ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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10話 ベストバウト

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「デートをします」

「おい! 知ってて言ってんのか?」
 ちょっと憧れていたセリフだが、ビッチに言われると恐怖と不安しか感じない。

「俺の大好きな物語をバカにすんな! あやまれ、ひたぎ様に詫びをいれろ!」
「わかったわよ、誰だか知らないけれど謝るからここに連れてきなさい」
 こいつとは趣味も合いそうにないのな。
「で、どこに行く? 希望が無いのならうちに来ない? 今日は親もいないし」
 また、あざとい表情。

「俺、今日は道場で稽古するんだ。それではここで失礼します。もう、俺の前には現れないでください。さようなら」
 深々とお辞儀をして回れ右を……
「照れないでよ、私達は付き合って間もないラブラブカップルじゃない」
 するっと俺の左側に回り込み腕をからめてくる。腕に伝わるお胸さまのやわらかい感覚とサムライの香り。
 以前、『引きこもり』と言ったことは心の中で撤回しよう。
 一瞬、気をとられて勝手に歩き始める身体を理性に全力を込めてストップをかける。
「だから、行かねーって!」
「どうせ、道場に行って汗を流すんなら、私と一緒に……ねっ?」
 何が『ねっ?』だ。溜息をつきがら凛の腕をねじりあげる。

「いたたっ、ちょっとやめて! デートDVよ!」
 少し離れてクラスの連中がこっちを見ているのに気づき、慌てて手を離す。

「一目惚れだからって! 付き合ってくれって言ったじゃない。付き合って飽きたから別れようって酷い! こんなに好きなのに!」
 このくそビッチ、俯いてクラスの連中からは見えない角度で、にやにや笑ってるに違いない。あいつらに聞かせるつもりの音量だ。しかもビッチのくせに、演技力はレッドカーペットでアカデミー賞ものだ。

 遠くで、「サイテー」「酷い」「クズだな」などなど、俺の人格を表現する素敵な単語がいくつも聞こえる。「死ねばいいのに」「あいつデブ専だからな」
最後のセリフ言った奴は後で殺す。デブが好きなんじゃない。タマが好きなんだ。

 凛の腕を掴み、クラスの連中から逃げるように少し離れたコンビニ前まで引っ張っていく。
「からかうのはやめてくれ。何度も言うが、俺はお前とは付き合うとは言ってない」
「からかってなんかない。翔吾のことが好きって言うのは本気よ」
「どの口が言ってんだ? 俺の事どんだけ知ってんだよ」
「翔吾だって、私の事一目惚れだって言ったでしょ。私も一目惚れ。この前の公園でのKOシーンは私の中でベストバウト・ランキング2位にランク・インしたわ。喜びなさい」
 スマホを取り出し画面を俺に見せる。
 この前の金髪坊主を仕留めた場面だ。自分では無様な喧嘩だったと思っている。もし、凛がいなければ自慢の逃げ足でフェイドアウトして、俺の中でのベストバウトになったに違いない。俺が習っているのは兵法だからな。
(*松山河野流兵法の兵法とは剣術を中心とした武術の事で孫子の兵法とは意味が違います。翔の勘違い)

「ねぇ、よく撮れてるでしょ、翔吾の真剣な顔もかっこいいし」
 たしかに、かぶっていたフードが取れて俺の顔がしっかり写っているが、ホント美羽が言っていた暗殺者の眼だな。
「ちょうど公園の外灯の下だな。その動画、カッコ悪いから削除してくれ。」
「それより、ランキング1位の試合の事、聞きたい?」
「……いいや」

(1位も翔吾の試合なんだけどね……)

 なにか呟いたが聞こえなかった。まあ、どうでもいいか。

「この不良の皆さんは、なんとかポイントってチームのメンバーで、いい大人が結構やんちゃしてるって評判なの、知ってる?」
「聞いたこともないな…… そういや、あの時、車のリヤウィンドウに、デカイステッカー貼ってたな」
 確かに、ろくな大人達ではなかった。あんな大人にはなりたくない。

