伊予ノ国ノ物ノ怪談

綾 遥人

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第1章

08話 追跡

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【後藤家ノ後継ギガ新免烏羽玉しんめんぬばたまノ術ガ使エントハノォ】
 金色の眼だけをこちらに向けて話しかけてくる。

「はい、すいませんが、聞いたこともないです……」
 小道を進み始めた雨霧様の後ろを走り出す。

御伽話おとぎばなしニ伝ワル伝説ノ技、見テミタイモノジャノォ】
 熊笹が茂る森の中を滑るように走る雨霧様に遅れないよう私も少しペースを上げる。

「はぁ…… 今度、父に習っておきます」
 それは今度、お父さんに稽古をつけてもらう時に教えてもらうとして、

「あのー、それで狐の足取りは掴めたんですか?」
【フム、2人ノ狐ガ餓鬼ヶ森ノ祠ニ封ジラレテイタ大蜘蛛ヲ奪イ菊ヶ森方面ニ姿ヲ消シタ。サスガニ幻術デハ奴ラノ方ガ1枚上手ジャ。袂雀たもとすずめ共ノ監視網ヲくぐッタトイウコトカノ? サテサテ、奴ラハ何ヲ企ンデオルノカノォ?】
たぶん笑っているのだろう。愉快そうな口調で牙を剥き出しにしている。

(・・・蜘蛛、ひぇぇ!)
 私は蟲が苦手だ。しかも物の怪の。自動車くらいのデッカイ蜘蛛を想像してしまい、腕に鳥肌が立つ。
「しっ四国へ旅行に来たんでお土産に持って帰るとか、ペットにするとか?」

【ソレモ考エラレルンジャガ、餓鬼ヶ森ノ大蜘蛛ハマトモニ話モ出来ン、見境ナク襲ッテクル厄介ナ物ノ怪ダッタノォ。封印スルノモ天狗ノちからモ借リテ一仕事ジャッタワイ】

「雨霧様が封印を?」
【70年ホド前ノ大キナ地震ノアト、コノ近クノ『風穴かざあな』カラ突然、何匹モ湧イテキテ人モ物ノ怪モ見境ナク襲ッテノォ】

 『風穴かざあな』かぁ、私も夏休みに一度友人と行ったことがある。
 風の森にある岩穴で冷たい風が吹き出し、湿度と気温の関係か辺りは霧につつまれ幻想的な雰囲気で涼を求める人が大勢訪れていた。
 岩穴の入り口は大きな岩がいくつもあって中に入ることは出来ない場所・・・
 しかし、吹き出てくる風に微かな妖気が含まれていたのを覚えている。

 記憶の中の風景を思い出しながら、森を抜け、沢沿いにしばらく進むと、開けた岩場に出た。
 先に到着した狼が数頭待っている。
『風穴』のことをもう少し聞いておこうと思ったが、どうやら最初の目的地に到着したようだ。

「雨霧様、ここは?」
【黒森ノ婆サントコノ若イノガ襲ワレタ場所ジャ。マァ、死ナナカッタダケ儲ケモノジャナ】

こ の辺りの登山道やハイキングコースの周りには低級な物の怪が人を襲わないよう周辺には、黒森様のまじないで結界がはられている。それをチェックしに巡回していた若い狼たちがいきなり襲われ狼たちは敗戦、撤退。そのうちの1頭は回復に数年はかかる程の大怪我らしい。

【狐ドモノにおイモ残ッテオラン。ドンナ術ヲ使ッタノヤラ?】
 私もなにか手がかりを! と張り切ってあたりを調べるが・・・ん?

「雨霧様、これを!」
【ナンジャ?】
「狐はタバコを吸います!しかも女の人です!」
 真新しい吸殻を発見、しかも口紅がついてる。
 はいはい、これで犯人像は絞られました!

