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第十三話 教えて、コハク先生!
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中学生になって授業科目も増え、いくら義務教育で卒業は出来るだろうとはいっても、龍神を継ぐために牛島さんと同じ高校に進学したいオレとしては、現段階からつまづいている場合ではないという危機感に襲われていた。
オレが通っている聖東中は難関高校への進学率が高い中学で、現在難海工業で『龍神』を張っている牛島さんもこの中学を卒業しているわけだが、実は牛島さん、あれだけつっぱって周囲から恐れられる存在でありながら、中学んトキの成績は上から数えた方が早いくらいで、工業高校の中でも割と偏差値の高い難海工業にも指定校推薦でポンと進学してしまったほどだ。指定校推薦というのは普通の推薦枠をは違い『学校長の名に於いて間違いのない生徒なので特別な推薦枠を準備してもらう』というものだ。もう少しかみ砕いて言えば、
「牛島君は難海工業高校一択で進路を決めている。聖東中学校長の名に於いて特別に推薦できる人間であり、彼が御校以外に進む選択肢は全くない上に、中学時代には生徒会長も務めており成績等に於いてもなんら問題はなく、自信を持って推薦できる特別な逸材である」
というくらいの特別推薦枠のことだ。よって一般生徒が志望校進学の為に一生懸命受験勉強をしている最中、彼は簡単な作文と面接だけで早々に進路が決まっていたというわけ。先輩から聞いた話によると牛島先輩の口癖は、
「先生方が教えて下さってる授業内容にいい加減な気持ちで取り組んでいる奴は、ツッパる資格なんかねえ。自分の筋を通したきゃ、やるべきことはちゃんとやれ」
だったそうだ。これを言われるとグウの音も出ない・・・
しかし現実問題、授業を聞いていても理解できない事が増え過ぎてきて、オレなりに頑張ってきた小学六年間の勉強方法じゃ理解できなくなってしまって、またコハクに教えてもらわなきゃいけないハメになりそうだ。コハクは中学一年生の時は毎日放課後に、ムラサキメンバーに風神で居続けられる為の特訓を受けてきた。それに加えてオレと一緒に『風神雷神』としてケンカに行き、体操部に仮入部しながら自主トレもして、それでも成績はトップ十人から落ちたことがない。アイツなりに『風神』の重みを理解して日々努力を積み重ねてきたということだ。互いに答案の見せあいっこなんてことはしないが、学年トップテンは成績優秀者として張り出されて学期末には校長先生から表彰されるので、生徒全員から
「あんなナリをしていても風神は秀才だ」
と周知されていた。テスト前になると教室に残って男女関係なくやる気のあるヤツから声を掛けられればわかりやすい特別授業をやったり、鉄棒などの運動が苦手な生徒がいると一緒になってできるまで付き合ってやったりするので、必然的にヤツの周りには常に人の輪ができた。
それに比べてオレは運動能力は風神とあんま変わらないものの、テストの成績は下から数えた方が早い、怖がられてあまり話しかけられないで学校の外では『風神よりも雷神の方がオッカナイ』って言われるくらいのもの。『風神雷神として暴れているのにじゃあその違いは何か』と訊ねられたら、『一撃の破壊力』くらいのものだ。校内で特別嫌われている感じではないが、話しかけやすく面倒見の良い『風神』の方に人が集まるのは当然のことだろう。別にそれが羨ましいとか言っているわけではないが、学力の低下を何とかしなきゃいけない現状に於いてヤツの力を借りなきゃいけないわけだが、他の生徒と同じようにクラスに残って勉強するというのは『雷神』としてちょっと体裁が悪いってとこだ。
そんなこんなしている間に無慈悲に通り過ぎていった中二最初の期末テスト、オレなりに徹夜で詰め込み勉強をして挑んでみたものの『赤点四教科で夏休みの補習授業後に再テスト』という、牛島さんに知られたら間違いなく『雷神はく奪』されてしまうであろう悲惨な結果で、申し訳ない事に成績不振により母ちゃんは学校に呼び出し。そんなことを全く知らないアイツは
「あ、おばちゃんこんちは!なになに?レイの忘れ物届けに来たの?」
なんて学校に呼び出された母ちゃんに無邪気に話しかける始末。
(今度の期末テストでは絶対良い点を取る!)
