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23話 俺のポジション
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初デートの翌日から凛は少し表情が明るくなった気がする。食事もしっかり食べられるようになっていると言っていた。顔色も良くなってきた。
メニューのどこかにトマトが隠されているのは相変わらずだ。見舞いについて行く前に交わした約束は何処に行ったんだ? トマト料理のレパートリーではタマを越えたのではないかと思っている。
極薄にスライスして隠蔽したり、パプリカのような他の食材に擬態させたりと日ごとにレベルアップしていく料理スキルに毎日気が休まることが無い。ここ1週間で一生分のトマトを喰わされた気分だ。
アルバイトが無い日は東雲ジムで練習する。放課後は凛と近所のコンビニで待ち合わせをするのだが、クラスの友人から、爆発しろ爆発しろと俺の顔を見るたびに…… そんないいものじゃねぇよ!と思っていたんだが。
数回のジムでの練習を凛とこなして俺の中の凛のイメージは変わっていった。尊敬すらしている。
少しでも強くなりたい、時間を無駄にしたくない、必死に練習する気迫が伝わってくる。整った顔を苦しさで歪めて、悲鳴のような苦しげな声を出しても。
練習が終わるといつもの凛に戻るが以前のような尖った部分が少なくなってきた気もする。まぁ、慣れただけなんだろって言われたらそうかもしれないのだが。
凛は毎晩俺に電話をかけてくる。練習の話、学校での話、退院した親父さんの様子。そして最後に俺が好きだって必ず言う。
最近は隣にいて楽しい。居心地がいいと言ってもいい。なんだか必要とされていると感じて嬉しくもある。
しかし、凛は本当に俺のことが好きなんだろうか? 脅迫のような手段で交際が始まったが恋愛感情があってこんな強引な手段を選べるものなんだろうか?
凛はモテると言っていた。小説なんかでは告白されまくるので男避けに彼氏のふりをしてほしいってコワモテな男にニセ彼氏になってもらうっていうのがある。
(俺のポジションはそんな感じだろうか?)
同時にタマの事も考える。相変わらず週に何日か夕食を作りに来てくれている。相変わらず旨い夕飯を作ってくれて、美羽や俺の話をニコニコ聞きながら食事をしている。
けれど……、口には出せないが少し痩せていた。食事もちゃんと食べているみたいで昔のような青白い顔はしていない。髪も5センチ位短くなってオシャレな感じになっている。俺が言ったダイエットを始めたのか、練習のせいなのか……。
もうすぐ周りの男どもが言い寄ってくると思うと胸がちりっと痛んで自分の気持ちが分からなくなるが、凛と付き合っている俺が何も言うことは出来ない。
タマには凛も同じ試合に出ることを言ってあるが、お互いの戦法や弱点は喋っていない。俺の見立てでは二人の実力はほぼ互角。もちろんウェイトが20キロ近く差があることも考慮に入れて。
勝ち続ければどこかで二人の対戦がある。俺はどっちを応援するんだろうか。どちらも勝ってほしいし負けてほしくない。
凛との関係はあと2ヶ月と少し。凛の親父さんとの話で分かったがちょうどプロテストの日までだ。プロボクサーになれるかどうかは俺には分からないがその後も凛は俺のことが好きだと言うのだろうか?
* * * * * *
「今日も彼女とデートか? デートなんだな?」
授業も終わり帰ろうと立ち上った時に隣の席の山崎が俺に声を掛けてくる。凛が学校の前で小芝居したせいでクラスの連中から好奇心と嫉妬の声が掛けられるようになっている。
山崎は凛に報告をするように言われた俺の童貞のお友達の一人だ。サッカー部で顔もブサイクではないし女子とも普通に話せるんだから人の事気にせずに彼女作れよって。
「今日はバイトだ。それに毎日デートしてないし、お前らが考えてるようないいもんじゃないからな」
「嘘付け! いくら村上だってあんなかわいい子と付き合ってたらあんなことやこんなことしてるんだろ? いいから吐け!」
「う~ん、そうだな。この前デートして手繋いで、腕組んで、ハグした位だ」
「うらやますぎる……凛ちゃんっていったっけ? 友達紹介してくんないか聞いといて?」
「ああ、聞いとくけど、期待するなよ?」
「うおぉぉぉ! いつ? いつでもいいからな! 部活サボっても行くから!」
あいまいに笑ってアルバイトへ急ぐ。
今日はずっとお客が途切れることなくレジに並ぶ。最近、俺のレジにも他のレジと変わらないくらいお客が並ぶようになった。
笑顔の力だな。笑顔で挨拶。ひっそりと喜んでいると騒がしい妹がレジに並ぶ。
「美羽、今日は一人で買い物か?」
「咲耶先輩達とさっきまで稽古してたんよ。タマ姉が家で料理してるんで、うちが買い物任されたんよ」
得意満面な笑顔で胸を張る。初めてのお使いかよ?