 雨霧様は吸殻の匂いを嗅ぎ、
【コンナモノニマデ、匂イヲ残シテオラントハノォ】
 私の推理には何のコメントもなく、諦めて辺りをもう一度見回す雨霧様。

【ンッ? 雪輪、アレハナンジャ?】
 タバコの吸い殻が捨ててあった場所のちょうど真上。5メートルほど頭上に何か白いものが樹の幹にくっついてひらひら揺れている。

「【小町】! あれとって!」
 少し離れた岩の上で辺りを油断なく警戒してくれていた【小町】を呼ぶ。

【ハイナ!】
 小さな【小町】には少し大きいかな?A4サイズのコピー紙を折りたたんだものを小さな足で掴んで持ってきてくれた。

 折りたたんだコピー紙が開かないようクリップでとめてあり、中身は見えない。樹には噛み終わったガムで張り付けていたらしい、緑のガムがくっついている。

「う~ん、表にも裏にもなぁんにも書いてないですね……」
 雨霧様も興味しんしんと言った様子でこちらの手元を覗き込んでくる。

 ガムに触らないよう注意しながらクリップを外して中を確認する。
 そこには、一番上にペンでこう書き殴ってあった。

『動物ふれあいランドへようこそ!』

 コピー紙の下半分は赤い文字で丸い複雑な模様がびっしり書かれている。
 その模様に触れていた左右の親指にチクッとした痛みが走った。

 私は両腕から大量の魔力が奪われていくのを感じてコピー紙を放り出す。眩暈めまいを感じて膝をついた私は、自分が檻の中にとらわれたことを知って驚いた。

【コレハ見タコトガナイ術ジャナ……西洋ノ魔術カノゥ?】
もの珍しそうに雨霧様は眺めている。
足元には青白く輝く複雑な紋様が描かれ半球ドーム型の光の檻に閉じ込められている。

「これって魔法陣?」
アニメや映画で出てくるマジックサークルが足元に浮かび上がり、細い針金のような青白い光が鳥籠のような檻を作り出している。

【小賢シイ、噛ミ砕ク!】
一緒にとじこめられてしまった狼たちは、鳥籠に噛り付き破壊を試みるが目に見えない壁に阻まれ
牙は檻に触れることが出来ず、カチカチ音を立てている。一筋縄ではいかないようだ。

【大事ナイカ、雪輪?】
私の隣に立ち、油断なくあたりを見回しながら声をかけてくれる。

「はい、大丈夫です。」
ギュッと目をつぶり頭の芯がしびれるような感覚を振り払う。
強力な妖術や闘技を使った後に感じる魔力欠乏の症状だ。
狐が残した魔法陣にごっそり魔力を奪われたらしい。
――大丈夫、身体は動く。
 私も鳥籠から脱出するべく腰の刀の柄に手を伸ばしたとき、足元は地面から湧き出る毛玉のようなものに埋め尽くされていた。

【オォ!兎ジャナ!】
 辺りには獣の臭いが立ち込めよこしまな妖気が立ち込めていた。
 毛玉は淡い黄色の光に包まれ50センチほどの兎となった。
「かっ、かわいい?」
 絵本の兎が現れたようだった。後ろ足で立ち上がりルビーのようなつぶらな瞳でこちらを見ている。クリーム色したもふもふの柔らかそうな毛並。
 その魅惑の質感に、もふリストでなくても思わず撫でてしまいそうだ。

 だけど、普通の兎と違う点は、頭に黒光りする鋭い角が生えていること。
しかも、手には小さな体には見合わないほどの斧やナイフを持っている。

「つっ!!」
 ふくらはぎに鋭い痛み。足にしがみ付いた兎が私の足に噛り付いている! あわてて振り払い傷をおさえた手の隙間から血が溢れてくる。
屈んだ私の目の前にはせわしなく口を動かす兎。

「―――っ!」
 私は声にならない悲鳴を上げ、無我夢中で抜刀!地面すれすれの斬撃がまとめて兎を黒い煙に変える。

 しかし、兎の群れは怯えた風もなく小さな手に得物を携え包囲網を狭めてくる。
 その向こうでは若い狼が四肢を数匹の兎に噛まれ転げまわっている。

【ヤレヤレ、狼ガ兎ニ喰ワレタトアッテハ笑イ話ニモナランワイ】
 てしっと足元の兎を踏みつぶすと、私の前に進み出る。

【雪輪、ワシノ後ロニ下ガッテオレ!】
 その言葉が終わった瞬間、辺りは紅蓮の炎に包まれた。
甲高い悲鳴の後、兎達はほぼ消滅。
【チョット、焼キスギタカノォ? ワシハ生ノホウガ好ミジャガ?】
 巨大な炎球を吐き出し、牙の隙間から細い煙を吐きながら軽口を叩く雨霧様。
 たちまち残党をかみ殺し、兎はやっぱり地物にかぎるのぉとか、西洋の兎はニオイが苦手じゃとか。

 兎を殲滅したためなのか、私から吸い取った魔力が尽きたのか鳥籠はゆっくり消滅。
 足を負傷した狼の傷は結構深く、手持ちの治癒の札で治療をする。
 出血は止まったがこのまま探索の続行は無理と判断、この子は戦線から離脱する。

【結局ハ、時間稼ギガ目的ノ罠ダッタ様ジャナァ?】
 魔方陣の書かれた紙を慎重にウエストバックに入れる私を金色の眼で見ながらマズルで進路を示すように首を振る。

「ええ、手掛かりは何もないですね」
遅れないように走り出そうとする私の足元で何かがキラリと光り、15センチほどの円錐形の棒を何気なく拾い上げる。

「さっきの兎の角だ……」
 艶のない黒い角を爪で軽くひっかくと表面を覆う黒いすすがぱらぱら剥がれて黄色い角だと分かる。
 捨てようか一瞬迷ったけど、記念にということでポケットに突っ込む。
 兎の足は幸運のお守りだっていうし、黄色い水晶みたいで綺麗だ。
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