と孤軍奮闘してみたものの、このありさま・・・二年生最初の期末試験からこんな様態ではさすがにヤベえ。こってり先生からしぼられてかあちゃんとの帰り道、
「小学校の時みたいにコハクちゃんに勉強教えてもらったら?」
と言われた。確かに小学校の時はヤツに助けてもらったが、今は素直にそれを言いにくいモヤっとした感覚がオレの中にある。
(ヤツが女であると知ってしまった)
ことだ。学校内では『風神雷神』でコハクとは表面上ヤロウとして接しているが、紫音さんや雅さん率いるムラサキメンバーのところに運んだり、正直ケンカの時にはヤツが他のヤロウから触れられないように気遣いながらやっていたりするのは事実だし、何より以前アイツが家に来た時に母ちゃんに女の洋服を着せられたのを見た時に、
(かわいいな)
と思ってしまったのも事実だ。アイツ自身はきっとこんな風に思われることを一番嫌がるだろうが、最近特に全く気にならなかった距離感にドキッっとしてしまう瞬間があるのは否めない事実だ。『雷神』としてアイツに頼むのが恥ずかしいとか嫌だとかそんなんじゃないんだが・・・ちょっと気恥ずかしいんだ。でも母ちゃんが言うとおり、そんなことを考えている場合じゃねえ!
夏休みに入り補習授業が始まる前に、オレは腹をくくって動いた。
「なあコハク、頼みがあるんだが聞いてくれねえか?」
いつも見せない神妙な面持ちでそう言われたコハクは、キョトンとした顔で
「おい、どした?」
と返してきた。本格的に夏が始まった暑い日、オレの部屋に涼みに来ていたコハクはうちわをパタパタしながらちょこんと座り直した。
「言いよどむじゃねーか、ケンカの話か?それとも何か悩んでんのか?ガキの頃からの腐れ縁だろ、オレに出来ることだったら何でも協力するから遠慮なく言ってくれや!」
喋り方や仕草など、普通にヤロウと話をしている感じだ。ちょっと安心してカバンからノートを取り出し、それを両手で突き出しながらオレは頭を下げた。
「すまん!赤点四つで夏休み補習授業があって、その後に再テストがある。この間母ちゃんにパート休んでもらって学校に来させちまったし、こんなんじゃ雷神失格だ。かといってだ、他のヤツラと一緒に並んでオレが教室でオマエがやってる居残り勉強を受けるなんて格好悪いこと出来ねえし・・・頼む、オレに勉強を教えてくれ!」
パタパタしていたうちわをとめて一瞬ポカンとした顔をした後、
「期末テストの答案、全部見してみ?」
と言われてきれいにファイリングしてある全教科の答案用紙をコハクに差し出した。
「オマエ、こういうところは几帳面なのな。どれどれ・・・」
うちわを置いて左手を口元に当てながら、真剣な表情で全ての答案を見ている。
「確かに、これはひっでえな。オマエが言うように他のヤツと一緒に並んで、雷神がオレの居残りサービス授業を受けるなんてこたあ、オレだって嫌だ。雷神にそんな恥さらしな真似をさせたくねえ。答案見た感想な、テスト勉強はちゃんとやったんだけど点数とれなかったって感じだな。これはよ、簡単に言やあ・・・ズレてんだよ」
言ってることは全くわかんねえが、答案を見てオレがちゃんと勉強したってのをわかってくれたのは嬉しかったし、やっぱコイツに相談して良かったってちょっと救われた。
「ズレてるって言われてもピンとこねえよな、要するにだ。相手が戦車に乗ってケンカ吹っかけてきてるのに、オマエは戦車に乗らずにツリザオ持って迎え撃とうとしてるんだよ。どうよ、こう言われたら明らかにおかしいのわかんだろ?」
わかりやすい例えだ、オレはコクコクと素直に頷く。
