伊予ノ国ノ物ノ怪談

綾 遥人

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第1章

10話 黒森封印

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【ババアとは聞き捨てならないわね。女は200歳過ぎると妙齢みょうれいって言うのよ。お子様には分からないかしら?】
 黒森は肩のあたりの乱れた毛並みを整える。その仕草もなぜか気品があるように見える。

「なにが、みょーれいだよ?200年もサバ読むたぁ、頭おかしいんじゃねぇのか?」
はくの頬が怒りで朱く染まる。
黒森婆(♀)推定420歳。先に愛媛に潜入していた狐の情報だ。

【そうだったかしら?じゃあ、美魔女って人間は言うらしいわよ?】
 黒森は、少し顔を狐達から逸らして小さく欠伸をかみ殺す。

「……ばあさん、選べ。」
 白髪の女が右手を笹の葉のような形をした苦無くないを指の間に4本挟んで突出し、左の掌には深い藍色のガラスの小瓶を乗せて突き出す。

【あら、可愛らしい狐の娘さんね。私は黒森。餓鬼ヶ森の長よ。貴方たちお名前は?】
 緩やかに黒森は立ち上がり白金色の瞳で二人の狐を見下ろす。

「……私はサン、人間の前では尾崎と名乗っている。」
 両手を差出し、細い煙草を口の端にくわえたまま、ぼそぼそと名乗る。

「俺は白月はくげつだ。んなこたぁいいから、さっさと選べ!封印されるか、ぶっ飛ばされて封印されるか!」
 首の後ろ辺りをガリガリ掻きむしりながら白が喚く。

【綺麗なガラス細工。江戸切子かしら?でも私の趣味じゃないわね】

「だあぁぁっ!結構高価だたかかったんだよ!文句あるならペットボトルにでも封印してやるかんなあっ!」

【私はね、五月蠅いうるさい男と狐が大っ嫌いなの。泣かせてあげるから、かかってらっしゃい】
 黒森は毛を逆立て牙を剥く。辺りの妖気がみるみる膨れ上がっていく。

「へへっ!そうこなくっちゃな」
 白は大型のファイティングナイフをシースから引き抜き腰を落として構える。
 サンは煙草を吐き捨てる。
 左手の藍色の小瓶は消え両手とも苦無くないを握り込み半身に構える。

 先に飛び出したのはやはり、白だった。
 脂の抜けたエンジニアブーツが地面から跳ね上がり黒森の首をすくい上げるように蹴り上げる。
 黒森は白の渾身の蹴りを放つ太腿に、無造作に噛り付き狐が座っていた岩に叩き付ける。

「がふっ!」
白は口の端から涎と血を流し倒れ込む。
しかし、白の蹴りはいわば『おとり』。
サンの指から瑠璃色の光を放つ苦無くないが4本放たれていた。

黒森の首や肩に鋭い痛みが走るが治癒の呪文は不要と判断。
身体をぶるっと震わせ#苦無__くない__#を払い落とす。

「……ばあさんの肉は堅い。」
 サンが手招きをすると抜けた手裏剣が手元に戻ってくる。細いワイヤーでも仕込んであるらしい。
今度は両手の苦無くない八本を空中に並べ橙色だいだいいろの火球を纏わせる。

「いててて、ババア、イテーじゃあねえかよ!」
口元を手の甲で拭いながら白は起き上がり、ナイフを拾い上げ、もう一本腰から同タイプのナイフをシースから引き抜く。
今度は黒いナイフの刃から凶悪な瑠璃色の闘気が放たれている。

【ばあさん、ババアって傷付くわね。だから狐は嫌いなのよ】
黒森の文句をすべて聞く前に、地面すれすれに前傾し、猛然とダッシュで黒森の間合いに飛び込んでくる白。
両手のナイフを次々と繰り出し黒森の身体を削っていくがなかなか致命傷を与えられない。

「姉貴ぃ!」
サンは無言で頷き、両手の掌を黒森に向け振り下ろす。
八本の苦無くないが生き物のように黒森に襲い掛かる。

黒森は子犬が自分の尻尾を追いかけるように一回りし、艶やかな尾で苦無を叩き落とす。
叩き落とされた苦無くないからは火柱が上がる。
お返しとばかりに黒森は牙と爪で白を攻めたて、いかづちの術でサンを牽制する。

