ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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11話 じゃれ合う組手

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 凛が扉を押して先にジムに入っていく。

「こんにちわ」
 凛が挨拶をすると練習生から次々と挨拶が帰ってくる。

「凛ちゃん、会長はいつ退院なんだ?」
 大学生くらいのアイドル系のイケメンが声を掛ける。
「一応、今月末に退院できるみたいです。お父さん、やっぱり飲みすぎだって先生がいってた。肝臓の調子が悪いからしばらく入院させるって。病院じゃお酒飲めないからずっと入院してればいいんだわ」
 怒ったような口調で凛が言う。
「最近、顔色が悪かったからな~、まあ、飲みすぎって言われるくらいでよかったな、ってその人は新しい練習生?」
「ああ、私の彼氏。最近付き合い始めたの。村上翔吾君、こちらは松本さん。プロでうちでトレーナーもお願いしてるの」
 俺の腕にまとわりつきながら凛が言う。
「おい、あんまりくっつくなよ。あ~、村上翔吾っす。よろしくお願いします」
「ああ、松本誠司だ。へぇ~、凛ちゃんに彼氏が出来るとはね!」
 笑顔で俺をじろじろ見ているが目は笑っていない。凛の事が好きなんだな、多分。
「私も驚いています。不良に絡まれているところを助けてもらって、一目惚れしてしまって」
「おいっ!……」
 『適当なこと言うなよ』って声に出す前に凛の鋭い視線が俺に刺さる。これは余計なことは言うなって事か?
「凛、照れるからそれくらいにしといてくれ……」
 これくらいの解答が正解なんだろうか?
「ふふっ、いいじゃない。ほんとの事なんだから」
 どうやら正解だったらしいが……お前は一体誰なんだよ!
「ハハ! 凛ちゃんに不良が絡まれてたんじゃないの?」
 正解です。
「そんなわけないでしょう。翔吾、あっちのロッカーで着替えてきて」
「ああ、分かった」

 凛に言われるがままロッカーで着替える。道場に行く予定だったので道着の下だけ着用し、Tシャツを着る。
 しかし、ジムと言っても明るい照明と綺麗な練習空間。ロッカーやジャワ―ルームまでお洒落な感じだ。OLさんの様な女性も熱心に鏡の前でシャドウをしている。着替え終わってきょろきょろしていると凛が着替えを終えて声を掛けてくる。
 白のタンクトップに黒いレギンス、グレーのショートパンツ。
胸元から少し見える黒いスポーツブラ?みたいなのが俺の視線を強引に持っていく。
「やっやだっ省吾、そんなに見ないで……、はずかしいよ……」
 頬を赤く染めもじもじと胸元を隠す凛。ここでもアカデミー主演女優賞の演技力は健在だな。
 周りの野郎どものヘイトが急激に集まる。
「悪かったよ! てか、お前は絶対そんなキャラじゃないだろ!」
「はいはい、じゃあアップ始めるわよ。軽くロードワークに行くからついてきて」
 一体、コイツは何重人格なんだ……

「そこのストレッチマットで柔軟体操が終わったら、練習を始めるから」
 こいつは俺をこのジムに勧誘しに来たのか?
「最近のジムっておしゃれな感じだな。フィットネスクラブみたいだ」
「女の人もダイエットにいいからって最近増えてきたからこんな感じに去年改装工事したの」
 ポンとバンテージを投げてくる。
「これって、ボクサーがしてるやつ? なんかカッコいいな! どうやってつけるんだ?」
 壁際のベンチにすわって凛にバンテージを巻いてもらう。
「……空手? かなり練習しているみたいね」
 俺の拳の拳ダコを凛の白い指が撫でる。バンテージって結構長い。端にある輪っかに親指を通してクルクルと何回も巻いてテーピングで固定。
「小さい頃から古武術やってるからな。まぁ、殴り合いよりも剣術の方が好きだけどな」
 手を開いたり閉じたり具合を確認する。投げたりしないからこれくらいでも大丈夫か。なんか、テンションがあがるな、バンテージ。
「ハイ、これで覚えたでしょ。まぁ、翔吾には必要ないみたいだけど」
 まぁ、俺の手は砂袋や巻き藁をガンガン殴って鍛えてるからよっぽどのことがない限り大丈夫だと思う。

 その後、凛が自分の手にもバンテージを巻き始める。スイッチが入ったように真剣な表情になり、気が付けば、黙っていれば文句のつけようのない美貌に思わず見蕩れていた。
「そんなに見ないでよ、ひょっとしてもう私を好きになっちゃったとか?」
 左手を巻き終わり右手を巻きながら目線だけをこっちに向ける。
「いや、様になってるなって思って」
 トレーニングが始まる。驚いたことに凛のキックボクシングに対する姿勢は真摯だった。
3キロほどのロードワークからはじまり柔軟、シャドウ、ミット打ち、サンドバックなど
黙々とメニューをこなしていく。
俺は、今まで知っていた凛と荒い呼吸で俺の持つミットを蹴り込む姿の違いに戸惑っていた。