「例えは国語な。勉強したから漢字は一個しか間違ってねえ、しかも木ヘンと人ベンを間違えるなんて言うツマンネエ間違いだ。これはコトワリを理解できればちゃんと正解してた問題なんだよ」
「すまん、わかりやすく頼む」
「ああ、ワリイ。この『偽り』って漢字はだな『人の為を思って』っていうのが語源なわけだ。あなたの為だから・・・が全部本当じゃねえ、即ちウソかもしれねえって意味なのな。そう考えるとよ、木の要素がどこにもなく、人の要素じゃん?だから木ヘンじゃなくてニンベンなんだよ」
(なんちゅうわかりやすい説明だ!何十回も書いて暗記したノートを見返すと、その段階から全てキヘンで間違って書いている・・・)
「あと、長文読解。これは小学校の時にも言ったけど忘れちまったかな、答えはこの長たらしい本文の中に必ずある。そして問題文には『本文の中から抜き出しなさい』って書いてあるのに、オマエは自分の感想を勝手に書いちゃってるのよ。気持ちはわかるぜ、でも問題が『抜き出せ』って書いてある以上、この文章の中から抜き出さないと、何を書いても不正解になっちまう。これ、言ってることわかるか?」
「ああ、わかりやすい。続き頼む」
「よし。じゃあどこを抜き出すか?ってとこがポイントになるわけだ。今回の問題『七六六五日の物語最終章の本文に於いて、主人公ネロは龍二にどんな感情を抱きましたか?』この問題な。文章読んでみ、ネロは龍二に感情込めてなんか言ってるとこねえか?」
「えっと、『いい加減にしろ、バカ龍二!』って言ってるな」
「そう、それが正解だよ。言ったとか思ったとかそういう所で引っかけるのが国語の問題なんだけど『抜き出しなさい』って書いてあるんだから、『いい加減にしろ、バカ龍二!』が正解だ。わーかってんじゃん!」
(いや、この授業はヤベえだろ?聞いてて面白いし、正解に導いてくれるし、正解すりゃ喜んでくれるし。こんな授業だったら毎日聞いてても全く嫌にならねえし、テスト前に勉強なんかしなくたって点数取れちまうだろ)
「ちょっと的外れなこと訊くけどよ、オマエってテスト勉強とかしてる姿見たトキねえんだけど、どうやって勉強してんの?オレが赤点だった国語のテスト、何点だった?」
「ん?点数は百点だった。勉強は、例えばレイがやってるようなノートに何回も漢字を書いて・・・みたいなのはしねえよ。考えてることは二つで、『どう言ったらみんなが楽しくわかりやすく理解してくれるかなー』ってのと『この範囲からあの先生はどんな問題作って来るんだろうなー』ってことかな?オマエだってケンカする時に、相手が拳でくるのか蹴りでくるのか考えるだろうし、タッパのあるヤツは雷神が相手して、チョコマカしたヤツは風神がやったほうがいいとか考えるだろ?それと一緒だよ」
(やばい!ほんのりいい匂いするし、こんだけ近くで見ると普通にカワイイ。それに加えてなんちゅう温かくて優しい説明、わかりやすい以外のナニモノでもない」
チラッとコハクを見上げるとニッコリとオレを見ていた。
「オレの体に女の変化が出始めてから、オマエがどれだけ気を遣って喧嘩してくれているのか、ムラサキメンバーや紫音さんのとこに運んでくれて助けてくれてるのか、わかってるつもりだよ。『風神雷神』としてヒトカタマリにされて、相棒が力のない女だって・・・それでも『面倒くせえ』とか『邪魔だ』とか、オマエ一回も言ったトキねえじゃん。照れくせえからいつもは言わんけど、感謝してるんだぜ?テストっていうのがケンカ相手なら、最強の助っ人としてオレにも手伝わせろよ。どうせ父ちゃん帰ってこねえし、何時までだって付き合ってやるし、先生たちがビックリするような大勝負かましてやろうぜ!」
