ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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08話 限界点

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 公園の入り口を黒いミニバンがゆっくり通り過ぎ、車の後部座席のウィンドウから男がこっちを覗き込んでいるのが見えていた。
 数十メートル先でブレーキランプが灯り、車がバックで戻ってくる。リアウインドウには「Vanishing Point」と書かれたステッカー。

「さっきの奴の仲間みたいだ。お前は早く逃げろ!」
 俺の背後に立っていた凛は車の奴らには見えなかったはずだ。
「あれ? 家まで送ってくれるんじゃなかったの?」
 肩越しに揶揄するような調子の凛の声。
「ふざけんな! 俺はさっさと家に帰りたいんだ!」
 凛にビビッて足が震えているのを見られたかもな。

「あっそう? じゃあ、頑張ってね、ダーリン」
 凛の歩き出す足音が聞こえる。
「誰がダーリンだ! いいから早く行けって! 」
 俺も凛が奴らの視界に入らないところまでいけばさっさと逃げる。

 この状況をどうするか? 当然、全力ダッシュで逃げる。怖いお兄さんとはお知り合いにはなりたくないしな。どんな武術の達人でも背中を見せて全力で走り去る相手には勝つことは出来ない。達人より足が速ければ。
 車が停止し男が3人降りてくる。手にはバットや警棒みたいなものをぶら下げている。これから雨の公園で野球に興じるような雰囲気ではない。
 ぞろぞろと俺の前で横一列に整列する、金髪坊主、派手な刺繍の入ったジャージに髭、腕にタトゥーのこの時期にTシャツ男。
「おい、こいつか?」
 いかつい金髪坊主頭の男がバットで肩をたたきながら隣の痩せたヒゲジャージに話しかける。
「タツヤには、黒いパーカー着てるってくらいしか聞いてねーし」
「しかし、あいつもこんな餓鬼にやられるってざまーねーな。何が俺はボクシングやってたんで強えーだ」
「まっ、軽くボコッてインスタ映えする絵でもとっときゃあいつらも納得するだろ? 拉致ったら車が汚れる」
 俺が乗ったらナニで車が汚れるんだ? マジ怖い……

「にーさん、今、聞いたとおりだ。今日は病院にでも泊まってくれ。どうした、ビビッて話も出来ねーのか?」
 真顔で直立不動の俺を見て、蜥蜴みたいな顔のタトゥー男がにんまり笑う。
 俺はダッシュするタイミングだけを考えていた。

「すいません、一番強い人と、あの……『タイマン』ってやつでお願いしたいんですが……」
 アルバイトで学んだ営業スマイルとお辞儀でお願いしてみる。

「ギャハハ! 今さら、何言ってんだオメー? ケンカ売ったんはそっちだろうよ?」
 セリフが終わった瞬間、金髪坊主がオラァッとか言いながらバットを振り下ろす。慌ててバックステップで飛びのいた俺を、残り二人が囲むように走り出す。ヤバイ、結構こいつら喧嘩慣れしている。ただの輩か思ってこっちが舐めてた。

 しかも当たり所が悪ければ即死するくらいの勢いでバットを振りぬいた。こいつ、狂ってる。
 俺も必死のフットワークで三角形の包囲から逃れる。しかし、逃げるタイミングが見つからない。背中が公園のフェンスにぶつかった俺に歯をむき出して笑いを浮かべる金髪坊主がバットを振り上げる。
 振り上げたバットを見て俺の身体が勝手に反応した。道場の型稽古で何千回も繰り返した技。
 踏み込んで左手手刀で相手の手首を払うと同時に足首辺りをひっかけるような足払い。軸足を払われた男は一瞬、宙に浮く。その咽喉元へ掌底をねじ込む。本来は貫手だが。
河野流兵法体術 【迎雷むかえかずち
 倒れた金髪坊主の上を走り、そのまま残りの二人の間をダッシュで走り抜けようとするが無理だった。2人がバスケットのディフェンスみたいに両手を広げて邪魔をする。

「ふぇ~、こいつ強ぇ~、誰か呼べよ!」
「あぁ? コイツふざけんなよ!」
タトゥーの言葉は無視してヒゲジャージは警棒みたいなものをがむしゃらに振り回してくる。
意外と、こういう攻撃は避けにくい。武道の経験者はある程度急所を狙ってくるからだ。無様にフェンス際を逃げ回る。

 視界の隅では連絡を取ろうとスマホを取り出そうとするタトゥー男。
 その後ろに立っていたのは凛。笑顔でこちらに小さく手を振って、その場で優雅にターン。
廻る独楽から弾きだされた様な後ろ回し蹴りでタトゥー男の意識を刈り取る。

 タトゥー男が倒れたことに気付かないヒゲジャージは攻めの手を緩めない。
(うっ!)
 いつの間にか足元は砂場になっていて尻餅をつく俺。
「くたばれ!」
 俺の胸ぐらをつかんで警棒を振り上げる。

 顔に握り込んだ砂を投げつける。
「クソ餓鬼がぁ、汚ねぇ!」
 すまん、うちの道場では当たり前に稽古でやる。
 振り下ろされる腕を掴み体を捻り頭部に肘を打ち込み、そのまま裏十字固めに腕を極める。
 一瞬迷ったが、少し加減して力を込めた。鈍い音がして肩の関節が外れる。河野流兵法体術 【雷鼓らいこ

綺麗に肘があごに入ってヒゲジャージは失神している。

 残心をとったが大丈夫の様だ。

 この騒ぎの原因を見る。
「なんで、逃げなかった?」
「私は逃げるとも帰るとも言ってないわ。頑張ってって言っただけ」
 すでに、スマホを弄っている凛がこちらも見ないで答える。

「じゃあ、早く行くぞ。警察でも来たら困るだろ?」
「その警察は地域住民の皆さんが通報したんだろうけどね?」
「うるさい、このくそビッチ! いいから家どこか教えろ!」
「はいはい、こっちよ」
 歩き出しながら、こちらに左手を差し出す凛。

 何だ? 決闘の握手か?

(???)

「なによ、手をつないで帰るって言ったでしょ? 高校生カップルらしく」
 腹の立った俺は差し出される手をぱちんと払い後ろからついて行く。

「照れないでよ、童貞」
 にやりと笑って数メートル先を歩きだす凛。

凛の家は意外と近く、2分ほどで家の前に到着した。

「その家が私の家。じゃあ、送ってくれてありがとう。またね」
「『またね』じゃない! じゃあここで『お別れ』です。さようなら」
(サイアクだ、このビッチ!)
 その後、俺はパーカーを脱ぎ、小走りで家まで急いだ。がむしゃらに逃げたせいで家まで2キロ以上あるじゃないか。

* * * * * *

 シャワーを浴びた凛が下着姿で暗い自室に入る。

 ベッドの上には制服と鞄が散乱している。

 ベッドに腰掛けた凛が白い指でスマホの画面をスライドし、トントンと2・3度、画面をタップし動画を再生させる。そこには金髪坊主をKOする翔吾の姿が繰り返し再生されている。

「ダーリン、カッコいいじゃん」
満足そうな表情の凛の顔が画面に映り込んでいた。
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