「翔吾、グローブつけてリングに上がって」
 渡されたグローブは16オンス? デカい。
「何するんだ?」
「何って、スパーよ。彼氏と楽しくお付き合いしたいし、身体の相性も知りたいし」
 普通の女子高校生ってこんな会話ばかりしてるんだろうか?
「俺がマットに這いつくばる未来しか見えないんだが?」
「あんまり早くて私を幻滅させないでね」
 おおっ、男の子としての何か試されている気がするセリフだ。気合を入れなおしてヘッドギアとレッグガードを付ける。
「まぁ、満足させれるかどうか分からないが努力はしてみる」
 余裕を装って拳をポンポン合わせて具合を確かめる。
「期待してるわ」
 凛もヘッドギアと体に不釣り合いなほど大きく見えるグローブを付けてリングに上がる。
「で、どうするんだ? 俺はキックボクシングのルールなんて知らないぞ」
「肘・膝の顔面への攻撃あり。ローブロー、バッティング、ラビットパンチ、オープンパンチは反則。3分2ラウンドでインターバルは1分で」
「はいよ、分かった。しかし、雑なルール説明だな」
 とりあえず、頭突き・金的・後頭部への打撃と掌底や手刀などの手を開いての攻撃はだめか。多分、関節を極めたり投げ技もダメなんだろうな。
 リングの周りにギャラリーが集まってくる。
 さっき、声をかけてきたトレーナーの松本さんもリングサイドからこちらを見ている。

 ブザーが鳴り軽くグローブを合わせる。凛は軽快にフットワーク、俺も見よう見まねでアップライトに構えるが摺足で少しづつ前にでる。
 俺が攻撃してこないと判断したのか凛はサウスポーにスイッチ。左のハイキックを放つ。
 こいつサウスポーか?
 そういえば手をつなぐ時も左手を差し出してきたな。
 軽く上に押し上げるように捌き軸足に手加減したローキック。
 凛はそれを受けながらカウンターで右ストレート。
 それを内側に弾くように払って左のミドルキックをを返す。
 オープニングから会話をするようにお互い繰り出す攻撃にカウンターで合わせ続ける。

 いつの間にかそんな組手の楽しさに口角が上がっていく。凛も楽しくてたまらないというようなじゃれ合うような攻撃を返してくる。
 いつの間にかペースがどんどん上がりジムには激しい打撃音が続いている。
 お互いにクリーンヒットもなく1ラウンド終了を告げるブザーが鳴る。インターバルの間も凛はリングのコーナーで軽く目を閉じてシャドウをしている。
 1分のインターバルはあっという間に終わり、2ラウンド目。
 2ラウンド目から凛も俺も一つギアが上がる。目まぐるしくポジションを入れ替えながら打撃の応酬。なぜか楽しくてニヤニヤした笑いが止まらない。


 夢中で攻撃のやり取りをしながら、俺の師匠 河野師範の言っていた言葉を思い出していた。
「組手には本当の性格が出る」だっけ? そうそう、「恋愛でも一緒」とも酔った勢いで話していたな。

 何となく、分かる。
 タマは相手に打たれることを怖がらずにどんどん前に出る組手。意外と肉食系女子か?
 美羽はトリッキーな攻撃やフェイントを多用して相手を幻惑する組手。だったら小悪魔だなうちの妹は。

 凛の組手は素直ないい組手だと思う。自分の持っている技術を全部使って全力で向かってくる。組手だけ見れば本当に清楚なんだろうな。
 馬鹿なことを考えて一瞬、集中力が切れてしまい強烈な左ミドルをレバーに貰う。
 慌てて手を挙げてスパーリングを止めてもらう。
「すまん、今のは効いた」
「なによ、これからいいところなのにがっかりだわ」
 キツイことを言う割には凛の表情は満足そうだ。ちょっと男の矜持ってやつを傷付けられた。
「悪い、やっぱキックボクシングは素人だ。今度は俺のやり方で仕切りなおす」
 ボディーに貰ったダメージはなかなか抜けない。数回深呼吸して、構えなおす。
 河野流兵法体術の構え。少し前傾姿勢でレスリングの構えに良く似ている。

 俺の本来の組手のスタイルはヒット&アウェイ、相手の攻撃を凌いでカウンターを合わせて一気に勝負を決める。

 ……確かに俺の恋愛は奥手で臆病だよな。

(さて俺の性格を『彼女』に見てもらおうか……)

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