心が震えた・・・コイツに出会って、初めて目の前で涙が流れた。
「おいおい、どうしたよ。無敵の雷神様だろ?困った時はお互い様でこれからも助け合っ・・・っていこうぜ」
オレの前で涙を流したコイツの姿を初めて見て、何だかオレももらい泣きで言葉が詰まっちまった。やっぱ、いい奴だ。
「おっし、四教科。全部フルボッコにしてやろうぜ!先生たちには申し訳ないが、勉強じゃ無敵の風神様が楽勝でぶちのめしてやるよ。今回の補習再テストだけじゃなく、これから一緒に受けるテスト全部だ!相手が誰であろうが『風神雷神』を敵に回すヤツはフルボッコだろ?オレはオレに出来る事をやるから、これからも足りないところは助けてくれ。頼りにしてるぜ、雷神様よ!」
互いに目からこぼれた汗を拭いて、あらためて国語の教科書を開いたその時、扉がコンコンとノックされておばちゃんが現れた。
「おばちゃん、ちっす。お邪魔してます!」
「あらコハクちゃん、こんにちは。レイの勉強みてくれてるの?ありがとうねー、助かるわ!食材あるから買い物行かずに今晩カレーにしようと思うんだけど、コハクちゃんも一緒にどう?」
「わー、まじで!めっちゃ嬉しいー!じゃあオレ、作るの手伝ってもいい?」
「あら、それはおばちゃんも嬉しい!じゃあ、三時くらいから始めるから、それまでお勉強お願いね」
「うっす!レイは賢いヤツなんで、教えるのもラクチンっすよ」
こうして先ずはテストの答案と問題を照らし合わせ、どこがズレていたのかを確認して、見つけるべき答えの探し方を進めていった。コハクの授業を聞いていると『さっきの考え方は国語だけの問題じゃなく、全ての教科に当てはまるんだ』という言いかたで、まだ何となくではあるがそれが少しだけわかる気がする。
「さっきもチラッっと言ったけど、オレらの日常と何ら変わんねーんだよ。みんな勉強とかテストとか『すっげー特別のもんだ』って身構えちまうところから、もう吞まれてるんだよ。例えばオレらがさ、しょうもないポンコツ相手に身構えるか?『グラウンド十週の持久走』なんて言われたらさ、スタートの時から自然とペース配分考えるだろ?それと同じだよ。居残ってオレの授業受けてるヤツらはさ、最後の一周で猛ダッシュできる体力残ってんのよ、前半で息抜いてるから。成績のいいやつを見ると『ずーっと猛ダッシュしてる』みたいに見えるだろ?ちげーんだよ、立ち止まって寝っ転がらずにゆっくりのんびり歩いているだけなんだよ『ウサギとカメ』だな。結果、一度も猛ダッシュしてないのにゴールが早いっていうオチさ」
いってみりゃあ『スーパー家庭教師が完全マンツーマンで教えてくれてる』って形だ。しかも母ちゃんのカレーライスに喜んで、逆に
「自分に足りないところを助けてくれ」
と言う。贅沢というか何というか、
(コイツが相棒で本当に良かった)
に改めて思えた瞬間だった。先ずは『勉強やテストなんて敵じゃねえ』って話を聞いている内に
「コハクちゃーん、カレー作るから手伝ってー」
と母ちゃんから声が掛かる。
「はーい、待ってましたー!」
と答えるのと同時に、
「おばちゃん手伝ってくる間に宿題な、足しても引いても掛けても割ってもいい。四になるにはどんな方法があるのか、思いつく限り書いといてくれ。くれぐれも、最初から吞まれんなよ。ザコ敵だからな」
と言ってコハクは部屋を出て行った。オレは言われた通り目を閉じて静かに考え始める。
(一+三、二+二、三+一、二×二、四×一・・・)
