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第十四話 温かい手

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その頃台所では母ちゃんのエプロンを着けたコハクが、包丁の柄に近いところでジャガイモの芽をくり抜いていた。

「あら、コハクちゃん上手じゃない!誰に教えてもらったの?」

「ウチ三軒長屋で両隣に婆ちゃんいたんで、ジャガイモ掘ってきたり薪で米を炊いたり、あんま子供向けじゃないおかずばっかだったけど一緒に作ってきたよ」

「だから上手に包丁使えているのね。お昼のお弁当とかどうしているの?」

「あー、小学校は給食だったけど中学入ったら弁当じゃんね。面倒くさいから昼は購買のパンで、夜はラーメンとライスとか好きなもんばかり食ってたら、紫音さんっていうレディースの姉さんに『アンタ貧血になるよ』って怒られてさ。案の定貧血起こしてぶっ倒れたところをレイが運んでくれて、姉さん呼びに行ってくれたりとかさ。それから姉さんが弁当作ってくれてたんだけど、緑のもんばっかりで・・・女の体って結構大変だねー」

「でもその先輩ってもう卒業したんでしょ?今はどうしてるの?」

「また購買の常連に戻ったよ。でもバンメシはなるべくホウレンソウのおひたしとか、レバーの煮物とか鉄分多めの物を作って食べてるよ。米も一人だから一合炊けば次の日も食えるしね。父ちゃん帰ってこないから充分足りるんだよ」

それを聞いたレイのお母さんは、手に持っていた玉ねぎをシンクに置いてコハクを抱きしめた。

「こんな・・・まだ中学二年生になったばかりの子がそんな思いをして、毎晩一人でご飯を食べているなんて。込み入ったこと訊いてごめんなさい、女の子のことについては先輩が教えてくれたの?」

「う、うん。おばちゃん、あったけえ・・・。こんな話レイにはできねえけど、初めて二日目の洗礼受けた時にシーツまでいっちまってさ。服に醤油こぼした時みたいにお湯使ったら取れないのな、水で洗わなきゃいけねえとかいろいろ教えてくれる優しい姉さんたちがいてくれて、必要な物とか下着とかも一緒に買いに行ってくれたよ。トランクスはいてたから、最初んトキはドチャクソ怒られたっけ」

「コハクちゃん・・・お父さんってどれくらいの頻度で帰ってこられるの?」

「ん?通帳とキャッシュカード渡されて、最後に会ったのは小学校五年生の夏だったっけな?毎月ちゃんと金は振り込まれるし、みんなに助けてもらってるしオレは幸せ者だよ。でも・・・レイには申し訳ないと思ってるんだ。オレが女の体なばっかりに、痛い目とか辛い目とかいっつも背負ってくれて、それでいて嫌味の一言も聞いたことねえし顔にも出さねえ。誰にも喋れねえこんな爆弾抱えてんのにさ、アイツが相棒で本当に良かったよ」

抱きしめたままコハクの頬にポタポタと涙を落としながら、レイのお母さんは肩を震わせて泣いた。

「コハクちゃん、おばちゃんからお願いがあるの。貴女は漆原心白さんで、コハクちゃんで風神のままでいい。おばちゃんも女一人で寂しいから、できるだけ我が家にお泊りしてくれないかしら・・・一人暗い中でご飯を食べたり、朝からシーツ洗ったりなんてしなくていいから」

コハクは右手に持っていた包丁を静かにシンクに置き、左手のジャガイモはそのままでレイの母親の腰に手を回した。

「おばちゃん、泣かしちゃってゴメン。オレ・・・ものすごく幸せなこと言ってもらえてるってわかるし、母ちゃんが居たらこんなに温かいんだなって素直に感じてる。オレもおばちゃんにいろいろ教えて欲しいこといっぱいあるし、正直一人よりもおばちゃんやレイが居てくれたらもっと楽しいって思うし。素直に『おばちゃんありがと!着替え取りに行ってくるね』って言っちゃっていいんかな・・・」

「いいのよ、それで。これから下着とかパジャマとかお買い物に行く時におばちゃんも一緒に行ってくれると嬉しいし、風神が側に居てくれると安心だもの。お着替え、レイと一緒に取りに行ってらっしゃい。カレーの準備進めておくから・・・もう外は薄暗いから、レイを連れて行って」

