相手との間に審判が飛び込んで試合終了を告げる。
(一本勝ちだ!)

審判に手を上げてもらいながらドヤ顔でこっちを見ている。
「美羽ちゃん凄い!」
俺の隣でぴょんぴょん跳ねながら喜んでいるタマの丸っこい肩を抱き『よっしゃあああぁぁぁ!』と叫んでいた。
試合を終えた美羽が俺の胸に飛び込んでくる。
「おにぃ! 見た?見た?」
「おう、完璧だ。最後の【霞扇】、あんなの見せられたら妹じゃなかったら惚れてたぞ?」
「ホント!?」
 両サイドの2人からドス黒いオーラが感じられるが今は無視!
 美羽は褒めて褒めてオーラ全開だ。尻尾があったら千切れるくらいブンブン唸りをあげて振ってるだろう。
いつもの3倍増しで頭をぐしゃぐしゃにしてタンポポの綿毛みたいな頭にしてやる。

「ちょっと、翔吾。美羽から離れなさい」
 凛が俺と美羽の間に体をねじ込んでくる。なんでそんなにお怒りなんですか?

「【霞扇】? どういう技なの?」
 必死に俺にじゃれつこうとする美羽を片手で押し返しながら凛が聞く。

「試合の最後に相手が後ろにバランスを崩してよろめいただろ? あの技だ。本来は剣術で使う技なんだが」
 河野流兵法剣術【霞扇】 鍔迫り合いになった時に相手のバランスを崩し胴か脛を狙う。けど、この技は言葉で説明しても分かりにくいんだよな。

 隣でにこにこしているタマを正面に立ってもらって構えを取ってもらう。

「この状態で相手を手前に引いてバランスを崩したくてもなかなか難しいだろ?」
肩に手を置いてグイッと引っ張る。
(おいっ!)
タマは頬を染めて胸に飛び込んでくる。凛の剛刀のようなローキックが俺に叩き込まれる。

「いてぇ…お…い… タマ、説明になんないだろ? 凛をあおるのはやめてくれ」 
「うん、分かったよ。ご馳走様でした!」
何が分かったんだよ!? 俺が凛に暴行を受けることか? ご馳走様っていうのはいちゃついているカップルを見て言う言葉じゃないのか?

「凛、タマと変わってくれ」
 試合前で緊張してポンコツになってるタマ。手本にならない。
「最初からそう言えばいいのよ」
頬を膨らませて俺にしがみつくタマを引き離して凛の前に立つ。

「条件反射っていうか咄嗟にでる動きを利用するんだ」
 今度は凛の肩を強めに押す。突然、突き飛ばされた凛は反射的に体重を前に傾けてその力に逆らおうとするタイミングで凛の肩を引くと、ぽすって感じで俺の腕の中に納まる。
「あっ……」
「こういう理屈だ。なかなか使いどころは難しい。美羽はこういう呼吸を読むような技は天才的に…うまい、こら離れろ! 凛!」」
 おいおい、腰に腕を回してくるな! 説明に集中してしまって油断した。

「いろんなことに使えそうな技術ね……気に入ったわ」
 口調はクールだが、凛は俺の胸に頬ずりしている。

「こら、凛! おにぃからはなれろ~!」
「なに? 美羽は私の妹になるんだからお姉さんって呼んでくれていいのよ?」
「それは、まだ決まってないよ!」
 回りの選手たちの視線が痛い。

その後、順調に美羽は勝ち進み、試合が終わるたびに凛へ技の解説。その度になぜか凛の逆鱗に触れて殴られる。
俺が凛にノックアウトされる前に美羽が優勝したのは奇跡だと思う。
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