オレが通っている聖東中は難関高校への進学率が高い中学で、現在難海工業で『龍神』を張っている牛島さんもこの中学を卒業しているわけだが、実は牛島さん、あれだけつっぱって周囲から恐れられる存在でありながら、中学んトキの成績は上から数えた方が早いくらいで、工業高校の中でも割と偏差値の高い難海工業にも指定校推薦でポンと進学してしまったほどだ。指定校推薦というのは普通の推薦枠をは違い『学校長の名に於いて間違いのない生徒なので特別な推薦枠を準備してもらう』というものだ。もう少しかみ砕いて言えば、
「牛島君は難海工業高校一択で進路を決めている。聖東中学校長の名に於いて特別に推薦できる人間であり、彼が御校以外に進む選択肢は全くない上に、中学時代には生徒会長も務めており成績等に於いてもなんら問題はなく、自信を持って推薦できる特別な逸材である」
というくらいの特別推薦枠のことだ。よって一般生徒が志望校進学の為に一生懸命受験勉強をしている最中、彼は簡単な作文と面接だけで早々に進路が決まっていたというわけ。先輩から聞いた話によると牛島先輩の口癖は、
「先生方が教えて下さってる授業内容にいい加減な気持ちで取り組んでいる奴は、ツッパる資格なんかねえ。自分の筋を通したきゃ、やるべきことはちゃんとやれ」
だったそうだ。これを言われるとグウの音も出ない・・・
しかし現実問題、授業を聞いていても理解できない事が増え過ぎてきて、オレなりに頑張ってきた小学六年間の勉強方法じゃ理解できなくなってしまって、またコハクに教えてもらわなきゃいけないハメになりそうだ。コハクは中学一年生の時は毎日放課後に、ムラサキメンバーに風神で居続けられる為の特訓を受けてきた。それに加えてオレと一緒に『風神雷神』としてケンカに行き、体操部に仮入部しながら自主トレもして、それでも成績はトップ十人から落ちたことがない。アイツなりに『風神』の重みを理解して日々努力を積み重ねてきたということだ。互いに答案の見せあいっこなんてことはしないが、学年トップテンは成績優秀者として張り出されて学期末には校長先生から表彰されるので、生徒全員から
「あんなナリをしていても風神は秀才だ」
と周知されていた。テスト前になると教室に残って男女関係なくやる気のあるヤツから声を掛けられればわかりやすい特別授業をやったり、鉄棒などの運動が苦手な生徒がいると一緒になってできるまで付き合ってやったりするので、必然的にヤツの周りには常に人の輪ができた。
それに比べてオレは運動能力は風神とあんま変わらないものの、テストの成績は下から数えた方が早い、怖がられてあまり話しかけられないで学校の外では『風神よりも雷神の方がオッカナイ』って言われるくらいのもの。『風神雷神として暴れているのにじゃあその違いは何か』と訊ねられたら、『一撃の破壊力』くらいのものだ。校内で特別嫌われている感じではないが、話しかけやすく面倒見の良い『風神』の方に人が集まるのは当然のことだろう。別にそれが羨ましいとか言っているわけではないが、学力の低下を何とかしなきゃいけない現状に於いてヤツの力を借りなきゃいけないわけだが、他の生徒と同じようにクラスに残って勉強するというのは『雷神』としてちょっと体裁が悪いってとこだ。
そんなこんなしている間に無慈悲に通り過ぎていった中二最初の期末テスト、オレなりに徹夜で詰め込み勉強をして挑んでみたものの『赤点四教科で夏休みの補習授業後に再テスト』という、牛島さんに知られたら間違いなく『雷神はく奪』されてしまうであろう悲惨な結果で、申し訳ない事に成績不振により母ちゃんは学校に呼び出し。そんなことを全く知らないアイツは
「あ、おばちゃんこんちは!なになに?レイの忘れ物届けに来たの?」
なんて学校に呼び出された母ちゃんに無邪気に話しかける始末。
(今度の期末テストでは絶対良い点を取る!)