そう言って抱きしめていた母親の腕が緩むのと同時に、一歩下がったコハクの瞳にも溢れんばかりの幸せが今にも零れ落ちそうに溜まっていた。それを袖でグイッと拭って笑顔でジャガイモを母親に渡し、

「レイ、お泊りになったから着替え取りに行く。そろそろ脳みそ沸騰してんだろ?付き合えよ、散歩行こうぜ!」

扉を開けると、裏が白い広告の裏紙にびっしりと様々な計算が書いてあり、シャープペンを顎に当てて天井を見つめ悩んでいるレイの姿。

「お、やってんな!散歩がてら着替え取りに行くから付き合えよ」

天井からオレの顔へとゆっくり視線を降ろしたレイの口は、『エ』になっている。

「エ・・・じゃねー!おばちゃんが『レイも連れて行って』って言ってるから誘ってんだろ!」

「いや、でも、あの、その・・・」

「んだよ、柄にもなくウジウジしやがって!言いたいことあんならズバッと言え、ズバッと!」

「オレ、オマエんとこいくの初めてだし。んーと・・・」

「だーかーらー、オレが一緒に行くんだから何が問題あんだよ?知らねえとこにおつかい行かせるにしたって、イマドキ小学生だってそんな返事しねーぜ?」

「いや、ほらよ。急に行って、洗濯物とか干してあったりしたら気まずいじゃんか」

「誰が気まずいっつったよ、このボケが!風神様が『お供しろ』っつってんだから、素直についてこいや!」

「あれこれオレなりに考えて気にしてんのに、なんだその言い方は?上等だよ、ダイマンだ!」

「やってやるよ、テメエが一発入れる間に五発打ち込んでやらあ!」

勢いよくドアが開いて、片手に包丁を持った母ちゃんがコハクの後ろから現れた。

「テメエら、ごちゃごちゃウルセエぞ!カレーができちまうだろうが!出来ちまったら二人の帰りを待ってるおばちゃんだけ、旨そうな匂い嗅ぎながらグーグー腹空かして独りぼっちかよ?サッサと行きクサレ、このボケドモが!」

とにもかくにも目の前にあるものはほったらかし、部屋のカギだけポケットに入っていることを確認して、靴も履いたのか履いていないのかわかんない状態で二人してアパートから飛び出る。

「お、おい。おばちゃんて怒らせると普段からあんなに怖いのか?」

「い、いや。あんなに怒ったトキ見たことねえからオレもビビった」

こんな会話をしながら二人とも結構なハイペースで走っている。そもそもオレはレイの家に自転車で来たわけで、普通に歩いて帰ったら三十分は掛かるであろう距離を八分くらいで到着した。体育の持久走よりも本気で走ったのは間違いなく、横っ腹を抑えてゼーハー言いながらカギを開ける。

「こりゃ、陸上部も真っ青だぜきっと・・・上がって待っててくれ」

立ったまま膝に手をつっかえ棒のようについて、肩で息をしているレイは汗だくでコクコク頷くだけ。結局オレが要るものバッグに詰め込んで玄関から外に出るまで、ヤツは家の中に入らず外で汗を拭きながら待っていた。

「どうして入ってこなかった、オマエ・・・」

「ヤボなこと訊くんじゃねえよ、オレは脱げてもオマエは脱げねえだろうが。風邪ひかねえように、ちゃんと汗だく拭いてきたか?」

「ったく、イギリス紳士かよテメエは!ちゃんと汗臭くないようにしてきたよ。確かめてみるか?いい匂いすんぞ、ホレホレ」

「ヤ、ヤメロ!バカ」

さすがに帰りはペース落としていこうと、しばらくの間は割と早めの歩きで進む。互いに無言でだんだん歩くスピードは速くなり、もうじきどちらかが走り出すんじゃないかという勢いで通り過ぎた、地域密着型スーパーの横の路地に見えた複数人のカタマリ。申し合わせたように二人とも急ブレーキをかけ、

「おい、タカリじゃね?」

「おう、行くか」

歩数にして七歩ほど戻って細い路地に入ると、学ランの詰襟に『難』の文字が入った襟章をつけた学生三人が『イカニモ!オレたちはそのスジの人でーす』ってナリの五人組に囲まれて財布を差し出しているところだった。ガキの頃から銭湯で本物の背中を流してきているオレにとって、ナリだけのボンクラクズが何人居ようがどうってことねえ。それよか、気になったのは襟章だ。

