ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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02話 天国への扉

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 アルバイトを終えて従業員出入り口から家への道を歩き始める。

 ぼんやりと歩きながらさっきのお客さんのことを考えていた。

 中学校に入ってから俺は軽い女子コミュ障で、まともに会話が出来ない上に目も合わすことが出来ない。こんな、コワモテのデカい男子にそっけなく対応されて喜ぶ女子はかなりのレアな存在だ。少なくとも俺の周りにはいなかった。

 一目惚れしたと言っても、俺には話しかける勇気もない。今度、あのお客さんがいつ来るかも、ヘマをした俺のレジにはもう並ばないかもしれない。だいたい、一目惚れっていうのはその人の顔を見て惚れる訳で顔が見れないと惚れることすらないから、今まで俺は一目惚れが無かったのか。

 変な方向に思考が傾いて行く。

 まともに話せる女子って、妹の美羽を除くと、タマだけ? ああ、もう一人いたな。同じ道場で10年以上、一緒に稽古している咲耶さくやか……
 
 咲耶は女子から除外だ。戦闘力53万、女子力はゼロのとんがったビルド。美羽の完全上位互換機だ。
 俺が惚れる? ないな。

 タマには去年のバレンタインに『彼女にしてください』って告られたな……
 あいつと恋人になる? これまたないな。でも、タマのことは嫌いどころか大好きだ。けれど、それはよく言う家族への愛情みたいなもんだ、と思う。

 物心ついたころには、いつも傍にいた。

 少し他の女子より太っているのは確かだ。けれど、例えばお袋がものすごく太ってたって嫌いにならないのと一緒で見た目は関係ない。あ~、健康は心配するが。

 タマがその時、『痩せたら恋人にしてくれるか?』って震えながら聞いてきた。その時の俺は酷い顔をしていたと思う。怒り、恐怖、悲しみで顔の筋肉がどんな表情を作っていたかなんて考えたくもない。

 その時、俺の脳裏に浮かんだのは痩せて最強のくびれを手に入れたタマの水着姿ではなく、タマのお袋さんが無くなり、2か月近く学校を休み久しぶりに登校したタマの姿だ。

 クラス全員が、ぽかんと口を開けてびっくりしていた。そりゃあそうだろう。先生が言わなければ転校生と言ったらみんな信じただろう。
 人形のような綺麗な顔立ち。掴んだら折れそうなほど細い手足。だけど、頬や唇はかさついていてひどく青白く見えた。俯いて虚ろな目で机に座るタマ。
 馬鹿な俺が軽い気持ちで言った慰めの言葉。あの時のあいつをどれだけ傷つけたのか。

 泣きながら暗い瞳で俺をなじる痩せたタマの姿を久しぶりに思い出した。


 * * * * * * * * *

 家に帰ると、美羽もタマも風呂に入ったから先に風呂に入れと言われる。美羽に誘われて今日はタマがうちでお泊りするらしい。まあ、ちょくちょくあるんで気にもしないが。
 タマはいつも俺がテーブルに着いた時に出来たての料理を出してくれる。レンジで温めて食べるから先に食べてていいといつも言ってるんだが。
 手早く風呂に入ってテーブルについたときに料理が並んだ。

「うわっ! 美味そうだな。なんて料理なんだ?」
 メインは白身の大きな魚の切り身の焼き物だ。それと、テーブルの真ん中の皿にから揚げが山になっている。あとは、春らしく筍の煮つけと筍の炊き込みご飯。味噌汁。

さわらの西京焼きだよ。お味噌付けて焼くんだけど焦げやすくってちょっと失敗しちゃった。今が旬なんだって。タケノコは咲耶さくちゃんのおばあちゃんから大きなタケノコを頂いたんで作ってみたんだだよ。初めて翔くんに出すから口に合ったらいいんだけど」
 少し心配そうな顔のタマがエプロンで手を拭く。

