ぽっちゃり幼馴染とサムライビッチ

綾 遥人

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01話 幼馴染と妹

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 夕方5時のスーパーマーケット。
チラシの5時からのタイムバーゲンが目当ての主婦たちで、店内は平日にもかかわらず混雑している。

 先週から自宅に近いこのスーパーでアルバイトを始めた。
 スマホを買い替えたかった事と、親にアルバイトでもして社会勉強をして来いと言われて『週2回程度の勤務から歓迎』と求人アプリに出ていたここに決めた。
 ベテランのパートさんと2人でレジに立つ『2人制』と言われる研修を3回ほどこなし、一通りの操作は習得して、今日からやっと独り立ちと言う日。胸に名札と一緒に着けている新人研修中というプレートが妙に有難かった。

 伝達事項を確認してレジチーフの陰湿な身だしなみチェックを受ける。後はレジ休止中の札をレジ台の下に入れればスタートだ。

 顔をあげた瞬間、お客さんが早速レジに買い物かごを載せている。
「いっ、いらっしゃいませ……」
俺はお客さんの顔も見れないほど緊張しまくっていて、買い物カゴの商品のバーコードをスキャンし始めた頃、すでに後ろには3人ほどのお客さんが並んでいた。
『この新人バイト早くしろよ!』って顔で俺を見てるんだろうと思うと舞い上がってしまって、無駄にデカい体を小さくしていた。
 買い物かごの中身を全て登録し、レジの画面にある合計タブを突っついて、お買い上げ金額をお客さんに告げる。

「翔くん、今日から一人でレジ打ってるんだね!」
村上 翔吾むらかみ しょうご』って俺の名前を、『翔くん』って言うやつはお袋とこいつしかいない。
 見慣れた、ブレザーにチェックのプリーツスカート。高校の制服を着た黒髪ロングの幼馴染、吉田 球恵よしだ たまえが笑顔で千円札を俺に差し出している。

「おぅ! おめでとう、タマが独り立ちして最初のお客さんだ」
 受け取った千円札をレジのスリットに突っ込む。精算ボタンをタップすればお札や小銭は自動で合計されてお釣りは勝手にレジが吐き出してくれる。

「ふふっ。翔くんのはじめていただきました!」
 少したれ目の目じりをさらに下げてにっこりと笑う。

 変なお姉さんキャラ作んな!
 まぁ、おかげで少しは緊張が和らいだ気がする。ありがとう、お前はいいやつだ。

「タマ姉、なんで列から離れるんだよ! うちが何回言ってもあの店員、『タイムバーゲンの玉子はお一人様1パック限り』って、1パックしか渡してくれなかったんやけん! おにぃ! あの店員クビにしよっ! スーツ着たハゲだよ!」
 愛媛の方言丸出しで、道理の通らない暴言を吐きながら、並んでいるお客さんを追い抜いてカゴに玉子を放り込むのは妹の美羽みう。中学1年生だ。

 それと、玉子を渡してたのは多分、店長だ…… 

「美羽、後ろにお客さんが並んでるから一番後ろに並んで待ってろ」
「何のために、急いで買い物に来たのか分からんやん!」
 ぶつぶついいながら列に並びなおす美羽を見送り、タマのまるっこい掌に小銭を渡す。

「ごめんね、玉子は買いたかったんだけど、翔くんのレジに一番に並びたかったから。バイトは8時までだったよね? そのころにご飯が出来るように準備しておくから、早く帰ってきてね!」

「ああ、今日は二人とも出張だったな。いつも悪いな。」
 うちの両親はカフェを経営している。評判もいいらしく順調に出店し続けて店舗を増やしているみたいだ。中学に入ってからは、ずっと親父かお袋、どちらかは家にいない状態が続いていて、両親が2人とも、いないっていう日もざらにある。
 そんな状態で、お袋がいない日は、吉田家の食費も負担するから我が家の食事を作ってもらうよう依頼されたのがタマだ。
 タマは母親が小学生の時に亡くなってからずっと自炊してきた。自分の家だけでも大変だろうに文句も言わずに週に4日位うちの食卓をまかなってくれている。

 マニュアル通り、重そうな買い物かごをサッカー台という袋詰めのテーブルへ運ぶ。
「あ、ありがと……」
「気にするな、仕事だからな」
 俺は、ポンと肉付きのいいタマの二の腕に拳を当てレジに戻る。

 レジを打ちながら出口に向かうタマに視線を送る。
 タマのまるっこい後姿。最近、ボリュームが増したと感じるのは気のせいか?


 俺の幼馴染は身長160㎝、体重80キロ(推定)のぽっちゃり? いやいや、ふくよかな体型だった。



 その後も俺のレジはお客さんが途切れることもなく並ぶ。
 緊張しっぱなしだった俺は、バイト終了の5分前を示す時計をみて、集中力がぷっつり切れてしまった様だ。
 買い物かごから、リンゴを取り出したとき、うっかり床に落してしまった。

「すっすんません! すぐに交換しますからおまちください!」
 周りを見回すとこんな時にフォローに入ってくれるレジバックと呼ばれる社員は数台向こうのレジの対応でバタバタしている。テンパった俺はどうしていいか分からず真っ赤な顔でおろおろする事しかできない。

「いいよ、私はあの辺で待ってるから。後ろの人の買い物が終わるまでまってるよ」
 目深にかぶったキャップ。黒いパーカーを着た背の高い女のお客さんは自分が指差した方向へ歩いて行く。俺は後姿にお礼をいって次のお客さんの精算を済ませた。その後ろのお客さんは、俺のレジが遅いので他の空いているレジに行ったみたいだ。
 果物売り場にダッシュして俺の眼で一番いいリンゴを掴んでスマホをいじっているお客さんへ声をかける。
遅くなったことを謝り、顔をあげてその人の顔を見た。

 心臓の鼓動が跳ねる。
 今までに感じたことが無い胸の感覚。時間にして数秒、その人の顔に視線が釘付けになる。

 キャップで顔が見えなかったがこうして見ると、やべぇって思うくらいキレイな人だ。すっとした鼻筋に小さめの唇。印象的な切れ長の大きな目。歳は俺と同じくらいか少し年上に見える。

「いいって、新人さんでしょ。頑張って」
 テンパリまくってさぞ面白い顔をしていたのか、俺の顔を見て笑顔を見せた。
 時間にしてその人の前に立ってから十数秒。買い物袋にリンゴを入れると振り返り歩いて行く。

 ふわりといい匂いがした。香水? 甘すぎないその香りはその人のイメージにピッタリとはまっている。
 何だろう? 頭の芯が痺れるような感覚。香りで頭がくらくらしたのは初めてだ。

 凛とした姿勢で歩く背中にライトブラウンの髪がしなやかに揺れる。思わず見蕩れた後姿。

 胸の鼓動ががうるさい……一目惚れってこういうことなのか?
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