と孤軍奮闘してみたものの、このありさま・・・二年生最初の期末試験からこんな様態ではさすがにヤベえ。こってり先生からしぼられてかあちゃんとの帰り道、
「小学校の時みたいにコハクちゃんに勉強教えてもらったら?」
と言われた。確かに小学校の時はヤツに助けてもらったが、今は素直にそれを言いにくいモヤっとした感覚がオレの中にある。
(ヤツが女であると知ってしまった)
ことだ。学校内では『風神雷神』でコハクとは表面上ヤロウとして接しているが、紫音さんや雅さん率いるムラサキメンバーのところに運んだり、正直ケンカの時にはヤツが他のヤロウから触れられないように気遣いながらやっていたりするのは事実だし、何より以前アイツが家に来た時に母ちゃんに女の洋服を着せられたのを見た時に、
(かわいいな)
と思ってしまったのも事実だ。アイツ自身はきっとこんな風に思われることを一番嫌がるだろうが、最近特に全く気にならなかった距離感にドキッっとしてしまう瞬間があるのは否めない事実だ。『雷神』としてアイツに頼むのが恥ずかしいとか嫌だとかそんなんじゃないんだが・・・ちょっと気恥ずかしいんだ。でも母ちゃんが言うとおり、そんなことを考えている場合じゃねえ!
夏休みに入り補習授業が始まる前に、オレは腹をくくって動いた。
「なあコハク、頼みがあるんだが聞いてくれねえか?」
いつも見せない神妙な面持ちでそう言われたコハクは、キョトンとした顔で
「おい、どした?」
と返してきた。本格的に夏が始まった暑い日、オレの部屋に涼みに来ていたコハクはうちわをパタパタしながらちょこんと座り直した。
「言いよどむじゃねーか、ケンカの話か?それとも何か悩んでんのか?ガキの頃からの腐れ縁だろ、オレに出来ることだったら何でも協力するから遠慮なく言ってくれや!」
喋り方や仕草など、普通にヤロウと話をしている感じだ。ちょっと安心してカバンからノートを取り出し、それを両手で突き出しながらオレは頭を下げた。
「すまん!赤点四つで夏休み補習授業があって、その後に再テストがある。この間母ちゃんにパート休んでもらって学校に来させちまったし、こんなんじゃ雷神失格だ。かといってだ、他のヤツラと一緒に並んでオレが教室でオマエがやってる居残り勉強を受けるなんて格好悪いこと出来ねえし・・・頼む、オレに勉強を教えてくれ!」
パタパタしていたうちわをとめて一瞬ポカンとした顔をした後、
「期末テストの答案、全部見してみ?」
と言われてきれいにファイリングしてある全教科の答案用紙をコハクに差し出した。
「オマエ、こういうところは几帳面なのな。どれどれ・・・」
うちわを置いて左手を口元に当てながら、真剣な表情で全ての答案を見ている。
「確かに、これはひっでえな。オマエが言うように他のヤツと一緒に並んで、雷神がオレの居残りサービス授業を受けるなんてこたあ、オレだって嫌だ。雷神にそんな恥さらしな真似をさせたくねえ。答案見た感想な、テスト勉強はちゃんとやったんだけど点数とれなかったって感じだな。これはよ、簡単に言やあ・・・ズレてんだよ」
言ってることは全くわかんねえが、答案を見てオレがちゃんと勉強したってのをわかってくれたのは嬉しかったし、やっぱコイツに相談して良かったってちょっと救われた。
「ズレてるって言われてもピンとこねえよな、要するにだ。相手が戦車に乗ってケンカ吹っかけてきてるのに、オマエは戦車に乗らずにツリザオ持って迎え撃とうとしてるんだよ。どうよ、こう言われたら明らかにおかしいのわかんだろ?」
わかりやすい例えだ、オレはコクコクと素直に頷く。
「例えは国語な。勉強したから漢字は一個しか間違ってねえ、しかも木ヘンと人ベンを間違えるなんて言うツマンネエ間違いだ。これはコトワリを理解できればちゃんと正解してた問題なんだよ」
「すまん、わかりやすく頼む」