「気合入ってるな。咲耶や後藤さんにぶっ壊されないように注意しろよ? あの二人は人間じゃないからな。……どうしたこの大量の半額の肉は?」
かごの中は様々な肉。肉しか入っていない。しかも全て半額になっている。
「へへ~。ハゲのスーツの店員がうちの目の前で半額シールの束を落っことしていくんやけん! 馬鹿やんあのハゲ。おにぃ今日はタマ姉に焼肉にしてもらお~」
俺は無言で精算を全て取り消す。
「その人は店長だって! それにシール勝手に貼るのは犯罪だ!肉担当の店員に返してこい!」
「え~、肉が無かったら今日の晩御飯はパスタだって……うちはがっつり行きたかったんやけど?」
美羽の頭の中は、肉⇒肉⇒肉⇒ご飯のエンドレスコンボでバラ色に染まっている。
「パスタで我慢しろ! タマのナポリタンだったら文句ないだろ?」
「最近、タマ姉のご飯、ヘルシーというかカロリーが無いと言うか…… 朝起きたらお腹がぐーぐーなってるんやけん」
「いつもそんな感じだろ?」
「おにぃはいいやん、サムライさんが朝ごはん作ってくれてるんだから」
「いいから返してこい」
買い物籠を美羽に押し付けると肩を落として売場に戻っていった。
「翔吾のレジ、最近お客がならんで時間がかかるの。前みたいに素敵な笑顔と怒号であたりを威嚇しなきゃダメじゃない」
その2~3人後のお客さんが凛だった。
「お? 凛もそう思うか。俺もやれば出来るんだな」
「翔吾にはずっと変わらないでいて欲しいの。私のために」
「わけわかんないこと言ってんじゃねぇ!」
凛のかごを精算していく。触りたくもないがトマトが4個も入っているので返品用の足元のカゴに放り込む。
「……トマトを売ってくれなかったってお客様カードに書いて投書するわよ?」
「すまん……それだけは勘弁してくれ」
平成30年の世の中はいまだに士農工商……俺は無力だ……
「従業員の出口で待ってるから」
「10分待っててくれすぐ行く」
レジ休止中のカードを付けて今日のバイトを終わる。
「おにぃ……ホントにサムライさんとつきあってるんやね。おにぃも好きになったんやないん? 顔がすごいこと崩壊しとったし」
いつの間にか他のレジで買い物を終えた美羽が腕組みをしてレジの近くに立っていた。
「どうだろうな……分からないんだ自分でも」
「モテんかったけん、二人に好きになられて選べんのやろ? 最近のおにぃはかっこよくない」
「いままで恰好よかったのか?」
「おにぃのあほ……早くどっちかちゃんと好きになってよ。うちとしてはタマ姉を好きになってほしいんやけど」
「家に帰って話そう。こんなところで話す内容じゃないだろ?」
「……そうやね、じゃあ帰るけん」
そうだな、凛とタマとの関係をはっきりさせないとな……
メニューのどこかにトマトが隠されているのは相変わらずだ。見舞いについて行く前に交わした約束は何処に行ったんだ? トマト料理のレパートリーではタマを越えたのではないかと思っている。
極薄にスライスして隠蔽したり、パプリカのような他の食材に擬態させたりと日ごとにレベルアップしていく料理スキルに毎日気が休まることが無い。ここ1週間で一生分のトマトを喰わされた気分だ。
アルバイトが無い日は東雲ジムで練習する。放課後は凛と近所のコンビニで待ち合わせをするのだが、クラスの友人から、爆発しろ爆発しろと俺の顔を見るたびに…… そんないいものじゃねぇよ!と思っていたんだが。
数回のジムでの練習を凛とこなして俺の中の凛のイメージは変わっていった。尊敬すらしている。
少しでも強くなりたい、時間を無駄にしたくない、必死に練習する気迫が伝わってくる。整った顔を苦しさで歪めて、悲鳴のような苦しげな声を出しても。
練習が終わるといつもの凛に戻るが以前のような尖った部分が少なくなってきた気もする。まぁ、慣れただけなんだろって言われたらそうかもしれないのだが。
凛は毎晩俺に電話をかけてくる。練習の話、学校での話、退院した親父さんの様子。そして最後に俺が好きだって必ず言う。
最近は隣にいて楽しい。居心地がいいと言ってもいい。なんだか必要とされていると感じて嬉しくもある。
しかし、凛は本当に俺のことが好きなんだろうか? 脅迫のような手段で交際が始まったが恋愛感情があってこんな強引な手段を選べるものなんだろうか?
凛はモテると言っていた。小説なんかでは告白されまくるので男避けに彼氏のふりをしてほしいってコワモテな男にニセ彼氏になってもらうっていうのがある。
(俺のポジションはそんな感じだろうか?)
