虚口の犬。alternative

HACCA

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7.聞き飽きただろう言葉

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ふぅ、と吐息して身体から力を抜いた理央の背中を手のひらで撫で、指先で真っ直ぐに伸びた背骨を辿った。

「…恐らく七度前半かと」


俺は剱であると同時にアルファで、いつ箍を失なうかわからないというのに。

まるで人に馴れた動物のように擦り寄ってくる理央の髪に唇を押し当てる。

「…好きです、理央」

その事実が免罪符であるかのように繰り返し、俺は理央を抱き締めた。



剱として、主に早く番ができて安定したオメガの生が訪れてほしいと望んでいる。

だがアルファとして、理央を番にと、欲している。



…他のアルファを愛する理央を、見たくない。



時間が止まったような静寂の中、視界の隅、右の薬指のリングが鈍く光った。



理央のバース性が判明してから、何度頭の片隅で同じことを考えただろう。

剱として、主である理央をあいしている。

アルファとして、オメガである理央が欲しい。

おそらく、剱であることと、アルファであることは両立できないのだ。

吉良の言葉を思い出す。



『わかってんならもっと支えてやれ。アルファじゃなく、剱として』



吉良の目には、俺はアルファに見えている。



それはそうなのだろう、俺は理央を、アルファだと思ってきた。

だがオメガだと知った途端、主人を番にしたいなどと、俺は思っている。



もはや答えは明白だった。



俺は、剱にも番にも相応しくない。



理央が俺に苛つくのも仕方のないことなのだろう。

腕の中で眠る理央の髪を撫で、口付ける。



それでもこの腕の中の存在を失ないたくない。

どれ程のエゴイストなのだろう、俺は。



「…好きです。…理央」



理央が目を覚ますまで、俺はそれが唯一自分に許された祈りの言葉であるかのように繰り返した。






主治医の診察が終わるまで自室で待機していたら、端末に吉良からの着信があって知らず眉を顰めていた。

「…はい」

『今日はどうした』

「なぜ俺に訊くんです」

『理央の端末、多分電源おちてる。後で確認しとけ』

思わずため息を吐く。

「…そうですか」

『昨日の今日だ。心配にもなるだろ』

「…発熱と、…少々抑制剤の効果が薄いようでしたので大事をとりました。主治医を呼びましたのでご安心を」

『そうか。何かあれば教えてくれ。一応番候補筆頭なんでな』

「…はい」

通話を切り、端末を握り締めた。

吉良が理央の番に、と考えただけで総毛起つ。

そんな自分を諌めた。



俺は理央の、剱。

それ以上でも以下でもない。

バース性を捨てなければ俺に価値など無い。

…アルファである剱など、理央にはリスクしかないのだ。







唐突にノックが響き、目を通していた学園内のアルファの資料をデスクに置く。

ドアを開ければ、中年で中肉中背の眼鏡の男が立っていた。

神木の医師である神木紫香楽(かみきしがらき)。

「お疲れ様です」

「ああ」

「理央様は」

「初めてのヒートだからね。落ち着かないようだったので鎮静剤を。今は寝てるよ」

「そうですか。…何か問題でも?」

「…」

「…どうぞ」

丸眼鏡の蔓を中指で押し上げ、微かに笑んで見せた紫香楽の態度から、部屋へと促す。

リビングのソファに案内し、珈琲を淹れた。

「すまないね、わざわざ」

「いえ」

角砂糖を何個もカップに放り込む紫香楽を眺めながらその正面のソファに座る。

「それで、理央様に何か」

「まだ初回だし、はっきりとは言えないんだが」

言葉を切ってカップを口に運ぶ紫香楽の眼鏡の奥の、皺が刻まれている瞼を眺めながら続く言葉を待った。


「…もしかすると、理央様は抑制剤が効き難い体質かもしれない」

「っそれは、」

「効かないわけじゃない、効き難いだけだ。だが今の処方でもあれほどの倦怠感があるならこれ以上強いものを出すわけにはいかない。それにまだ確定ではないよ。初回は慣れない高揚感で興奮状態が続くこともある」

「…」

「ただ、アルファ家系のオメガには一定数存在するのも事実だ。可能性は高い」

「…そう、ですか」

「稀に…だが。徐々に抑制剤の効果が薄くなってゆく個体もいる」

「それは、…」

「抑制剤が効かなくなる。その場合は早々に番を作るしかない。あくまでも稀に、そして最悪の場合、だ」

「…っ」

眼鏡越しの紫香楽の目に同情が浮かぶ。

「君はアルファだろう、大和」

「…はい」

「…大丈夫かね」

「吉良から遮断薬をいただいておりますので。その場合は自分が服用します」
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