「ああ、ワリイ。この『偽り』って漢字はだな『人の為を思って』っていうのが語源なわけだ。あなたの為だから・・・が全部本当じゃねえ、即ちウソかもしれねえって意味なのな。そう考えるとよ、木の要素がどこにもなく、人の要素じゃん?だから木ヘンじゃなくてニンベンなんだよ」
(なんちゅうわかりやすい説明だ!何十回も書いて暗記したノートを見返すと、その段階から全てキヘンで間違って書いている・・・)
「あと、長文読解。これは小学校の時にも言ったけど忘れちまったかな、答えはこの長たらしい本文の中に必ずある。そして問題文には『本文の中から抜き出しなさい』って書いてあるのに、オマエは自分の感想を勝手に書いちゃってるのよ。気持ちはわかるぜ、でも問題が『抜き出せ』って書いてある以上、この文章の中から抜き出さないと、何を書いても不正解になっちまう。これ、言ってることわかるか?」
「ああ、わかりやすい。続き頼む」
「よし。じゃあどこを抜き出すか?ってとこがポイントになるわけだ。今回の問題『七六六五日の物語最終章の本文に於いて、主人公ネロは龍二にどんな感情を抱きましたか?』この問題な。文章読んでみ、ネロは龍二に感情込めてなんか言ってるとこねえか?」
「えっと、『いい加減にしろ、バカ龍二!』って言ってるな」
「そう、それが正解だよ。言ったとか思ったとかそういう所で引っかけるのが国語の問題なんだけど『抜き出しなさい』って書いてあるんだから、『いい加減にしろ、バカ龍二!』が正解だ。わーかってんじゃん!」
(いや、この授業はヤベえだろ?聞いてて面白いし、正解に導いてくれるし、正解すりゃ喜んでくれるし。こんな授業だったら毎日聞いてても全く嫌にならねえし、テスト前に勉強なんかしなくたって点数取れちまうだろ)
「ちょっと的外れなこと訊くけどよ、オマエってテスト勉強とかしてる姿見たトキねえんだけど、どうやって勉強してんの?オレが赤点だった国語のテスト、何点だった?」
「ん?点数は百点だった。勉強は、例えばレイがやってるようなノートに何回も漢字を書いて・・・みたいなのはしねえよ。考えてることは二つで、『どう言ったらみんなが楽しくわかりやすく理解してくれるかなー』ってのと『この範囲からあの先生はどんな問題作って来るんだろうなー』ってことかな?オマエだってケンカする時に、相手が拳でくるのか蹴りでくるのか考えるだろうし、タッパのあるヤツは雷神が相手して、チョコマカしたヤツは風神がやったほうがいいとか考えるだろ?それと一緒だよ」
(やばい!ほんのりいい匂いするし、こんだけ近くで見ると普通にカワイイ。それに加えてなんちゅう温かくて優しい説明、わかりやすい以外のナニモノでもない」
チラッとコハクを見上げるとニッコリとオレを見ていた。
「オレの体に女の変化が出始めてから、オマエがどれだけ気を遣って喧嘩してくれているのか、ムラサキメンバーや紫音さんのとこに運んでくれて助けてくれてるのか、わかってるつもりだよ。『風神雷神』としてヒトカタマリにされて、相棒が力のない女だって・・・それでも『面倒くせえ』とか『邪魔だ』とか、オマエ一回も言ったトキねえじゃん。照れくせえからいつもは言わんけど、感謝してるんだぜ?テストっていうのがケンカ相手なら、最強の助っ人としてオレにも手伝わせろよ。どうせ父ちゃん帰ってこねえし、何時までだって付き合ってやるし、先生たちがビックリするような大勝負かましてやろうぜ!」
心が震えた・・・コイツに出会って、初めて目の前で涙が流れた。
「おいおい、どうしたよ。無敵の雷神様だろ?困った時はお互い様でこれからも助け合っ・・・っていこうぜ」
オレの前で涙を流したコイツの姿を初めて見て、何だかオレももらい泣きで言葉が詰まっちまった。やっぱ、いい奴だ。