(ありゃあ、牛島先輩んとこじゃねえか。なに大人しく差し出してんだよ)

「こんばんはー、補導員でーす!兄さんたち、なーにしてんのかなー?」

オレの声にびっくりしたのは学生の方、イカニモって方は俺らを上から下まで舐めまわすようにメンチをきって、威嚇モードに入る。

「オドレラなんじゃい!ワシらがどこのもんか知って偉そうな口を叩いとんのかわかっとんのか、おう?」

(イマドキどこのヤクザ映画見て覚えたセリフだよ?)

「その三人は知り合いなんでー、さっさとお財布返して補導されない内に解散しましょうね!あと、あんまり近づかないでくれるかな、息が臭いんで」

ニコニコと大きめのカバンを肩から下げたままの状態で、誰がどう聞いてもケンカ売ってるとしか思えないこの言葉に、イカニモ連中はブチギれた。学生服と違ってタランタランのスーツもどきは『どこでも掴みたい放題の隙だらけ』な上に、この細い路地で五人が一気に感情的になって向かってくる。路地の広さはオレとレイが横に並んだら塞がってしまうほどの細さで、言い換えればこのイカニモに逃げ道は・・・ない。学生三人がオドオドしながら少し離れて見守っている状況で、互いの動きを見ながら風神雷神も牙をむく。一人目はまさに雷神一閃で何本か前歯を持っていかれてぶっ倒れ、二人目は身軽なオレに回り込まれてシャツを絞められ気絶。その瞬間に残ったイカニモの一人からバッグを引っ張られてよろけたオレを見て、

「その荷物に触るんじゃねえー!」

と跳び蹴りしてそのまま顔面を踏み潰すという、おぞましい雷神の落雷。これでやっと二対二、オレら好みのタイマンタイムの始まりだ!レイの相手はポケットからメリケンサックを出して拳に装着、オレの相手は腰のあたりからドスを出してサヤを抜き、その辺に放り捨てる・・・

銭湯で仲良しなおじさん三人組の背中を一生懸命に流して、フルーツ牛乳に加えてアイスクリームまでご馳走になったことがある。どんな絵が入っていたのかまでは覚えていないが、銭湯に来て坊主頭のガキからの

「おっちゃん、背中流します!」

がものすごくお気に召したのだろう。満面の笑みでいろいろ話をしてくれた中での一節、当時はあんまり意味が分からなかったが、今この瞬間その意味がはっきりと分かった。

「ボウズ、ええ仕事やったでー。おっちゃんら感動したわ、何本でも飲んでいいからな!せや、ええこと教えといたろ!ボウズが大きくなってワヤごとに巻き込まれた時に、冷静でいられるためのとっておきや!まず一つ目、『自分はどっかの組のもんですー』って格好して群れとるヤツは確実にニセモンやからビビらんでええ。わいらも今日は三人で銭湯来とるけど、普段はバラバラや。弱い奴ほど格好つけて群れよるから、ビビらんとかましたればええ。それから二つ目、ドスとかポン刀出されたら怖いやんか?ほんでも大体がニセモンや!いっちゃん簡単な見分け方、教えといたるわな。『ニセモン持っとるヤツは突きに来る、ホンモン持っとるヤツは斬りにくる』や。考えてみ、家に包丁あるやろ?あれって大根とか魚とか切るための道具やんか。切れる刃があんのに何でわざわざ突きにくるん?ニセモンは刃が切れんさかい、突くしかないんや。最後に三つ目や、『大勢とやらなあかんくなったら狭いところでやるべし』や。まだ武士が刀持って戦っとる時代にな、偉いさん先に逃がすためにシンガリっちゅうのがおったんや。仲間の一番後ろ、敵から一番近いところで足止めをせないかんっちゅう漢の鏡やな。だいたい腕っぷしも肝っ玉もデカい奴が自分から名乗り出るんやけど、いくら強い言うてもいっぺんにソナイ相手でけへんやん?せやからせいぜい二人くらいが通れる狭い橋の上とかに誘導して、自分で背中守らんでもいい状態にして戦うんや。ほんなら相手が何人でこようが目の前は一人か二人や」

風呂上がりに三人代わるがわる坊主頭を撫でてくれながら、おっちゃん達が扇風機の前で嬉しそうに、そして楽しそうに話をしてくれたのを思い出す。

(あの手も温かかったなー。しっかし目の前のコイツ、ろくにドス握ったことないな・・・手が左右逆だ。しかもハナっから突きに来ているってこたあ、ニセモンじゃねーか)

グチャリ!