「俺の口を合わすって! トマト以外なら。しかし、相変わらず、旨そうだ。作るの大変だっただろ?」
「COOK サットっていうサイトで、すごく美味しいってコメントが沢山書きこまれてたから家で作ってみたんだけど、すぐ出来てホントに美味しくって! ちょっとアレンジしてレモンの皮をお味噌に入れて香りづけしてみたの」
 みんなにお茶を用意しながら料理の説明をしてくれる。最後にトマトは嫌いでも食べてねって小さい声で言われる。

「おにぃ、帰ってくるのが遅いよ! 早く食べよ!」
 空腹の美羽に急かされて慌ててみんなで『いただきます』といって箸をとる。
 俺も美羽も、まずタマの失敗作と言う『鰆の西京焼』に手を伸ばす。焼きたての魚の身は柔らかくてふわふわの手ごたえ。まずは一口。

「……うまい」
「……ふわぁ~、おいし」
 俺も美羽も言葉が少ない。
「ほんと? 良かった!冷めても美味しいから明日のお弁当にも入れるね!」
 俺らが食べるまで心配そうな顔をしていたタマも笑って箸を手に取って食事を始める。俺ら兄妹は美味い物を食べると無口になる。それを知ってるからこのリアクションで嬉しそうなわけだ。
 飯を食べるタマは本当に幸せそうで、旨そうに食べる。それを見るとこっちの飯までもっとうまくなった気がする。

「タマも大会に出るんだって? 咲耶が昨日、ラインで書いてたけど?」
 4月にある、極新空手の大会だ。この大会はオープン参加といって他の流派や武道から参加が出来る。もちろん、ルールは極新空手の物が適用される。

「うん、咲耶ちゃんに押し切られた感じかな? 高校生以上の部で出場するよ」
 タマも俺と同じ『松山河野流兵法』という古武術の道場に通っている。いじめられていたタマを無理やり連れて行って始めさせたんだが、すぐに辞めると思っていたがそれからずっと10年以上続けている。

「咲耶も出るんじゃ優勝できないだろ?」
「今年から体重で2つのクラスに分かれるようになったんだって。咲耶ちゃんは50キロ以下の部に出るって」
 なんて大雑把な階級の分け方だ。タマは50キロ以上の部以外は選択肢はない。
 咲耶は去年秋の大会のリベンジだろう。1ラウンドKO負けという衝撃の内容だった。咲耶がマットに膝を付いている姿を見たのは小学生の何年だっけ? それくらい久しぶりに見た。それも相手は小柄な女の子だった。

「うちも、出るけん、おにぃも応援来てよ!」
 美羽は中学生女子の部に出場。この中学生女子の部には体重によるクラス分けは無いらしい。
「おお! 美羽のデビュー戦か! 絶対行く!」
「へへ~、うち、ぜったい優勝するけん!」
「おおっ、ぜったい優勝しろよ!」
 その後は、どういうパンチが効率的に相手を失神させることが出来るか? みたいな話を美羽が始めたのでタマに救いを求める目をむけると、会話の合間に絶妙に割り込んでくれる。

「翔くん、今日のアルバイトはどうだった? 忙しかった?」
 コーヒーとアイスクリームをテーブルの上に置きながらタマが訪ねてくる。
 さすがにアイスは市販のものだが、今日は疲れていたので甘いものがうれしい。
「おっサンキュー!」
 タマに今日のアルバイトの話をする。そんなに面白いとも思えない話を嬉しそうに聞いているタマ。
 しかし、最後のリンゴを落してしまったお客さんの話でタマの顔色が変わった。
 
「……翔くん、そのお客さんの話、もう少し詳しく聞いてもいいかな?」
 目が笑っていない笑顔ってこういう表情なんだ。テーブルに腕を重ねて置いて話を聞いていたタマが身を乗り出し、腕の上乗っかっていた巨大な胸がぐにゃりと歪む。
 タマの天国への扉ヘブンズ・ドアーが開いてしまったらしい……
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