「おっし、四教科。全部フルボッコにしてやろうぜ!先生たちには申し訳ないが、勉強じゃ無敵の風神様が楽勝でぶちのめしてやるよ。今回の補習再テストだけじゃなく、これから一緒に受けるテスト全部だ!相手が誰であろうが『風神雷神』を敵に回すヤツはフルボッコだろ?オレはオレに出来る事をやるから、これからも足りないところは助けてくれ。頼りにしてるぜ、雷神様よ!」
互いに目からこぼれた汗を拭いて、あらためて国語の教科書を開いたその時、扉がコンコンとノックされておばちゃんが現れた。
「おばちゃん、ちっす。お邪魔してます!」
「あらコハクちゃん、こんにちは。レイの勉強みてくれてるの?ありがとうねー、助かるわ!食材あるから買い物行かずに今晩カレーにしようと思うんだけど、コハクちゃんも一緒にどう?」
「わー、まじで!めっちゃ嬉しいー!じゃあオレ、作るの手伝ってもいい?」
「あら、それはおばちゃんも嬉しい!じゃあ、三時くらいから始めるから、それまでお勉強お願いね」
「うっす!レイは賢いヤツなんで、教えるのもラクチンっすよ」
こうして先ずはテストの答案と問題を照らし合わせ、どこがズレていたのかを確認して、見つけるべき答えの探し方を進めていった。コハクの授業を聞いていると『さっきの考え方は国語だけの問題じゃなく、全ての教科に当てはまるんだ』という言いかたで、まだ何となくではあるがそれが少しだけわかる気がする。
「さっきもチラッっと言ったけど、オレらの日常と何ら変わんねーんだよ。みんな勉強とかテストとか『すっげー特別のもんだ』って身構えちまうところから、もう吞まれてるんだよ。例えばオレらがさ、しょうもないポンコツ相手に身構えるか?『グラウンド十週の持久走』なんて言われたらさ、スタートの時から自然とペース配分考えるだろ?それと同じだよ。居残ってオレの授業受けてるヤツらはさ、最後の一周で猛ダッシュできる体力残ってんのよ、前半で息抜いてるから。成績のいいやつを見ると『ずーっと猛ダッシュしてる』みたいに見えるだろ?ちげーんだよ、立ち止まって寝っ転がらずにゆっくりのんびり歩いているだけなんだよ『ウサギとカメ』だな。結果、一度も猛ダッシュしてないのにゴールが早いっていうオチさ」
いってみりゃあ『スーパー家庭教師が完全マンツーマンで教えてくれてる』って形だ。しかも母ちゃんのカレーライスに喜んで、逆に
「自分に足りないところを助けてくれ」
と言う。贅沢というか何というか、
(コイツが相棒で本当に良かった)
に改めて思えた瞬間だった。先ずは『勉強やテストなんて敵じゃねえ』って話を聞いている内に
「コハクちゃーん、カレー作るから手伝ってー」
と母ちゃんから声が掛かる。
「はーい、待ってましたー!」
と答えるのと同時に、
「おばちゃん手伝ってくる間に宿題な、足しても引いても掛けても割ってもいい。四になるにはどんな方法があるのか、思いつく限り書いといてくれ。くれぐれも、最初から吞まれんなよ。ザコ敵だからな」
と言ってコハクは部屋を出て行った。オレは言われた通り目を閉じて静かに考え始める。
(一+三、二+二、三+一、二×二、四×一・・・)
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探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
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【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
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セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
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