そんな音がして振り向くと、雷神がメリケンサックヤロウの頭を掴んで壁に叩きつけていた。そいつはそのままズルズルとナメクジが這ったみたいな跡を壁に遺して崩れていった。『オレが振り向いた隙に』とばかりにこちらに向かってくるニセモノヤロウはちゃんと視界に入れてある。相手が一歩踏み出す前に二歩三歩とオレがエモノに向かって行くと、びっくりしてニセモノヤロウは動きを止める。そりゃそうだ『これ出せばビビッて泣きわめくに違いない』みたいに勘違いしているだろうから、逆に向かってこられたらどうしていいのかわからずに止まっちまうものさ。走った勢いそのままに、エモノを持ったままガチガチに力の入っているヤロウの両腕に両手を揃えて軽く下に抑えるような力を入れる。動物ってのは考えている動きと反対の力が加わると反射的に反発しようと力が入るものだから、ヤロウは抑えられた腕を『そうはさせまい』と逆に持ち上げる方向に力を入れる。その力に乗って跳馬みたいに飛び越えて背中側に着地するのと同時に、後ろ襟を掴んでエビゾリの恰好にさせてオレの腰に乗せて今度は跳ね上げる。わかりにくいよな、後ろから相手の襟掴んで、首一本背負いって感じだよ。

「グエッ!」

って声と同時にバクテン失敗みたいに、頭から地面にダイブ!

「うわ、エゲツネエー」

ってレイの声が聞こえたけれど、オマエの方だってたいがいエゲツネエよ。『なんちゃってそのスジの人』らをぶっ壊して学生三人に声を掛ける。

「お兄さんたち、大丈夫だった?お金取られてない?ケガとかもしてないかなあ?」

無言でウンウンと頷く三人の一方で、一番初めに雷神一閃くらったヤツが歯の折れた口で息を洩らしながら喋りだす。

「テメヘラ、ダタジャシマナイカラナハー!ホレタヒハ、リュウフジントホマブナンダカラナハー!」

(ごめん、わかんないよね・・・)

「テメエらタダじゃ済まないからな!俺たちは龍神とマブダチだからな!」

って言ったの。これ聞いたレイが、

「龍神呼べや、待っててやるから秒で呼べ!」

って。『待っててやるから秒で呼べ』って言ってること無茶苦茶だけど、龍神の名前出されてアッタマきたんだと思うよ?だって学生三人牛島さんの高校だもの、『難』の襟章は難海工業だからね。気づいたら狭い路地の向こうに結構な見物人の森ができてて、それをかき分けるようにしてひときわ大きな人が路地に入ってきた。見覚えのある真っ赤なリーゼントに龍神の洋ラン、オレら二人は速攻で頭を下げて挨拶をした。

「シャッス!」

ものすごい圧は、頭を下げているオレらの横を無言で通り過ぎ、学生三人に低く優しい声を掛けて路地の反対側から帰らせたっぽい。クルリと振り向きオレらの肩にポンと手を置き、

「お前らにデッカイ借りができちまったな。オレが風神雷神を託しただけのことはある、ありがとな」

ってこれまた渋く優しい声で言いながら、肩に置いた手にちょっと力を入れて頭を上げるように促してくれた。もうさ、格好良すぎて泣きそうだよ!そしたら今度は急に険しい表情になって『ナンチャッテ』に向かって歩いて行き

「貴様らなど知らん」

と一喝!そんで、

「荷物背負ってるが、用事の途中か?」

って聞かれたから、なるべく簡潔に説明したら・・・

「そうか、送ってやるから二人とも乗れ」

って!前回はオレだけチャリだったから、もう嬉しくってさ。前から龍神、雷神、風神って順でレイの家まで送ってもらって、爽やかに風のように去っていった。興奮冷めやらぬオレらはおばちゃんにあれやこれやとカレー食べながら話し、途中何回かおかわりもして、せわしなくも美味しく楽しい夕食時を過ごし、おばちゃんと楽しく一緒に洗いものをした。