同時にタマの事も考える。相変わらず週に何日か夕食を作りに来てくれている。相変わらず旨い夕飯を作ってくれて、美羽や俺の話をニコニコ聞きながら食事をしている。
けれど……、口には出せないが少し痩せていた。食事もちゃんと食べているみたいで昔のような青白い顔はしていない。髪も5センチ位短くなってオシャレな感じになっている。俺が言ったダイエットを始めたのか、練習のせいなのか……。
もうすぐ周りの男どもが言い寄ってくると思うと胸がちりっと痛んで自分の気持ちが分からなくなるが、凛と付き合っている俺が何も言うことは出来ない。
タマには凛も同じ試合に出ることを言ってあるが、お互いの戦法や弱点は喋っていない。俺の見立てでは二人の実力はほぼ互角。もちろんウェイトが20キロ近く差があることも考慮に入れて。
勝ち続ければどこかで二人の対戦がある。俺はどっちを応援するんだろうか。どちらも勝ってほしいし負けてほしくない。
凛との関係はあと2ヶ月と少し。凛の親父さんとの話で分かったがちょうどプロテストの日までだ。プロボクサーになれるかどうかは俺には分からないがその後も凛は俺のことが好きだと言うのだろうか?
* * * * * *
「今日も彼女とデートか? デートなんだな?」
授業も終わり帰ろうと立ち上った時に隣の席の山崎が俺に声を掛けてくる。凛が学校の前で小芝居したせいでクラスの連中から好奇心と嫉妬の声が掛けられるようになっている。
山崎は凛に報告をするように言われた俺の童貞のお友達の一人だ。サッカー部で顔もブサイクではないし女子とも普通に話せるんだから人の事気にせずに彼女作れよって。
「今日はバイトだ。それに毎日デートしてないし、お前らが考えてるようないいもんじゃないからな」
「嘘付け! いくら村上だってあんなかわいい子と付き合ってたらあんなことやこんなことしてるんだろ? いいから吐け!」
「う~ん、そうだな。この前デートして手繋いで、腕組んで、ハグした位だ」
「うらやますぎる……凛ちゃんっていったっけ? 友達紹介してくんないか聞いといて?」
「ああ、聞いとくけど、期待するなよ?」
「うおぉぉぉ! いつ? いつでもいいからな! 部活サボっても行くから!」
あいまいに笑ってアルバイトへ急ぐ。
今日はずっとお客が途切れることなくレジに並ぶ。最近、俺のレジにも他のレジと変わらないくらいお客が並ぶようになった。
笑顔の力だな。笑顔で挨拶。ひっそりと喜んでいると騒がしい妹がレジに並ぶ。
「美羽、今日は一人で買い物か?」
「咲耶先輩達とさっきまで稽古してたんよ。タマ姉が家で料理してるんで、うちが買い物任されたんよ」
得意満面な笑顔で胸を張る。初めてのお使いかよ?
「気合入ってるな。咲耶や後藤さんにぶっ壊されないように注意しろよ? あの二人は人間じゃないからな。……どうしたこの大量の半額の肉は?」
かごの中は様々な肉。肉しか入っていない。しかも全て半額になっている。
「へへ~。ハゲのスーツの店員がうちの目の前で半額シールの束を落っことしていくんやけん! 馬鹿やんあのハゲ。おにぃ今日はタマ姉に焼肉にしてもらお~」
俺は無言で精算を全て取り消す。
「その人は店長だって! それにシール勝手に貼るのは犯罪だ!肉担当の店員に返してこい!」
「え~、肉が無かったら今日の晩御飯はパスタだって……うちはがっつり行きたかったんやけど?」
美羽の頭の中は、肉⇒肉⇒肉⇒ご飯のエンドレスコンボでバラ色に染まっている。
「パスタで我慢しろ! タマのナポリタンだったら文句ないだろ?」
「最近、タマ姉のご飯、ヘルシーというかカロリーが無いと言うか…… 朝起きたらお腹がぐーぐーなってるんやけん」
「いつもそんな感じだろ?」
「おにぃはいいやん、サムライさんが朝ごはん作ってくれてるんだから」
「いいから返してこい」
買い物籠を美羽に押し付けると肩を落として売場に戻っていった。
「翔吾のレジ、最近お客がならんで時間がかかるの。前みたいに素敵な笑顔と怒号であたりを威嚇しなきゃダメじゃない」
その2~3人後のお客さんが凛だった。
「お? 凛もそう思うか。俺もやれば出来るんだな」
「翔吾にはずっと変わらないでいて欲しいの。私のために」
「わけわかんないこと言ってんじゃねぇ!」
凛のかごを精算していく。触りたくもないがトマトが4個も入っているので返品用の足元のカゴに放り込む。
「……トマトを売ってくれなかったってお客様カードに書いて投書するわよ?」
「すまん……それだけは勘弁してくれ」
平成30年の世の中はいまだに士農工商……俺は無力だ……
「従業員の出口で待ってるから」
「10分待っててくれすぐ行く」
レジ休止中のカードを付けて今日のバイトを終わる。
「おにぃ……ホントにサムライさんとつきあってるんやね。おにぃも好きになったんやないん? 顔がすごいこと崩壊しとったし」
いつの間にか他のレジで買い物を終えた美羽が腕組みをしてレジの近くに立っていた。
「どうだろうな……分からないんだ自分でも」
「モテんかったけん、二人に好きになられて選べんのやろ? 最近のおにぃはかっこよくない」
「いままで恰好よかったのか?」
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