咽喉を狙いナイフを突き出してくる白の攻撃を強引に当身で吹き飛ばす。
肩口に黒いナイフが深々と突き刺さるが、意に介さず、サンとの間合いを一瞬で詰める。

サンは後ろに飛び下がり苦無くないをアンダースローで投げるモーションに入っていたが、黒森が一瞬速い。鋭利な牙で左の肘辺りからサンの腕は喰い千切られる。

白い腕を咥え黒森は困惑していた。
この2匹の狐を相手に逃げ出すことを、森の長としての矜持が邪魔している。
滅せられるか、封印されるか。せめて腕の1本でもと捨て身の攻撃を成功させたのだが何かがおかしい。
鼻腔にわざとらしいコロンと煙草の匂いは確かにあるのだが。
(ここで、女狐を倒しておきたいところだけれど)
「お、おい!姉貴ぃ、痛くねーのかぁ?」
10メートル以上吹っ飛ばされた白が心配そうな顔で姉に声を掛ける。
肘の淡いピンクの傷口からは白い骨が見え、血管か神経の一部だろうか?紐状のものが何本か垂れ下がり、鮮やかなあかい血液がとめどなく流れ出して足元に血溜りをなしている。

「……死ぬほど痛い」
サンは肩辺りを抑え無表情に佇んでいる。しかし、顔色は蒼白だ。
「だろうなぁ」
白はぶるっと身体を震わせ左腕をさすっている。

「だろうな。本当に腕をもがれたならな」
薄い唇に淡い笑みを浮かべ肩口で指を振る。

喰いちぎられたはずの腕は何事もなかったように再生。
足元にあった血溜まりも消失する。
代わりに黒森の口の中には複雑な模様の札がねじ込まれていた。

「幻術かよ!血ぃが出過ぎると思ったんだよ」
やれやれといった風に首を振る白。
「ちょっと魔力を使ったがこれで、ばあさんは動けない」
ゆっくりと黒森の前に歩いていくサン。
黒森の身体から猛烈な勢いで妖力が札に吸い込まれその場に崩れ落ちる。

「【オシラ・コシラ、峠の道を通れども、神の子ならずは通られん榊を三本奉れ……】、ばあさん、この呪い詩まじないうた、聞いたことがあるか?」

 はぁっと諦めた様に大きく息を吐く黒森。その体中のあちこちから黒い煙のような血を流している。サンが呟いたのは狼を封じる詩だ。
【その呪い詩を知っているなんて最近の狐さんは博識ね】
白金色の瞳で辺りを見廻し脱出経路を探すがもう立ち上がる力もない。
黒森は肩に突き刺さったナイフを引き抜き噛み砕く。

「へへ、ネット社会だからな。人間がみんなウィキにアップしてくれる。」
腰のシースにナイフを納めながら白がからかうように言う。

【悔しいわね、私は執念深いの。覚えてらっしゃい】
そんな事までネットとやらには記されているのか。
サンの詠唱が終わり黒森の身体は、碧い瓶に吸い込まれていく。

「……ばあさん、すまないな」
澄んだ音を立て、硝子瓶の蓋を閉じるサン。
手早く札を貼り、細い指で複雑な印を切る。
「1年だ。1年で解放してやる。そんとき、あんたの森があればいいけどね。」
掌の美しい小瓶に話しかける。
「ハハ、そん時はこの辺は海の中だよ!!」

その時……

「!!」
二人の狐は顔を見合わせ、山の中腹を見上げる。

「姉貴ぃ!」
「ああ」
今まで感じたことのないほどの大きな闘気が2回膨れ上がり弾けた。

「姉貴ぃ、今のは?」
にんまり笑いを浮かべながら白が姉に問いかけかける。
「剣牙狼の雨霧にしては闘気が大きすぎる」
サンはコートからスマートフォンを取り出し時刻を確認。いつの間にか10:00近い。
「じゃ、いったい誰なんだよ?あんな馬鹿でかい闘気を出す妖術を使えるってのは?」
闘気が膨れ上がった山の中腹辺りを見上げながら白は姉に問いかける。

「分からん。見に行く」
白の方を見ようともせず、コートのポケットから煙草を取り出しながらサンが歩いていく。
「オシッ!次!次ぃ!」
腕をグルグル廻しながら、姉の揺れる2本の尾を追いかけるように白が歩き始めた。

* * * * * * 
サン→広島の『おさん狐』が名前のモデル。
サンが人間の前で名乗る名前(尾崎→尾裂という、皮肉になっています。)
白 →白蔵坊が名前の由来。
ジブリではないんです。

黒森の婆のセリフを読むときは、脳内音声Re:ゼロのエルザ・グランヒルデ(声 能登麻美子)を推奨します。
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