「それでね、この動画にちょっとした個人情報を加えて、どっかのサイトにアップすればお友達のいない翔吾の家に不良の皆さんが押しかけてくると思うんだ。家族とか家にいるんでしょ?」
「……どうゆう事だ?」
「つまり、明日からは翔吾は私と朝から一緒に登校して、放課後はデートしたいって事よ。残念だけど学校が違うからお昼は一緒に食べられないけれど、お弁当ぐらいは作ってあげるわよ?」
 以前見た、悪戯を思いついた悪魔の笑顔だ。そんな表情もやたらに綺麗で腹が立つ。
「脅迫か。どうせ、動画はどっかでバックアップ取ってるんだろ?」
「正解よ。よく分かってるじゃない。翔吾の学校って頭良かったのね」
「お前の女子高と偏差値はどっこいどっこいだ」
「あっそう、なぜか腹立たしいわね。でも、ご理解して頂けたようでうれしいわ。これで、私たちは晴れて恋人同士になったことだし、行きましょうか?」
 微笑みながら手を差し出す凛。
「俺に拒否権はないんだろ?」
 差し出す手を握る。細い指。俺より少し低い体温。
「さすが翔吾。私の事よく分かってるのね。でも正解はこうして手を繋いで欲しかったの」
 俺の手の中で凛の手が動いた。

……これが『恋人つなぎ』という奴なのか。

 やはり、照れくさくて少し手を身体から離して歩き出す。手汗が気になるが、よく考えたら凛に嫌われてもいいと考えるとベッタベタに手汗をかいても構わないと思うと気にならなくなった。

「ねえ、翔吾?」
 特に共通の話題もないので無言でしばらく歩いていると凛が声を掛けてきた。
「なんだ?」
「硬い手ね」
「誰と比較しているのか分からないが、そうだろうな」
 俺の手のひらは木刀の素振りで豆だらけのカチカチだ。正直、女子と手を繋ぎたくなんかない。
「妬いてるの? 大丈夫。翔吾が初めての彼氏だから。こうして男の子と手を繋ぐのも初めて。信じてくれる?」
 凛の手に少し力が入り、少し腕が近づく。
「信じる…かな。お前の本当の性格を知って付き合おうってヤツがいなかったとか?」
(……ほんとだね。翔吾、ごめんね)

「なにか言ったか?」
「なにも。私、見ての通り可愛いからかなりモテるんだけれど」
「そうだろうな。清楚で貞淑だったっけ?」
「なにか棘のある言い方ね。それより、翔吾の方はどうなの? そういえば彼女いたの?」
「なぜ、過去形なんだ? 悔しいが俺の方はさっぱりモテない」
「でしょうね」
「なんでだよ!」
「私が翔吾のレジに並んでたのは一番空いてたから。怖い顔でいらっしゃいませって大きな声で怒鳴ってたら普通のお客は並ばないでしょう?」
 こらえきれなくなったように凛はくすくす笑い出す。
「レジの前を通る買い物客にもいらっしゃいませって……、あれじゃ、このレジには来ないでくださいって感じだったよ。学校でもあんな感じだったら女子は近寄ってこないんじゃない?」
 大きな声で笑顔の挨拶を実践してたんだが笑顔が無かったのか……
 凛がつないだままの手の甲で涙を拭う。泣くほど面白かったらしい。
「怒った?」
「いいや、……ありがとうかな。今度から気を付ける」
「優しいんだね」
 しばらくまた沈黙があり、
「3か月でいいよ、付き合ってくれるの」
「期間限定だな。こっちとしては有難いんだが、動画はその時削除してくれるんだろうな?」
「もちろん約束するわ。でも、その頃には翔吾は私を好きになってて、ベタ惚れで約束はなかったことになっているけど?」
「どうだかな?」
 今の約束は契約書でも書いてもらった方がいいか?

「着いたわ。ここが、私の家。入って」
 2階建ての倉庫の様なつくりの家。
「ここって……、ジム?」
 ガラス窓からはリングやサンドバックなどが見え、数人の男女が練習をしている。

入り口のドアには「東雲 KICK BOXING GYM」の文字。

「おうちデート。今日は親もいないの。ゆっくりしていってね」
 嫣然とした笑顔を浮かべる凛。

(たっぷり、可愛がられそうだな……)
 ジムに入る前から背中には冷たい汗をかいていた。
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