「コハクちゃん、お風呂はいっていってねー」

いやいや、オレは最後でしょ・・・って言ったんだけど、おばちゃんが

「いつも私が最後に入って綺麗に掃除してから風呂場を閉めるのが習慣だし、お客さんのコハクちゃんが最初でしょ」

と、頑なに譲って貰えないので、ありがたく頂戴する流れになった。

オレはといえばバッグから着替え一式出して、持ってきたサブバッグに入れて持っていき、頭と体を洗ってからお湯に浸かる。風呂で湯船にのんびり浸かるなんて、親父が帰って来ていたトキ以来かもしれない。

「うっす。おばちゃん、レイ、お先っした!」

ってジャージ姿で出てくると、

「コハクちゃん、こっちいらっしゃい。髪乾かしてあげる」

って。いつもそんなことしねーし自然乾燥なんだけど、おばちゃんもやりたそうだったし、オレも初めての経験だったから三面鏡の前に座らせてもらって乾かしてもらった。

「コハクちゃん、髪の毛痛んでるわねー。トリートメントとか使ってる?」

「えと、昔から石鹼で体と一緒に洗っちまうんで、使ったことないっす」

「女の子の髪は命よ、おばちゃんの使っていいからね」

「うっす、一応ソトではヤロウって事になってるんで・・・」

「うちにいる時は女の子でいいのよ」

「・・・うっす」

サラサラと遠巻きに風を当てながら、手櫛で優しく乾かしてくれるおばちゃんの手は、やっぱり温かかった。

その後鍛えられた上半身裸に短パン姿で、頭をワシワシバスタオルで拭きながら冷蔵庫を開けるレイに、

「レイ、コハクちゃんの前でしょ!ちゃんとしなさい、恥ずかしい!」

と雷神に向かっておばちゃん一閃。なぜか照れ臭そうにバスタオルをマントみたいに上半身に巻いて、浴室に戻っていったレイはちょっとかわいかったな。次出てきた時はちゃんとシャツ着て、止まらない汗を拭きながら団扇片手に冷蔵庫を開けてた。


とりあえずレイは扇風機の前に陣取っているので、先にヤツの部屋に行って頑張った証を見ながらベッドに転がってくつろぐ。

(やっぱアイツ、頭の回転いいな。普通に和差積商をやって来るもんだと思ってたけど、ちゃんと〇+四を忘れてねえな。エライエライ・・・)

扉を開けてレイが入ってきたので、

「湯冷めすんなよ。それよかコレみてるけど、自信もっていいぞ!オマエは頭の回転早いし柔軟性もある、風神様お墨付きだ」

って言ったら、持ってた団扇ポトリと落として

「おま、なんでこっちにいんだよ?てか、なに勝手に寝っ転がってんだ!」

「風神様が褒めてやってんのに、ちょっと寝っ転がったくれえでいきなりキレんなよ。わかったあれか、年頃のヤロウはベッドの下にエロ本隠してあるとかいう都市伝説か!」

「んなもんねーわ、ボケ!」

「じゃあ何でそんなキレんだよ?」

とレイのベッドを占領してニヤニヤしてると

「コハクちゃーん。お布団準備できたから、勉強終わったらこっちにいらっしゃいね」

とおばちゃんの声。『シッシッ』とレイに部屋を追い出されて和室に行くと、二人分の布団が敷いてあった。鏡台で髪をとかしているおばちゃんから

「いつもと違う環境だけど、ぐっすり眠ってね」

と言われる。それを受けて、鏡に映っているおばちゃんに話しかける。

「ざっす!こんなにしてもらって、ホント感謝してます。今日一日過ごさせてもらって『きっと兄弟のいる家族ってこんなに幸せなんだろうなー』って思ったっす。おばちゃんのことも『母ちゃんいたらこんななのかな』って思ったし、なにより女扱いしてもらったことがないんで・・・やっぱ慣れないっすね。でも嬉しかったっす、おばちゃんありがと!」

「優しくて頼もしい息子が二人いる・・・そして実はすごく可愛らしい女の子。ずっと娘の居る生活に憧れてきたから、窮屈な思いをさせていまっていたらごめんなさいね。私の方こそ幸せ者よ、コハクちゃん」

お互いニッコリ笑って、その夜はおばちゃんと手を繋いで寝た。
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